『対甲賀:七回裏』
「OKOK、同点には追い付いた。締めていこうぜ」
学がナインを鼓舞する。伊賀中央の選手は各自、意気揚々と守備位置に散って行く。剣蔵の投球練習にも力が籠もり、1対1の同点に追い付いた事は確実に追い風になっていた。スタンドからの母校の声援もそれを後押しする。
そして、打席には四番の鬼頭を迎えた。先程、崩れかけた甲賀誠児を立ち直らせたあたりから、奴はようやく本腰を入れて来た感がある。
「こいつ、今まで以上に不気味な雰囲気を漂わせていやがる。何か仕掛けてくる気か」
剣蔵は一見しただけでその異様な迫力を感じ取っていた。打席に立つ鬼頭の身体の周りには妖気が纏わりついているようだった。
「気にしていても仕方ない」
剣蔵は初球を投じる。外角低めにストレートが決まり、鬼頭は手を出さなかった。いや、手は出さないが、口はぶつぶつと何やら呟いている。
「何を独り言言ってやがる」
イラっとした剣蔵は内角ギリギリのシュートでツーストライク目を奪った。鬼頭はこれも振らないが、また呪文のように何か言い続けている。それに呼応するかのように、いつの間にか球場全体が一層薄暗くなり、分厚い黒雲が空を覆っていた。暗雲立ち込めるとはまさにこの事だ。
「黙りやがれっ」
剣蔵は勝負の三球目を投じる。やや外角寄りのストライクになるフォークで、鬼頭は振る気がないように見えたが、
「行くぞ、忍法地獄絵図ぅ!」
打席でいきなり叫びを揚げると、空いている左打席に何やら影のようなものが浮かび上がって来た。
「お、鬼……」
妖気を孕んで左打席に出現したのは巨大な赤鬼だった。それはおとぎ話に出てくる姿とそっくりで、二つの角を頭に付け、口からは牙を生やし、肌は全身真っ赤で腰巻を纏い、手に極太の金棒を持っていた。信じられない事だが、鬼はトゲの付いた金棒でフォークを完璧に捉え、センター後方へ打球を運んだ。
審判はこの状況に腰を抜かし、恐れおののくばかり。気付くと黒い霧がグラウンド全体を覆っており、スタンドからの視界は完全に遮られていた。最初はざわつく場内の声も聞こえていたが、やがてそれも霧が掻き消したかのように聞こえなくなった。
鬼頭は打席から出て、何やら呟き続ける。すると鬼が次々に地中から湧き出してきた。
「何だ、何をしやがった……」
身の丈三メートルにも及ぶ鬼の威風堂々な姿を見て、狼狽える剣蔵。鬼頭はそれを尻目に呪文を唱え続け、さらに鬼を呼び寄せる。その数合計四体。
「そんなの……ありかよ……」
キャッチャーの学が呆れ果てた声を発した矢先、ヒットを打った左打席の鬼が振り向き金棒を強振、彼をバックネットまで吹っ飛ばした。ミットでガードはしたが、それをものともしない驚愕のパワーだ。金網に激突した学はうずくまったまま立ち上がれない。
「こんにゃろ」
一塁側に出現した鬼に、手負いの猿飛が飛び掛かり、得意の素早い動きで攪乱しようとする。しかし、鬼は巨体ながらもその動きに負けない敏捷性を見せる。結果、猿飛は空中で振り下ろすようなパンチを食らい、地面に叩きつけられた。
「無駄だ、人間の力で勝てる相手ではない。このまま試合終了だ。ハーッハッハッハ」
鬼頭が今までに見せなかった快活な表情で高らかに笑うと、四匹の鬼が伊賀者に襲い掛かる。山嵐のパワーでも子供扱いされ、才之助がバットを拾って立ち向かうも金棒による剣道でバットごと叩きのめされ、三つ子が協力して幻惑しようとしても全て見切られ薙ぎ倒された。
残されたのは剣蔵と幸太郎のみ。出現した鬼が当初、他の伊賀者に向かったため、二人共逃げ回れていた。
「お前達、エースと主砲は最後のお楽しみに取っておいてやったぞ。さあ、鬼共よ、こいつら二人をめちゃくちゃにしてやれ」
鬼頭の号令で鬼が一斉に二人へ向かう。
「こいつはやべえ。風間、ここは任せろ。忍者じゃねえお前を死なせる訳にはいかねえ」
剣蔵が鬼の前に立ちはだかろうとするが、それを制して逆に幸太郎が前に出た。
「バカ、カッコつけてないで、逃げろって」
剣蔵は再度幸太郎の前に出て、向かって来た一匹目の顔面にグラブを投げつけた。それは確かに命中したが、全く効果はなかった。そして、一吠えした鬼のパンチが剣蔵の腹を捉えた。剣蔵はうめき声を揚げて、サード周辺からレフトの辺りまで吹っ飛ばされた。必然的に幸太郎が鬼の前に出る。
「か、かざまぁ……に……げろ」
声を振り絞って剣蔵が叫ぶが、鬼の拳は幸太郎に振り下ろされんとしていた。しかし、この時不思議な事が起こった。今まさに幸太郎に一撃を加えんとしていた鬼が、霧のように消え失せてしまったのだ。
「余計な事を。俺に任せれば無駄な怪我もせずに済んだものを……」
幸太郎は俯せに倒れている剣蔵を見た。
「だが、俺を庇おうとしたその心意気、確かに受け取った」
幸太郎はゆっくりと鬼頭に向かって行く。
「風間……お前は……」
幸太郎の言葉を受け、剣蔵は困惑の表情を見せる。
「貴様……何をした」
今度は鬼頭が狼狽していた。幸太郎は何も言わず距離を詰める。
「ええい、やれっ」
別の鬼が幸太郎に襲い掛かる。今度は確かに強烈な拳が顔面を捉えたかに見えた。
「何だと……」
鬼頭はまたも驚愕する。幸太郎は鬼のパンチを左手で受け止めていたのだった。ふんっ、と気合一閃、彼は鬼の手を掴むとグラウンドに投げ飛ばした。鬼はすぐに立ち上がるが、幸太郎はそれに蹴り殴りの猛攻を加える。伊賀者を圧倒していた鬼が、全く相手にならない無双振りであった。最後は鬼が地に伏して、消滅した。
「忍法・金剛無双……」
鬼を倒した幸太郎が静かに呟いた。
「忍法……だと。風間、お前……」
意外な呟きに剣蔵は目を見開く。
「忍者じゃない……か。どうかな?」
幸太郎は不敵な笑みを浮かべると、印を唱え始めた。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前……」
「九字印を……」
幸太郎の様子を見て呆然とする剣蔵。
「これだけは使いたくなかったが、もう堪忍袋の緒が切れた。野球の試合に泥を塗る行為、見過ごせん。忍の極意っ!」
幸太郎は十字を切ると、その指で虚空に円を描き、何かを周囲に振り撒くような仕草を見せた。すると、残っていた鬼達が霧のように消えて行く。
「な、何者だ、貴様……。伊賀者ではない筈……」
鬼頭は驚き、同時に今まで暴れていた鬼と同じような形相で幸太郎を睨む。
「忍者にも色々な傍流がある。我こそは風魔小太郎の末裔、『かざまこうたろう』はその異名よ」
「ふ、風魔だと……」
「忍びの技など使わずに甲子園に出たかったが、野球を汚す貴様らの暴挙、これ以上見過ごす訳にはいかん!」
幸太郎は鬼頭を指差し、その後、甲賀ベンチを鋭い視線で見据えた。
「おのれっ」
鬼頭は猛り狂ってバットで躍り掛かって来る。剣道の面に等しい一撃が繰り出されるが、幸太郎はステップインしながらそれをかわし、相手の懐に潜り込んで胸板に強烈な手刀を食らわせた。
「何が「おのれっ」だ。それはこちらのセリフだ。野球を冒瀆した罪、償ってもらうぞ」
幸太郎は鬼頭を引きずり起こしてボディを滅多打ちし、右手を掴んで捻じり上げる。
「これだな」
幸太郎が鬼頭の右手甲を見て言う。そこには紫色で鬼を象ったような不気味な紋章が浮かんでいた。「むんっ」と幸太郎が気合一喝すると、鬼頭の手から紋章が消え失せた。
「これでもう永久に鬼は呼べまい」
「き、貴様……」
「野球をする気のない奴はグラウンドから去れ!」
幸太郎の強烈なハイキックが側頭部を捉え、鬼頭はグラウンドに倒れた。
「少しそこで待ってろ」
俯せになっている鬼頭に告げると、幸太郎はセンター方面へダッシュした。そして、先程、鬼が打ったボールを拾い、意識朦朧としている鬼頭の下へ戻って来た。
「な、何の真似だ……」
「お前の忍法の時間も完全に終わる。今から野球の試合に戻るんだ」
幸太郎の言葉と共に、グラウンド全体を覆っていた黒い霧が完全に晴れようとしていた。負傷して倒れている伊賀者達の有様を見て、ざわつく観衆の声が戻ってくる。
「こ、これは?」
審判も眼前の光景を夢とでも感じているようで、ボーっとしていた。そこへ、
「審判!」
幸太郎がその目を覚まさんばかりの大声を発する。彼は三塁の手前で倒れている鬼頭にボールを持ったグラブでタッチしている。
「審判、判定を!」
再度の幸太郎のアピールに、審判は引き付けられ「ア、アウトーッ」と高らかに宣言した。そして、
「む……無念……」
鬼頭はコールと共に気を失った。
甲賀は何人かが出て来て、倒れている鬼頭に肩を貸してベンチに下がった。彼らとしても鬼頭の忍法・地獄絵図は切り札だった筈で、それが破られた事に驚きを禁じ得ないようであった。時任に続き甲陰側に二人も退場者が出た事、さらに伊賀中央の選手が傷だらけになっている事もあり、場内も騒がしくなっている。幸太郎はそれを横目に見ながら、倒れている自軍の選手に近付いて行く。
「ワンナウトだ。さあ、立ち上がれ。伊賀者の意地を見せるのはここだぞ」
彼は手を叩き、負傷している伊賀者達を鼓舞する。
「か、風間……」
「あいつ……、俺達をたばかってやがったな」
「飛んだ一杯食わせ者だっただや……」
皆、ゆっくりと起き上がりながら、幸太郎を見た。全員が先程目の前で起こった出来事を未だに信じられないといった顔だった。そして、半ば不満顔で幸太郎を睨んでいた。
「色々と言いたい事があるだろうが、まずは起きるんだ。伊賀者なら屁でもないだろう」
幸太郎は挑発気味に促す。全員が鬼にやられたダメージはあるものの、さすがにタフで何とか立ち上がるのだった。鼻や口から血を流している者、打撲で苦痛に顔を歪める者、骨折している者、それぞれ結構な負傷振りだが、目は死んでいなかった。
「ほら、服部、起きろ」
幸太郎がレフトまで行って剣蔵に手を貸し、立ち上がらせる。
「ちっ、こんな展開は予想してなかったぜ……」
起き上がった剣蔵は不服顔のままだった。
自軍の全員が何とか守備に就いた事を確認すると、幸太郎は甲陰高校ベンチと伊賀中央守備陣の真ん中辺りに歩を進めた。そして双方に向かって、高らかに宣言した。
「甲賀、そして伊賀。今の騒ぎで忍法合戦は終了だ。ここから先、一切忍法は使えない。いや、使わせない!」
「何をほざいていやがる」
甲賀誠児がいきり立って反発するが、幸太郎は構わず言葉を続ける。
「俺が先程の騒動の中で、風魔流の忍の極意を発動した。この場で俺の目を掠めて忍法を使えるものなら使ってみるがいい。ここからは正真正銘、野球での勝負だ」
幸太郎による忍法封印宣言に場内は静まりかえる。何を言っているのか訳の分からない観衆はまた騒ぎ立て始めた。伊賀者の大半は、未だに起こった事がよくわからないといった顔つきをしていた。一方、甲賀の一部は幸太郎の言葉を信用していないようで、蔑むような目を向けていた。
「君ぃ、何を言ってるんだ。挑発行為はいい加減にしなさい」
と審判に言われ、幸太郎は「はい、すみません」と返事をして、味方のいるマウンドに向かった。
幸太郎も加わり、伊賀中央内野陣がマウンドに集まった。幸太郎以外は全員負傷しており、痛々しい様子に変わりはない。
「君達ぃ、そんな様子で大丈夫かね」
球審が心配そうな顔で声を掛けてくるが、
「大丈夫です。ただ、少しタイム願います」
学が手を振って答えた。
「何だよ、あのアンパイア、俺達が鬼にやられたのは見てただろ」
負傷箇所を押さえながら、剣蔵が不平を言うと、幸太郎がそれに反応した
「いや、見ていない事になっている。あまりに衝撃的な光景だったし、面倒なので、審判は見なかった事にさせてもらった」
「は? させてもらったって、どういう事だよ」
「俺の使った風魔流・忍の極意は、全ての忍術を打ち消す。審判に関してはショックも大きかろうし、少しその度合いを高めて、今の騒ぎがなかったことにした」
「なかった事って……、あれが?」
伊賀者達は呆然とする。
「彼らも頭が混乱しているかも知れんが、鬼頭がアウトになった感覚しかないだろうな」
幸太郎が説明するが、聞いている方は腑に落ちない表情のままだった。先程のプレイ、鬼は確かに出現したし、自分達だってそれにやられて負傷している。それが審判四名の認識から消えてしまうなんて事があり得るのか……。正直、時任や鬼頭が繰り出す甲賀の忍術にも圧倒された感があるが、それを上回る幸太郎の秘技には混乱する他ない。
「先程、甲賀の奴らにも宣言したが、もう忍法は使えないから覚悟しておけよ」
「使うとどうなるんだよ」
息を切らしながら剣蔵が聞く。
「金縛りにあったようになるだろうな。一切使えないのだから」
幸太郎の説明に伊賀者は半信半疑の様子だ。首を傾げつつも、学が口を開く。
「そんな事より、風間、よくも俺達を騙してくれたな。風魔小太郎の末裔だなんて、先に言えよ」
「忍者だったなんて、完全に引っ掛かっただや」
「んだんだ」
猿飛や太も追随して、幸太郎を睨む。
「騙す……という訳でもなくてな、元々俺は野球に忍術など使うつもりはなかった。ただ、先程の状況はあまりに常軌を逸していたし、放っておけなかっただけだ」
「先程だけではなかろう」
割って入ったのは才之助だ。
「俺が時任にやられそうな時、助けたのは風間、お前だな?」
「さあな」
幸太郎は素知らぬ振りをする。
「認めないのは構わんが、お前の助太刀に感謝する。お陰で鬱屈した気分が晴らせた」
才之助が丁寧に頭を下げる。これには皆が驚いていた。
「よせよ。それは霧隠が奴の術に入り込めるようになったからこその話だ。俺は何もしちゃいない」
「そうやって格好付けんじゃねえ」
痛みに顔を歪めながら剣蔵が叫ぶ。
「お前があそこで鬼共を蹴散らしてくれなかったら、俺達は完全にやられてた……。素直に礼くらい受けやがれ」
「服部……」
幸太郎は剣蔵の言葉を聞き、驚いた顔をする。
「そうだぜ、風間。別にお前を責めようって訳じゃない。もちろん、ずっと黙っていやがって、とは思ったが、それは憎しみじゃない」
「感謝してるだや」
「んだんだ」
学、猿飛、太が謝意を込めて幸太郎を叩く。
「伊賀・風魔の連合、いいじゃないか。甲賀を叩くにはこれ以上の体制はない」
才之助が呟く。
「そういうこった。俺もいいとこかっさらわれて、スッキリしねえ部分はあるが、今はまず勝つしかねえだろ」
剣蔵がグラブで幸太郎の肩を叩く。
「……わかった。ならば、勝つしかないな」
幸太郎がグラブを叩いて気合いを入れる。
「おう」
剣蔵以外がそれに応答する。
「服部、お前、投げられるのか」
「投げるしかねえだろ。ここまで来て負けられっか」
負傷していても、剣蔵の負けん気は消えていない。
鬼にやられ、満身創痍の剣蔵の前に五番・武者が立ちはだかる。鬼頭がやられた事に少なからず動揺しているようだが、危機感からか、これまでにない気迫を前面に押し出していた。甲陰高校スタンドの応援も悲壮感からか激しさを増していた。
「ちっ……てめえは五体満足で、こちとら全身打撲で絶体絶命か。しかし、ここで底力を発揮するのが伊賀者ってもんだ」
剣蔵の初球は外角低めのストレート。心なしか、スピードがなく、武者は打ちに来た。火を噴くような打球がレフトのフェンスに当たり、破裂するような音を立てた。
「ファール」
線審が腕を交錯する。
「あぶね……」
剣蔵は思わず額の汗を拭う。
「大丈夫か」
幸太郎がサードから声を掛けてくるが、剣蔵は
「大丈夫だよ、任せとけ」
と強がってみせる。そして投じた次の一球は外に逃げるカーブ。しかし、これが曲がりきらず、甘いコースに入る。「んがああぁっ」と武者が吠え、強振。完璧に捉えられた打球は何と場外へ消えた。窮地からの大逆転に、甲陰応援団が爆発したかのような喜びようを示す。これで2対1、痛恨の一発でガックリ崩れた剣蔵に内野陣が駆け寄る。
「服部、代われ。怪我した状態じゃ無理だ」
幸太郎が言う。
「うるせえ。このくらい大丈夫だ」
剣蔵は立ち上がり、ユニフォームに付いた砂を払う。
「しかし……」
「いいから皆、去れ。俺が絶対抑える!」
剣蔵は声を張り上げ、皆を守備位置に戻す。息は荒く、立っている事すら辛そうであった。懸命に投げるが、続く甲賀誠児にも痛打され、ワンアウトランナー一塁の状況を招いた。
「服部、やはり交代だ。強情を張るな」
幸太郎が再度交代を申し出る。しかし、剣蔵は頑なに首を振る。
「絶対代わらねえぞ、俺は……」
「そんな身体で何故そこまで意地を張る? その根性は買うが、これで負けたらどうするんだ。お前達にとって、勝ちが最優先じゃないのか?」
「ああ、そうだ。勝つ為に俺が投げる。てめえがピッチャーとして通用しないのはわかってるだろ」
剣蔵が言っているのは、先日彼が毒で倒れた際、幸太郎が先発した鈴鹿商戦の事だ。
「それをその状態で言うか……」
幸太郎は呆れた顔をするが、剣蔵は本気だ。
「いいからじっとサードに就いていやがれ。俺が意地でも抑えてやる」
グラブを振って、再度幸太郎を追いやったのだった。
七番・操田を打席に迎え、剣蔵は一人になったマウンドで呟く。
「あんの野郎、人のプライドをズタズタにしやがって。このまま俺が代わったら、野球でも負け、忍者でも負けじゃねえか……。そんなの絶対に認めねえ」
幸太郎を一睨みして、さらに呟き続ける。
「しかも、これで負けたら、一位風間、二位甲賀、三位伊賀の図式になるじゃねえか。絶対に負けられん」
剣蔵同様、打者・操田も呟いていた。これまでの打席同様、何かを呟き審判を狂わそうとしていた。しかし、審判が「プレイ」とコールした時、奴の身体は石のように硬直した。呟いていた口さえも固められたかのように、言葉が出て来ない。
「剣蔵、投げ込め!」
学が指示する。それに従い剣蔵が投球する。大したボールは行かなかったが、操田は固まったまま全く動けず、見逃しの三振を喫した。
「これが風間の言う忍の極意なのか……」
三振を奪った剣蔵も、幸太郎の術のあまりの効果に唖然としていた。ちらりと幸太郎を見るが、平然として腕を組んでいる。剣蔵には、さらりとこれだけの大事をしでかすところも気に食わなかった。
「そんな事は言ってらんねえか。今は勝つのが一番か……」
剣蔵は気を取り直して八番の縫野に向かう。縫野も得意の影縫いを繰り出そうとバット片手に妙な構えを見せるが、髪針を飛ばしたかと見えた瞬間、雷にでも撃たれたかのように動かなくなった。そのまま剣蔵が三球投げ込んで三振に仕留めた。これでスリーアウト、チェンジ。
「ナイスピッチ」
戻って来る守備陣が囃し立てる。皆、打撲や傷を負い、ボロボロだが、表情は明るい。
「何とか踏ん張ったな」
幸太郎が声を掛ける。
「ちっ、てめえの掌の上で踊らされているようで面白くねえ」
剣蔵はしかめ面をするが、幸太郎はさして気にする風でもなく
「そんな事はない。あのダメージでよく投げているさ。それと人の忠告を聞かない甲賀の頭が悪いだけだ」
と言う。剣蔵はまだ面白くなさそうな顔のまま、ベンチにへたり込んだ。




