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選択肢なんて、ない

「おい、みんなどこにいるんだ?」

レンジはマスクの内蔵スクリーンを通じて、チームの仲間たちに連絡を取ろうとした。このマスクには、半径1キロ以内であれば仲間同士が通信できる特殊な機能が備わっている。たとえ別々に目標を探していても、まだ他の信号をキャッチすることはできた。

その時だった——

「きゃああああっ!!」

リンの悲鳴がマスクのスピーカーから響き渡る。

レンジは即座に足を止めた。

「リンちゃん!? 今どこにいるんだ!」

代わりに返答したのはオイダラの声だった。

「今、俺とリンちゃんは体育館にいる! そいつ、ここにいるぞ!」

その言葉は、ちょうどグラウンドを走っていたタツヤの耳にも届いた。

彼は反射的にスピードをさらに上げる。

「ミキとヒロキは!?」レンジが続けて尋ねる。

「二人は校舎の二階にいる……っ、ちっ、外れたか! もう一回だこのクソウサギめ!」

オイダラの声は、何かと戦いながらのように荒く、何かが彼を追いかけている音も微かに混じっていた。

レンジは一瞬立ち止まり、隣を走っていたタツヤに声をかけた。

「タツヤくん、俺は体育館に行く! 他は任せた!」

「ああ、わかった」

タツヤは短く返事をし、二人はまるで弓から放たれた矢のように、別々の方向へと走り出す。

レンジは全神経を集中させ、全速力で体育館を目指した。

――ドンッ!!

誰かの身体が壁に叩きつけられる音が響き渡り、壁に亀裂が走る。

土埃が一面に舞い上がった。

やがて煙が晴れ始めたとき、レンジの目に飛び込んできたのは、地面を転がり停止したひとつの人影。

それは、ボロボロになったオイダラだった——だがまだ生きている。

どうやら直前で自らの身体を岩のように変化させたおかげで、致命傷を避けられたようだった。

レンジは彼のもとへ駆け寄ろうと足を踏み出した……が、何かが本能的に彼を制止させた。

まるで——何かの視線を感じる。

「レンジくん! 気をつけて!」

その瞬間、リンの声が耳に飛び込んできた。

ガシャァン!!

巨大な爪が鉄の椅子を薙ぎ払い、それが体育館の出口付近に叩きつけられる。リンはちょうどその場にいたが、素早く跳びのいたおかげでギリギリ回避に成功する。ほんの一瞬でも遅れていたら、助からなかっただろう。

レンジはすぐさまその音の方向に顔を向け、立ちこめる煙の中を凝視した。

そして——ついに見つけた。

自分たちが探し求めていた「敵」を。

それは暗がりに立っていた。

左右にピクリピクリと動く長い耳。

口元には生々しい血がこびりつき、

そして赤く濁った目が、はっきりと——レンジを、狙っていた。

「こ、こんなにデカいのか……。ハンドガンだけじゃ、倒せないかも……」

レンジはそう呟きながら、身につけている装備を頭の中で素早く確認する。

「なら……これを使うしかない。けど、俺に扱えるか……?」

彼はマントの内側に手を伸ばし、中型のショットガンを取り出した。それは特別な仕組みで自分の血と連動するよう、専用にカスタムされた武器だった。マスクと連動する時計型のデバイスを通じて、ショットガンが起動する。

一度トリガーを軽く引いてシステムをチェックし——レンジは銃口を敵に向けた。

だがその瞬間——

指が、止まった。

「うあっ……!! ああああああっ!!」

体育館の中から、仲間の悲鳴が聞こえてきた。

暴走した巨大ウサギが、まるでぬいぐるみでも振り回すように、オイダラとリンの身体を掴んで荒々しく振り回している。

片手ではオイダラの体を掴み、床に何度も叩きつけるたびに――ドン! バン! と鈍い音が響き、彼の口から血が吹き出る。

「グラアアアアッ!!」

その咆哮は耳が割れそうなほど凄まじく、まるでレンジの心臓を直接引き裂くような音だった。

もう片方の手では、リンを激しく振り回している。

彼女の髪は宙に乱れ舞い、意識が途切れかけているのが見て取れる。

そして、ついにその腕が振り上げられた――

リンを体育館の反対側の壁に叩きつけようとしているのだ!

「ダメだっ!」

パン!

その瞬間、レンジが天井へ向けて発砲した。

銃声が体育館内に響き渡る。

バシャッ!!

天井の一部が砕け散り、破片が巨大ウサギの周囲に降り注ぐ。

その音に反応して、怪物の動きが一瞬止まった。

「こっちだ!」

レンジは鼓動が乱れまくる中、声を張り上げた。

「お、おれと遊べよ! そっちの無抵抗なやつらよりも、絶対楽しいって!」

全身の筋肉が震えている。

足はふらつき、肌からは冷や汗がにじみ出ている。

それでも、彼の視線は一切逸らさなかった。

怪物はしばし動きを止め、低い笑い声を漏らした。

「ククク……」

その目がレンジに固定されると、オイダラをぽいと床に放り投げ、リンも手から離す。

そして、二枚舌をぺろりと舐めながら、新たな“獲物”に狙いを定める。

レンジはゆっくりと後退しつつ、体育館の大扉の前に位置を取る。

銃を握る手には緊張が漲っていた。

「来いよ……いつでも相手になってやる」

その瞬間——

ウサギの後脚が沈み込む。

全身の筋肉が収縮し、一気に爆発的なエネルギーを解放!

――シュバァッ!!

凶悪な犬のように吠えながら、怪物は猛スピードで突進してくる。

大きく開いた口の中には、鋭い牙がぎっしりと並び、粘つく唾液が糸を引いていた。

「今だっ!」

レンジは片手で体育館の大扉を引き、思い切り閉めた!

ドゴンッ!!!

ドアが怪物の巨大な顔面に直撃し、鈍い衝撃音が鳴り響く。

その勢いでドアはへこみ、怪物はたたらを踏んで二歩ほど後退。

鼻からはドロリとした血が流れ出す。

それでも死んではいない。

だが怪物もようやく気づいた。

目の前のこの少年が——“ただのオモチャ”ではないということに。

レンジは一瞬の隙を逃さなかった。

振り返るや否や、全速力で体育館から飛び出す。

砂埃の中を影のように走り抜け、隣の芝生のフィールドへと向かう。

だがその直後——

「グオオオオオオオ!!」

背後から轟音が響いた。

怪物が正気を取り戻したのだ。

怒りに任せて咆哮を上げ、体育館のドアを蹴り飛ばす。

分厚い金属の扉がまるで紙のように吹き飛び、地面に激しく叩きつけられる音が辺りに響いた。

次の瞬間、怪物は矢のような速さでレンジを追いかけ始めた!

血塗られた爪が振り下ろされ、レンジの背中をめがけて襲いかかる——!

全力の攻撃だったにもかかわらず、レンジは間一髪で回避することに成功した。

三つ首のオオカミとの戦闘経験が、彼の身体に“反射”として刻まれていたのだ。

少年は地面で回転しながらバク転し、わずか一瞬の隙を突いてその爪撃を回避した。

「リン……聞こえるか!? 返事してくれ! 今、本当にヤバいんだ!」

レンジは息を切らしながら、マスク越しに必死で通信を続ける。

その声はマイクを通してハッキリと響いていた。

「体育館の入口にいるよ! 何をすればいいの!?」

リンの返答はすぐに返ってきた。

「砂ぼこりだ! どうにかして、このウサギに俺の姿が見えないようにしてくれ——うわっ!」

言い終えるよりも早く、巨大な爪が目前に叩きつけられた。

かすめるようにしてなんとか回避するも、その鋭さと速度は別格だった。

このウサギ、速すぎる——!

これまでにどれだけ移動戦闘や射撃訓練を積んできたとしても、それを凌駕するスピード。

一度でもタイミングを間違えれば——即、死。

「了解……今やるっ!」

リンは両腕を肩の高さまで持ち上げた。

すると、風がうねり出す。

――ゴオオオオオオッ!!

突如、竜巻のような強風がフィールドに巻き起こった。

砂、芝、土が一斉に巻き上がり、小さな竜巻を形成しながら怪物の目を直撃する!

「ギィィィィィ!!」

怪物は目を両手で押さえ、苦しみもがきながら頭を振り回した。

そのときのレンジは、嵐の中心にいながらもマスクのおかげで視界はクリアだった。

状況を冷静に見極め、彼は銃を持ち上げる。

銃口をしっかりと敵の頭部に向け、引き金に指を添える。

「……ごめん」

静かに呟きながら、彼は引き金を引いた。

パンッ!!

弾丸が火花を散らしながら飛んでいく。

しかし——

怪物が激しく頭を振っていたため、狙いがわずかに外れた。

弾は額ではなく、右耳を貫通しただけだった。

「グラアアアアアアアアアッ!!」

断末魔のような絶叫がフィールド全体に響き渡る。

あまりの轟音に、レンジは思わず耳を押さえた。

そして——その咆哮が、彼の位置をバラしてしまった。

ウサギの怪物は、瞬時に方向を定めると、暴風の中を突き破って突進してくる!

両脚を大きく蹴り出し、ロケットのようにレンジを狙って跳躍した。

レンジはすぐに後ろに跳んで距離を取ろうとしたが——

「うっ!」

足元の地面が不規則で、つま先が引っかかり、体勢を崩してしまった。

そしてそのまま、彼の体は仰向けに倒れる。

「や、やばい……!」

巨大な影が彼の全身を覆い尽くす。

ウサギの怪物が、口を大きく開けながら上から襲いかかってくる——!

鋭く長い牙が、並ぶ。

――フゥウウウウ……!!

その口から放たれる、熱気を帯びた息が顔面を直撃する。

「し、死ぬ……」

その時だった——

ガッシャアアアンッ!!

まるで岩が鉄を砕いたような轟音が響いた。

誰かの石のように硬い肉体が、猛烈なスピードでウサギの頭を殴りつけた。

その衝撃で怪物は地面を転がり、草と土の煙が巻き上がる。

あまりに激しい一撃——たった一瞬でその突進を止めてしまった。

地面に倒れ、荒い呼吸を繰り返していたレンジは、ぽかんと口を開けたまま呟いた。

信じられなかった。

自分がまだ生きているなんて。

ゆっくりと顔を上げ、命を救ってくれたその人影を見つめる。

「……オイダラくん……」

「どうだ? ギリギリ間に合っただろ?」

オイダラはニッと笑い、親指を立ててみせる。

「かっこよかったろ?」

「……すごかったよ……」

レンジは安堵の笑みを返す。

胸の奥に張りついていた緊張が、一気に解けていくようだった。

「それにしても……おまえ、避けるのうまいな」

オイダラは冗談交じりに言いながら、まだ地面に転がっているウサギの近くで警戒を解かずにいた。

「はは……そんなことないよ。ただの運さ」

レンジの声は震えていた。

両脚がまだわずかに震えている。

——しかしその時、フィールドの反対側から声が飛んできた。

「ちょっとあんたたち! 感動してる場合じゃないでしょ! そいつ、また起きて食いに来るかもしれないのよ!」

リンが叫ぶ。

その声は真剣で、緊張感を張りつめた空気が戻ってくる。

「レンジくん、この後は……任せたよ」

オイダラはそっと手を差し出した。

レンジは迷わずその手を掴み、立ち上がる。

「ありがとう、オイダラ」

軽くうなずいて礼を言うと、レンジはウサギのもとへと歩き出した。

目の前に倒れているのは、さっきまで自分を殺そうとしていた怪物。

銃を構える——

だが、引き金にはすぐには指がかからなかった。

その手がかすかに震えている。

レンジの瞳もまた揺れていた。

倒れたその姿が、今ではただ……傷ついた動物に見えてしまう。

「……かわいそうに思ったのか?」

オイダラが静かに問いかける。

「……わからない」

レンジは答えた。「殺したくないんだ……でも、やらなきゃ、俺たちが殺される」

「この病気には治療法がない。……それ、知ってるだろ?」

オイダラの声は低く、しかし確かだった。

「おまえが撃つことで、そいつを苦しみから救ってやれるかもしれない」

「……そう、かもな……」

レンジの脳裏に、あの血塗られたウサギ小屋の光景が蘇る。

感染していないウサギたちが、仲間に喰われた地獄のような場面——

あれを見たときの絶望が、今また胸に浮かぶ。

目を閉じて、深く息を吸い込む。

そして、静かに呟いた。

「……ごめん……本当に、ごめん……今、楽にしてあげる」

迷いは消えた。

レンジは再び銃を構え、今度は一切の揺れもない。

——パンッ!

乾いた銃声が、フィールドに響き渡った。

直後——静寂。

怪物は、もう動かない。

最後の息を吐き、ゆっくりと仰向けに倒れた。

その目は、空を見つめていた。

まるで、自分では選べなかった悪夢から、ようやく解放されたかのように——。



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