『対甲賀:四回表?』
さて、試合は四回表を迎えた。打順は怪我をした猿飛から。左足を引き摺る様子が痛々しい。甲賀誠児は薄笑いを浮かべ、打って来ないのを承知で、おちょくるように棒球を通してくる。打てば怪我を悪化させる可能性があり、苦い顔でそれを見送る猿飛。ベンチの指示も「無理に打つな」というものであり、彼は一球も振らずに三振した。
「OKOK、それでいいんだ。まだ無理をする時じゃない」
次打者の学が下がって来る猿飛の肩を叩く。
「無念は晴らすぜ、猿飛。来いっ」
打席に入った学が叫ぶ。知性派の彼にしては珍しく闘志を燃やしていた。甲賀誠児は初球、内角へのブラッシングボールを投じてきた。
「デッドボール」
何と学はこれにわざと当たった。それも大袈裟に倒れ込んだものだから、審判も「避けなかった」とは言い難く、死球をコールしたのだった。学はゆっくりと起き上がり、痛そうにしながら一塁へ歩く。
「ちっ。避けやがれ」
誠児は舌打ちしてマウンド脇に唾を吐く。相手をビビらせようという魂胆はあったろうが、進塁は予定外だったに違いない。
三番の山嵐が打席に入る。彼も気迫を前面に押し出しており、巨体が一層大きくなったように感じられた。
しかし、ここは誠児が上手だった。山嵐を変化球主体で攻め、掠らせる事なく、仕留めた。そして、次打者の幸太郎がバッターボックスに向かうのを見ると、指を立てて挑発してきた。
「ここでさっきの打席の借りは返す」
不敵な表情で宣言するが、
「能書きはいいから掛かって来い」
幸太郎はそれを気に留める事もなく構える。
「タイム」
その時、ショートの時任が動いた。マウンドに駆け寄り、誠児に何やら耳打ちする。頷いた誠児は落ち着いた表情になり、何と幸太郎を敬遠。これには幸太郎も驚いた様子だったが、ひとまず一塁へ歩いた。
「才之助、ナメられてんぞ。一発かましてやれ」
剣蔵が次打者の才之助に檄を飛ばす。才之助は頷き、バットを剣のように携え打席に向かう。甲賀誠児は初球から外角攻め。その後も変化球を織り交ぜ、ストライクゾーンギリギリに出し入れしてくる。
「あんなんで才之助が動じるかよ。何考えてんだ」
ネクストバッターサークルで剣蔵が馬鹿にしたように呟く。その言葉通り、三球目に才之助のバットは快音を発した。
しかし、ショートの時任がこれをキャッチして、飛び出していた学が戻り切れずダブルプレーとなった。
打ち取られた才之助は首を傾げながらベンチに戻って来た。
「どうした」
「今の打球、飛んだ先は確かに三遊間を抜いたような……」
「ショートのファインプレイだろ」
剣蔵が言うが、
「それだけじゃない。今の回、上手く言えぬが不自然な感がある」
才之助は考え込むような仕草を見せる。
「またイカサマ投球かよ。もっとも奴らのイカサマを挙げたらキリがねえが」
「投球そのものではない。既視感とでも言うのか、今の回を二度体験したような……」
「は? 才之助、頭大丈夫かお前?」
剣蔵が突拍子もない話に呆れた顔でツッコむが、
「いや、確かに変だ」
そこへ幸太郎が口を挟む。
「風間ぁ、何が変だって言うんだ」
「相手投手は先程まで、あの三日月カーブを投げてきて、絶対の自信を持っていた筈。なのに、俺は敬遠し、霧隠にも投じてこなかった」
「そりゃ、少しはお前らを警戒したんだろうよ」
「警戒ね……。確かにあれを投げてきたら、俺は打つ自信があった。忍者ならそのくらいの察知能力はあるかも知れんが……」
ここで幸太郎は口を噤んだ。
「何だ、どうしたよ」
「どうも俺の記憶の中にあれを打った感覚がある。今日初めて見た球だぞ。霧隠、お前もそうなんじゃないか」
「そうだ……」
才之助が頷く。
「どういう事だ? お前ら二人共、三日月カーブを打った記憶があるというのか」
学が尋ねる。この伊賀の知恵者が話を聞いても理解出来ていないようだった。
「霧隠、お前は何か気付いているんじゃないか。皆に話してみろよ」
幸太郎が促す。才之助は少し考える素振りをしてから口を開いた。
「個人的な予測でしかないが、時任が何か術を用いているのじゃないかと……」
「お前のライバルって奴か。言われてみれば、最初の打席、いつ打たれたのかわからなかったな」
剣蔵が一回裏の時任の打席を思い出して述べる。
「今の才之助の打球もいつの間にか奴のグラブに……」
学も頷きながら呟く。
「それらもそうだが……」
何かを言い掛けて沈黙する才之助。
「どうした」
「あまりに馬鹿げた発想で、口に出すのもためらわれたが、この回の攻撃、ひょっとすると時間が巻き戻されたのじゃないかと……」
「時間を巻き戻す……そんな馬鹿な」
学が信じられないと言った顔をするが、
「それだ! 時が戻されたとなれば辻褄が合う」
幸太郎が手を叩いて、才之助に同意した。
「お前達が三日月カーブを打った時間をなかった事にして戻したと言うのか。そんな馬鹿な……」
「自分で言っていておかしな事だとは思うが、やはりそうとしか考えられん」
才之助が断言する。
「それが事実だとしたら、どうする。このままでいいのか……」
司令塔の学が不安な表情を浮かべる。
「時間もない、今は守備に就く他あるまい」
幸太郎がそう言って皆を促すと、
「そんな真似してるならただじゃ済まさねえ。この回で奴の化けの皮を剥がしてやるさ」
この回、時任を打席に迎える剣蔵は、さらなる闘志を燃やすのだった。




