『入部』
それから数日が過ぎ、四月、入学シーズンを迎えた。伊賀中央高校の敷地内でも温かくなってきた事で桜が咲き誇り、春を感じさせた。約二百名を迎えた入学式も終わり、初々しい一年生の姿が校内のあちこちで見られた。
部活動への勧誘活動も始まり、野球部への入部希望者は十五人前後いた。仮入部期間を経て正式に入部しての練習が始まり、皆、中学時代のユニフォーム若しくはジャージ姿でグラウンドに集まっていた。その中には、風間幸太郎もいた。彼は黒のトレーニングウェアを身に纏い、ストレッチをしながら周りを眺めていたが、ふとある一点でその視線が止まった。
「あいつは……」
その対象も幸太郎を見た。
「よお、風間幸太郎」
先日、勝負を挑んで来た男、服部剣蔵が長髪をなびかせていたのだった。数名で群れているが、巨漢や小兵がいて、野球部の入部希望者にしては異様な集団であった。幸太郎も仮入部期間にはこんな集団は見なかったので、今日から来たのだろう。剣蔵は近付いて来ると、
「三年間、よろしくな」
薄ら笑いを浮かべて手を出してきた。
「お前も入部希望者だったとはな……」
幸太郎は苦い顔をして握手に応じる。が、剣蔵の握る力はかなりのもので、明らかに悪意があった。
「む……」
剣蔵の顔が歪んだ。幸太郎が握り返したのだ。その握力に、剣蔵も驚いたようだった。互いに無言で相手を見ているが、手には力が籠もっていた。よろしくな、と幸太郎が言うと、二人の手はようやく離れた。
「どうかしたのか」
幸太郎から離れて来た剣蔵に、頬に傷を持つ男が尋ねる。霧隠才之助だ。
「なかなか握力あるじゃんってな……」
剣蔵は真っ赤になった手をブラブラと振った。
「剣蔵、力負けしてやんの」
「あいつが剣蔵を負かした奴かぁ」
周りの皆が囃し立て、興味深そうに幸太郎を見る。彼らは皆、伊賀の里で服部萬蔵に集められた者達だった。
「いいじゃないか。剣蔵に勝つ程の味方がいれば、我らの目的達成も近付くというもの」
才之助が言う。彼も幸太郎に興味が湧いたようで、その姿を追っている。
「目的ねえ……。果たしてあいつが俺達と相容れるかどうか」
剣蔵は首を傾げる。
「まあ、出たとこ勝負さ。俺達八人にあと一人誰かいれば、試合は出来る」
小兵、真田学が呟く。皆、一様に頷いた。
その時、キャプテンの浦田を始め、二年生以上の部員がグラウンドに集まってきた。
「よーし、皆、集まって」
浦田の掛け声で、全員が円を作って彼を取り囲んだ。総勢二十五名程度の輪だ。
「キャプテンの浦田だ。これからよろしく。それじゃすぐに顔と名前が一致しないかも知れないが、一通り、自己紹介をしよう。名前、中学時代のポジション、それから趣味とか特技とか、アピールポイントを聞かせてくれ」
こうして浦田から始まって、上級生部員が皆、自己紹介した。
「じゃあ新入生の番だな。端から行こう。お、風間からか」
幸太郎が返事をして円の中心に向かい、全員を見回した。そして口を開いた。
「風間幸太郎、伊賀第二中出身でサードを守っていました。趣味……は野球ですね。観るのもやるのも大好きです。好きな言葉は『一所懸命』です。以上です」
幸太郎は大きな声、ハキハキとした口調で、宣誓でもするように自己紹介した。
「一所懸命ねえ。ますます俺と合わねえな」
聞いていた剣蔵は一人呟く。周囲の伊賀者達もそれに同調して頷いていた。
新入生の挨拶は続き、残りは伊賀の里から来た者達だけになった。まずは剣蔵が輪の中心に歩を進めた。
「服部剣蔵、伊賀中出身。野球経験なしだが、何でもやる自信はある。以上」
ぶっきらぼうに言うと、剣蔵はすぐに元いた位置に戻った。今度は脇にいた才之助が自己紹介をする。
「霧隠才之助、同じく伊賀中出身だ。中学までは剣道をやっていたが、この度野球をやってみる事になった。よろしく頼む」
「やってみる事に……なった?」
キャプテン浦田が才之助のおかしな言い回しに思わず問いを投げる。
「こちらの事情だ。いらぬ詮索は無用……」
才之助が鋭い目を向けると、浦田キャプテンは何も言えなくなってしまった。
「才之助、キャプテンに対して態度悪いなぁ」
と言いながら代わって出て来たのは、小柄でメガネを掛けた真田学だ。
「真田学です。彼らと同じく伊賀中出身です。野球は未経験ですが、頭を使う事が好きですので、何かお役に立てればと思います。よろしくお願い致します」
学は紹介後、丁寧に頭を下げた。剣蔵や才之助とは打って変わった態度に、現役部員達も好感を持ったようで、自然と拍手を送った。
次に出て来たのは、猿のような風貌をした小柄の男だった。
「猿飛右助だや。伊賀中……。野球は初めてだけど、足の速さは自信あるだや」
実際、輪の中への出入りのスピードは、異様なまでに速かった。対照的にのっそりとした巨漢が入れ替わりにゆっくりと中央へ出て来た。
「オラ、山嵐太だ。伊賀中から来た。力なら自信あるで、任せとけい」
彼は熊のような体格及び風貌をしており、どの部員と比べても一回り以上大きかった。それがまたのそのそと元いた位置に戻って行くと、伊賀者の最後として、三人が同時に輪の中に躍り出て来た。それを見て、取り囲む全員が驚いた。三人とも同じ顔、同じ体格をしていたのだ。
「松岡赤太」「青太」「黄太」
「三つ子の兄弟だ」「伊賀中出身」「協力した時は誰にも負けない」
「よろしくな」
三人が調子を合わせて同時に喋るので、まるで何かの見世物でも見ているかのようだった。自分達で言うだけの事はあり、ピッタリと息も合っていた。
元の位置に戻った三人が他のメンバーと並ぶ。この八人の伊賀者は新入部員としては明らかに異質であった。
そんな中、風間幸太郎は伊賀者達を睨み付けていた。それに気付いた剣蔵が口を開く。
「どうした風間君よ。これから三年間一緒に頑張っていく仲間だぜ。そんな怖い目をしなくてもいいんじゃないか」
「この前のお前の名乗りから察するに、全員伊賀忍者の関係か……。どういうつもりか知らんが、妙な真似はするなよ」
「妙な真似? 俺達はみんな甲子園目指して努力するつもりだぜ。ニンニン」
剣蔵は手を十字に組み合わせながらおどけて相手を挑発する。
「軽々しく甲子園なんて言うな。お前達みたいな奴等に俺の夢の邪魔はさせない」
「は? 夢? 何だか知らんが、こっちにも事情ってもんがある。邪魔はさせねえぞ」
幸太郎と剣蔵は言い争い、対峙する。見かねた浦田キャプテンが仲裁に入り、二人は引き離された。
この日は初日という事で練習の見学のみであった。キャプテンの配慮で幸太郎と伊賀者は離され、それ以上の接触はなかった。一年生全員がファールグラウンドに並び、二・三年生のノックやフリーバッティングを見守った。
日も暮れて練習は終了した。伊賀八人衆は揃って下校する。薄暗い中、八人がバラバラに歩き、狭い田舎道を占拠していた。
「あーあ。退屈だったな」
「見てばかりはつまらんだや」
「先輩方、大して上手くなかったしなあ」
そんな会話が交わされたが、
「でも、あの風間と剣蔵は面白かったな。剣蔵ったら熱くなっちゃって」
学がからかうような口調で言う。
「うるせえ」
剣蔵は口笛を吹きながらそっぽを向く。
「しかし、あいつ出来るな。何となく雰囲気でわかる」
才之助が口を開く。
「才之助が言うならそうなんだろうな。お前の達人を見抜く感覚は随一だもんな」
「だが、俺達の邪魔をするなら容赦はしない」
剣蔵が強い口調で言い切ると、皆、頷き同意する。
「俺達は甲子園とやらに行かなきゃならねえ。その為に障害となるものがあれば、どんな手を使っても排除する」
「剣蔵っ」「格好」「いい!」
三つ子が三人で囃し立てる。
「バカ、ふざけてるんじゃないぜ。わかってんだろ。俺達はやるしかねえんだ」
剣蔵の言葉に皆が真剣な表情で再度頷いた。