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邪道甲子園  作者: 馬河童
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『対甲賀:六回表~裏』

 六回表は三つ子の次男・松岡黄太からの打順。ここは甲賀誠児が非凡なセンスを発揮し、鋭い変化球で内野ゴロに仕留めて見せた。

 続いて一番の猿飛が打席に入る。未だに三回裏に傷つけられた足を引き摺っており、その姿は何とも痛々しい。ベンチで伊賀の秘薬を塗り、念入りにテーピングはしたが、それでもすぐにいつもの調子で動ける様子ではない。

 ベンチから「無理するな」と声が掛かる。猿飛は黙って手を挙げてそれに応える。言葉通り、打つ気のある様子には見えず、打席に立っているだけのようだった。洞察力に長ける誠児はポンポンとストライクを取って来て、簡単に追い込んだ。

 三球目、嘲笑うかのようなスローボールが投じられた。猿飛はそれでも振る気がないようだったが、ボールがミットに到達するギリギリのところで片手でバットを出した。

「舐めるなや!」

 猿飛は小さく三塁方向に転がるボールを尻目に一塁へダッシュ。痛めた左足はほとんど使わず、右足のみで飛ぶような走りだ。

「ここで少しでも才之助のアシストをしないと勝てんだや」

 猿飛はジャンプしてヘッドスライディング。


 その時、猿飛の身体は宙で止まった。セーフになりそうな雰囲気を見て、ここでまた時任が時間を止めたのだった。

「バカめ」

 時任は三塁付近のボールを掴むと、走って行ってファーストの武者のミットに入れ、空中に浮いている猿飛の身体を蹴飛ばした。

「時任っ!」

 伊賀中央ベンチから、才之助が憤って叫ぶ。この光景を完全に把握出来ている様子だ。

「文句があるのならそんな所で見ていないで出て来ればいい」

 両者が睨み合う。才之助は己れの力量を悟っているのか、不用意に出て行かない。ただし、時任を睨み付けながら、小刻みに手足を動かし、この時空間での身体慣らしを怠らなかった。

「どうしたぁ。来ないのか」

 時任は手招きして挑発するが、才之助は動じない。

「意気地のない奴め。これでもか」

 時任は浮いている猿飛の腹を蹴り上げた。それでも猿飛は声も発さず、身体は宙に制止したままで、この異空間の不思議な様子を物語っている。才之助は歯噛みして悔しがるが、今出て行っても自分が動ける制限時間が切れるのは明白で、押し寄せる怒りに耐えていた。 

「つまらん」

 時任は再び猿飛を殴りつけると、守備位置にゆっくりと戻って行く。

「再び正常なる時の流れに身を任せるか……」


「ぐぁっ……」

 時任の術が解けた瞬間、猿飛はうめき声を揚げ、その身体は何らかの力を加えられて吹き飛び、塁線上から大きく外れた。同時に一塁手・武者のミットにはボールが入っており、奴は一瞬首を傾げたが、捕球をアピールした。

「ア……アウト」

 これまた塁審も戸惑いを見せたが、武者の捕球を確認し、拳を握った右手を挙げた。


「だ、だや……」

 暴行された猿飛はさらに傷付き、立ち上がるのもやっとの状態であった。一塁コーチャーをしていた三つ子の長男・赤太が肩を貸し、ベンチまで引き上げて来た。

「大丈夫か、猿飛」

 戻って来た二人に皆が声を掛ける。

「やられた……だや」

 猿飛の顔に元気はなかった。

「すまん……。猿飛がやられる様を見ていながら、手を出せなかった……」

 才之助が頭を下げる。

「仕方ないさ。奴の術に対抗出来るのは才之助しかいない。ここぞという時まで、耐えるしかない」

「くっ……不甲斐ない……」

「霧隠、その悔しさを晴らすのはお前自身だ」

 落ち込む才之助の肩を強く叩いたのは幸太郎だ。

「風間……」

 珍しいところから励ましが飛んだ事もあって、才之助は少し驚いた顔をした。

「奴の術を破れなければこの試合、勝てん。やれるのはお前しかいないんだ」

「風間……貴様の口からそんな言葉が出るとはな……。任せておけ」

 才之助の目に光が戻った。


 ツーアウトになって、打順は二番の学を迎えた。

「来いっ」

 彼は気合を漲らせ打席で吠える。だが、誠児はそんな学を力押しで三振に斬り捨てた。これで甲賀側のスタンドが自軍の優勢を感じ取ったのか、また大きく騒ぎ立てた。


 伊賀中央ナインが六回裏の守備に就く。ファーストの太が負傷した猿飛を背負い、セカンドの守備位置で下ろした。猿飛は口から血を流し、全身を震わせているが、何とか踏ん張っていた。

「ありがとうだや、太……」

 礼を言い、グラブを構える。皆が心配して声を掛けるが、彼は手を振り、問題ないというジェスチャーをした。


「甲賀の奴ら……ただじゃ済まさんぜ」

 怒りに燃える剣蔵はマウンドから甲賀ベンチを睨み付ける。

「剣蔵、熱くなるのは構わんが、ぶつけたりするのはよせよ。それこそ奴らの思う壺だ」

 学がカッカしている剣蔵に釘を刺す。

「わかってるよ。俺だってこの試合の大切さは認識してるつもりだ。俺なりの正々堂々でぶっ倒してやるぜ」

 と豪語する剣蔵。迎える打者は九番の吉良だ。先の打席では、危険な打撃妨害を狙ってきた男だ。この打席、奴は投手・剣蔵に対して、正対する構えを取った。主審や捕手に対して完全に尻を向けるような格好だ。普通、腰を使ったスイングをするのであれば、このような構えで容易に打てるとは思えない。

「剣蔵、構うな。来い」

 学が叫ぶ。剣蔵は頷き、初球を投じた。ストライクゾーン一杯の外角低めに伸びる速球で、相手の構えから普通に考えればバットを届かせるのも難しいコースだ。ここで異様な事が起こった。吉良が

「甲賀忍法・鉄罰倒(鉄バット)!」

 と叫ぶと、何と股間部分がユニフォームを突き破らんばかりに急速に膨れ上がった。まるで股間からもう一本バットが生えたかのように盛り上がり、聳え立った。そして、吉良が正面を向いている為、これが主審と捕手には奴の体に隠れて見えないのであった。さらに驚愕する事に、吉良はボールに対してバットスイングするが、これは当然当たらない。だが、その後振り出された第二のバットがボールに付いていき、真芯(?)で捉えたのであった。

硬勃爆打こうぼつボンバー!!」

 吉良の叫びと共に金属音を発した打球は三遊間を抜けて行った。


「何だよ今のは……。あり得ねえだろ」

 さすがの剣蔵も呆れ果てた顔をしていた。塁審は見ている筈で、クレームを付けるという手もあるが、ビデオ判定でもしない限り、打たれた後に「バット以外で打っている」と主張するのは難しそうであった。しかも、剣蔵の投球後、下半身を瞬時に膨らませて、バットスイングもした上で陰茎で打つなど、神業にも等しい所業だ。

「バカげているが、見事という他ないな」

「どんだけ硬くなってるだや……」

 マウンドに集まった才之助と猿飛が一塁の吉良を見ながら、感心したように呟く。吉良の膨張はもう収まっていた。

「それはそうと、剣蔵、ちょっといいか」

 才之助が何か言いたげな顔で手招きする。

「どうしたよ」

「ランナーも出た事だ。多少、打たせる……若しくは四球でも構わん。早く時任の次の打席を頼む」

「お前、やれるってのか」

「それはわからぬが、このまま引き下がれん。奴を直接叩くのが一番の状況打破だ」

「だが、また時を止められたら……」

 学が心配そうな顔をして言う。

「ランナーを詰めれば奴以外は動けん。そういう意味では満塁にする価値はある」

「なるほど。名案かもな」

 剣蔵が手を打って頷いた。それに対して、

「だが、満塁にした時、野球として普通に打たれる危険はないか。それに、奴が塁上で何かしでかさないとしても、打球をいじられる可能性はある」

 と学が疑問を口にする。

「その時は俺が命を懸けて防ぐ。これ以上、奴の思い通りにはさせん」

 才之助が強く主張する。

「才之助の言う通りだぜ。それに俺は奴が時を止める術を使わねえなら絶対に打たせん」

 剣蔵は胸を張るが、

「威勢がいいのは結構だが、ここは大事な局面だ。慎重に行かなくては。4点取られでもしたら試合が決してしまうぞ」

 それを幸太郎が諫めるように言った。皆、考え込む仕草を見せたが、最終的に学が

「やはり塁を埋めよう。確かに時任と才之助以外が動けないというのは一つの利点だ。それにいざとなれば、動ける才之助がランナーに工作できるのでは?」

 と提案すると、皆が納得して頷いた。

「唯一怖いのは普通に打たれて満塁ホームランになる事だ。そこは剣蔵、頼むぞ」

「任しとけ」

「油断するな、奴は術がなくても達人だ。まともに勝負した末に打たれたら目も当てられん」

「最悪ばっかり想定してどうするよ。勝つ気でやらなきゃ勝てるもんも勝てないぜ」

「そう……だな。俺も、この打席で奴と決着を付けるつもりで戦う」

 才之助は意を決した顔付きになった。


 作戦を確認後、剣蔵は一番・影山、二番・日烈に連続フォアボールを与えて満塁とした。勿論、意図的にである。そして迎えた三番・時任の打席、

「おい、時任。満塁だぜ、どうするよ。時を止めてもランナー全員は動かせまい」

 剣蔵が相手を挑発する。

「ふっ、何か勘違いしているようだが、時を止めようが止めまいが、ホームランなら関係ない。しかも、こちらは勝っている。わざわざ手を下さんでも問題はないが」

「だったら好きにしてみやがれ」

 剣蔵は開き直る。

「この打席でてめえの術に終止符を打つ。それだけは間違いねえ」

「ほう……。面白い。やってみろ」

 時任も挑発に乗り、強気な姿勢を崩さない。

「行くぜ」

 意気込んで投げた初球は分身アンダースロー。ボールがホップし、時任から空振りを奪った。

「術は使わねえのか」

「……」

 時任は答えない。

「だんまりか? そりゃそうだよな、忍者だもんな」

 頷くと剣蔵は二球目を投じる。ここでナックルボールが出て、時任は再度空振った。

「まともに勝負すりゃこんなもんだ。わかったか」

 剣蔵の強気の宣言に、さすがの時任が渋い顔をした。

「確かにな……、素でのお前の実力は認めよう。だが、それは俺の世界の外での話だ。所詮、何も出来ず、お前達は敗れ去るのだ」

「だってよ。才之助、任せていいのか」

 剣蔵はショートの才之助を見る。黙って頷く才之助。

「だったら、やるしかねえな。みんな、覚悟しとけよ」

「おう」と内野全員が返事をする。才之助以外は動ける見込みはない筈なのに、闘志だけは満々だ。

「時間を止めれるもんなら止めて見やがれっ」

 剣蔵渾身の一球は、ストライクゾーンを過ぎる得意の殺人シュート。ボールがベースを掠めた瞬間、時は止まった。


「打つ必要などないわ」

 時任は止まったボールを掴み取ると、バットを持ったまま外野へ向かって走る。打った振りをしてスタンドにボールを入れ、ホームランにするつもりだ。

「待てっ」

 そこに立ち塞がる才之助。

「また無駄なあがきをするか」

 時任は気にせず突っ込んで来る。才之助はその動きに付いて行き、何とか相手を足止めした。

「ここから先へは行かせん」

 才之助は両手を広げ、門番のように構える。しかし、時任はそれを見て、くっくっくと笑い出した。

「何がおかしい?」

「お前は一つ大きな考え違いをしている。己れが急に違う段階へ到達したので粋がっているのだろうが、この時空間の中で俺と同じように動けたとしても、お前と俺にはそもそも大きな実力差があるという事だ。それに、俺は武器を持っている」

 時任は持っていたバットを構えた。それを上段から振り下ろしてくる。

「くっ……」

 何とかかわす才之助だが、剣の達人から次々に繰り出される攻撃に成す術もない。時任はバットを変幻自在に操り、下から足を払ってきた。尻餅を突く才之助。

「終わりだな。お前がここで倒れていても、審判は俺の仕業とは思うまい」

 殺意の籠った目付きで時任が迫る。さすがの才之助も観念したのか、身動き一つ出来ない。

「死ねっ」

 時任がとどめの一撃を繰り出す。思わず目を閉じる才之助。しかし、バットによる一撃は振り下ろされなかった。


 不審に思い才之助が目を開く。何と時任が目を押さえてバットを手から落としていた。

「うぐぐ……何だこれは……」

 苦しそうな呻き声を揚げる時任。才之助はこの機を逃さず、目の前のバットを掴み、相手の足を刈った。さらに膝から崩れた時任の側頭部に強烈な蹴りを見舞う。完璧に決まり、この一撃で時任の身体が糸の切れた人形のように地に倒れた。

「今までの無念……ここで晴らす」

 才之助は時任を引き摺り起こし、殴り、蹴る。これまでやられた分を全て返すかのような勢いだ。

「この結果は運によるものかも知れん。だが、容赦はしない」

 呟くと、やらねばやられるという精神の下、容赦なく相手の腕と脚を折った。時任が悲鳴を揚げる。だが、それに耳を傾ける者は才之助以外にない。

「これも忍びの世界……」

 才之助は相手がボロボロになったのを見て取ると、バットをファールグラウンドまで放り投げ、一塁線上の中間辺りに時任の身体を落とした。さらに各ランナーに寄って行き、その身体をベースから引き離し転ばせた。そして、ボールを持って守備位置に戻り、一人呟いた。

「再び正常なる時の流れに身を任せるか……」


 時が動いた瞬間、実に様々な事象が起こった。各ランナーは全員転倒し、打ったであろう時任は一塁線上に倒れていた。ショートゴロになったようで、定位置でボールをキャッチした才之助がホームへ送球し、ホースアウト。さらに学に三塁へ投げるよう指示し、これもランナーは間に合わずツーアウト。

「風間っ、間に合うぞ」

 才之助の声に反応し、幸太郎がすかさず二塁へ送球。ランナーが転倒から立ち直る間にトリプルプレイの完成となった。


「よっしゃ!」

 伊賀中央ナインがグラウンド上で吠える。この試合、二度目のトリプルプレイに場内も沸いた。

 そして、起き上がれない時任を見て、甲賀ベンチが飛び出す。何人かが顔を覗き込み、動けないのを見て取ると、背中に乗せてベンチに引き上げた。時任がやられたのは察したようで、全員渋い顔をしている。その様子に、甲陰高校側のスタンドは騒然としていた。同時に、審判達は何が起こったのか理解出来ないようで、不思議そうな顔でそれを見ていた。


「才之助、やったじゃねえか。お前の仕業だろ、これは」

 伊賀者全員が才之助の周りに集まり、褒め讃える。

「やっと借りは返したな」

 才之助も万感胸に迫るような表情で頷く。

「奴を上回ったのか」

 学が尋ねる。「否」と答えた才之助の顔は少し困惑の様相を呈した。

「どうしたよ。どうやって奴を倒したんだ?」

 剣蔵が聞く。

「危うくやられるところだった。しかし、まさにやられるという時に何が起きたのか……奴の目が潰されたんだ」

「ちょっと待てよ。おかしくないか。止まっている時の中で他に動いた奴がいたってか」

 学が首を傾げながら聞く。

「そうとしか……考えられんな」

 目を閉じて何かを思い出そうとする才之助。

「俺もその時には観念して目を閉じていた。だから何が起こったのかは……」

「お前達、誰か動けたのか」

 剣蔵が皆の顔を見回す。しかし、皆、首を横に振った。

「まあいい。ラッキーだと思っておこう。術の乱用で暴発したのかも知れんしな」

「いずれにせよ、もう時は止まらない」

「こっから反撃だ」

「おうっ」

 不審な点は残ったが、難敵の時任を倒した事で伊賀者の士気が上がったのは間違いない。時間操作の脅威がなくなり、反撃の機運は高まった。


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