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狩人

パンッ!

訓練室に銃声が響き渡った。その瞬間、レンジが引き金を引いた――だが、ハヤトは素早く身を屈め、思いきり頭を反らした!

カエルのマスコットヘッドがホロキの額に直撃する。

「ぐっ……!」

ホロキは苦悶の表情でよろめき後退する。

その頭の動きのせいで、レンジの弾丸はあとわずかで金の卵を外してしまった。

「えっ……」

レンジの目が見開かれる。呆然としたまま立ち尽くす彼に、ハヤトが鋭い視線を向けた。今にも飛びかかりそうな勢いで――

だが、その時だった。

カチャ――ン……

何かの機構が作動し、ハヤトの頭に乗っていた金の卵がゆっくりと開いた。

中からは、小さなヒヨコの人形が現れて……

「ピヨピヨ〜、時間切れです〜! 時間切れ〜!」

「……ああ、もう時間か」

ハヤトはその場で動きを止め、薄く笑みを浮かべて呟いた。

「惜しかったですね……あとちょっとだったのに」

部屋の中では、全員が肩で息をしていた。さっきの戦いで疲れ果て、軽い怪我を負っている者もいれば、まだ立ち上がれない者もいた。

唯一、レンジだけが無傷だったが、額には冷や汗が滲んでいる。

ハヤトはゆっくりと音楽プレイヤーの元へ歩み寄り、音楽を止めた。

室内が静寂に包まれる。

彼は振り返り、全員に向かって静かに宣言した。

「これでゲームは終了です――勝者は、私です」

その口調は柔らかかったが、しっかりと響いていた。

「よって、約束通り……君たち全員、特別訓練を受けてもらいますよ」

「来週までに、各自の身体能力、戦闘技術、そして能力の制御力をしっかりと鍛えておいてください」

「はいっ!」

レンジ、ミキ、リン、オイダイラの声が揃って響く。

オイダイラは未だに壁に挟まった腕を引き抜こうと必死だ。

タツヤは座ったまま、顔をしかめていた。

「回復能力で身体を癒して、席に戻ってください」

ハヤトは淡々と命じる。タツヤが動こうとしないのを見て、彼は無言で近づき、タツヤをそっと支えて席に戻した。

「気に入らないのは分かりますが……ルールはルールです。負けたなら、ルールを尊重するべきですよ」

「チッ……」

タツヤは不機嫌そうに舌打ちするが、それ以上は何も言わなかった。

ハヤトは再び教室の前に戻り、両手を背中で組んで、皆を見回す。

「各自、それぞれに『弱点』があります。自分に何が欠けているのか、よく考えてみてください」

彼の視線がひとりひとりに注がれる。

「例えば……レンジは遠距離攻撃が得意だが、近接戦闘も学ばないといけない」

「タツヤは突撃力はあるが、状況判断ができていない。相手を見極めずに突っ込めば、結果は同じです」

「オイダイラは……チームの方針を無視して単独で突っ込んだ結果、自分が罠にはまっただけです」

「覚えておいてくださいね――実戦では、仲間が必ずしも助けてくれるとは限りません」

「はい……」

レンジとオイダイラは静かに頭を下げて返事をした。

一方で、タツヤは黙ったまま、うつむいて何も言わなかった。

「でも……少なくとも、最後の方では皆さん、だいぶ良くなってきましたよ」

ハヤトの声は穏やかだったが、どこか誇らしげだった。

「そうです。僕の弱点は――この“マスコットヘッド”です」

「僕はこれを絶対に外しませんし、今までも外したことはありません」

「最後に皆さんが力を合わせたことで……危うく僕もやられそうになりましたよ」

彼はそこで一拍置いてから、真剣な口調で続けた。

「でも、君たちにはまだ足りないものがある。それは……“戦闘技術”、 “生存力”、そして“能力の制御”です」

「これからの訓練では、そこを重点的に鍛えていってください」

「はいっ!」

皆の声が揃って響き渡る。

「これからの試験は、さらに難しくなっていきます」

ハヤトの表情も引き締まっていた。

「そして――ミッドナイト部隊の隊員数も、徐々に減ってきています」

彼の言葉に教室の空気が重くなる。

「だからこそ……皆さんには強くなってもらわなければなりません」

「任務のためだけじゃない――仲間を守るためにも、です」

「もしも緊急事態が起きれば、一年生であるコクメの皆さんでも、即時出動要請が来る可能性があります」

「……難しそうですね……」

リンがポツリと呟く。不安げな表情だった。

隣に座っていたミキが、そっと優しく笑みを浮かべながら言った。

「大丈夫ですよ、リンちゃん。一緒に頑張りましょうね」

ハヤトは再び生徒たちを見渡した。

その視線は穏やかで、どこか温かかった。

そして、少し笑みを浮かべながらも、力強い声で告げる。

「最後に――皆さんに宿題があります」

「来週までに、“クロモノ感染者”の個別ケースを一人一つずつ調査してもらいます」

「対象者の“弱点”を、できる限り詳しく分析してきてください」

「では、また来週お会いしましょう」

..............................................................................................................................................................

「まだオリエンテーションの日なのに……こんなに疲れるなんて。本格的な訓練の日になったら、俺、死ぬんじゃないか……クソっ」

レンジは、ミッドナイト部隊の“クジラ寮”にある自分専用の部屋で、ベッドに大の字になって寝転がっていた。

この寮は、チームメイトたちと共有する棟とは別にあり、テレビや冷蔵庫、洗濯機などの家電が一式そろっている。さらに、情報検索用のパーソナルコンピューターまで完備されていた。

訓練は厳しく過酷だが、生活環境は意外にも快適だった。――彼の元の家と比べれば、まさに天と地の差だ。

レンジはゆっくりと起き上がり、机の上に置いてあった分厚い資料の束を手に取る。

「……クロモノ、第4段階。黄色ランク」

ぼやけた写真には、一人の男の姿が映っていた。背中には黒いヤマアラシのような棘が生え、その間を真っ赤な血管のような模様が走っている。

異常に大きな手、鋭く伸びた爪、漆黒の両目――だが、胸部から下にはまだ人間の面影が残っていた。

「第七行政区の銀行強盗事件の犯人。死亡者十一名。現在逃走中。

共犯者と思われるもう一人の変異体については、詳細不明」

「……なんだよこれ、バケモンじゃんか」

レンジはぼそりと呟き、頭を抱えた。表情は明らかに焦りを滲ませていた。

「どこが弱点かなんて、どうやって調べろってんだよ……十一人も殺してるなんて、完全に殺人鬼じゃねぇか……」

彼は深いため息をつくと、机の上のもう一冊の分厚い本に目を向ける。それは“銃の種類と構造”というタイトルの教本だった。

「それにしても……ハヤト先生、銃の勉強までさせるつもりかよ……俺の人生、どうなってんだ……」

ティンッ。

特別仕様の携帯端末から、通知音が鳴った。

レンジはすぐに端末を手に取り、画面を見る。メッセージの送り主は――ミキだった。

《レンジくん、中央スクエアのカフェで夕方のお茶でもしない?

今、ミキはリンちゃんとオイダイラくんと一緒にいるの。

課題が難しいって感じてるなら、みんなで話し合おうよ》

レンジはメッセージを読み終えると、すぐに返信を打ち込んだ。

《すぐに行きます》

中央スクエア――コクメたちの憩いのエリア。

中にはレストラン、カフェ、ショッピングモール、居酒屋、そしてコンビニなどが立ち並び、

ここが“ミッドナイト”部隊の敷地内だということを忘れてしまうほど、まるで小さな街のように活気づいていた。

この場所は深夜0時まで営業しており、

夜遅くに仕事を終える部隊員たちにとっては貴重なリフレッシュスペースでもある。

店員の多くは、抗体を持ち、日常生活が可能な“クロモノ感染者”たちで構成されていた。

そのカフェの窓際の席では、リンが手元のカードを掲げながら説明していた。

「私たちがもらった“コクメバッジ”って、毎月四万円の支給があるんだよ。

光熱費もネット代もタダ。でも、卒業したら……自分で外に出て、変異体の討伐任務を受けて稼がなきゃいけないんだ」

彼女はにこっと笑いながらバッジをくるくる回す。

「もしもっとお金がほしいなら、このスクエアでバイトもできるよ。

今、ヒロキくんもバイト先探してるところなんだって~」

「へぇ……面白そうですね」

レンジはそう呟きながら、ホットココアを一口すすった。

「前にコンビニでバイトしてたことはあるんですけど……

あんまり大きな負担がなければ、考えてもいいかもしれません。

今は訓練だけで手一杯で……正直キツくて……」

「任務に出れば、それでも稼げるぞ?」

オイダイラがアイスをすくいながら軽く言った。

「たった四万じゃ、足りっこないし。

バイト代なんて安いもんさ。

どうせなら討伐部隊と一緒に出て、ガッツリ稼げばいい。

しかも、壁の外にも出られるんだぜ?」

「……そんなに実力があればね、オイダイラくん」

レンジは不機嫌そうに返す。

「今の僕たちは、まだまだ未熟だろ……」

「レンジ、お前って遠距離タイプだったよな?

だったら危険なんてないだろ?

むしろ前線向きの能力だと思うぜ」

オイダイラが鋭く睨みながら言った。

「お前の力、実戦にこそ向いてるって、ちゃんとわかってるか?」

「戦うって話になると……ハヤト先生の宿題、思い出すよね。あれ、本当に難しいんだけど……」

ミキがため息混じりにぼやいた。

「勝てるわけないよ、相手は犯罪者なんだよ……」

「……はぁ」

全員が、同時に深いため息をついた。

「ヒロキくんみたいに頭のいい人でも、わたしが聞いたら首振ってたんだよ? だったら、わたしたちみたいな脳みそ軽量組がわかるわけないじゃん……」

リンはぐったりとした声で言った。

「それな」

オイダイラが同意して小さく頷く。

「だから、いちばん信頼できる相談相手って――やっぱりハヤト先生じゃないかなって思うの。明日、みんなで話を聞きに行ってみない?」

ミキがそう提案すると――

「それ、いいかも」

「賛成」

仲間たちはみんな、口を揃えてうなずいた。

任務訓練の裏側――

夜の闇を切り裂くように、巨大な黒いバイクが街灯の下を疾走していた。

そのライダーの頭には、あの特徴的なカエルのマスコットヘッド。

名を――ハヤトという。

戦闘用のフィールドスーツの胸元には「蛇」の紋章。

左腕には深緑のラインが四本、

ミッドナイト隊の一般隊員とは一線を画す、特別な階級を示していた。

『対象はオレンジランクです。ご注意を。

 必要であれば、すぐに応援または制圧部隊の派遣を要請してください』

マスコットヘッドの隅に仕込まれた通信機から、冷静なオペレーターの声が流れた。

「了解。まずは現場を確認させてください。

 必要と判断したら、即座に要請を出します」

ハヤトは静かに応答し、バイクのアクセルをさらに捻る。

マスコットの下に隠されたその顔は、モニターを真っ直ぐ見据えていた。

視界には、監視ドローンの映像が映し出されている。

そこに現れたのは――

第十二地区で暴れている変異体の姿。

ビル二階分ほどの巨体。

オレンジがかった血色の皮膚に浮き上がる、脈打つような血管。

目は真っ黒に染まり、狂ったような咆哮を上げながら、

物を破壊し、制圧に向かった隊員たちを食らっていた。

逃げようとした者も、結局その手から逃れられなかった。

ハヤトは軽く息を吸うと、通信のマイクを押して言った。

「制圧部隊、全員撤退を――

 この対象は、僕が片付けます」

『おいハヤト、お前正気か!? 相手は全身がオレンジランクだぞ!?』

無線越しに、上官の怒鳴り声が響いた。

「僕が死んだら……そのときは新しい人材を送ってください、隊長」

ハヤトは淡々と返し、一瞬だけ間を置く。

「……あ、そうだ。バイクの方は――いただいておきます」

『はぁ!? てめえふざけ――そのバイクは――!』

ピッ――

ハヤトは一方的に通信を切った。

そして――

アクセルを、全開にする。

「……奴は、彼らを“怪物”に変えやがった……」

マスコットヘッドの内側から漏れる声。

それは、普段の落ち着いた口調とは違い、怒気を帯びていた。

次の瞬間だった。

ハヤトのバイクが、変異体との距離を一気に詰める!

――そして

スッ!

彼はハンドルから手を放ち、自らの体を後方へ跳ね上げるように飛ばした!

ドオォン!!

凄まじい轟音とともに、バイクは変異体に直撃。

その巨体を巻き込みながら、廃ビルの壁を突き破った。

ズズン……

土煙が立ちこめる中、変異体の体がぐったりと崩れ落ちる。

裂けた衣服の隙間から覗いたのは――

かつて“バッファロー部隊”に所属していたことを示す、紋章。

カエルのマスコットを被った男は、闇の中に静かに立ち尽くしていた。

その仮面の奥――確かに、怒りが燃えていた。

「……また、あなただったんですね。

 ゲンゾウさん――」



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