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邪道甲子園  作者: 馬河童
39/48

『対甲賀:七回表』

 七回表、勢いに乗る伊賀中央は三番の太からだ。

「来いやあっ」

 吠える太。時任を失い、甲賀は意気消沈したかと思われたが、誠児はさすが筆頭格だけある。気落ちした素振りは微塵も見せず、変化球を駆使してきて三球三振、まさに甲賀の意地を見せ付けて来るかのようであった。

「やるな、甲賀誠児」

 相手を讃えつつ、次打者の幸太郎が打席に入る。不動の構えは相手を圧する迫力を有している。それを感じているのか、誠児も

「お前には絶対打たせん!」

 と気合十分の一球を投げ込んできた。そのボールは幸太郎が

「消えた……」

 と呟いた通り、ベース手前で消え失せ、ストライクの位置でキャッチャーのミットに収まった。以前、プロ野球・大阪ナンバーズの岩本に対し、覆面投手として投じた消失球なるボールだ。

「ス……ストライ……ク?」

 アンパイアのコールもはっきりとしない。首を傾げながら、キャッチャーからボールを受け取り確認するも、異常は見て取れなかったようで、結局コール通り、ストライクとなった。

「なるほどな。こんな球も持っていたか」

 幸太郎は感心した顔で誠児を見る。誠児の方は不敵な笑みを浮かべて、涼しい顔だ。


「タイム」

 ここで剣蔵が動いた。ベンチから幸太郎の下へ走る。

「どうした」

 打席を外し、幸太郎が尋ねる。

「あの球、キャンプで岩本に投げてた球だぜ」

「そうか。お前達、キャンプに乱入したんだったな」

「あの球な、岩本は……」

 と言い掛けた剣蔵を、幸太郎は制した。

「何も言うな。俺は自力で打つ」

「てめえ、人の親切を……」

 剣蔵はいきり立つが、幸太郎がその口を押さえる。

「小さな親切大きなお世話だ。ここで聞いたら俺は逆に打てん」

「何ぃっ。どういう事だよ」

「岩本さんの話を聞いたら、俺も自力で打たなきゃ気が済まんからな。あの人は俺の目標の一つだ。彼が打ったなら、俺も打たなきゃならん」

「ばっきゃろう。そんな糞意地張って、てめえが打てねえで負けたらどうすんだ」

「いつも糞意地を張っているのは俺だけじゃないだろう」

 幸太郎はそう言って剣蔵の顔を真剣に見つめる。

「なっ……。俺もって言いてえのか」

「違うか? 毎度のように自分を押し通して来たのは何処のどいつだ」

「ちっ……」

 剣蔵は図星を刺され舌打ちする。

「お前はどう思っているか知らないがな、俺はお前にも負けまいと思ってずっと戦って来たつもりだ」

「あ? 何が言いてえんだ」

 苛ついた顔で聞き返す剣蔵。

「ここでお前のアドバイスを聞くのは俺にとって負けなんだ。岩本さんにもお前にも負けられないんだよ、俺は」

 そう言うと幸太郎は踵を返して打席に入った。何か言い返す間もなく、相手に去られて立ち尽くす剣蔵に

「君ぃ、もういいかね」

 アンパイアが追い払うように注意する。仕方なく、剣蔵は不満顔でベンチに帰った。


「あんにゃろう……何だってんだ」

 ベンチに戻ってもぶつぶつ呟く剣蔵。その顔は少し不貞腐れた感じだ。

「どうした剣蔵? 風間と何を言い合っていたんだ」

 学が尋ねる。

「何でもねえよ」

「何でもなくはないだろう。チームとして情報は共有せにゃ……」

 と言い掛けた学に対し、剣蔵はバッターボックスを指差した。

「その共有を拒否しやがったんだよ、あんにゃろうは……。ほれ、始まるぜ。話は後だ」


 甲賀誠児は、岩本との対戦を見ていた剣蔵が打者に耳打ちしたのを見ていたが、変わらず消失球を投じてくる。

 ちょうどスイングしても当たらないくらいの位置から、キャッチャーのミットに入るまでボールが消える為、幸太郎は手が出ない。以前であればベースを通過した後くらいでボールは現れていたが、今は完全にバッターがスイングするゾーンで消え失せる。誠児の消失球は明らかに改良されており、奴の表情は剣蔵からの情報が入ろうが打たれる訳ないという自信に満ち溢れていた。

 ここで幸太郎が不思議な行動に出た。何と両目を閉じたのだ。それには誠児も気付いたようで、

「おいおい、目くら打法でもする気か」

 と鼻で笑う。そして引き続き消失球を投げてきた。幸太郎は目を開かぬまま、スイング。何と、これがバットに掠って、後ろに飛ぶファールとなった。

「何だと」

 これには誠児も驚いた。しかし、

「どうせまぐれだろ。二度は続かん」

 と再度消失球を投じてくる。幸太郎はこれもファールした。

「どういう……事だ」

 さすがの甲賀誠児も目の前の不可解事を信じられないようであった。幸太郎は見えないボールを見ずに打っている。

「ふざけるなっ」

 苛立って投げ込んでくる消失球を、再度ファールする幸太郎。

「何故……当てられる……」

 誠児は苛立ちぼやく。


「ありゃ、ボール消えてるよな」

 学が首を傾げる。

「ああ。しかも、風間の野郎、目を瞑って当ててやがる……」

 答える剣蔵は、夏の暑さによるものではない汗を掻いていた。

「さすが風間だや」

 猿飛が言うと、

「ヤバい」「バッター」「風間幸太郎」

 と三つ子が拍子を取り、おどけて見せた。

「バカ、笑い事じゃねえ。風間め、野球で忍法を打ち崩して見せる気だ……」

 剣蔵の冷や汗は止まる様子がなかった。


 剣蔵の分析通り、幸太郎は心眼打法とでも言うべきスイングを見せていた。目を閉じながら球の音と気配を感じ取ってバットを振る。すると、視覚では捉えられないボールがバットに当たるのであった。幸太郎が常人を超えた達人なるが故に出来る神業である。

「うぬぬ……」

 誠児は苦虫を噛み潰したような顔で唸る。

「次で打つ」

 何と幸太郎はここで予告ホームランを宣言。バットをレフトスタンドへ高々と向けた。

「何だと……。ナメるなっ」

 怒りに身を震わせる誠児は、火の玉のような勢いで投げ込んできた。幸太郎は今度は目を閉じない。そして、誠児の意図はさだかではないが、ボールは消えず、幸太郎はそれをジャストミート。打球はバックスクリーンに飛び込んだ。

 場内が地鳴りを起こす。まさかの予告ホームラン実現に、スタンドは敵も味方も忘れて拍手喝采だ。ゆっくりとベースを回る幸太郎に場内の大歓声が降り注ぐ。

「何故……消えなかった」

 幸太郎がホームベースに辿り着く頃、誠児が呟いた。発言から察するに、彼としては球を消したつもりのようであった。

「昔、ある野球漫画で、消える魔球が消えずに打ち込まれた場面があったが、それと同じだ。その漫画では打者の一本足打法に疑心暗鬼になった投手が、中途半端な変化をさせてしまったというものだったが……」

 幸太郎が誠児の疑問に答える。

「俺が……お前の予告ホームランに動じたとでも言うのか……」

「さあな。それはお前にしかわからないだろう」

 幸太郎は背を向けてベンチに戻った。それを伊賀者達が大喜びで迎え入れる。

「風間、やったな」

「さすがだや。お前の方が忍者みたいだや」

「これで同点だ」

 皆がハイタッチで祝福する。最後に待ち受けていたのは剣蔵だ。

「ちっ……てめえ、人のアドバイスを聞きもせず……」

 勿論、ハイタッチは交わさない。

「これで同点だ。服部、頼むぞ」

 幸太郎は笑み一つ浮かべず、試合に勝つ事しか考えていないようであった。

「喜ぶ素振りも見せねえか。わかったよ。もう点は取らせねえ。てめえにばっか良い格好させられねえからな」

「ふっ。お前らしいな」

 このやり取りの中で初めて幸太郎が表情を緩めた。


 1対1の同点に追い付き、勢いに乗る伊賀中央は五番の才之助が打席に入る。甲賀誠児は相当にショックだったのか、乱調でストライクが入らない。カウント0―3で労せずして一塁を得られそうな雰囲気だったが、

「タイム」

 ここで甲賀のサード・鬼頭が陰気な声を揚げ、マウンドへ歩み寄った。この試合、奴がまともなアクションを見せたのはこれが初めての事だ。鬼頭は誠児に何やら呟く。すると、頷く誠児の顔に再び自信満々な表情が戻ったようだった。

「伊賀者ぉ、喜んでいられるのも今の内だ。次の回、地獄を見るのはお前達だ!」

 誠児は高らかに笑いながら、投げ込んでくる。ど真ん中のストレートだったが、急にボールの勢いが増したようで、才之助は差し込まれ、サードへのファールフライに終わった。続く剣蔵もサードゴロに仕留められ、その鬼頭が捌いてチェンジとなった。


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