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邪道甲子園  作者: 馬河童
31/48

『対甲賀:一回表~裏』

「プレイボール!」

 先攻は伊賀中央で、審判の声と共に一番の猿飛が打席に入る。マウンドの甲賀誠児は不敵な笑いを浮かべ、ボールを弄んでいた。その初球は何と山なりのスローボール。

「なめるなっ」

 とばかりに猿飛は強振。しかし打球はボテボテの内野ゴロとなった。甲賀誠児自身が素早く掴んで送球し、ワンアウト。


「どうした。あんな遅い球を」

 剣蔵がベンチに戻って来た猿飛に尋ねる。

「ジャストミートした筈だや。けんど何故か芯を外しただや」

 猿飛は首を捻る。

「何かしてやがるな、あんにゃろう」

 甲賀誠児は二番の学にも同様の投球。学は初球を見送った。二球目も同様に見送るが、首を傾げるだけ。仕方なく、三球目を打つ。当たりは良かったが何故か失速し、またもサードゴロに倒れた。


「何かわかったか」

 剣蔵がベンチに戻って来た学に尋ねる。

「よくはわからない……が、何かボールが奴に操られてでもいるような……」

「操るだぁ? ボールに催眠術でも掛けてるってか」

「例えは良くないが、そんな感覚だ。自分の打った方向にボールが飛ばないような……」

 と語る学の表情は冴えなかった。


 三番・巨漢の山嵐太が打席に入る。甲賀誠児は全く投球を変える事なく、山なりの遅い球を投じる。

「ぬがぁああ」と太が吠えて強振、バットはボールをしっかりと捕らえ、強烈なライナーが一、二塁間の頭上を抜けて行く。

 ところが、ボールがライト手前で突然失速した。まるで何かに逆に引っ張られてでもいるかのように、一度空中で遅くなった。


「何だありゃ」

 剣蔵が呟く。

「ボールの飛び方が明らかにおかしい。甲賀の奴ら、何か……糸のようなものでもくっつけているな」

 学がボールの動きを見つめながら言う。

 一度失速したボールだが、何かを振り切ったかのように再び伸び始めた。しかし、重力には逆らえず、ライト後方に落下していき、キャッチされた。甲賀側は少し慌てた顔をしたが、それでも結果的には三者凡退に仕留められた形となった。


「太のパワーで少し驚かせたってか」

 マウンドに向かいながら剣蔵が言う。

「ありゃ細っちょろい糸が付いてるだや。今の太への最後の一球、よーく目を凝らしたら甲賀野郎、投げる時にボールに糸を巻き付けて投げてただや」

「さすが、猿飛。他は誰も見えてない筈。相当細く強靭な糸が付いているって事か」

「だや。だが、太の馬鹿力がその糸を切っちまっただや。それで奴ら少し動揺しただや」

「甲賀め、舐めた真似をしやがる。今度はこっちの番だ、見てろよ」

 猿飛の分析を聞き、改めてやる気を漲らせた剣蔵であった。

「剣蔵、そして内野の皆、意気込みは良いが、奴らの殺人ライナーには気を付けろよ」

 学が注意を促す。

「うむ。甲賀は準決勝、それで対戦相手をKOしているからな。回転を掛けているし、簡単には捕球出来んぞ」

「霧隠の言う通りだ。油断するなよ。こっちは人数もいないし、怪我でもさせられたら目も当てられん」

 と幸太郎が言うと、剣蔵はその胸を押して三塁へ行くように促す。そして、

「わかってら。もう奴らにはやられん。任せとけ」

 と強気な言葉を発し、マウンドに駆けて行くのだった。


 投球練習を行う剣蔵を尻目に、甲陰の一番・影山が打席に入る。小柄で痩せた体型で如何にも足が速そうな男だ。

「剣蔵、こいつを出すなよ」

 学が声を掛ける。

「わかってら」

 息まく剣蔵の初球は外角へ逃げるカーブ。影山はそれを見逃し、ボールの判定。二球目も内角高めを見逃され、ツーボールとなった。

「こいつ目も良いのか。猿飛の甲賀版かよ。とりあえずストライクを入れねえと……」

 次の一球はストライクゾーンに掛かる外角低めのストレート。これを影山は打ちに来た。奴はバットを捻るように回しながらボールに衝突させる。打たれたボールは奇妙な回転を与えられて一度地面をバウンドし、剣蔵に襲い掛かる。

「こなくそっ」

 剣蔵は顔面付近に来た打球を、もんどり打ちながらも何とか捕球した。しかし、その間に影山は一塁を駆け抜けていた。

「くそっ、結局出しちまった」

 悔しがる剣蔵。そのユニフォームは早くも土で汚れていた。

「仕方ない。あの打球で怪我しなかっただけでも良しとしよう」

 学が宥める。

「おそらく次の打者も狙ってくるぞ。気を付けろよ」

 幸太郎が他の内野陣に声を掛ける。皆、黙って頷いた。


 二番・日烈が左打席に入る。影山と同じく小柄だが、こちらは少し丸い体型だ。バットを短く持ち、ミートを狙っているように見受けられた。

「もう打たせん」

 剣蔵は発奮し、気合いの入ったストレートを投じる。しかし、日烈はこれを難なく弾き返した。

「何っ」

 驚く剣蔵を尻目に打球は猛烈なライナーでセカンドへ飛ぶ。この時、猿飛の前にはランナー影山が立ち塞がっていた。

「どくだや!」

 猿飛がわめいた瞬間、影山はすっと身を伏せ打球をやり過ごし、その名の通り、影のように二塁へ進塁する。そして、視界が開けた猿飛の胸板に打球が命中した。

「ぐはっ」

 うめき声を揚げて倒れる猿飛。転がるボールは投手の剣蔵が何とかカバーして、更なる進塁は防いだ。

「猿飛、大丈夫か」

 タイムを取って、内野陣が猿飛に群がる。咳込む猿飛を学が解放する。

「の、喉の下の方に当たっただや」

 猿飛はゆっくり起き上がる。首の下辺りを押さえているが、何とか大丈夫そうであった。

「完全に狙ってたプレイだな。ランナーをスクリーンにして、打球を二塁手にぶつけようという……」

 幸太郎が分析する。

「顔面は……何とか避けただや。あいつら、人を殺る事に全く躊躇ないだや」

「野郎……」

 剣蔵が怒りに拳を握りしめる。その様子を見た幸太郎が

「服部、報復球なんかするなよ。奴らの思うツボだ」

 と注意する。

「お前、よくわかったな」

 剣蔵は苦笑いする。

「お前の性格からしてやりそうな気がした。やる気だったのか」

「やらねえよ。お前の言じゃねえが、野球のルールの中で倒してやるぜ。それが伊賀者としての矜持だ」

「ふっ。成長したじゃないか。昔のお前ならそんな事言わなかっただろう」

「うるせえ。あいつらの土俵に付き合う必要はねえって事だ」

「その通りだ。だからお前のその気持ち、俺が引き継ぐ」

 突然、幸太郎が意外な事を言い出した。

「何だって。引き継ぐ?」

「あのライナー、俺に打たせろ。俺が前進して奴らを挑発する」

「そんな事したら、お前がやられちまうだろ」

「俺なら大丈夫。あのくらいは捕る」

 そう語る幸太郎の顔は自信に満ち満ちていた。

「お前がそう言うなら間違いねえんだろうな?」

「これ以上皆がやられない為だ。こんな事をやっても無駄だって事を見せつけてやる」

「わかったぜ。まあ、お前がやられても俺達は痛くも痒くもねえしな」

「バカ、剣蔵! せっかく風間が一肌脱いでくれるってのにそんな言い方あるか」

 学が窘めるが、

「構わんよ。そのくらいの方が服部らしい」

 幸太郎は気にする素振りもない。

「へっ」

 不貞腐れたような顔でマウンドへ戻ろうとする剣蔵だが、

「おい、服部。お前が悔しくなるくらいのプレイを見せつけてやるからな」

 と幸太郎が挑発してくる。すると、

「お前が前に出て来るなら、俺はそこへ打たさん。見てろ!」

 剣蔵も対抗心を燃やして張り切り出した。

「まったく……」

 呆れ顔の学だが、

「いいんじゃないか。このくらいの方があいつららしい」

「だや。ここは必ず奴らの鼻を明かしてくれるだや」

 才之助も猿飛も、二人の様子を頼もしそうに見ていた。


 内野陣が守備位置に戻ったが、何と幸太郎は剣蔵よりさらに少し前に立った。そして、ショートの才之助が若干サード寄りに守り、猿飛が少し二塁ベース寄りに位置した。二塁ランナーの影山が走ろうと思えばすぐに走れそうな状況だが、伊賀中央ナインはランナーよりバッターの脅威への対応に集中していた。そして、打席に立ったのは、才之助因縁のライバル時任司。難敵を迎えたが、幸太郎は

「お前達、次も内野手狙いだろう。俺がここで捕ってやる。打てるものなら打ってこい」

 と相手を煽る。

「お前か。あの時は面白いものを見せてもらった。が、いきなり自殺志願とは笑わせる」

「これは剣道ではない、野球だ。お前が剣道日本一だろうが、野球の土俵で俺が負ける事はない、絶対にだ」

 幸太郎は力強く言い放つ。この二人も昨夏の剣道インターハイでの因縁があり、まさにその決着戦の様相を呈していた。

「オイオイ、お前らごちゃごちゃうるさいんだよ。俺は打たせねえ。打てるものなら打ってみやがれってんだ」

 これに割って入ったのが剣蔵だ。打たれる前提で話をされているのが気にくわない。

「御託はいいからさっさと放って来い。数秒後にそいつの死骸がグラウンドに転がってるだろうぜ」

 と言って、時任はバットで幸太郎を指し示す。負けじと幸太郎も数歩前に踏み出す。

「こらっ。君達どうなってるんだ。これ以上揉め事を起こすなら本当に没収試合だぞ」

 たまらず主審が注意する。

「す、すいません。静かにしますから。おい、剣蔵、風間、こんな奴相手にするな」

 キャッチャーの学が謝り、同時に二人に注意する。

「こんな奴だぁ?」

 時任は学の言葉に苛立つが、

「ボール、もう来てるぜ」

 学は涼しい顔で受け流し、剣蔵が投じたボールをキャッチしていた。この言い争いの間に剣蔵が初球を投げ込んでいたのだ。

「ストライーク」

 主審がコールする。

「なっ、まだ始まってないだろうが」

 時任は怒り、審判に詰め寄るが、

「君達が勝手に話をしていただけだ。プレイは止まっていない」

 とにべもない。

「セコい真似を……。いいだろう。死ぬのが一球遅くなっただけだ」

「集中してねえ、お前が悪い。このまま打ち取らせてもらうぜ」

 剣蔵の二球目は分身投法。そして、同時に相手の胸元を抉る殺人シュートを放っていた。今までの強敵にも少なからず通用していた決め球の組み合わせで、剣蔵としても自信の一球だった筈だ。しかし、時任はいとも簡単にそれを打ち返した。それも強烈な変則回転の掛かった打球がバウンドして、予告通り幸太郎に襲い掛かる。

 打たれた剣蔵も驚いただろうが、打った時任も驚いただろう。猛烈な打球にもかかわらず、幸太郎はそれを前に行きながら超至近距離で難なくキャッチし、詰まった三塁へ矢のような送球。才之助がキャッチしてワンアウトを取り、続いて二塁を仕留めゲッツー。さらに幸太郎の美技に驚き、走っていなかったバッターランナー時任をアウトにし、何とトリプルプレーを達成した。

「ちっ、やるじゃねえか」

 剣蔵も認めざるを得ない、超ファインプレイであった。時任は幸太郎をじっと睨み、ベンチへ下がって行った。このスーパープレーに伊賀中央のスタンドは拍手喝采、ベンチへ引き揚げてくるナインに大きなエールを送った。


「それより服部、気付いたか」

 戻り際、幸太郎が声を掛ける。

「何だよ」

「今の打席、違和感なかったか」

「違和感?」

「お前、奴がスイングするのが見えたか」

「そう言えば……、いつの間にか打たれて打球がお前に飛んでいたような……」

 剣蔵は訝し気な顔をする。

「だろう。俺もそう感じた。あのお前の球をどう打つのか凝視していたつもりが、いきなり奴がミートしていて正直驚いた。何とか捕るには捕ったが」

「言われてみりゃ、俺も渾身の一球だった……。どう打ちやがった、あいつ」

「それが、奴の秘密だ」

 才之助が話に入ってきた。

「剣道でも奴と立ち会っている時、当たった筈の攻撃を避けられたり、訳もわからない内に食らったりする事があった。要するに奴の動作がわからぬまま、避けられ、打たれた。風間、あの時、お前もそんな感覚だったと言ったろう」

「うむ、奴に襲われた時そんな感じだった。やはり時を止めてでもいるのか」

「その話、似ているな、今の打席と……」

 剣蔵が首を傾げる。

「奴の事は重々警戒するとして、それより風間、お前の打順だぞ」

「おっと。そうだったな」

 学に指摘されて、幸太郎はバットを携え打席へ向かった。


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