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昂ぶる旋律

「もちろんですが、この金の卵を僕の頭から奪えた者には——特別なご褒美を用意していますよ」

ハヤトは静かに微笑みながら、自信満々に金色の小さな卵を自分の頭の上に置いた。

「この卵にはタイマーが仕掛けてあります。時間が切れると、ヒヨコが孵化してしまいますから……時間管理にはご注意を」

「で、そのご褒美というのは……一体何ですか?」

ヒロキが腕を組み、淡々とした口調で尋ねる。

「わざわざ立ち上がってまで狙う価値があるんでしょうか?」

ハヤトは一瞬黙り込み、それからふっと笑みを浮かべた。

「あなたたちは、僕に“何でも”ひとつだけお願いできます。お金でも、貴重品でも、外の世界に出るチケットでも——」

彼は少し首をかしげ、淡々と続けた。

「僕に“チームの担当教官を辞めろ”と命じても構いませんよ。“死ね”でも、ね。本気で構いません」

「そしてもし、あなたたちが本当に僕を“殺す”ことができたなら……『ミッドナイト隊食堂の生涯三十五パーセント割引』が手に入ります!」

「頭のおかしいやつに賞金つけるなら、せめてもっとまともな内容にしてくれよな……」

オイダイラが思わず呟いた。

レンジ、ミキ、リンの三人は「やめとけよ」って顔で彼を睨むと、オイダイラは気まずそうにうつむいて軽く謝った。

「ほう、そいつは面白そうだな」

タツヤは椅子から立ち上がり、肩や腕を回しながらストレッチを始める。目はすでに光っていた。

「勝てば堂々と“死ね”って言えるなんて、これ以上の快感はないな」

「三十五パー割引か……」

ヒロキは小声で呟き、眼鏡の位置を直した。その様子を見て皆が視線を集めると、慌てて言い訳をする。

「いや、最近物価も上がってきたし……節約は大事ってことですよ」

ハヤトは相変わらず穏やかな笑みを浮かべたまま、ひとつ忠告を加えた。

「ただし、もし負けた場合は——言い訳無用で僕の訓練に従ってもらいますので、そのつもりでお願いしますね」

その言葉にも、タツヤやヒロキはまったく怯まず、むしろやる気満々の顔を見せていた。

「ミキさん、レンジさん」

ハヤトは二人を見ながら言った。

「本番の前に、腕時計の動作確認をしておきますか?」

二人は目を見合わせて頷く。

「では、まずはレンジさんからいきましょうか」

ハヤトは手を差し出し、にこやかに促した。

「はい、拳銃を手に取って、自分の血とリンクさせてみてください」

レンジは素直に頷き、ハヤトの指示に従った。

彼の指がゆっくりと拳銃に添えられ、五本の指輪が銃のグリップにぴったりと噛み合った。

まるで、この銃が彼のために作られたかのようだった。

「しっかり握ってくださいね」

カエル頭の教師が穏やかな声で言った。

「はい」

レンジは小さく頷き、銃をぎゅっと握り締めた——その瞬間。

「うっ……いてっ!」

思わず声が漏れた。

五つの指輪の内側に隠されていた細い針が指先を傷つけ、静かに血が滲み出す。

血液は極細のチューブを伝って腕時計へと流れ込み、そこから逆流する形で拳銃へと戻ってくると……

それは濃い赤の弾丸となって、薬室に収まった。

「手首を切って一発一発弾を作るよりは楽でしょう?」

ハヤトは口元に笑みを浮かべながら言った。

「ちょっと痛いかもしれませんが、体力で回復すればすぐに治りますよ。——さあ、試しに撃ってみましょうか」

彼は反対側の壁際に置かれた二つの空き缶を指差す。

レンジは深く息を吸い込み、銃を構えた。

——パンッ!

乾いた銃声が響く。

しかし弾は目標を外れ、缶から大きく逸れて壁に命中。

弾となった血は壁に穴を開けると、そのままゆっくりと溶けて血液へと戻り、滴り落ちた。

「……くそっ」

レンジはうつむき、小さく唇を噛んだ。

初っ端から壁に穴を開けてしまったことに、申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「大丈夫、大丈夫。最初は誰だって手が震えるもんです」

ハヤトは優しく励ますように言った。

「部隊に戻ってから、もうちょっと練習しましょうね」

「……はい。すみませんでした」

レンジは小さく頭を下げた。

「では次は……ミキさんですね」

ハヤトは黒蛇の紋章が付いた制服を着た少女へと目を向けた。

「あなたの能力はレンジ君とは少し違いますから、まずは腕時計の横にあるボタンを押してみてください」

「はい」

ミキは素直に頷くと、そのボタンに指を伸ばした。

チクッ!

「うっ……痛っ……」

ミキは小さく肩をすくめた。

腕時計のバンドから突き出た極細の吸収針が、正確に彼女の腕を貫いたのだ。

「では、腕をあの缶の方へ思いきり振ってみてください。

それと同時に、血が蜘蛛の糸のように素早く、そして正確に目標を捕らえるイメージを思い描いてください」

「はいっ!」

ミキはすぐさま腕を前へ伸ばし、真剣な表情を浮かべた。

シュッ!

彼女の指先から赤い糸のような血が放たれ、まるで絹糸のように空気を切り裂いた。

だが――惜しいことに、糸は缶をほんの少し掠めただけで、倒すには至らなかった。

それでも、血の糸はしっかりと壁に張りつき、まるで蜘蛛の巣のように広がっていた。

「おおっ、ミキちゃんすっごいね!めっちゃ狙い通りじゃん!」

レンジが驚いたように声を上げる。

「えへへ……たまたまだよ」

ミキは少し照れくさそうに笑った。

「とはいえ……」

ハヤトが淡々とした口調で続ける。

「君たちの力は“血”に依存していますから、使いすぎると気を失う危険性もあります。

つまり、戦闘中に貧血で倒れるなんてことも十分にありえるというわけです」

そう言うと、ハヤトは少し間をおいて付け加えた。

「なので、当分の間は鉄分の多い食事を心がけてくださいね」

「はいっ!」

ミキとレンジが元気よく返事を揃えた。

「さて、ゲームを始める前に、まずはこの教室の椅子を後ろに移動させましょう」

ハヤトはそう指示しながら、教室の隅に置かれた古びたミュージックプレイヤーの電源を入れる。

ノリのいい音楽が流れ始め、教室の空気が少しだけ軽くなった。

「ちょっとしたBGMでも流して、気楽に体を動かせるようにしましょうかね〜」

レ ンジ、りん、ミキ、オイダイラ、タツヤ、ヒロキ。

六人は素早く部屋の各所へと散らばっていった。

これはあくまで「ゲーム」…のはずだったが、張り詰めた空気の中、彼らの表情はまるで命を賭けた実戦そのもの。

「さあ――始めましょうか」

ハヤトの声が響き渡り、彼の体がゆっくりとリズムに乗って動き始める。

カエルの巨大な被り物をした男が、まるでふざけているかのように軽やかにブレイクダンスを踊り始めた――まったく本気を感じさせない。

――シュン!

最初に動いたのは、タツヤだった。

左腕から黒い羽毛が生え、背中には金属の翼が出現。左目は赤く輝き、狂気を纏う。

次の瞬間、彼の体が稲妻のようにハヤトへと突進する!

「速いな……」

ハヤトはポケットに手を突っ込んだまま呟き、ふいに体をひねってその場で宙返り――ダンスの延長のような自然な動きでタツヤの攻撃を軽々と回避した。

ヒュッ!

再びタツヤが攻め込もうとした瞬間、ハヤトのかかとが彼の腹部を思い切り打ち抜く!

ドガンッ!!

重たい音と共に、タツヤの体が壁に叩きつけられ、コンクリートが割れて大きな穴が空いた。

「はい、次の人どうぞ~」

ハヤトはまだ踊りながら、息一つ乱さず言い放つ。

倒れたタツヤは壁にもたれながらゆっくりと立ち上がろうとするが、体はふらついている。それでも目は、まだ負けていない。

他のメンバーたちは彼の様子を見て、躊躇していた。

「誰も来ないなら、降参と見なしますよ~。戦おうともしなかった人には、敗北者より厳しい罰が待ってますからねぇ~」

ハヤトは陽気な声で、しかしどこか本気の匂いを漂わせながら言った。

「うげっ……そんなルールありかよ……」

オイダイラが首筋を押さえながら顔をしかめる。

「まったく、正気じゃないな……」

そう呟いた直後、彼は覚悟を決めたように顔を引き締め、拳を握りしめる。

「俺は石だ!硬いんだ!怖くない!いくぞおおおおお!!」

ドンッ!

彼の拳は空気を裂きながら真っ直ぐにハヤトへと突き進んだ。

その手はすでに石のように変化しており、渾身の力がこもっていた。

「おお、なかなかのパワーですね」

ハヤトはにやりと笑い、軽く身をかわす。

「でもね……こういう攻撃って、パワーが強すぎると“弱点”もあるんですよ」

オイダイラの肩に手を置くと、すぐさまその肩を踏み台にして—

ヒュッ!

背後から全力のキックをお見舞い!

バンッ!

オイダイラはバランスを崩し、拳を壁に叩きつけてしまった。壁は貫通し、腕がすっぽりと埋まってしまう。

「うぐぐっ……抜けない!誰か助けてえぇぇ!」

彼の情けない叫び声が部屋中に響き渡った。

状況はますます悪化していく。

タツヤはなおも突進して攻撃を試みるが、ハヤトは軽く身をかわし、腰をひねって、肩をずらして、バク宙で頭上を飛び越え—

再びタツヤの体を壁に向かって叩きつけた。

「ど、どうしよう……!」

りんが声を震わせながら言った。仲間たちが次々と倒れていく様子を、ただ見つめるしかない。

「タツヤくん、まだ諦めてないのね……」

ヒロキは真剣な表情で目の前の光景を見つめる。

「アイツ……弱点が見当たらない……それにタツヤは無謀に突っ込んでばかりで、足を引っ張ってる……」

「じゃあ、どうすればいいんだ?」

レンジが不安そうに尋ねる。

「弱点を見つけるんだ。正面からぶつかっても無理だ。6人全員でかかっても勝てないかもしれない」

ヒロキは冷静な声で答えた。

「……弱点?」

レンジはその言葉を反芻する。

すると、ミキがふと思いついたように口を開いた。

「……ハヤト先生の弱点って、もしかして“あのカエルのマスコットの頭”なんじゃ……?」

その瞬間——

ヒロキがニヤリと笑って、指をパチンと鳴らした。

パチンッ!

「それだよ!ミキちゃんの言うとおりだ。あの顔は、彼が一番大事にしてるはずだ。そこを狙う!」

「で、どうやって?」

りんが首をかしげる。

「……ここは連携するしかない」

ヒロキはそう言って、まだ立っている仲間たちを集めた。

全員が集まり、ひそひそと作戦を立て始める。

その頃、タツヤをまたしても倒したハヤトは、のんびりと部屋の中央でブレイクダンスを踊っていた。

「さあ、次は“連携プレイ”かな? それとも“ギブアップ”? どうする?」

「お待たせしました……」

ヒロキは静かに言い、レンジ、ミキ、りんと並んで立つ。

「……ここからが本番です!」

その言葉と同時に、4人はそれぞれ別の方向へと一斉に動き出した!

風を操るりんは、跳躍して宙を舞い—

足元から生まれた風を利用し、天井近くまで一気に飛び上がる!

そのまま目指すは——ハヤトの“カエルマスコットの頭”!

しかし、ハヤトは——

体をひとひねりし、頭をすばやくそらせてかわす。

その瞳が鋭く光を放つ。

「……本当に面白くなってきましたね」

「おっと、おっと〜、それは“禁じ手”ですよ〜!」

からかうような声とともに、ハヤトはマスコットの頭を掴もうとするりんの両手首をとらえた。

そして——ヒュッ!

小柄な彼女の体を軽やかだがしっかりと床に叩きつける。

「うっ……!」

りんの苦しげな声が、軽く床に響いた。

しかし、ハヤトが態勢を立て直すより早く——

ヒュンッ!

空気を裂いて飛んできたのは、ミキの“血の糸”!

腕時計型の装置から放たれたその糸は、正確にハヤトの“カエルマスコットの頭”を狙っていた!

「ほう……やりますね」

ハヤトは口元をわずかに緩めると、腕を振ってその糸を逆に引き寄せた。

バシッ!

勢いよく引かれた糸にミキの体がよろめくが、彼女はひるまない。

その隙をついて、跳びかかるように接近し、素早く拳を突き上げた。

鍛え抜かれた空手の技が繰り出される——

ハヤトはすかさず身をかがめてかわし、

反撃として斜め下から掌底を振り下ろす!

パシィッ!

その手刀がミキの肩に的確に命中する!

ドンッ!

彼女の体が横へと吹き飛び、まるで衝撃波を受けたかのように壁際まで転がった。

「素晴らしいですよ、ミキさん」

ハヤトの声は落ち着いたままだが、どこか称賛の色がにじんでいた。

「結構疲れました……でも、あともう一歩ですね」

「……くっ……」

ミキは歯を食いしばり、ゆっくりと立ち上がる。

だが——これは“失敗”ではなかった。

すべては、計画通り。

ミキはすぐに後方の壁に目をやる。

そう、ハヤトは計画通り“死角”の位置まで追い込まれていたのだ。

——そこは、跳ね回ったりバク宙したりできないほど狭い場所!

ダンッ!

音もなく現れたのはヒロキだった!

彼は後方からそっと近づき、ハヤトの両腕を後ろからガッチリとホールド!

「今です、レンジくん——撃ってください!」

ヒロキが叫ぶ!

彼の体はハヤトを全力で抑え込み、動きを封じていた。

その間に、レンジはずっと狙いを定めていた。

銃口がハヤトの頭上の“金のタマゴ”を正確にとらえる。

彼は大きく深呼吸し、静かに言った。

「……すみません、ハヤト先生」

「さっき缶を外したのは……左目を使っていなかったからなんです。

でも今度は——絶対に外しません」



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