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ただの訓練だ

レンジにとって、そして同じ部隊の仲間たちにとっても、このテストはかなり難易度が高かった。

そのため、レオ先生は本番の試験が再び始まる来週までのあいだに、模擬ターゲットを使った射撃訓練を許可してくれた。

この訓練用の機体は、飛行ターゲットの速度を複数の段階で調整でき、ターゲットの数も任意に増やすことができるようになっていた。

クジラ部隊の建物内にはこの訓練用の射撃ルームがいくつかしかないため、全員が交代で使用する必要があった。

今回は、レンジがマサトとユウマと一緒に練習に来ていた。

その訓練室はやや狭く、正直言って「その場で撃つか、必要なら少しだけ避ける」程度のスペースしかなかった。

「最初はゆっくりから始めて、あとからスピード上げていく方がいいかもな……」

レンジは小さく呟いた。

「それに、目も使いすぎると疲れるからさ。だからまずは、普通の視力だけでターゲットを撃ってみよう」

彼は手にした拳銃をしっかりと握りしめた。

銃の扱いにはまだ慣れていなかったが、皮膚に注射針が刺さるあのチクリとした痛みにはもう慣れてきていた。

訓練用の機体が起動すると同時に、レンジは能力を使わずに、普通の目だけで空中に浮かぶターゲットを狙い始めた。

銃の扱いに慣れていない彼にとって、それはとても難しい挑戦だった。

さらに、引き金を引いた瞬間の銃の反動も自分でコントロールしなければならなかった。

ほんの数発撃っただけで、レンジはすぐに気づいた。

――左目の能力を使わなければ、自分はまともに的に当てることさえできない。まるで銃を初めて手にした子どもみたいだ。

一方で、自分のような特殊な視力を持っていない仲間たちは、意外と命中精度が高かった。

そんな不安がどんどん膨らんでいき、集中力は次第に崩れていった――

そして、その瞬間。

飛行ターゲットの一つが、彼の顔面めがけて直撃した!

ドンッ!

「うわっ……いてて……」

「ちょっと! 何ボーッとしてるのさ、レンジくん!」

ユウマの声が訓練室の外から飛んできた。

その声には、呆れと心配が混じっていた。

「ごめん……さっきまで試験のことばっかり考えててさ」

レンジは痛そうな顔で立ち上がりながら、手でお尻をさすった。

「次はマサトの番だよな。俺、外に出るよ」

「はあ……次は俺か……」

マサトは大きくため息をつき、疲れきった表情で肩を落とした。

「今日だけでも何回やったんだろ……十回以上かもな……もう死にそうだよ……」

「まあまあ、まだ合格してないなら、何回でもやるしかないさ」

ユウマが励ましの声をかける。マサトはうなだれたまま訓練室へと入っていった。

レンジはそのまま、マサトが座っていた場所に腰を下ろした。

「マサトの気持ち、すごくわかるよ。あの様子じゃ、本当にクタクタだよな」

レンジが呟くように言った。

「そりゃあ、難しいもんな……」

ユウマもうなずく。

「長時間練習しても全然結果が出ないと、そりゃ心も折れるさ。あれだけ疲れるのも無理ないよ」

ユウマ自身も同じように、疲れの色が顔に滲んでいた。

「君もだいぶ疲れてるみたいだな」

レンジはそう言って立ち上がった。

「ちょっと飲み物買ってくるけど、何かいる?」

「じゃあ……スポーツドリンクお願い」

ユウマは背もたれに寄りかかりながら答えた。

「了解、それとマサトの分も買ってくるよ」

そう言い残して、レンジは訓練室を出て行った。

訓練室の前には、自動販売機がずらりと並んでいた。

彼が水を買おうと近づいたとき――ふと、見覚えのある背中が目に入った。

その人物は、自販機の前で飲み物を選んでいる最中だった。

クジラ部隊の隊長――コクヤだった。

「……あっ、こんにちはコクヤさん」

レンジは丁寧に挨拶をした。

コクヤが振り返ると、レンジに気づいて笑みを浮かべた。

「おや、こんにちはレンジくん」

「お水を買いに来たんですか?」

「うん、そんなところだ」

コクヤはあっさり答えると、今度は逆に尋ね返してきた。

「ところで、レンジくんはここで何をしていたんだい? 体力トレーニングかな? ちょっと疲れてるみたいだけど」

「えっと……まあ、そんな感じです」

レンジは苦笑いを浮かべながら、少し疲れた声で答えた。

「飛行ターゲットの射撃練習をしてたんです。でも……全然うまくいかなくて……」

「そうなのか……なぜうまくいかないんだ?」

「ターゲットが速すぎて……目で追いきれないんです」

「ふむ……」

コクヤは顎に手を当て、しばし思案するような顔をした。

そして、思いがけない一言を口にした。

「目で追えないなら、いっそ見なければいいんじゃないか?」

「えっ?」

レンジは首をかしげた。

「見なかったら……どうやって当てればいいんですか?」

「“人間の本能”って知ってるかい?」

「……人間の本能、ですか?」

レンジは戸惑いながら復唱した。

「そう。それを活かすんだ」

そう言って、コクヤは自販機から冷たい缶コーヒーを取り出し、レンジに向かって穏やかに微笑んだ。

「レンジくんが試験を突破できるよう、願ってるよ」

コクヤはそれだけ言い残して、背を向けて立ち去っていった。

その場に残されたレンジは、ただぼんやりと自販機の前に立ち尽くしていた。

「……本能、か……」

少年は小さく呟いた。

「見えないなら……見るな、か……?」

レンジはその場に立ったまま、じっと考え込んだ。

コクヤの言葉が、今も彼の頭の中をぐるぐると回り続けていた――

この試験を突破するための答えは……一体なんなんだ?

.............................................................................................................................................................

そして――飛行ターゲット試験の日が、再び巡ってきた。

コクメたち全員が、ここ数週間の厳しい訓練で明らかに疲れ果てていた。

その表情には緊張と不安が色濃く浮かんでいる。

「さあ、試験を始めるぞ!」

レオの声が、訓練場に響き渡る。

「最初に挑戦したい者はいるか?」

しかし、その言葉が終わるより早く――

場は静寂に包まれた。誰もが視線を逸らし、レオと目を合わせようとしなかった。

「誰も出ないのか? それなら――」

「僕が行きます!」

レンジの声が静寂を切り裂いた。

彼は迷いなく手を挙げ、真っすぐ走路を見据えていた。

仲間たちの視線も、レオの表情も一切気にしていない。

「ちょっ…レンジ!? お前何やってんだよ!」

マサトが慌てて小声で叫ぶ。

「頭、おかしくなったのか!?」

「いつやっても同じだよ」

レンジは淡々と答える。

「どうせ落ちるなら、最後でも意味ないし」

そう言い残すと、彼はまっすぐスタート地点へ向かって歩き出した。

右手には拳銃を握りしめ、全身に集中を込めて構える。

「よくやった!」

レオは笑顔を浮かべながら言った。

「我々クジラ部隊には、君のような勇気ある者が必要だ。準備はいいか、レンジくん?」

「はい!」

力強く、はっきりとした返事が返る。

「よし、それじゃあ――始め!」

スタートの合図と共に、レンジは勢いよく飛び出した。

その目はまっすぐ、遠くに掲げられたクジラ部隊の旗を捉えていた。

体が自然に動く中で、彼は自らの“本能”を解き放っていった。

無理に意識することなく、それは彼の中から自然と湧き出してくる。

右手が銃を構え――

引き金を引く!

ターゲットが出現するたび、レンジは視線を向けることなく、弾を放った。

そう、彼の目は常に前方だけを見据えていた。

飛び出すターゲットなど一切見ていない。

ただ――感じていた。

今、彼の視界にあるのは走路とクジラの旗だけ。

だが、その裏では感覚が常に周囲を探り、迫ってくる危機を察知していた。

そして、何かが近づいたと感じたその瞬間――

パンッ!

至近距離で、迷うことなく引き金を引いた。

レオは腕を組みながらその様子を見守っていた。

その瞳は静かに輝き、口元には満足げな微笑が浮かんでいる。

「いいぞ……理解したな」

――最初の100メートル、レンジは見事に突破した。

だが次の瞬間、二つ目の100メートルに入った瞬間――

飛行ターゲットのスピードが一気に上がり、数も増加した!

レンジは歯を食いしばりながらスピードをさらに上げる。

あと少しだ……あとほんの少しだけで――!

飛行ターゲットのスピードはさらに加速し――

数もどんどん増えて、数えきれないほどになっていく。

今や……本能だけでは足りない。

――彼には、それ以上の力が必要だった。

レンジが持っているもう一つの力――

それは、一瞬の動きも見逃さない特殊な“目”。

だが――

この試験で、レンジははっきりと決めていた。

左目は使わない。

「本当の俺で、乗り越えてみせるんだ……」

あと残り、わずか五十メートル。

クジラ部隊の旗は、もうすぐそこにある。

仲間たちの応援の声が、響き渡る。

全員が全力で声援を送り続けていた。

少なくとも――レンジが、最初にこの地獄の試験を突破するかもしれないのだから。

しかし――

その刹那、射出台のシステムが最大出力に切り替わった!

五つ!

五発の飛行ターゲットが、まるで弾丸の嵐のように一斉に放たれた!

レンジの表情が変わる。

その顔には、明らかな緊張の色が見えた。

「やばい……」

思わず、口から小さく言葉が漏れる。

最初の一発、そして二発目が迫る――

少年は即座に判断し、両手で銃を構え、正確に撃ち返した!

パンッ! パンッ!

二発目までは、見事に撃ち落とした。

だが――

残り三発が、容赦なく向かってくる!

今だ――この瞬間しかない!

レンジは反射的に体をひねり、

背をU字型に反らして、すれすれのタイミングでターゲットを回避した!

それはもはや“回避”ではない――

“本能”だけが導いた、極限のカウンターだった。

避けきった直後、彼は口から息を強く吐き出した。

その顔には、驚きと安堵が交錯している。

「……よく生き残ったな、俺……」

次のターゲットが放たれる前に――

レンジは迷わず右手の銃を手放し、旗へと一気に駆け寄る!

ピィイイイ――ッ!!

レオの笛の音が、訓練場に響き渡る。

それは――

レンジの試験終了を告げる合図だった。

「おい! 見ろよ! あいつやったぞ!! レンジくん、成功した!!」

ユウマとマサトは歓喜のあまり、お互いに飛びつくようにして喜びを分かち合った。

それは――希望だった。

それは――「自分たちにもできる」という証だった。

他のコクメたちも一斉に手を叩き、レンジに惜しみない拍手を送る。

みんなの顔には、自然と笑顔が広がっていた。

レンジは肩で息をしながらも、汗だくの顔に満足そうな笑みを浮かべ、

クジラ部隊の旗を高々と掲げた。

それを見ていたレオ先生も、穏やかな笑みを浮かべて歩み寄ってくる。

「レンジくんは、この試験の突破方法を見事に見つけ出したようですね」

レオは静かに微笑みながら言った。

「おめでとうございます」

「ありがとうございます」

レンジはまだ息が整わないまま、誇らしげに答えた。

少しして、マサトとユウマ、それに他の仲間たちも一斉にレンジの元へ駆け寄ってきた。

「どうやって突破したんだよ、レンジ!?」

ギンジは目を見開き、これまで見たことのない友人の姿に驚きを隠せなかった。

「えっと……」

レンジは少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。

「……本能、かな」

「えぇ!? 本能ってこと?」

みんなが不思議そうに顔を見合わせる。

しばしの沈黙――

レンジはすぐにそばにいるレオ先生の方へ向き直った。

「レオ先生、ちょっとだけ仲間たちと話す時間をもらってもいいですか?」

「もちろん。ご自由にどうぞ」

レオは快くうなずいた。

許可を得たレンジは、すぐに真剣な表情で仲間たちに語りかけた。

「みんな、この試験は“本能”で勝てるんだ」

その言葉を聞いた瞬間、数人が驚いたように目を見開く。

それは――以前、コクヤが彼に語ったのと、まったく同じ言葉だった。

「ターゲットが一つだけだと思って、そこに集中しすぎると、他のターゲットに気づけなくなる。

それが、僕たちがやられる原因なんだ」

レンジは深く息を吸い、丁寧に説明を続けた。

「目を使うなって言ってるわけじゃないよ。視覚はもちろん大事だ。

でも、人間って、一度にすべての標的を正確に見るなんて、できないじゃないか。

だからこそ……“本能”に頼ってみてほしい」

彼は少しだけ笑って、こう続けた。

「たとえば、目の前に虫が飛んできたとき、僕たちって無意識に避けるだろ?

あの感覚さ。それをこの試験でも使ってみるんだ」

「なるほどね……」

ユウマは小さくうなずき、瞳に希望を灯した。

「よし、レンジのやり方、やってみよう!」

「だな! レンジの言葉を信じてみよう!」

全員がその言葉に納得し、それぞれ再び試験へと向かっていった。

レンジが伝えたのは、“考える”のではなく、“感じる”という方法だった。

もちろん、最初からうまくいく者ばかりではない。

だが、コクメたちのあきらめない心――

そして、仲間たちの絶え間ない応援――

その力が、彼らを前へと押し出していった。

やがて――

全員が、レオ先生の試験を突破することに成功したのだった。



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