泥棒税金
「まずい、まずいまずいまずい……」
部屋でひとり、そう呟いてみても事態が良い方向に向かうどころか事の重大さが身に沁み、足が震えるだけだ。
「取り立てが来る……」
そうだ、来るぞ。まず電話が来たんだ。近々行くからな、と。もっと丁寧な言葉遣いだった気がするがどうでもいい。結局同じことだ。『金を払え』
「だが金はない。ないないないない……」
出てくるはずもないのに部屋をぐるぐる畳をふみふみ。押し入れの中は仕事道具だけ。そう、これだけだ。金はパッーと使ってしまった。ああ、おれの悪いところだ。つい調子に乗ってしまい、他の事がどっかいっちまう。が、連中を前にしたら、そんなの言い訳にもならない。まずいまずいまずい……やっぱりやるしかない……。
おれは日が暮れるのを待ち、仕事道具一式が入った鞄を手に外へ出た。一瞬、このままどこか遠くの町へ逃げてしまおうかとも思ったが根無し草ではこの世界、生きてはいけないだろう。
おれに残された手はもうこれしかないのだ。この手しか……。
「これが……こうで……よし、開いた……」
家のドアの鍵と比べ、かなり手こずったが、その割に成果はイマイチであった。株券と古い時計。これは恐らく当人にしか価値がない。形見とかそういった類のものだろう。肝心の現金は束にもならない。これでは支払いなど……ん?
「あっ」
「え、な、なんだお前、あ――」
家主に見つかってしまったが、我ながら見事な手さばき。おれは近くにあった延長コードをコンセントから引き抜き、家主の身体を縛り上げてやった。前にその仕事も考えていた時期があり色々と練習、体が覚えていたようだ。
「大人しくしろ。いいな」
「ご、強盗か……」
「違う……が、そうか。もう、そうだな。金を出せ。いや、どこにあるか教えろ」
「く、仕方ないか……命は助けてくれるんだろ?」
「さあ、どうだろうなぁ。とっとと教えろ」
なんたる征服感。支配欲が満たされるこの感覚は空き巣とは違ってまた良い。
と、意図せず強盗に転身してしまったが、おれは元々は空き巣だ。調子に乗りヘマをする前に素早く撤収するに限る。
それは我ながら良い判断だった。金が手に入り、無事自宅に帰れた。あとはこれを支払いにあてれば問題ない。……とノックの音。ちょうど来たか。二人組。夜だろうとお構いなしだな。いや、見張られていたのかもしれない。帰って来たところを見計らい、とやはり恐ろしい連中だがまあ、堂々としていればいいさ。金はあるんだ。
「はいはい、どうぞおあがりください」
「いや、ここでいい。金を払ってもらおう」
「ええ、お金ですよね。はい、どうぞこちらにありますとも。足りますよね? 先月と先々月分の税金に」
「……ああ、足りるな。だが今回の分の税金を差し引かなければの話だ」
やはり、見張っていたか。それも自宅ではなく、おれ自身を。行動を把握していたんだな。だが、それでもこの金なら足りるはずだ。おれはニヤッと笑い、よく数えるよう言おうとした。
「いや、泥棒税ではない。……強盗税だ」
おれの考えを見越したかのように男はそう言った。そしてもう片方の男が、素早くおれの背後に回り、手首を捻り上げた。
「いたい、いたいいたいです!」
「静かにするんだな。警察を呼ばれて困るのはお前だけだぞ」
「は、はい……で、でも強盗税だって、あ……」
しまった。泥棒税よりも強盗税のほうがずっと高いのだ。
泥棒税に強盗税、詐欺税といつからかこの国では犯罪で手にした金に税がかかるようになった。犯罪者はどうやっても湧くものだ。ネットのフリーマーケットや売春、ホスト、キャバクラ、風俗、無人野菜販売。少額だろうが何だろうが、あらゆるものからキッチリと税金を取り立てるようになった世の中。日陰者の犯罪者だろうが関係ない。収入あるものには税金を。
そんなの有り得ない。犯罪を把握できるのなら捕まえてしまえばいいと、おれもそれを知った時は思ったものだが政府は盗られた側のことなど知ったことではないのだ。騙し取られた被害者たちにそっくりそのまま金が返ってきたことなどあるだろうか。いいや、ないね。
だから、おれのような泥棒も税金さえ払っていればお国の犬の鼻も鈍ってくれて、問題なく仕事に精を出せるというもの。しかし、支払いをごまかしたり、できずにいると……。
「じゃあ、行こうか。ほら、とっとと歩け。収容所に直行でいいな? 調書を取るのは面倒だし、それに……ふぁーあ。眠い」
「この金、いくらか個人的に貰っておこう。手間賃だ」
……もうおしまいだ。だから大きな欠伸をし、ケラケラ笑う二人におれは言ってやった。
「この、税金泥棒!」