2話…教育実習生。
次の日。
いつも通りの日常で、私の高校2年目が始まった。
勿論、私を慕ってくれる人はいないので、ひとりぼっちでの登校だが。
と、そんなことを思っていれば…
明日香「おっはよー美桜!」
私の背後から、私の唯一の友達が挨拶してきた。挨拶だけならまだしも、私より数センチだけだが高いのに、覆い被さってきた。
美桜「…おはよう、明日香。
ねぇ、その挨拶の仕方、少しはマシにならない?」
明日香「えー。だって美桜、いつもつまらなさそうな表情してるからさ。少しは驚かそうと思って!」
これしきのことで驚いていたら、【詐欺師】共を改心させる巫女として、やっていけるわけがない。
それを、明日香も理解している筈なのに、それでも止めない。
まあ、それが明日香らしいと言えば明日香らしいか…。
明日香「ねぇ、それより知ってる?」
美桜「何が?」
明日香「今日から来る教育実習生のこと!」
教育実習生…。
何か嫌な予感がした。
明日香「何でも、滅茶苦茶イケメンらしいよ!」
美桜「……へぇ。」
明日香「しかも大学内でもモテモテなんだって!」
美桜「それがどうかしたの?」
明日香「それだけイケメンってことなんだよ?もー超今からドキドキワクワクで、私の胸が持つか心配だよー。」
明日香も可愛い部類に入る。だが、これまで彼氏がいたことはない。何故なのか不思議ではあるが、彼女なりに軽はずみで付き合うということをしていない証拠なのだろう。
そんな彼女が、たかが噂でしかないものを、楽しみにしているというのは、意外ではある。
美桜「…ふーん。」
明日香「ねぇ、興味なさ過ぎじゃない!?イケメンなんだよ、イ・ケ・メ・ン!」
美桜「だからどうしたの?」
明日香「イケメンなんて、そこに居るだけで癒しになるんだよ?
美桜だって大変な仕事してるんだからさ。癒しは必要でしょ?」
美桜「はぁ…。」
これまで私も、そりゃイケメンと対峙したことはある。だが、大概が【詐欺師】だったので、信用するに値しないし、何よりも私の仕事対象だ。
故に、イケメンを見ると、何よりも先に【詐欺師】ではないかどうかを、疑うようになってしまった。
まあ、そんな夢を壊すようなこと…言えるわけがないのだが。
明日香「はぁ、どんな人なんだろうな~。
彼女とかいるのかな?いなかったら私、彼女立候補しちゃおうかな~!」
美桜「普通の人なら応援するけど、【詐欺師】だったら全力で止めるからね。」
明日香「大丈夫大丈夫!【詐欺師】だったらとっくの昔に、美桜に祓われてる筈だからさ!
それがないってことは、普通の人ってことだよ。」
美桜「あのねぇ。【詐欺師】達だって、自分が【詐欺師】ってバレないように生きてる奴らだっているんだから。
だからそいつが【詐欺師】の可能性だって、まだあるんだよ。」
明日香「あ、まあ確かに…。
でもそうなれば、美桜が祓ってくれるでしょ?その後に付き合うことだって出来るんだしさ!」
美桜「……はぁ。その楽観的さを、少しは分けてほしいよ。」
明日香「美桜は慎重派過ぎるからね。」
慎重派というより、他人を信じられなくなっただけだ。
この世には確かに、生来嘘を吐く存在、【詐欺師】がいる。
だけど、嘘を吐くのは…何も【詐欺師】達だけじゃない。
普通の人間ですら、嘘を吐くのだ。私はそれを…痛い程、知っている。
幾ら【詐欺師】達の心を改心させたって、この世から【嘘】というものは、なくならない。
だから、私がどう頑張ったって、【嘘】という悪意は、人々を苦しめるのだ。
…そう考えると、私は一体何の為にこの仕事をしているのか、わからなくなる。
どれだけ頑張っても報われない…そんな気がしてならない。
明日香「ほら、美桜!そんな暗い表情せずに、今日も1日お互いが頑張れるよう、おまじないをかけよ?」
……それでも。
私は、彼女の笑顔を守りたい。
愛というものが、どういうものかはわからない。でも、私は、明日香を守りたい。こんな私の唯一の友達でいてくれる。そんな彼女を、【詐欺師】共から守りたいんだ。
明日香は私に笑いかけながら、私に手を差し出す。
私はそれに応えるように手を握り返して、こう唱えた。
美桜「…今日も、私と明日香に、神々の御加護が在らんことを。」
明日香「よし!これで今日もいい日になりそうだよ!」
美桜「単純だなぁ。」
明日香「そうかな?だって美桜の力はとても強いんだから、こういう願掛けにも効きそうじゃん!」
美桜「…まあ、信じるものは救われるって言うしね。」
明日香「でしょ!だから、今日もいい1日になるんだよ。」
美桜「…私には、明日香さえいてくれれば、それで…」
明日香がいてくれれば、それだけでいい日だ。
明日香さえいてくれれば、それだけで……。
明日香「何か言った?」
美桜「…ううん、何でもない。」
なんて、言えるわけもなくて。
だって、明日香は普通に異性愛者だ。そして私だって、家系的に子孫を残さなきゃいけないから、男の人と結ばれなければならない。
わかってる。わかってるんだよ。
でも、それでも……。
私は、明日香の中で1番で居たい。
私の中で1番は、明日香で居てほしい。
そんな愚かな願いが、私の中で募っていく。
こんなのがバレたら、きっと友達を取り止めになるんだろうな…。
だから私は、今日もその気持ちを押し殺す。
私の日常は、全て私の意思を押し殺して完成している。
それが、私のつまらない日常であり、うんざりした現実だ。
神様なんていない。
いるのは、悪魔だけだ。
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≪キーンコーンカーンコーン…≫
予鈴が鳴る。朝の自由時間は終わりだ。
予鈴が鳴ると同時、教室の前の扉から、スーツ姿の担任の水嶋先生が入室。
水嶋先生は普段はジャージ姿なのだが、今日は新学期な上に進級したてというのもあり、スーツを着こなしていた。
だが、ジャージ姿の方が見慣れているので、何だか違和感しかない。
水嶋「席につけー。…よし、ついたな。
中学までは毎年クラス替えがあり、担任も変わっていただろうが、高校は違うぞ。高校ではクラス替えは行われない。故に、担任が変わることもない。なので、俺が今年もこのクラスの担任だ。宜しくな。
っと、挨拶もそこそこに、今日からこのクラスに教育実習生がつく。
紹介しよう。入ってこーい。」
教育実習生が来るという話は、既に皆に知れ渡っていたのか、皆騒ぐこともなかった。
けれど…≪彼≫が入ってきたと同時、女子達の黄色い声が色めきだった。
瀬斗「初めまして。今日からこのクラスでお世話になる、教育実習生の不二咲 瀬斗です。宜しくね。」
甘い中性的なフェイスに、片耳だけのピアス穴。
髪型は流行に合わせたものだろうか。それでも、モデルと見間違える程、整った顔立ちにスタイルだ。
それに加え、優しい声色。心が癒される…とでも言うのか。
目を奪ったのは、クラスの女子のみならず、性別の垣根を越えて、男子達までもが魅了された。
瀬斗「得意科目は体育。苦手科目は音楽…かな。僕、結構音痴で。
あ、でも皆の流行にはついていけるよう、勉強はしているつもりだから、勉強に限らず仲良くしてもらえると嬉しいな。」
そう、屈託のない笑顔を振りまく。
水嶋「はい、何か質問ある奴はいるかー?」
莉央「はい!はい!」
水嶋「莉央。」
莉央と呼ばれた茶髪のギャルのような装いをした少女は、勢いよく席を立ち、質問した。
莉央「瀬斗先生って、彼女いますか!?」
不二咲先生と呼ばず、下の名前で呼ぶ辺り、彼女らしいと言うべきだろう。彼女は誰にだってそうだ。
気に食わない奴相手でも、何故だか下の名前で呼ぶ。それは彼女の父親が、アメリカ人だからなのかもしれない。
ギャルのような装いをしているから、髪も染めたものだと思われがちだが、あれは地毛なのだ。
その証拠に、高校生というのは何かと金がかかる。だというのに、彼女の髪は根元から綺麗に茶髪になっている。金がかかるのにそんな頻繁に美容院に行けるのは、極僅かだ。
あとはまあ、私が小学生の頃から彼女と同じ学校なのも、証拠になるだろう。
水嶋「莉央はまたそれか。」
莉央「てへっ。で、彼女いるんですか!?」
呆れ顔で水嶋先生は莉央に反応する。だが、その呆れ顔にも笑顔が混じっているので、いつものことだと割り切っているようだ。
瀬斗「いないよ。」
莉央「えー!本当に!?」
瀬斗「うん。僕、こう見えて奥手でね…。」
莉央「じゃああたし、立候補しちゃおっかなー。」
瀬斗「あはは。嬉しいけど、卒業するまでは正式にはお付き合いしないことにするね。」
などと、1人は本気、1人ははぐらかすように話していた。
…そんな私は、探っていた。
こんなイケメンが、【詐欺師】なわけないと踏んで。
こんなにイケメンなのだ。大抵の確率で【詐欺師】なのは間違いないだろう。
だが、何故だろうか…。この不二咲先生からは、【詐欺師】特有の匂いというかオーラというか…そういうものが感じ取れない。
まさか、天然物でこんなイケメンなのか…?
美桜「(…いやいや、まさか。
きっと、上手いこと隠しているつもりなんだろう。
だけど、必ず暴いてやる。貴方のその、裏の顔を。)」
私は1人、闘志に燃えていた。
瀬斗「(……やっと見つけたよ。僕のお姫様。)」