第一話
これで……何回目になるだろうか。
積みあがった死体の山。
沈む夕日がきれいでで目が焼けそうだ。
それらを眼下にとらえつつ、城壁の上に立ち、俺は考えた。
10回目は覚えてる。
東から来た敵に石を投げ、誘い込み、矢を浴びせ、包囲して殺させた。
11回目も覚えてる。
西から来た彼らの士気の低さを利用して、大きな声で威嚇し少数を大群に見せて殺させた。
12回目も覚えてる。
前回の倍を用意した敵に対し、城壁まで下がってひきつけた後、川の堰を切って一気に殺させた。
13回目は南の山から攻めてきた敵に油付きの火矢を放って殺させた。
14回目は……そう、あれだ。敵の将軍が出てきたのを知って影から殺させた。
15回目は――なんだろう。
毒を使った気もするし、焼いた気もする。投降するふりをして嬲り殺した記憶もかすかにある。
そのあたりから、記憶はおぼろげだ。
講和の使者はことごとく殺された。
同盟国への援軍要請は黙殺されたまま、来る気配もない。
北の国に用意していた牽制軍は金の圧力で帝国側に裏切った。
南の商業ギルドによる圧力は帝国のエネルギー資源を餌に沈黙した。
外交手段は――もうない。
帝国もメンツがある。
ここまで小国にコケにされたのだ。
和平の道など、とうにないのだろう。
文字通り、この国が亡ぶまで帝国は軍を寄越し続けるのだ。
……ああ、ほんと。
これで……何回目なのだろうか。
血だまりと人肉が腐り、ハエがたかる中、俺は考えた。
「99回目」
騎士の兜を投げ捨てながら「で」と彼女は続ける。
「これで100回目」
目の前。城門の眼下。遠目ではあるが、しかし、ここに到着するのはきっとすぐ。
これまでにない規模の大群が隊列をもって進行してくるのが分かった。
「……そうか」
そう。俺は幾度となく敵を殺させた。
殺したのではない。そのほとんどを彼女に殺させた。
彼女が言うには99回。
俺は敵を殺させたのだ。
血まみれの鎧。はこぼれた魔剣を捨て、背中から新しいものを取り出す。
深紅に揺れるその髪は地毛か血か。
夕焼けに燃える空を背景に立つその姿はとてもきれいだった。
「兄」
「なんだ」
「次の……作戦は?」
「……作戦?」
聞き返すと同時、地面から声の方に目を向ける。
「……」
疑いない目。視線。
俺に対する全体的な信頼。揺るいだことのないその深紅の瞳。
それは、今も変わらずまっすぐこちらを見ていた。
「そうだな」
「うん」
「門は、あとどれくらい持ちそうだ?」
「もうない。さっき誘い込んだ時に全部壊されたし」
「装備はどうだ?」
「魔剣は私が持ってるこれが最後。あとは槍が三本と弓が二本」
「城の兵器はどうだ?」
「火矢が一台」
「……一台か」
「でも」
「…………」
「矢がもうない。だから打てない」
「そうか」
そして、俺は確認する。
分かり切ってる事実を、妹に確認する。
「こっちの――現有戦力は?」
「私ひとりだけ。みんな死んだ。戦って死んだ」
「……そうか」
「うん」
「そうだな」
「うん」
「ああ、……そうだった」
魔力を持たない女と子供の大半はすでに亡命させた。
残った兵力は先の戦いで使い切った。
あれだって兵力差を考えれば奇跡のような勝利だったのだ。
二人、生き残っているだけで十二分だろう。
つまり。そう。
もう……取れる手段はなかった。
残ったのは、俺たちだけだった。
――さあ、どうするか。
帝国軍がここに来るまで半刻もない。
決めるなら今しかなかった。
すでに結論が出ているにもかかわらず、俺は考える、ふりをする。
直感で出した結論の背中を押すため、理由を探す。
そんな俺を待つ妹は俺をじっと見ながら変わらない無表情で答えを待っている。
「――よし」
俺は立ち上がった。
「カエデ」
「なに?」
そして、俺は言った。
すでに分かりきった結論。出し切った答えを言った。
「逃げよう」
カエデは迷うことなくうなずいて、剣を懐にしまった。
そして幾年後。しばらくたった後。
伝説として語られる。
帝国の大陸統一戦争の最終版。
続々と大国が滅ぼされていく中、最後まで帝国に抵抗しそして滅んで行った国があったそうな。
巧みな外交戦略によって生き抜き、大陸の中で最後まで独立を維持し続けた国があったそうな。
その国は、たった数百の軍しか持たず、王は若く、騎士は女で、城は貧弱だったそうな。
歴史として語られている。
数万の帝国軍を九十九度退けたこと
のべ、15万もの兵を退け続けたこと
最期――帝国は20万もの兵を動員してその国を滅ぼしたこと
そして伝説らしく――最後、こんな締めで終わるのだ。
その小国の王と騎士は、いまもどこかで生きていて
いずれ、どこかで、ある時いつの日か
再起を図ろうとしている――と
一週間に2回ぐらい投稿していきます。
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現在漫画版作成中ですのでそちらもお楽しみに