『勝者の帰還、敗者の末路』
全てが終わり、まだ明るさの残る夕刻、自校のグラウンドを後にしたナインは、幸太郎も含めて服部家へ凱旋した。
「お、おい、俺はマズいんじゃないか」
遠慮する幸太郎だが、
「いいって、風間も来いよ。功労者なんだし」
学を始め、他の伊賀者も手を引っ張り逃がそうとしなかった。幸太郎以外は皆、少なからず負傷しており、暗い田舎道を喜び騒いでだらだらと歩き、服部邸に到着した。
「じいちゃん、やったぞ。甲賀を倒し、甲子園を勝ち取ったぞ」
玄関の扉を開けるなり剣蔵が叫ぶ。
「見ておったわ」
突然、伊賀者達の目の前に出現する萬蔵。皆、驚き、腰を抜かしそうになる。しかし、すぐに気を取り直し、
「長老、やりました」
と喜びの報告を行った。
「ああ。お主達が甲賀に翻弄されているのもちゃーんと見たわい。ふぉっふぉっふぉ」
萬蔵は意地悪な笑みを浮かべる。
「ちゃんと勝ったんだからいいじゃねえか」
不満顔の剣蔵だが、
「風間君のお陰でな。さすが風魔、優秀な血筋を残したものよ」
萬蔵は真っ先に幸太郎を讃える。
「気付いて……いたのですか」
青い顔で幸太郎が尋ねる。
「風魔とはわからなんだが、ただ者じゃないのはのう……。昨日、君と顔を合わせた時、思わず威圧の眼力を使うてしもうたわ」
「道理で……。肝が縮みました」
「そう身構えずとも良い。儂は風魔と争う気などない。もっとも今後はわからんがのう」
萬蔵は孫の顔を見た。
「服部……」
幸太郎も剣蔵の顔を見た。剣蔵の目は、試合で強打者に対しているかのように幸太郎を睨み据えていた。
「ふぉっふぉっふぉ。君と剣蔵がライバル関係を築けたのが一番の収穫であるかな……」
萬蔵は高らかに笑う。そのままナインは邸内に通された。
畳敷きの大広間には、人数分の膳が用意されていた。幸太郎も含め、萬蔵を中心として全員が円形に腰かけた。
「皆の衆、よくぞ使命を果たしたのう。今宵はそれを讃えて一席用意させてもろうた。存分に食べるが良い」
萬蔵が手を広げ、皆に箸を進めるよう促す。そこへ手を挙げたのは才之助だ。
「それはそうと長老、我々の使命はこれにて果たされたという事でよかったですかな」
「勿論じゃ。内容に苦言は呈したものの、結果は結果。甲子園出場を果たしたのだから、そこは認めるわい」
萬蔵の言葉を聞き、伊賀者達は皆、安堵の表情を見せた。
「長老、もう一つ聞きたい事が……」
学が手を挙げる。
「何じゃ?」
「我々は今後、プロ野球を目指す必要があるのでしょうか。最初の命令だとそんな話だったような……」
「ふむ。そんな話だったのう……」
萬蔵は鼻の下の髭に触れながら、少し考えるような顔つきをした。そして、全員を見回し、尋ねる。
「お主達自身はどうなのだ。プロ野球の選手になりたいのか」
「いや……」
学をはじめ、皆が首を横に振る仕草を見せた。違った反応を見せたのは、幸太郎と剣蔵だけだ。
「風間君は……プロに行きたいのだろうな」
「ええ。己れの実力が認めて貰えるのであれば是非」
幸太郎は大きく頷いた。
「剣蔵、お主はどうじゃ。否定しなかったようだが」
「俺は……」
剣蔵は、彼にしては珍しく迷いのある表情を見せる。
「己れの実力を試してみとうなったか」
萬蔵が鋭い眼力で見据えると、剣蔵の額から汗が流れる。こうなると、蛇に睨まれた蛙のようになってしまう。
「い、行く訳ねえだろ、プロなんか。俺は伊賀忍者だ」
剣蔵はぶっきらぼうに言い放った。
「そうか……。お主達の気持ちはわかった」
萬蔵はここで言葉を切る。そして、再度、伊賀者達を見回すと口を開いた。
「今聞いた通り、お主達はプロになる気など毛頭ないようじゃな。だが、使命は絶対じゃ。忍びたる者、命じられた事は命を懸けて遂行せねばならん!」
萬蔵のセリフが雷のように響き、伊賀者達は唖然としてお互いの顔を見合った。だだっ広い大広間に沈黙が流れる。しばらく萬蔵も黙って若者達を睨んでいたが、
「だが、今回に関しては従わずとも良い……」
話が逆転し、伊賀者達はまたも困惑する。萬蔵は話を続ける。
「甲賀は活躍を示す事で表舞台に出たいようじゃが、こちらはそんな事はどうでも良い。勿論、プロ野球など行かずとも良い」
「な、何だよ、最初の命令は何だったんだ」
剣蔵が半ば怒り気味に聞く。
「嘘も方便、甲賀への負けじ魂を養わせる事と、使命を与える事で、お主達の成長を促したかったのじゃ」
「そういう事か……」
合点がいったようで頷く学。
「今くらいで満足されては困るんじゃよ。儂はお主達を見ていて、今後の伊賀が本当に心配だった。今回の使命はその為の荒療治という訳じゃ」
「何だよ……拍子抜けしちまったい」
ため息を吐いて放心状態の剣蔵。だが、萬蔵は今一度、厳しい表情になる。
「ただ、これだけは言うておく。甲子園に行けなければ処刑というのは紛れもない本心じゃった。だからこそ、お主達も必死になり、死地を切り抜けられたのじゃろう」
そう言って伊賀者全員を見下ろすと、萬蔵は言葉を続ける。
「風間君、いやさ風魔小太郎殿、礼を言う。君がいなければ、こやつらは甲賀に粉砕されておった。それに、君のような一段上の猛者がいてくれて、大いにこやつらの刺激になったであろう」
頭を下げる萬蔵に、幸太郎は
「いえいえ、僕も負けまいと必死でしたから。それに、ここにいる皆がいたからこそ、石に噛り付いてでも勝ちたいという気概が持てたんです。お互い様ですよ」
と恐縮して、逆に頭を下げ返すのだった。
「そうか。それならば負い目を感じる事もないかのう。儂も安堵したわ」
そう言うと萬蔵は立ち上がり、改めて全員を見回す。そして言葉を続けた。
「皆の衆よ、覚えておけ。使命の趣旨が偽りであったとはいえ、忍びの掟は絶対であるとな。甲賀を見ておれ、必ずやお主達に敗れた報いを受けるであろう」
「は、はい……」
何故か幸太郎も含めて、全員が神妙に返事をしたのだった。萬蔵はそれを見て安心したかのように頷く。
「よし、では存分に飲んで食べて騒ぐが良い。屋敷の周囲は監視もしておる。気にせずに楽しめ」
萬蔵が杯を上げると皆もそれに倣い、ようやく本格的に祝宴が始まった。こうなると、若き伊賀者達は止まらない。はしゃぎ始めて大騒ぎになった。誰かがいつの間にか席を外した萬蔵の残り酒を飲んだようで、試合の負傷は何処へやら、数名が広間で暴れ回る。
「俺の動き、捉えられるだやか」
猿飛が分身で飛び回れば、
「斬るっ」
才之助が床の間の日本刀を取り、それを振るう。さすがにこれは危険で四つ子が総掛かりで止めた。
「うがぁあ」
今度は太が四股を踏み土俵入りの真似をする。そこへ剣蔵や猿飛が飛び掛かるが、皆、ちぎっては投げ捨てられる。畳の上に飲み物がこぼれ、食べ物が散乱する。
「喝っ!」
突如、一喝の叫びが起こり、皆、その場に金縛りにあったようになった。幸太郎が忍の極意を発動したのだった。一瞬にしてその場が静まり返った。そして、
「そこまで! 俺は帰る」
と言い、背を向けて立ち去ろうとする。
「へっ、帰れ帰れ~」
剣蔵は酔いも回り、憎まれ口を叩く。幸太郎はとりあわず、軽く右手を上げ、後ろを向いた。時間は九時を過ぎていた。学が声を掛ける。
「風間、今日はありがとな。それで、この事だが……」
「わかっている。今日くらいは騒ぐがいいさ。ただ、バレたら甲子園もなくなる。そこだけは気を付けろよ」
「随分と理解があるな」
学は笑みを浮かべる。
「嬉しい気持ちは俺もわかる。俺だって今日の勝利は格別だった」
「そうか」
「もし発覚でもするような事があれば、忍の極意を発動させるさ」
幸太郎らしからぬ悪戯っ子めいた笑みが浮かんだ。
「あはは。そりゃいいや。絶対バレないだろう」
「ありがとな」
聞こえないくらい小さな声で言うと、幸太郎は帰って行った。
「はは。不器用な奴だな」
見送った学は再度微笑む。そして、沈着冷静な彼も今日ばかりは喜びを隠し切れず、皆と騒ぎに興じるのであった。いつ止むことなく騒ぎ続けて夜は深まって行く……
「オイ、大変だ! みんな起きろ」
翌朝、学の声が響いて伊賀者達は目を覚ました。皆、深酒して大広間で大の字になっていたところを起こされ、眠気眼を擦っていた。辺り一帯、酒臭い匂いが漂っている。
「何だよ……。どうしたよ」
一番眠そうな剣蔵が尋ねた。長髪は乱れ、ぼさぼさだ。
「甲賀が……」
スマホを見ながら絶句する学。皆がそれに寄って行く。
「甲賀が死んだ」
「なっ……オイ、ちょっと貸せ」
剣蔵がスマホをぶん取って記事を読み始める。
「……昨夜二十時過ぎ、山道を走行中のバスに乗車していた甲陰高校の野球部員が転落事故で全員死亡……だと!」
「これは事故ではない……」
「昨晩、長老が申された通り、俺達に敗北したのはただでは済まなかった、という事か」
「おっかねえだや。負けていたら、こうなっていたのは自分達だったかも知れないだや」
皆が神妙な顔で述懐する。
「甲賀も恐ろしいが、俺はやっぱり長老様が一番恐ろしいよ」
学が呟く。
「じいちゃんが?」
「ああ。結局は、甲賀すら長老の掌で踊らされたって考えればな。俺達に実戦経験を積ませる上に、出る杭―次世代の甲賀を討ったんだぞ。ある意味、甲賀は長老様の野望に利用されたとも言える」
「じいちゃんがそこまで考えてるかよ」
何処吹く風の剣蔵だが、
「剣蔵、お前は身近過ぎてわからないのかも知れんが、長老様はさすがに伊賀のトップ。風間すら身動きさせない実力と言い、恐るべき御方だ」
そう語る学の顔は青白い。二日酔いという訳ではなさそうだ。
「ただ、昨日の話ではプロとかは考えなくて良いって言ってただや」
「うむ。ひとまず任務は終わったのだ。我ら、よくぞ難関を突破出来たものだ」
猿飛や才之助もしみじみと語る。
「甲子園はどうなるんかな」
四つ子の長男、赤太がぼそりと言う。
「それは……確かに何も言われてないな」
伊賀者達は疑心暗鬼で互いに顔を見合わせるのだった。




