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前編

短編の誰がざまぁが正義と言ったのかしらの王子様側の裏事情です。恐らくこれだけでも内容は分かると思いますが、同シリーズを読んだほうがより楽しめると思います。

ーー誰もが平等だということは、誰の弱さも認めないという事だ


少し私の身の上話をしよう。

そこそこ大きな国の第二王子として生を受けたといえば恵まれていると思われるだろうが、私はなかなか厄介な状況に生まれ落ちた。

母上は同盟国の王族で、幼い頃から父上との政略結婚が決まっていたらしい。

だが心身共に繊細な性質で子どもを望めるか疑問視する声もあったという。

そこで東のダリル公爵家所縁の侯爵家から側妃として、父上の従姉妹がほぼ同時に輿入れすることになった……というのが建前の話だ。

真実は幼い頃から従姉妹を恋い慕っていた父上が、彼女を半ば攫うようにして側妃にしたという。


多少の釈明が出来るなら、父上は娶った後にけして母上を粗略にした訳では無い…と思う。

忙しくてもきちんと折々に母上に会いに来ていたし、元王女で正妃の格に相応しい生活を保証し、大規模な集まりでは常に母上をパートナーにするなどして、側妃を母上より上に置くようなこともなかった。


けれど側妃の妊娠が発覚した数ヶ月後に母上もまた妊娠していることが発覚し、二人共に男子を産み落とした時には、王家が長子相続としていることを理由に、兄上を王太子とすることを頑として主張した。


結婚当初から石女のレッテルを貼られ、ようやく産み落とした子の継承権まで下げられ、繊細な母上には耐えられなかったのだろう。

私が3歳を数える前に母上は病を得て逝去してしまった。


ここでまた誤解されるかもしれないが、母上が亡くなって確かに私の立場は弱くなったが、別に私が冷遇されていたとは思っていない。

側妃…母上の後を継いで正妃になった義母は私から見ても温厚で、申し訳ないと思っているのかいつも私に遠慮がちにしていた。

父上は何を考えているのか分からないまでも兄上と私を差別することはなかったし、兄上も屈託なく私に接してくれた。

けれどただ私だけが、時々言いようのないもやに胸が満たされるような感覚を感じていた。



私が6歳になった折に、北のクレイル公爵家の公女と私の婚約が取り纏められた。相当な紆余曲折としがらみが当然の様に付いた婚約だった。

前提として本来なら兄上の1番の支持基盤となるべき義母の実家及び寄親となる東のダリル公爵家は、義母の輿入れに纏わるゴタゴタによって王家と隔たりがあった。

故に代わって義母の姉が嫁いだ北のクレイル公爵家が今の兄上の後見となりその立場を支えている。


兄上と私が生まれた際の立太子に纏わる騒動は、当然の事だが同盟国でもある母上の母国からの苦情が凄かった。

望んでもない騒動に強制的に巻き込まれたダリル公爵家は、私の婚約が整うまで王都に寄り付かない事で母上の母国に潔白を証明し、同時に王家に対する鬱屈を表現した。

当然、私と縁付く事など望まない。


西のメイナーデ公爵家は海洋貿易が盛んで私の母上の母国と近しく、父上と母上の結婚を率先して取り纏めたのもメイナーデ公爵家だった。

ここと私を縁付けると、ようやく落ち着いてきた国内情勢にまた他国から横槍が入る可能性が上がる。

メイナーデ公爵家自体も未だに私の立太子を諦めていない気配があり、反兄上の先鋒でもあった。

真っ先に婚約先候補から消されたのもさもあらんという話だ。


私の婚約先がクレイル公爵家に決まった理由はそんな消極法の他にいくつかある。

まず、クレイル公爵家と縁付く事で私と兄上は強制的に同じ陣営から後援を受ける事になり、立太子に付いて貴族の間で意見が割れる危険性が下がる。

ついでに私が婿入することで、兄上の支持基盤が強化される。

そしてクレイル公爵家には3人の子どもが生まれたが、全員が女子だったため婿入する相手が必要だった。


さらに母上の母国との協議の結果、私の娘を次代の王妃とする事が決まったので、短期間に続けて王妃を送り込むことになってしまうダリル公爵家からも、兄上と対立しがちなメイナーデ公爵家からも王妃を出すのは適さないとされた。

侍従や乳母達からその辺りをやんわりと含められた私は、良く分からないが結局は自分が兄のために使われるのだということに、いつものもやもやを感じて苛立ちを募らせていた。


婚約者となったアーシエルに何か瑕疵があったわけではない。

むしろ初めて会った時からアーシエルは飛び抜けて賢く美しく、幼さをものともしない公女として文句のつけようのない淑女だった。

はにかみながら控えめに微笑む少女を、私が守らなければと思っていた。それが変わり始めたのはいつからだったか。



この国の貴族は7歳になると本格的な勉強が始まる。だいたいが家庭教師を雇って基礎教養から始まり、学園に入学する13歳までに貴族として生きるために必要な一通りの事を学ぶ。

学園では学んだ事の実践とさらなる知識の補完をメインに学び、5年後の卒業後の進路の足場固めを行うのが一般的だった。


だが私の1つ歳下のアーシエルは4歳からすでに教師について学び始めていて、成績も文句が付けようのない優秀さだった。

王家の者として私も6歳になる前から教育を始めていたが、アーシエルに勝ったと思えたことは一度もなかった。


そしてアーシエルだけでなく、兄上と比べても私は優秀ではなかった。

兄上は王太子なので、私と学ぶ内容や方向性が多少異なる。

そのため主となる教育者はそれぞれ別につけられた。


婿入する予定のクレイル公爵家はどちらかといえば内政に携わる者が多いが、私は血筋からいって将来的に外交を担う事を望まれていたので、教師は貿易が盛んな西に縁がある者が多かった。

後から考えればメイナーデ公爵家からの圧力もあったのだろう。

王家と隔意があろうと、国に寄与してくれているメイナーデ公爵家の功績や権力は無視しきれない。

過激な思想を持つ者はさすがに省かれただろうが、自然と私の周囲には西の出身者が集まるようになった。


そうなると、必然というべきか、兄上と私の教師陣の間で競争意識が焚き付けられるようになる。

もちろんそれぞれが私達のより良い成長を願っていたのは間違いないだろうが、私達兄弟の間にある問題も含めて考えると、自分達が認められたい、勝ちたいと願うのは自然なことなのだろう。

さすがに明確に言葉で兄上に勝てと言われた事はなかったが、教師の意向にそれが含まれていることは幼くても敏感に感じ取っていた。

兄上にもアーシエルにも敵わない私への、教師達の焦りと失望も。


自分なりに頑張っても成果が出ないその頃の私の逃げ場は、王宮の薬師部屋だった。

そこには母上の母国から繊細な母上のために付いてきた老齢の薬師がいて、私が薬師部屋に行くと少し困ったようにしながらも、お茶を出して迎えてくれた。

少し薬草臭いけれど蜂蜜の甘さを感じるそのお茶が、私は不思議と好きだった。

ほのかに残る母上の記憶を刺激されるからかもしれない。

人生最後の経験と思って母上に付いてきたという彼女が引退するまでの数年間、戯れに薬草についていくらかの知識を教わった。



「フィリス殿下にお願いがあります」

私が学園に入学した年の夏の終わり頃、婚約者との交流のためのお茶会で、アーシエルから相談を持ち掛けられた。

すでに領地で学んだ内容の実践に入っていたアーシエルのもとに、珍しい薬草が持ち込まれたらしい。

クレイル公爵家でも調べてみたが、異国の知識がある王宮の薬師達にも使えないか見てほしいとの事だった。

珍しいアーシエルからのお願いに気を良くして、快く王宮の薬師達を彼女に紹介した。

興味をひかれたので時間を割いて研究を見学したが、なかなか楽しい体験だった。

良い実験結果を得られて気分良くアーシエルに報告に向かうと、彼女もホッとしたような顔をしていた。


「こういう事は多いのか?」


何気なく訊ねると、いいえと否定しながら思案するように少し瞼を伏せる。


「今回は少し特殊でしたけど、領地で良い物が作れるなら推奨したいと思っています。

領地経営に携わっていると、自分が優秀だと言われていたのがお世辞だと痛感致します。

私は知識を詰め込む事や必要な人に繋ぐことは出来ますが、他に出来ることもありませんから、発想力や技術のある者は大切に拾い上げていこうと思います」


アーシエルが何の含みもなく言ったのだろうその言葉に、私はザックリとナイフで切り付けられた気がした。

常に私の先を行っているアーシエルが優秀じゃないと言うのなら、彼女にいまだ手が届かない私はどうなのだ。

アーシエルのその言葉が謙遜だと分かっている。

だが楽しかった気持ちがすっかり吹き飛んでしまった私は曖昧な相槌だけして、言い訳を立てて早々に席を立った。



あの後から、私は周囲に問い詰められない程度にアーシエルと距離を取るようになった。

それでも会わないわけには行かなかったから、頻度は減ったが交流のためのお茶会は続いていた。

アーシエルは会うたびに楽しそうに領地の話をした。

アーシエルの好みもあるだろうが、たぶん将来的に私が一緒に治める場所だからと気遣っての事だろう。

こういう物を新しく作った。

こういう施策を新しく立てた。

こういう問題があったから、こうしようと思う。

どれもこれも私には思い付かない事ばかりだった。

そうして彼女は私に問うのだ。


「フィリス殿下はどう思います?」

「フィリス殿下ならどうしますか?」


分からない。

けれど婚約者の、本来なら自分が守るべき年下の少女に、そんな事が言えるわけがない!


「君がそう思うなら、間違ってないと思うよ」

「君の思う通りやれば良いと思う」


初めは私も必死に教師に訊いたり調べたりしていた。

けれど拙く出した私の案は、おおよそすでに検討済だったり検討外れだったりで、感情を悟らせない笑みを浮かべながらそう言うのが、いつの間にか私の常となった。

崩壊の足音はこの時にはもう近付いていたのだと思う。


学園の2年生になった時、1人の少女が学園に入学してきた。

間違いなく子爵家当主夫妻の子女だが、まだ赤子の時に当主の愛人に攫われ、平民として育ったという。

最近になってようやく子爵家に戻り、このたび学園に入学したらしい。

正妻から生まれたのに嫡女としての待遇を受けて来なかったという彼女の噂に、少し興味を引かれた。


そんな折に移動教室のために廊下を歩いていると、泣きそうな少女を見かけた。

話を聞くと、移動教室の連絡を受けていなかったために、どこに行ったら良いのか分からないという少女が例の子爵家の子女、ルリアだった。


成り行きで助けて、その後成り行きで会えば話すようになり、成り行きで勉強が追い付かないというルリアの相談にのるようになった。

学園に来れるような貴族の者達は、大抵が一通りの学問の基礎を終えている。

授業もそれに準じたレベルになるため、前提知識が追い付かなかった彼女は相当に苦しかったと思う。

貴族の感覚にもまだ馴染めず、孤立してしまっていたために誰にも頼れなかったのに、諦めず図書室の自習スペースで必死に勉強している姿に感銘を受けた。

自分が思うように上手くいっていない現状に重ねてしまったところもあるかもしれない。

初めは遠慮していたルリアを強引に押し切って、時間を割いて勉強を教えるようになった。


「フィリス殿下は教えるのが上手ですね」


「そうかな。私は一度学んだだけでは理解できないから、試行錯誤した結果かもしれない」


「私だって一度では理解しきれませんよ。私のレベルじゃまだまだフィリス殿下には追いつきませんけど、頑張りますので一緒にやれば良いじゃないですか」


屈託ない笑顔でそういうルリアに、一緒にやるという選択肢があるのかと気付かされた。

ルリアは人に寄り添うのが抜群に上手な人間だった。

彼女の側では劣等感を刺激されない。

自然に息ができて、普段から思い煩っている色々なことを忘れられる気がした。


「最近、良い顔をされるようになりましたね」


「そうか?」


まったく自覚がなかったので、側近の1人にそう言われて首を捻る。


「ええ。以前の殿下は、何だか張り詰めた所がありましたから。

きっとルリア嬢のおかげでしょう」


そう言われて少し苦い気持ちが湧き上がる。

当たり前の話だが、婚約者がいる男が婚約者以外の女性と影響を受けるほど親しくするのは、好ましいことではない。


「ーー彼女とはそういうのではない」


言い訳がましく否定すると、側近の彼はすっと真面目な表情になって姿勢を正す。


「殿下。私は……殿下の側近達は皆、殿下の幸せを願っています。

殿下は充分に優秀で努力家で優しい、人に認められて幸せになるべきお方です。

私達は殿下がどのような決断をしても、殿下に付き従います」


すっと綺麗に頭を下げて退出する彼を見送りながら、複雑な気持ちを持て余す。

彼らも実家から色々なことを含められ、私に仕えているのだろうと分かっている。

けれどもしかしたら、それだけでもなかったのかもしれない。



それからしばらくして、ルリアが自習室でひっそりと泣いているのを見つけて問いかけると、何でもないと誤魔化された。

不審に思って調べさせると、アーシエルの学友達が私との付き合い方について、ルリアに苦情を言い立てているらしい。

ただ共に勉強し、他愛もない話で笑い合い、手さえ握らずにいるだけなのに、それすら自由にならないのかと憤りが湧き上がる。


すぐにアーシエルを呼び出し厳重注意をすると、アーシエルは表面上は不服を表さずに気を付けると了承した。

けれどそれからルリアは誰からも無視されるようになったという。

元々孤立気味ではあったが、今は話しかけても挨拶さえされないらしい。

表立って文句を言われる事は減ったが、隠れた地味な嫌がらせは無くならないようで、ルリアは辛そうな表情をすることが増えた。

見過ごす事も出来ず、私はルリアを守るためによりルリアとともに過ごす時間を増やすようになった。

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