表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/41

共に見る夢

敵が立ち上がろうとしたその瞬間、ハヤトは一切の迷いなく飛びかかった。

両腰の鞘から引き抜かれたのは、漆黒の刀。血のような赤い光を放つ血管模様が刃に浮かび上がり、生きているかのように脈打つ。

対する敵も一歩も退かず、野獣のような唸り声をあげて突進してきた。

だがその瞬間——

ハヤトはまるで動くことをやめたかのように、静かに立ち尽くしていた。

巨体の魔物が腕を振り上げ、ハヤトを粉々に打ち砕こうとする。

だが——

スッ……!

カエルのマスコットヘッドを被った男の姿が、視界から消える。

魔物は気づいていなかった。

ハヤトはすでにその頭上へと飛び上がっていたのだ!

「こちらですよ、お兄さん……」

空中で回転しながら、ハヤトは敵の背に足をかけ——

そのまま一太刀、深々と黒刀を突き立てる!

「グ……グオォォォアアアアアッ!!」

断末魔の叫びが路地裏に響き渡る。

ハヤトは即座に刀を引き抜き、距離を取って着地。

魔物は腕を振り回し、めちゃくちゃに暴れ回るが、

華奢な体のハヤトに触れることすらできない。

地に足をつけたハヤトは、魔物の頭を蹴り飛ばし、さらに距離をとる。

「……辛かったでしょうね」

彼の視線は、魔物の体に刻まれた“バッファロー部隊”の紋章に向けられていた。

「申し訳ありません。今ここで……終わらせます」

魔物は再び腕を振り上げる。今度こそ、最後の一撃。

だがハヤトは微動だにせず、静かに目を閉じ、刀に意識を集中する。

キィン……!

その一瞬——

振り下ろされた巨大な腕の代わりに響いたのは、空気を裂く刀の音。

ハヤトはすでに、魔物の背後に静かに立っていた。

「…………」

数十か所に及ぶ斬撃跡から、どす黒い血がどくどくと噴き出す。

魔物はその場に立ち尽くし——そして、音もなく崩れ落ちた。

ハヤトは静かに刀を鞘に納め、

ゆっくりと魔物の亡骸の前に立ち、深々と一礼する。

「……約束します。こんなこと、できるだけ早く終わらせてみせます」

──

「そっちにいるのは誰だ?」

通信機から声が聞こえた。

「はい、ハヤトです」

ハヤトは応答する。

「状況は? 応援が必要か?」

「はい。急ぎでお願いします」

「非常事態か!?」

「いえ……」ハヤトは一瞬言葉を止めた。

「ただ、感染者の死体の処理をお願いしたいだけです。それと……帰りの足も欲しいですね」

「……は?」

「車をお願いします。僕、帰る手段がなくて」

「……バッカヤロー!!!」

通信はそれっきり、途切れた。

............................................................................................................................................

「感染者になったとはいえ……薬を定期的に服用していて、任務があれば、外に出る許可が下りるらしい」

レンジはぼそりと呟きながら、寮へ向かって歩いていた。

「でもマスクに全身スーツ……顔を覚えられないようにってさ……

それにもし誰かに顔を覚えられたら、即座に離脱。無駄な感染を防ぐためだと。

非感染者には絶対に近づいちゃダメってさ……。ルール、多すぎだろ……」

彼は深いため息をつき、どこか疲れたような表情を浮かべた。

「“外出可”って言っても、任務の時だけ。

行ける場所なんて限られてるし……はあ……」

その時だった——

「お兄さんっ! どいてください! ブレーキ効かないですっ!」

鋭い声が突如として耳に飛び込んできた。

レンジが顔を上げた瞬間——

ドガッ!

自転車が勢いよく突っ込んできて、二人の体が地面に転がった。

「うっ……いててて……」

レンジは膝をつき、強くぶつけた腕をさすりながら呻いた。

「こんな運転して……もし人に怪我させたらどうする気だよ……!」

「す、すみませんっ!」

慌てて駆け寄ってきたのは、先ほど自転車に乗っていた少年だった。

必死の形相でレンジを支え起こそうとする。

「僕が悪いですっ! どうか……通報だけは勘弁してください!」

レンジは立ち上がって、軽くホコリを払う。

そして少年の顔をじっと見つめた。

眼鏡をかけたその少年は、丸坊主の頭に、着古したボロボロの服を身にまとっていた。

(……まるで、かつての自分を見てるみたいだな)

「大丈夫。そんなに痛くないよ。……君は? 怪我してない?」

レンジは優しく声をかけた。

「だ、だいじょうぶですっ!」

少年は即答した。——しかし、膝には明らかな擦り傷ができていた。

それを隠すように座り込んでいるが、レンジの目は誤魔化せなかった。

「本当に大丈夫なのか?」

「はいっ! ただの擦り傷ですし……すぐに治ります、集中してれば……」

少年は必死にごまかそうとする。

レンジは肩をすくめ、それ以上は何も言わず、地面に散らばった荷物を拾い始めた。

その中には、まだ温もりの残るお弁当のパックも混じっていた。

「これ……飲食店の弁当か?」

レンジが手に取って問いかけると、少年の動きが止まる。

「しょ、そうです……お店の裏から、もう捨てるって言われたものを……

お願いして、もらってきたんです」

「そっか」

レンジは静かに頷くと、どこか苦笑いを浮かべた。

「でも、ぶつかったことについてはどうしてくれるのかな?」

「えっ……し、賠償金とかですか……!? お金はないですけど、

少しずつでも返します! 誓いますっ!」

「もちろん、責任はとってもらうよ」

レンジは少し考えるふりをしてから、近くのコンビニを指差した。

「今すぐアイスクリームを一緒に食べに行こう」

「……え?」

少年はぽかんとした顔で聞き返した。

「ちょっと君と話したいことがあるんだ。

座ってアイスでも食べながら、ゆっくり話そう」

少年は少しの間黙っていたが、やがて照れたように微笑みながら頷いた。

「……あ、うん。行きましょう」

ふたりは荷物を抱えて、レンジの寮からさほど遠くない小さなコンビニにたどり着いた。

質素な店内だったが、窓際の席は思ったよりも落ち着いた雰囲気を漂わせていた。

佐藤(さとう) 健太(けんた)って呼んでください」

少年がそう言いながら、手にしたアイスをぺろりと舐めた。

「ついこの前、十四歳になったばかりなんです。レンジさんは?」

「うーん……一年くらい先輩かな」

レンジはそう答えながら、自分のアイスを口に運んだ。

「先輩ってかっこいいですよね! コクロモノ対策隊に入れるなんて、うらやましいです」

ケンタの目がキラキラと輝いていた。

「僕なんて、通常の討伐隊止まりでしたから……」

「え? 二次選抜で落ちたの?」

レンジが穏やかに問いかけると、ケンタは小さく頷き、淡々とした口調で続けた。

「でも、僕は別に気にしてませんよ。これで十分です。

頭もあまり良くないですし……」

軽く笑った後、彼は言葉を続けた。

「昔は警察官になりたいと思ってたんですけど、こうしてコクロモノの討伐隊で働くのも、違った意味でかっこいいなって思えてきて。

警察みたいに難しい試験もないし、実際に任務に出るようになれば、それなりに報酬ももらえますから。

だから、出動できるようになるまで訓練をがんばって、できるだけたくさん働こうと思ってます」

「お金が欲しいのか?」

レンジがじっと彼を見つめながら問いかけた。

「そのお金、何に使うんだ?」

その質問に、ケンタはほんの一瞬だけ黙り込んだ。

そして、少しだけ残っていたアイスを静かに食べ終える。

「……妹が、白血病なんです」

彼はぽつりと呟いた。

「治療費がすごく高くて……政府からの援助はあるけど、それでも全然足りません。

両親も、もういません。

今は僕一人で、妹を支えていかないといけないんです」

レンジはその言葉に言葉を返せず、沈黙した。

さっきの質問を少し後悔しているようにも見えた。

「そういえば、ケンタくん、どうして頭を剃ってるの? お坊さんにでもなるのかと思ったよ」

軽く冗談めかして尋ねると、ケンタは照れくさそうに笑った。

「ただ……妹にひとりぼっちだって思わせたくなかっただけです。

僕がそばにいるよって、そう伝えたくて」

「……で、どうやってコクロモノに感染したんだ?」

今度の質問には、ケンタは少しだけ間をおいてから、隠さずに答えた。

「感染性廃棄物の回収のバイトをしてたんです。

たぶん、そのときにうっかり……

最初はすごく落ち込みましたけど、今はもう慣れました。

それに、今は討伐隊の一員として働けてますし」

「でも……それじゃ、妹さんとどうやって連絡を取ってるの?」

レンジが心配そうに尋ねた。

「感染者になったら、外部の人との接触は禁止なんじゃ……?」

「ネットでこっそり連絡してるんです」

ケンタは隠す様子もなく、あっさりと答えた。

「チームの隊長に一度頼んだんです。もし僕が連絡できなくなったら、妹の病状が悪化するかもしれないって」

彼は少し言葉を止めたあと、続けた。

「感染したことは絶対に妹に言わないって約束しました。

それに、ビデオ通話のときは必ず誰か隊員が傍で聞いてるんです。

治療費も、ミッドナイト隊の名義で偽名を使って振り込んでます」

レンジはしばらく言葉が出なかった。

その瞳には、ケンタに対する同情と尊敬がにじんでいた。

この少年の夢は、彼の心と同じくらい純粋で、美しかった。

過酷な運命にも屈しないその姿に、胸が熱くなる。

「ねぇ……」

沈黙のあと、レンジが口を開いた。

「こんな大事なこと、俺に話して大丈夫? 俺が誰かに言っちゃうかもって思わない?」

「思いませんよ」

ケンタは即答し、屈託なく笑った。

「ここに来てから、あんまり友達できなかったんです。

レストランの人たち以外とは、あまり仲良くなれてなくて……

だから、レンジ先輩なら話しても平気だと思ったんです」

「……そっか。冗談だよ」

レンジは小さく微笑み、椅子にもたれかかった。

「何か困ったことがあったら、いつでも言ってくれよ。

俺にできることなら、なんでも手伝うからさ」

レンジはやさしく微笑んだ。

「……実はさ、俺の夢もケンタくんとちょっと似てるんだ。

昔はね、消防士になりたかったんだよ」

「えっ、本当ですか!?」

ケンタの目がまんまるになる。

「レンジ先輩の夢、めちゃくちゃカッコいいじゃないですか!

でも今はコクロモノ対策隊の候補生だし、

そのうちミッドナイト部隊に入って、

夜の街で変異体と戦うんですよね?

それもすごくカッコいいです!」

「はは……まあね」

レンジは照れくさそうに笑った。

ふと、彼の視線がケンタの抱えているビニール袋へと移る。

「そういえば、それ……こんなにたくさん残り物もらってきて、

店の人に怒られたりしないのか?」

「大丈夫ですよ」

ケンタはうなずいた。

「ここのお店、すごく優しいんです。

売れ残ったものでも、毎回僕に分けてくれるんですよ。

このカレーのルーも、ちょっと肉を足して煮直せば、

何日か持ちますから」

「おいおい、そんなもんばっか食ってたら、腹壊すぞ」

レンジが眉をひそめて言った。

「俺も昔はよくやってたけどさ……

なるべく控えた方がいいよ。

で、その店ってどこにあるんだ?

なんでそんなに売れないんだろうな」

「心配してくれて、ありがとうございます~」

ケンタは笑ってみせた。

「でも僕、胃は丈夫なんで大丈夫です!

お店のことは……うーん、正直僕もわからないです。

一部の人が言うには、

『シェフが変異してから味が変わった』って話なんですけど……

僕は味なんて気にしないで食べちゃうんで、全然わかんなくて」

「……シェフの変異って、まさか……?」

レンジが不審そうに眉をしかめた。

「はい、そうです」

ケンタはあっさり言った。

「だってシェフ、ワニなんですよ」

「は……はぁああああっ!?」

レンジは思わず声を上げた。信じられないものでも見たような顔で。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ