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邪道甲子園  作者: 馬河童
30/48

『対甲賀:開戦前』

 灼熱の太陽が照り付ける中、程なく準決勝第二試合、甲賀勢を擁する甲陰高校と第二シードの志摩工業高校の対戦が行われた。志摩工業は昨年夏に甲子園へ行った強豪であり、試合を終えたばかりの伊賀中央ナインは内野席からこの一戦に注目した。スタンドの暑さも半端でなく、皆、冷やしたタオルを被ったり、氷水を入れたビニール袋を顔に当てたりしながらの観戦となった。

 戦前の予想では過去の実績から志摩工業の圧倒的優位が叫ばれていた。甲陰高校は一、二回戦こそ圧勝したが、その後は接戦をモノにして勝ち上がって来ていたので、下馬評は高くなかった。だが、その戦績が当てにならないのは伊賀者も承知していたし、実際に蓋を開けてみると、甲賀による恐ろしい惨劇が展開されたのだった。

 志摩工業のエースは速球・変化球共に一級品で、県内では榊に次ぐ存在だと目されていたが、甲賀はいとも簡単にそれを打ち崩した。いや、打ち崩したという言い方は妥当ではなく、打球で相手守備陣を崩壊させた。

 甲賀の打者は打球に変則回転を掛け、内野手を狙い撃ちした。相手の足や胸板を容赦なく狙い、これで早々にサードとセカンドがKOされた。そして、三番に座った才之助の宿敵・時任司がエースの顔面に打球を食らわせ投手交代。その後も次々に内野陣が殺人打球の餌食になり、試合続行不能で五回コールドとなってしまった。

「甲賀め……えげつねえ真似をしやがる」

「野球の腕も磨いてやがる」

「何か術を使った形跡はあるか?」

「ここからじゃハッキリわからんな」

「しかし、強豪校相手にこれだけの力を示すとは……。強さは本物だ」

 伊賀中央ナインもこの殺戮ショーには驚かされた。甲賀が勝つにせよ、もう少し競った試合を予想していただけに、圧倒的な蹂躙を見せられ、息を呑んだ。好投手の球を狙い打ち出来る時点で、相当な実力と見る他ない。

「まあ、確かに驚いたが、こうじゃなきゃ困るってもんだろ。仮にも忍びの者としてのライバルだしな」

 剣蔵が座席から立ち上がり、強気な姿勢で言う。

「うむ。今度こそ借りを返す好機。必ずや時任を倒す」

 才之助もそれに同意する。

「二人の言う通りだ。ビビってもどうにもならん。闘志を燃やして立ち向かうのみだ」

 幸太郎も頷く。

「そうだ。負けてられっか」

「やってやるだや」

「見てろ、甲賀」

 結果的にこの試合でナインに火が付いた。全員が戦意高揚して、去って行く甲賀を睨みつけ、球場を後にしたのだった。


 決勝までは中一日の休みがあった。猛暑も続く中、翌日に決戦を控え、伊賀中央ナインは軽めの調整を行った。そこへふらりと現れたのは

「じいちゃん!」

 剣蔵が思わず叫んだとおり、彼の祖父・服部萬蔵がフェンス越しに立っていた。全く気配を感じさせる事無く、白髪白髭の和装の老人がいつの間にか佇んでおり、ナインは驚くばかりだ。幸太郎を除く伊賀者が集まって行こうとするが、

「よいよい、続けよ」

 萬蔵はそれを制し、皆を戻した。この超人は猛暑の中でも汗一つ掻いた様子はない。

「誰だ?」

 幸太郎がショートの才之助に尋ねる。

「剣蔵の祖父で、伊賀の長老・萬蔵様だ」

「伊賀の長老か。道理で貫禄があるな」

 佇む萬蔵の姿を凝視していた幸太郎だが、

「挨拶くらいしておくか」

 と足を向けた。皆が練習を続ける中、彼一人が歩を進めて、萬蔵の前に立つ。

「こんにちは」

「風間君……じゃな」

 萬蔵は知っていたかのような口振りだ。

「ご存知とは……。風間幸太郎と言います。服部君達にはいつも世話になってます」

「ふぉっふぉっふぉ。いつも世話になっておるのは剣蔵達の方じゃろう。君に多大な迷惑を掛けておるのではないか」

 何もかも見透かしたような萬蔵の目であった。

「ははは。お互い様です。確かに色々困らされたりもしますが、僕も彼らを困らせているんでしょうし」

「大人じゃのう、君は」

「僕は感謝してるんです。甲子園へ行きたいとは常々思っていましたが、本気で行こう、行けるって思ったのは彼らに出会えたからです。石にかじりついても、という気持ちの部分、それを伊賀の皆には教えられました。もっともそんな事、口には出しませんが」

「ふむ。君という存在が奴らにも良い影響を与えて、相乗効果を生み出したようじゃのう。孫バカで言う訳ではないが、あの剣蔵が勝てんと言うのだから、君も相当の手練れじゃろう」

「いやいや」

「儂の目はごまかせん。君は忍びでも一流になれる男じゃ」

 萬蔵の目は敵を見るかのように厳しい。じっくり見られている事に耐えられなくなった幸太郎は

「まあ、そんな話は置いておきましょう。僕らは明日勝たないと、何にもなりません」

 と話をすり替えた。

「そうじゃな。これが奴らの溌溂とした姿を見られる最後の時かも知れんな」

 と言って萬蔵は練習の様子を見つめる。その言葉通り、伊賀者達は軽快に動き回っていた。

「そんな。縁起でもない……」

「そうならん為にも、風間君……、奴らを頼んだぞ」

 萬蔵は最後に真剣な眼差しで幸太郎を見つめて一礼すると、グラウンドを去って行った。いや、去るというよりは、音も立てずに瞬時にその場から消えていた。


「あれ、じいちゃん、もう帰っちまったのかよ」

 剣蔵が気付いて叫び、立ち尽くしている幸太郎に近付く。

「風間、じいちゃんと何話してたんだ」

 剣蔵が尋ねるが、

「あ、ああ」

 上の空のような表情で返事をする幸太郎。夏の暑さもあるのだろうが、その額からは大量の汗が流れていた。

「どうしたよ。じいちゃんと何を話してたんだ」

「何でもない。他愛もない挨拶だ。ただ……」

「ただ?」

「お前のじいさん、とんでもない迫力だな。あの目に見られただけで射すくめられるようだった」

 幸太郎は汗びっしょりになっていた。その汗は練習で出たものではなく、萬蔵にじっと見られたが為に出てきたようだ。

「何か術でも仕込んで行ったかよ」

「そういう訳ではないようだが。何と言うか、一睨みで殺されかねんくらいの……」

「伊賀の長老だしな。俺も全く敵わんよ、あれは。妖怪だ」

「だろうな。底知れないものを感じたよ」

 幸太郎の顔からは未だに汗が引いていなかった。

「しかし、何をしに来たんだろうなあ……」

「俺達の最後だと思って目に焼き付けに来たのかも知れないぜ」

「縁起でもない事言うなよ……」

 剣蔵ほか、伊賀者は訝し気な顔をしたまま練習に戻った。ナインはこの後も軽めの調整を行い、暗くならない内に練習を切り上げた。


 そして、ついにその日は来た。甲陰高校との運命の決勝戦。空は昨日までとは打って変わって、今にも降り出しそうな暗雲に覆われていた。朝から気温・湿度共に高く、蒸し蒸しした空気が地上を覆って、今日の試合の行末を暗示するかのようだった。

 試合前、伊賀中央ナインは自校のグラウンドに集結していた。九人ギリギリのメンバーは剣蔵の毒殺騒動や各人の軽傷こそあれ、ほぼ万全の状態でこの日を迎えた。

「まさに甲賀と戦う雰囲気の空模様じゃねえか」

 剣蔵が曇天を見上げながら呟く。毒は完全に抜け切って、溌溂としていた。

「いよいよだな。この時を待っていた」

 と才之助。

「忍びの者同士の戦い、おそらくただでは済まないだろうな。皆、心して掛かれよ」

 学がキャプテンらしく引き締める。

「あの準決勝を見る限り、奴ら、相手を負傷させるなんて屁とも思っていない。特に相手が我ら伊賀者ならなおさらだろう。くれぐれも注意しろよ」

「風間も気を付けるだや」

「ああ、俺は野球をする。忍法合戦はお前達に任せた」

 幸太郎は気合いを入れつつ脇でスイングしていた。凄まじい風切り音が鳴る。

「だな。お前はいつも通りでいい。結果的にお互いの利害も必然と一致するだろうぜ」

「甲子園な。勝って行くぞ。その為にお前達と組んだんだ。何が何でもこの試合勝つ」

 幸太郎の素振りの風圧が、脇で話す伊賀者まで届いた。

「き、気合い入ってるじゃねえか」

 剣蔵が驚く程の幸太郎の気迫であった。


 試合開始は十時、県営松阪球場は両校応援団と高校野球ファンで超満員になり、試合前から盛り上がっていた。双方の応援団がエールを送り、チアが手に持ったボンボンを振り足を上げる。

 試合前の整列は曲者揃いの為、異様な雰囲気となった。しっかりと立っているのは幸太郎と学くらいで、甲賀側も大半の者が斜に構えて今にも飛び掛からん勢いだった。

「この時を待っていた。今日こそ貴様を倒し、悲願を果たす」

 才之助が目の前に立つ宿敵・時任司を見据えて言い放つ。

「面白い事を言うなぁ。これは野球だぞ。どうやって俺を倒す?」

 時任は相変わらず余裕の表情で嘲笑う。

「試合の勝利が貴様を倒すという事に他ならん。伊賀が甲賀に勝つという事でもある」

 この発言に伊賀者は皆が頷く。それを聞いた甲賀勢は全員が高笑いした。

「カーッカッカ、俺達に勝てるつもりか」

「野球の勝ち負けどころか、お前らは今日、命も失うんだ」

「能天気な伊賀者どもよ」

 次々と嘲りの言葉を投げ掛けてくる。これを聞き、怒りにはやる仲間達を制し、一歩前に出たのは剣蔵だ。

「言ってくれるじゃねえか。そういう事をほざきながら、いざ負けた時のてめえらの面がどう変わるか楽しみだな」

「ふん。服部剣蔵、大阪ナンバーズの岩本の所ではお互い大差なかったが、我々には通用せん事を見せつけてやる」

 言い返してきたのは相手のエース・甲賀誠児だ。

「てめえ……。あの時、岩本に打たれた者同士、どっちが上か、この一戦で証明してやらあ。人に毒を盛りやがったてめえらは絶対に許さねえし、ただじゃ逃がさねえ」

「毒ぅ?」

「何の事やら。変な言い掛かりはよしてもらおうか」

 甲賀勢は完全にとぼけた素振りだ。

「君達、何を言ってるんだ。あまりおかしな事を言うと、没収試合にするぞ」

 話を聞いていた審判団が不穏な言葉の数々に注意をする。

「うるせえなぁ。ちっとは宣戦布告くらいさせろい」

 甲賀の一人が口答えしてそれを睨みつける。

「あ、う……これは……」

 口をもごもごさせて身を固くする審判。

「術を掛けただや」

「何て事を……。オイ、やめろ」

 猿飛の説明を聞き、幸太郎が前に出て声を荒げる。

「何だぁ、お前」

 甲賀はそれに詰め寄って来る。それを意に介することなく、幸太郎は言い放つ。

「口で何とでも言うのはお前達の勝手だが、これは野球の試合だ。それは変わらん。そこを乱すような輩は俺が許さん」

 その迫力は忍者達に劣らぬものがあり、甲賀すら一瞬怯んだようであった。しかし、その中から再び甲賀誠児が一歩踏み出して来た。

「野球バカの風間だったか……。野球少年がこんな伊賀者と組んで運のない奴よな。お前こそ、口で何と言おうと残酷な結果に終わるのを覚悟しておけ」

「こいつらと組んで運がないかどうか、それは結果で見せてやろう」

 幸太郎は甲賀の不遜な物言いにも一向に引く気配はない。

「この男の言う通りだ。下らん口喧嘩には何の価値もない。試合の中で殺ればいい」

 誠児を制して前に出て来た別の男が言う。身体付きは良いが、目付きが暗く鋭く、負のオーラでも纏っているようで、迫力というよりは不気味さが際立っている。他の甲賀者とはまた違った雰囲気を漂わせている男だ。

「確かにそうだな」

 その言葉に甲賀者は頷き、ベンチに下がって行った。


「異様な雰囲気の男だ」

 去って行く背中を見ながら幸太郎が呟く。

「四番の鬼頭だな、これまでの試合では大して活躍していないようだが……」

 学が仲間に教える。

「あいつは要注意だな。俺の勘もそう言ってるぜ」

 剣蔵も鬼頭にただならぬものを感じ取っていた。

「奴の実力は試合で追々わかるだろうさ。それより皆、集まろうぜ。最後の戦い、気合い入れていくぞ」

 キャプテンの学が皆を呼び集める。ベンチ前に伊賀中央ナインの円陣が組まれた。学が口を開く。

「俺達の目標、そして命を懸けた使命である甲子園出場は目の前にぶら下がっている。色々とあったが、ほぼ目標通りにここまでは来ている」

「うむ」

「しかし、その前に立ちはだかるのは宿敵の甲賀だ。一族の過去はもちろん、才之助の剣道、剣蔵が毒殺され掛かった件など、少なからず因縁もある」

「ああ。許さねえぜ、あいつら」

「熱くなるのは構わんが、最後に必要なのは試合の勝利だからな。そこだけは忘れるな」

「承知」

「あとは今まで俺達がやってきた事、その全てをあいつらにぶつけてやろう。そうすれば負ける筈がない」

「だや、伊賀の方が上だと証明する絶好の機会だや」

「先程も言ったが、忍者の戦いはお前達に任せた。野球の部分では俺に任せておけ」

 幸太郎が言うと、伊賀者が皆頷く。

「よっしゃ、勝つぞ」

「おうっ」

 最後に剣蔵が気合を入れ、全員で腕を突き上げた。


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