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邪道甲子園  作者: 馬河童
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『対甲賀:八回表~裏』

「おい風間、お前、何で忍者だって事隠してたんだよ」

 ベンチに戻った剣蔵が頭からタオルを被り、顔も見せぬまま言う。かなりへばっているようだった。

「何で……か。見せてしまった以上、お前達には話す義務があるか……」

 幸太郎が呟くと、伊賀者は皆聞き耳を立てる。

「そんなに大袈裟な話じゃないさ。俺もお前達のように、幼い頃から忍法修行に明け暮れていた。自分で言うのも何だが、中学生にしてあらかたの技は身に付けた」

「お前も天才忍者だったって訳か」

「天才かどうかはわからんが、親父からも及第点は与えられた。もっとも、お前達と違い、風間姓を名乗っている通り、親父も素性は隠しているし、人目に付かない所での修行だったから、誰も忍びの者だと気付く事はなかったがな」

「聞いて良いのかわからないが、風魔は今も忍びとして活動しているのか」

 学が尋ねる。

「お前達もわかるだろうが、親父はそんな事は語らない。だからはっきりとはわからない。普通にサラリーマンをしてはいるが、何らかの依頼を受ける事はあるようだ。その為にも忍びの技の伝承は欠かせないという事で、俺も鍛えられた……」

 ここで思い出したかのように、幸太郎は話を変えた。

「そうだ、お前達、今の話、萬蔵翁には言うなよ。伊賀と風魔、どんな因縁があるやも知れないし、親父と衝突されたりしても困る」

「わかってるよ。そんな野暮な真似はしないさ。命を救ってもらって、お前が窮地に陥ったら、それこそ恩を仇で返すようなものじゃないか」

 学が真顔で答えた。

「昨日の様子だと、萬蔵翁はわかっていたような気もするがな。一瞬で見透かされた気がした……」

「そうか。昨日のはそういう事か、あんのジジィ……」

 タオルの中から剣蔵の悔しげな声が聞こえてくる。

「昨日会っただけで、お前達の長はとんでもない人だと感じたよ。変な言い方だが、俺も警戒して身構えてしまい、一瞬で野球選手から忍びの意識に戻された……」

「長老はお前の秘密に一瞬で気付いたって事か」

「おそらくな。俺は親父の許しも得て、中学からの六年間は野球選手として忍びの技を使う事なく生活する事を誓った。己れの技を封印する事は相手の技を封印する力の強化にも繋がり、先程の披露と相成った訳だ」

「よく意味がわからんが、封印術により磨きが掛かったと?」

「そうだ。自分の技を押さえる事は、他者の技を押さえる事にも通じる。甲賀の術も確かに強力ではあったが、この五年に及ぶ封印修行の前には為す術なかったという事だな」

「そうか、風間が大会前に野球の練習をしろと言ったのは、これを見越していたんだな」

「うむ。奴らの術の強大さによってはこういう事もあり得るかと思っていた」

 幸太郎が説明すると、伊賀者達は全員渋い顔をする。この負けず嫌い集団は甲賀の優位を認める事に我慢がならないのだ。

「今の話で腑に落ちた。風間、お前、以前に時任とやりあった際も奴をたじろがせたな?」

 才之助が尋ねる。

「あれは術でも何でもない。いわゆる殺気のようなもので、それは服部でも一流の打者でも持ち合わせているものだ。大和学園の岩本さんなんかもそうだっただろう?」

「わかるぜ。強い奴が発する気迫のようなものだろ。相手を怯ませたりする効果がある」

 剣蔵が思い出したかのように言う。

「うむ。さすがに経験者はよくわかっている」

「ぬかせ!」

 馬鹿にされたように感じたのか、剣蔵は憤る。しかし、幸太郎は気にせず話し続ける。

「それから、これはお前達に謝らなければならないのかも知れんが、時任と対峙した際は確かに奴の術を認識していた」

「やはりそうだったか」

 才之助が呟く。

「だが、俺が破るべきものではないと思った。だから、霧隠の成長に賭けた。最後は手を出してしまったがな……」

 幸太郎は苦笑する。

「それと塁審を操ろうとした奴を封じたのと、先の回の甲賀誠児の消失球を消えさせなかったのも、少しばかり力を解放したからだ」

「そうだったのか……」

 皆、納得して頷いた。

「そもそも野球に忍術を使う気は全くなかった。中学の頃、あの上野城のエース・榊に完全に負けて、野球選手として挑む事の楽しさを覚えたんだ」

「野球に圧倒された忍者なんて、俺達と似ているな」

「うむ。いくら忍びの者が身体能力に優れているとはいえ、やはり超一流の選手を前にしてはそうそう勝つ事は出来ん。榊との対決でそれを悟った事で、俺は野球が面白くなった。チーム力がなくては勝てない事も悟ったしな」

「それであんなに野球少年していたって訳か」

「そういう事だ。大した話ではないだろう。ただ、お前達のような奴らが味方になったり、甲賀者が対戦相手として出てくるなど、やはり忍びの者の縁は切れないものと感じたよ。これも宿命かってな……」

「宿命なんて言われると大袈裟に聞こえるが、確かに縁なのかもな」

 学が考え込むような顔をして言う。

「正直なところを言えば純粋に野球をしたかった。だから、お前達と衝突したんだろう」

「剣蔵なんてめちゃくちゃ敵対心燃やしていただや」

「うるせえ」

「俺達もお前を取り除こうとしてたっけな」

 伊賀者が次々と茶々を入れる中、

「だが、お前の力があれば、俺達や甲賀を一掃出来た筈だ。何故そうしなかった?」

 才之助が尋ねる。

「何度も言うが、俺は野球に忍法を持ち込みたくなかった。それだけだ。ただ……」

 言葉を切った幸太郎を伊賀者達が見つめる。

「お前達と組んで感化された部分もある。さすがに忍びの技を使おうとは思わなかったが、勝つ事に貪欲になる姿勢はお前達から教わったものだ。そこは素直に感謝している」

「お互い様だや」

「とはいえ、甲賀の非道振りには黙っていられん。俺の堪忍袋の緒も切れたって事だ」

「そんな感じだったな」

 伊賀者達は納得して頷く。

「既に時任と対峙はしていたし、もしかしたら忍びの力を発揮するかもという予感はあった。それに昨日、萬蔵翁が来た事も逆の意味で大きかった。昨日あの方と会った事で、少なからず忍びとしての準備も出来た。考え過ぎかも知れんが、こうなる事を見越して俺に警告しに来たのかもな」

「ちっ、何だか俺達が不甲斐ないみたいで面白くねえな」

 タオルの中で剣蔵がぼやく。

「そもそも忍びの技が廃れている現代に、初顔合わせなんだから仕方がないさ。俺だって使いたくはなかったんだ。それを使わせた甲賀が相応の手練れだったという事だ」

「そうハッキリ言われると、俺達の立つ瀬がない……」

 学が呟く。

「そう卑下するな。俺だって、お前達がいてこそ、この場で戦えている。先程も言ったが、チームで、この九人で戦っている以上、俺達は一蓮托生なんだ」

「言いてえ事はわかるがよ……」

 剣蔵がタオルを取り、幸太郎を睨む。

「要はおめえにばっか良い格好をさせてらんねえって事だ!」

「だや、伊賀者の意地があるだや」

「お前達らしいな。それでいい。その意地でこの試合勝たねばならん、俺もお前達も」

 幸太郎は嬉しそうに笑みを浮かべていた。


「君達、早くしなさい」

 幸太郎を囲み、長々と話していた伊賀中央ナインをアンパイアが注意してくる。

「はいよ……」

 傷付いた身体を引き摺りながら、松岡赤太が打席に入る。対する甲賀誠児は、鬼頭をも失った影響がどう出るかと思われたが、この期に及んで奮起した。己れを甲賀最後の砦とでも自覚したのか、鬼気迫る投球で赤太を三振に仕留めた。深手を負っている状況では、誠児の渾身の速球に付いて行けなかったのだ。続く青太も何とか立っているだけの状態で、あっさりと連続三振に斬り捨てられた。

 続く九番は三男の黄太だが、

「こりゃアカンな……。次の回に期待か」

 剣蔵が呟いた通り、黄太は鬼にやられた負傷が酷く、まともに立っている事も出来ない状態であった。それに対して、

「いや、よく見てろ。忍法ではないが、お前達も仰天する策を持っているぞ、奴らは」

 と言ったのは幸太郎だ。

「奴ら?」

 皆が怪訝そうに幸太郎の顔を見る。

「まあ見てろ」

「見てろ……ったってもうツーストライクだぜ」

 

 ベンチにいる伊賀者が皆諦め切っている通り、黄太は振る事も叶わず、あっさり追い込まれた。誠児が次の投球動作に入るという時、ついに膝を突いてしまった。誠児は労せずしてストライクが取れるとばかりに、棒球を真ん中に通してくる。しかし、ここで信じられない事が起こった。何と瀕死の筈の黄太がしゃきっと立ち上がり、レフトフェンス直撃の一打を放ったのだ。

 慌てる甲陰高校守備陣。黄太を立てないと侮っていた為、超前進守備を取っていたのだった。しかも、黄太はどうやって回復したのか、元気溌剌の快走を見せる。彼はレフトがもたつく間に、ホームを駆け抜けていた。伊賀中央はこのランニングホームランで2対2の同点に追い付いた。ベンチもスタンドも盛り上がる。


「黄太、お前重症じゃなかったんかよ。死んだ振りとはこっちまで騙されたぜ」

 戻って来た黄太に、呆れ顔で剣蔵が言う。他の者も喜ぶより先に驚きを隠せない。

「死んだ振りでは」「ない」「んだよなあ、それが」

 三つ子が三人共にこにこ笑いながら調子を合わせる。

「何か特別な回復術でもあるのか。だったら俺達にも教えてくれよ」

 学が尋ねるが、三人共首を横に振る。

「術である筈がない。俺達も風間に封じられている」

 才之助が呟く。

「これは」「決して」「忍術なんかじゃない」

 ふざけた調子で三人が言う。その中でも今激走したばかりの黄太は、やはり元気が有り余っているように見えた。

「ふっ。わからんか。忍術でもなく、急速に負傷が癒える訳が」

 三つ子と同じく笑みを浮かべて幸太郎が言う。その態度に苛立った剣蔵が詰め寄る。

「イライラするなぁ。とっととネタバラシしやがれ」

 癇癪を起す剣蔵を三つ子は笑い、

「誰も気付かなかったってことは」「俺達の演技も」「捨てたもんじゃないって事だな」

 と言いながら三人で手足を上げ、おかしなポーズを取った。

「どういうことだ」

 剣蔵だけではなく、皆が追及する。

「すまんすまん」「皆にもずっと黙っていたが」「俺達は四つ子なんだ」

 三人は舌を出して、頭を掻いた。

「なに~っ」

 皆が驚き、目を剥いた。それを笑うように、今、打って戻って来た黄太?が言う。

「はっはっは。俺は紫太。敵を欺くにはまず味方からってな」

「常に三人が表に出るようにして、一人は影のようにそれを見守っていた」

「顔も行動も大して変わらないから誰も気付かないしな。……ああ、黄太なら裏で寝かせてるから安心してくれ」

 三つ子はおどけた調子で種明かしする。

「ふっ。これは忍法でも何でもないから俺も封印のしようがない」

 幸太郎がお手上げといった仕草を見せる。

「風間、お前知ってたのか」

「薄々はな。三人が三人、何処か少し違う感じはしたし、遠くから我々を見ているような影は感知していた」

「真面目な風魔小太郎さんとしては、いいのかよ。完全なルール違反じゃねえか」

「俺の忍法の上を行っているんだから見事という他あるまい。こんな乱戦状態の中、凄いじゃないか。敵が暴力を振るって来ている以上、今更ズルもへったくれもなかろう」

「だいぶ風間も俺達に感化されてきたな」

 学が呟く。

「ちっ。てめえ、自分ばっか安心してみてやがったな、この野郎」

 剣蔵がはしゃぎながら幸太郎の頭を叩く。決して憎しみのある感じではなく、半ば嬉しそうな感じでだ。それを食らう幸太郎の顔も少なからず笑みが混じっていた。

「これで同点になった。あとはもう1点取って、お前が押さえて勝つだけだ。頼むぞ」

「ああ」

 二人の顔が真顔になった。


 マウンド上の誠児はしてやられた事にカッカしていた。マウンドを踏み付けるように蹴り付け、怒りを露わにする。

「怒ったり、冷静になったり、落ち着きのない男だや」

 打席に入った猿飛は負傷でボロボロにもかかわらず、相手を煽る。

「重傷者が……ナメるなっ」

 誠児は真っ赤になって投げ込んできた。頭に血が上ってコントロールも定まらなかったのか、速球が猿飛の頭部へ向かう。猿飛は咄嗟に屈むが、ボールはバットに命中し、ピッチャー前に転がった。誠児が捕球してファーストへ送球する。

 塁審が手を揚げアウトのコールをする。誠児が狙ったのか、はたまた偶然なのか、真偽の程は定かでないが、この回は同点止まりでチェンジとなった。


「ちっ……同点までか……」

 剣蔵は苦痛に顔を歪めながら悔しさを露わにする。

「ドンマイだ、剣蔵。まだ最終回がある」

 学が宥める。

「そうだ。まずはこの回抑える事が先決だぞ」

 幸太郎も同調する。

「わかったよ。確かに次の攻撃まで考えてる余裕ねえしな……」

 剣蔵は自分のグラブを掴み、ゆっくりとマウンドへ歩を進める。八回裏の甲陰高校の攻撃は九番の吉良からだ。前の打席、下半身を鉄のように硬くして怪打を放った曲者だ。

「あのデカチン野郎か……」

「服部、とりあえず普通の投球だ。今こそ野球の成果を見せてやれ」

 サードから幸太郎が声を掛ける。

「普通の投球?」

 剣蔵は首を傾げる。

「うむ。今なら奴ら、己れの能力の制限に混乱しているから通用するぞ。普通のピッチングで十分打ち取れる」

 学も後押しする。

「多少、威力等なくても大丈夫だ。奴ら、何処まで封じられるか線引きが出来ていない筈だしな。まだ向こうが疑心暗鬼になっているこの回はとっとと押さえてしまおう」

「おし」

 剣蔵は通常の投球を意識し、初球、外角低めを突く。吉良はまたも正面を向いた構えで、下半身を膨らませてきたが、一瞬にして股間どころか体全体が硬直し、大事な場所に当たったもののバントのような形で剣蔵の前に球が転がり、アウトとなった。打った(?)吉良は硬球に対して自身は鉄の硬さを保てなかったのか、一塁へ走る事も出来ず、痛みに悶え転げていた。他の甲賀者がベンチから飛び出し、暴れる吉良を運んで行った。

「これも風間の技のせいか……」

 剣蔵自身、幸太郎の術のあまりの威力に冷や汗が出そうになる。しかし、ここは納得の上、次打者以降もコースや変化球を駆使した投球を見せた。結果、迷う甲賀は何度か幸太郎の封印に引っ掛かり、金縛りにあったりもして、三者凡退に仕留められた。


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