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邪道甲子園  作者: 馬河童
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『対甲賀:運命の九回裏』

「おい、服部、本当に大丈夫か」

 幸太郎が投球練習をする剣蔵に声を掛ける。

「問題ねえ。悲願達成まであと一回じゃねえか。やってやるぜ」

 剣蔵はどう見ても強がっているようにしか見えない。その証拠にボール自体は走っていなかった。それでも覇気は失っていない。

「ここはお前の意地に託す。頼むぞ」

 幸太郎は軽く肩を叩くと、守備位置に就いた。

「へっ、仮にも三年間野球やってきたんだ。甲賀のにわか野球チームに負けられっかよ」

 と剣蔵が言うと、

「その意気だ、剣蔵」

「やってやるだや」

「甲賀をぶっ倒そうぜ」

「行くぞ、甲子園!」

 伊賀者が皆、剣蔵に声を掛けてから守備位置に散る。何人かは傷だらけでまともに立っていられないような守備だが、全員に気合いが漲っていた。なお、三つ子改め四つ子の紫太はちゃっかり黄太の振りをして、守備位置に就いていた。

 打順は時任の入っていた三番からで、奴の代わりに出ていた鵜殿という男がそのまま打席に入った。

「甲賀ぁ、決着を付けるぜ!」

 剣蔵の気迫の籠もった初球はど真ん中に百四十五キロのストレートが突き刺さり、相手は見送った。

「いいぞ」

「それなら手も足も出ねえ」

「まだまだ元気だや、剣蔵」

 とバックが盛り立てる。

 二球目は内角を抉る殺人シュート。しかし、ボールに勢いがないせいか、相手は身体を一歩引き、完璧にこれを捉えた。打球は剣蔵に襲い掛かる。試合序盤に見せていた殺人ライナーだ。

「剣蔵っ!」

 守備陣が思わず叫ぶが、剣蔵は一回転して顔面を狙ってきた打球をキャッチ。砂埃が舞う中、捕球をアピールした。帽子が脱げ落ち、長髪が振り乱されている。

「アウトォ!」

 審判自身が今のプレイに感動したかのように大きく手を挙げる。湧き上がる伊賀中央応援団。このファインプレイに興奮した内野陣が剣蔵に駆け寄る。

「ナイスプレイ!」

 皆が褒めるが、剣蔵は応えず唾を吐き、ゆっくりと立ち上がった。膝を擦り剥き、口は切れ、先程鬼にやられたダメージが増大したようだった。

「大丈夫か」

「ああ。このくらい、何ともねえ」

 と言い張る剣蔵だが、その姿は痛々しい。ナインの誰もが限界だと悟っていたが、ムキになって投げる彼を止められる者はいなかった。

 次打者・地虫も四番に入っていた鬼頭の交代者で、奴は最初からバントの構えをして、剣蔵を揺さぶるつもりのようだった。息も荒い剣蔵は、制球も乱れていきなりボールを連発し、ツーボールとしてしまった。

「ちっ……」

 剣蔵は前へのダッシュで疲労し、大量の汗を掻いていた。袖で汗を拭い、次の一球を投じる。ストライクを入れに行ったのか、甘いボールが真ん中周辺に入る。これを地虫はセーフティバント。剣蔵の身体が投球で左に流れるのを見て、三塁側に転がす。

「くそっ……」

 反転してボールに飛び付こうとする剣蔵だが、足がもつれて転倒してしまった。これをフォローして素手でボールをキャッチし、アウトにしたのは誰あろう、幸太郎であった。

「風間、ナイスプレー」

 内野陣が幸太郎を讃える。場内も風間コールの大合唱だ。幸太郎はさして嬉しそうな顔もせず、手を挙げてそれに応えると、

「立てるのか」

 と肩を貸し、倒れていた剣蔵を起こす。

「へへっ、あと一人だ」

 剣蔵は汚れたユニフォームを手で払いながら、ゆっくりと立ち上がった。


「代打、小丸」

 五番の武者を迎えたところで甲賀は代打を出してきた。先の打席でホームランを打っている武者を引っ込めてまで出て来た男は、小丸という名の通り、小柄で丸々した体躯の持ち主だった。彼は持っているバットまで短かった。

「この土壇場でこんなチビか。一気に仕留めてやるぜ」

「服部、侮るな」

「わかってるよ」

 幸太郎の注意を半ば受け流し、剣蔵は初球を投じる。外角低めの直球を相手は見送り一ストライク。

 二球目も外角に変化球。これも小丸は手を出さず、二ストライク。

「手も足も出ねえか? このまま終わっちまうぜ」

 剣蔵勝負の一球はやや外角寄りのフォーク。打ちに来る小丸。そのバットは空を切るかと思われたが、ギリギリで掠り、ファールになった。

「最後のあがきか……」

 次の一投はナックルボール。しかし、小丸はこの揺れる球にも食らいついてきてまたファール。

「しつこいぜっ!」

 外角低めに渾身の直球を投じるも、小丸はまたしてもこれに掠る。

「はあっ……はぁっ……」

 剣蔵の息が乱れてきた。その後、彼の投じたボールは直球・変化球にかかわらず、全てカットされた。

「こいつ、ファール職人か……」

 如何なる投法・投球をしようとも、小丸は当てるだけのようなコンパクトスイングで必ず球に触れてくる。疲労や負傷による極限状態だけに、これはダメージが大きかった。二十球以上投じた結果、ついに剣蔵が根負けしてフォアボールとなった。

「くそっ……」

 疲労が色濃い剣蔵に、次打者・甲賀誠児もファールで粘ってくる。既に球威が落ちている事もあり、相手は容易に対応してくる。いや、剣蔵の球威の問題だけでなく、甲賀の打者が忍びの者として、身体能力や目が相当に鍛えられており、ミートに長けているのであった。剣蔵は粘りに粘られ、最終的にはデッドボールを与えてしまった。思わずマウンド上に膝をつく。


「タイム」

 学がマウンドへ駆け寄る。内野陣も皆、剣蔵の周りに集まって来た。

「服部、しっかりしろ。あと一人だ。代わらないって言ったのはお前だぞ」

「わかって……らい」

 強がる剣蔵だが、それは言葉だけで、実際は肩で息をしているような状態だ。

「しかし、甲賀の奴ら、忍法を封じられてもさすがの身体能力だぜ」

「敵に感心している場合か。逆転のランナーが出てしまったんだぞ」

「ツーアウトだし、ランナー走ってくるだや」

「次打者は甘い球が行けば打ちに来るぞ。服部、根比べに負けたら死ぬんだろ、お前達!」

 幸太郎が再度、伊賀者に奮起を促す。

「そう……だった」

 剣蔵は思い出したかのように目を見開く。

「だや、このアウト一つに命懸かってるだや」

「絶対に死守だ」

「そうだ、これは自らの命を守るワンアウトだ」

 内野陣も皆、気を引き締め直す。

「よし、でもあまり硬くなるなよ。緊張してエラーでもしたら目も当てられん」

「お前もだぜ、風間。アウト取ったら甲子園だと思って、ポロリとかすんなよ」

 剣蔵が言い返す。

「ふっ。そんな口が利ければ大丈夫だな」

 幸太郎は軽い笑いを浮かべて守備位置に戻って行った。

「よし、お前らも散れ。最後だ、締めるぜ」

「おうよ」

 全員が守備位置に戻り、試合は再開。甲賀は再び代打に当魔という男を送ってきた。痩せ型だが、しっかりと筋肉は付いており、これまた身体能力は高そうであった。

「ここで切るっ」

 剣蔵渾身の初球は外角低めに速球。その勢いは試合開始の頃の勢いを取り戻していた。

「いいぞ、剣蔵」

「これなら打てないだや」

 守備陣も囃し立てる。

「おりゃっ」

 気合いを入れた次の一球、剣蔵の球はど真ん中に入っていったが、打ちに来た相手のバットを詰まらせた。バックネットに突き刺さるファール。

「そうだ服部、魂の籠った球ならコースとかは関係ない」

 剣蔵は幸太郎の声に黙って頷くと、三球目を投じる。低めの変化球に、相手はついてきてカットした。次の球は外角のボール気味のストレートで、またもそれをファール。だが、剣蔵の闘志は萎えない。

「いくらでもファールしやがれ。もう負けねえ」

 先程のタイムは大きかった。彼は確かに負傷して疲労困憊だったが、幸太郎や味方の言葉で意地でも負けない精神力を取り戻していた。精神と肉体は少なからず連動する。こうなるとボールが甘いコースに行っても、容易にミートさせない球威とキレがあった。

 これまで同様、打者の当魔は粘る。しかし、今度は剣蔵以上に当魔の方が疲れてきていた。何とかカットはしているものの、先程までの連続ファール時とは異なり、全く余裕がない感じで、油断すると空振りしかねない雰囲気であった。

 ここで甲賀ベンチから何やら指示が出た。当魔は頷くと気合いを入れて構えた。

「来るな……」

 剣蔵も相手が打ちに来る事を察知した。

「忍法は封じられてるし、特別な変化球も投げられねえ。だが、ここだけは絶対に押さえてやるぜ」

 剣蔵渾身の一球が投じられた。外角低めにストレートが伸びる。相手もこれを打ちに来た。バットとボールが衝突し、破裂音が響いた。剣蔵の球が相手の木製バットを折ったのだ。


 打球はフラフラと飛んで行き、サードとレフトの間へ向かって行く。それを追うのは幸太郎。レフトの松岡青太は負傷の為、グラウンドに立っているのがやっとの状態で、とても追えそうにない。

「か、風間、頼むっ」

 伊賀者の祈るような声を背に、幸太郎は球を追う。打球に勢いがないとはいえ、まだ結構な距離がある。ランナーはツーアウトなので走っており、ノーバウンドで捕球しなくては、点を取られるのは間違いない。

「ダメだ、このままでは間に合わん……」

 懸命に走るが、落下するボールにはどう加速してもあと数メートル届きそうにない。

「どうすれば……」

 瞬時に考えを巡らせた幸太郎はある事に気付いた。

「俺も……手を抜いていたか」

 幸太郎の脳裏には、一年時の上野城戦で手抜き投球をした剣蔵や、大和学園の岩本に対して分身投法を使った剣蔵を「技術」と言い放った学の姿が浮かんでいた。

「ここは……封印を破る! 忍法・縮地っ」

 幸太郎が走りながら印を唱えた瞬間、その身体は一瞬消え失せ、現れた時には打球の落下地点を追い越していた。咄嗟に自分の現在位置をワープさせる忍法を使ったのだ。

「おっとっと」

 先に行き過ぎた事に気付いた彼は、慌てて突っ込んでダイビングキャッチ。ボールをグラブにしっかりと収めた。キツネにつままれたような顔でそれを見ていた審判に、幸太郎は再度グラブとボールを見せ、アピールする。

「ア、アウト~!」

 審判は半信半疑ながらも確かにコールした。

「ゲームセット!」

 主審が試合終了を宣言し、一瞬にして場内が沸き上がった。スタンドの伊賀中央応援団も選手達に最大級の拍手や声を送っていた。


「勝った……のか」

 大歓声の渦の中、その場にへたり込む剣蔵。そこへ他の伊賀者が駆け寄る。皆、試合中の負傷も何処へやら、全快したかのような勢いだ。

「やったぞ剣蔵!」

「命を守ったぞ」

「甲賀をぶっ倒しただや」

 皆、口々に喜びの声を揚げる。そこへ幸太郎も笑顔で輪に寄って来た。

「やったな」

「風間、てめえ、最後に忍法使ってんじゃねえか」

 ゆっくり立ち上がった剣蔵は、嬉しそうな顔で幸太郎の胸を小突く。

「ああ、言い訳のしようもない。それだけ勝ちたかった」

 幸太郎の顔も綻んでいた。

「いいじゃねえか、忍法を使うとか、使わねえとか、そんな事が全てじゃない。勝つ為には手段を選ばず。それが俺達だ」

「伊賀・風魔混成軍の勝利だや!」


 甲賀勢はおさまりの付かない顔つきだったが、幸太郎の一瞥で大人しく去って行った。

「俺に忍法は通じない。それでも良ければいつでも掛かって来い!」

 この言葉を聞くと、さすがの甲賀者も手も足も出ないようで、黙りこくってしまったのだった。そして、閉会式にも出ずにとっとと姿を消した。

「あいつら、このままじゃ済まねえかもな」

「それを迎え撃つのが、俺らの代々からの使命だろ。やってやるさ」

 伊賀者からはそんな覚悟の言葉も出ていたが、

「そんな事はどうだっていい。今は喜ぼうぜ!」

 剣蔵が言うと、皆が歓喜の唸りを揚げた。彼らが忍びの者から高校生に戻った瞬間だ。


 閉会式、甲賀不在の中、伊賀中央ナインは優勝旗を受け取り、それを高々と掲げた。場内から万雷の拍手が降り注ぎ、九人―実際は十人だが―は勝利の味を噛み締めたのであった。空はいつの間にか太陽が燦々と輝き、試合前にあった多くの雲や澱んでいた筈の空気は吹き飛んでしまっていた。


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