『激闘! 最終回』
そして、0対1でいよいよ最終回の攻防を迎えた。上野城の攻撃は一番からの好打順。とはいえ、三人で終えれば怪物・比土弟までは回らない。剣蔵はキレの良い変化球を駆使して、一番・二番を簡単に内野ゴロに仕留めた。
しかし、ツーアウトランナーなしで迎えた三番に対し、剣蔵はキャッチャー・学に立つように要求した。この不可解な動きに球場が騒めき出す。
「は? 剣蔵、何言ってんだ」
タイムを取り、慌ててマウンドに駆け寄って来る学。
「立てって言ってんだよ。敬遠だ」
剣蔵は平然として言い放つ。
「どうしたんだ、一体」
サードから幸太郎も来た。猿飛、才之助、太の内野陣も遅れてマウンドに寄って来る。
「どうもこうもねえ。三番は敬遠して、化け物と勝負だ」
「お前、正気で言ってるのか。暑さで頭がおかしくなったんじゃないだろうな。比土を敬遠するならいざ知らず……」
幸太郎がキツい口調で尋ねる。
「正気も正気。勝機がなきゃこんな事は言わねえ」
剣蔵は引く様子はない。幸太郎以外の伊賀者はお手上げ状態で呆れ顔をする。
「比土を打ち取る手はあるのか」
「ある! 野獣は火や光を嫌う……。その習性を利用する」
剣蔵は自信満々に言う。皆、止めるに止められず、黙ってしまったが、幸太郎が徐に口を開いた。
「こうなれば止まらんな、お前は……。じゃあ、抑えろよ。冗談でなく、この場面に全てが掛かっているんだからな」
「わかってら。俺は必ずあいつを打ち取る。だから風間、お前、さっきの約束通り、次の打席で絶対打てよ」
幸太郎は、剣蔵の拳を突き付けた力強い宣言に少し驚いた顔をしたが、
「いいだろう。その約束、必ず果たす」
と言うと、守備位置に戻って行った。他の者も納得はしていないようだが、再び守備に就いた。そして剣蔵は宣言通り、三番を敬遠して歩かせ、比土弟を打席に迎えた。これには球場もブーイングと歓声の嵐に包まれた。当の比土弟は、前の打者を敬遠された事でナメられたと解釈したのか、真っ赤になって怒っていた。
「カッカすんじゃねえ! このままじゃ終われねえからわざわざお前まで回したんだ」
剣蔵は比土弟を指差し、挑発する。これに場内が反応し、さらにヒートアップした。グラウンドの中まで怒号と声援とが交錯する。アンパイアが剣蔵の態度を注意しようとするが、学が後ろを向いて謝り、それを宥める。だが、比土弟の興奮も収まらず、「ぐぅうう~っ」と唸り、猛獣のように目と歯を剥き出しにして、剣蔵を睨み付けている。剣蔵も負けじと睨み返す。
「行くぞ、化けもん!」
初球は外角低めの速球。と同時に、剣蔵はその前の睨み合いでまたも催眠術を掛けていた。しかし、比土弟は目が眩んだようだが、瞬時に立て直し、振り遅れながらも打ちに来た。
「何っ」
またしても超人的能力に驚かされる剣蔵。打球は流し打ちの要領でライナーで伸びて行ったが、スタンド直前で切れてファールとなった。あわやという打球だった為、上野城側のスタンドが一斉にため息を吐く。
「催眠術も効かねえのか……」
命拾いした剣蔵は呆れ顔で呟く。
「だが、勝負球まで何とかもう一つストライクが欲しい。よしっ」
何かを閃いた剣蔵。二球目の投球動作に入る。すっぽ抜けたようなボールは、比土弟の身体に向かって行く。いや、剣蔵の狙いは彼のバットだ。ボールは浮き上がるような軌道でバットに向かって行く。
しかし、ここでまた想定外の事態が起こった。ボールは確かにバットに命中したが、何と比土弟は当たった瞬間、それを振り回したのだ。
「マジか」
剣蔵は唖然として打球の行方を見つめる。これも引っ張り過ぎでファールとなったが、スタンドを越える場外弾になっているのが恐ろしい。驚愕の一打に上野城応援団は「イケるぞ」「次はスタンドに放り込めっ」と騒ぐ。この状況を劣勢と捉えているのか、伊賀中央側のスタンドは少し寂しい感じだ。
「タイム」
たまらず学が駆け寄って来る。だが、剣蔵はさほど焦ってはいないようだった。
「本物の怪物だな、こりゃ。しかし、形はどうあれ追い込んだぜ」
「おい、剣蔵、凄い汗だぞ。大丈夫か」
学の指摘通り、剣蔵は額や髪の毛どころか胸元や袖口までユニフォームを濡らす程、汗だくになっていた。太陽がギラついており、時間帯的にもこの日最高潮の暑さだ。
「思い出すなぁ、学。二年前に上野城とやった時も、お前の指示で必死こいた振りして大汗掻いたよな」
「何だよ、そんな感傷めいた話をして……」
「学も頭が良い癖に、意外と本能的な勘は鈍いんだな。まあいい、しっかり捕れよ。勝負球はボールが光るからな」
「光る? どういう事だ」
学は剣蔵の発言に困惑して詰め寄る。
「しゃーない。三振取ってパスボールになっても困るしな。耳貸せ」
剣蔵は耳打ちする。それに頷く学。
「理解したかよ。捕球の方頼むぞ」
「了解。まったく大した奴だ。打ち取ろうぜ」
剣蔵の説明に納得した学はホームベースへ戻って行った。
「頼むぜ、学ちゃんよ。この暑さを味方にした俺が、最高の一球で仕留めるぜ」
「行くぜ、野獣の弟! これでケリを着ける」
不思議な事に、宣言した剣蔵の全身が真夏の太陽に反射して輝いている。焼けつくような暑さのマウンド上で、彼の身体は蜃気楼に包まれたかの如き状態で薄ぼやけて発光していた。セットポジションからの渾身の一球は、
「くらえっ、忍法・光の球っ」
叫びと共に投じられた。ボールはその名の通り、陽の光を浴びて、さながらミニ太陽の如き発光現象を起こした。その輝きは、剣蔵自身の体の光と相俟って、打者・比土の目を完全に塞いだ。まさに光の目くらましだ。
「うおおっ」
比土は野獣のようなうめき声を揚げ、猛烈なスイングをしてくるが、目を潰されては当てる事も出来ない。バットは空を切り、ボールは学のミットに収まった。
ただ、判定が下されない。アンパイアも同じように目をやられたのだった。幸いにして負けを認めた比土が大人しくベンチへ下がって行ったので、ようやく
「ストライクバッターアウト」
とコールするに至った。この快投に、静かだった伊賀中央の応援団が一斉にはしゃぎ出し、剣蔵を讃える。
「ナイスピッチ! いや~、これが役に立った。捕れよって裸眼じゃ無理だろう、あれ」
マスクを取った学はサングラスをしていた。用意周到な事に、この天候を見越して持っていたのだ。
「やっただや、剣蔵」
「見事だ」
猿飛と才之助も褒め称える。
「まさか球を光らせて相手の目を封じるとはな」
幸太郎も感心していた。
「野獣には効果てきめんだろ」
「あれは……どうやったのだ」
才之助が尋ねる。
「あえて汗を大量に出して、この強烈な太陽の光に反射させたのよ。そこに、大量の汗を塗った変化付きだ。まあ、太陽は勿論だが、あそこまで光るのは、忍者たる俺の資質もあるだろうがな、へへっ」
「全く……馬鹿げた事を思い付く奴だ」
幸太郎が呆れたような、それでいて感心したような顔をする。
「さあ風間、今度はお前の番だぜ」
得意気に指を突き付ける剣蔵だが、身体はフラフラだった。この試合の疲れは勿論、まだ体調も万全ではないのだ。
「約束は守るさ」
幸太郎は呟くと、剣蔵を支えてベンチまで連れ帰る。支えられる剣蔵の表情は面白くなさそうだが、それに素直に従った。スタンドからの万雷の拍手がそれを出迎えた。
「よし、絶対逆転すっぞ」
「おおっしゃ」
1点ビハインドで迎えた運命の九回裏、伊賀中央ナイン全員がベンチ前で気合を入れ、二番の学が打席へ向かう。先程、剣蔵が爽快な形で比土弟を倒しただけに、その球を受けた学も気持ちの乗った状態で打席に入っていた。
しかし、ここへ来てさらに気合いが乗っていたのは相手も同じだった。榊は力押しで剛速球を投げ込んで来る。学はポンポンとストライクを取られ、あっという間に追い込まれた。二球ともコースが際どい上に、スピードもあり、迂闊に手を出せば凡打になりそうなボールであった。学の顔に汗と焦りが浮かぶ。
「うおおっ」
榊は吠えて投げ込んでくる。浮き上がるような伸びのある内角高めの速球に、学はあえなく空振り三振。ミットに入ったボールの音も強烈で、鮮烈な印象を残した。
「くそっ」
ベンチへ引き上げようとする学は、次打者・太の前で立ち止まり、何やら耳打ちした。太は頷く。
「何だ、太に何を言ったんだ」
剣蔵が戻って来た学に尋ねる。
「剣蔵の言う通り、風間に託すとしても、ソロじゃ同点にしかならない。同点じゃ病み上がりの剣蔵が投げているこちらが不利だ。だから、何としても太に出てもらわないと」
「そりゃそうだが……。どんな策を?」
「まあ見てろって。万が一、敵に読まれたら元も子もないから、ここでは言わん」
と言う学の顔は自信に満ち溢れていた。
その注目の太の打席だが、これも学同様、簡単にツーストライクに追い込まれた。先程の打席では変化球をバカ打ちしていたがそれは続かず、外の変化球に掠りもせず、榊にあっさりカウントを稼がれた。
「太~っ」
ベンチから学が叫ぶ。それを見て、頷く太。
三球目はやや真ん中よりの速球、と見せ掛けてのフォークであった。しかし、太は「うがあぁぁ!」と吠え、大上段の構えからまるで見当はずれの大根切りスイングで、真下に振り下ろした。この時バットがホームベース周辺を強烈に叩き付けた。割れるような破裂音が響き、さらにその副作用とも言うべきか、太の超人的なパワーによる地面強打は、打席周辺に猛烈な砂埃を巻き起こした。
「太、走れっ」
当然、キャッチャーは補球出来ておらず、振り逃げの権利が発生する。どう足掻いても打てそうにない太に、学が授けた策はこれであった。キャッチャーがボールを見失ってまごつく間に、太の巨体が一塁にヘッドスライディングしてセーフとなった。上野城側は守備妨害を訴えたが、ボールに対してスイングしている事実がある為、却下された。
「よっしゃ」
伊賀中央ベンチは手を叩き、拳を突き上げ、湧き上がる。
「オイ、風間ぁ、お膳立てはしたんだ。約束守りやがれよ」
剣蔵が叫ぶ。幸太郎は無言で腕を突き上げた。
「とはいえ、この場面、勝負に来るかな。普通に考えれば、風間との勝負を避けた方が勝ちが近いからな……」
学が心配そうな顔をする。
「バカ言え。男がここで勝負しないでどうすんだ」
「榊がそういう剣蔵的発想の持ち主だといいがな……」
と話している間に上野城がタイムを取り、キャッチャーが榊に駆け寄っていた。
「ほらな。あれでどうなるか……」
学がその光景を指差して言う。
「オイオイ、上野城、逃げんのかよ」
剣蔵はベンチから声を張り上げる。他の伊賀者もそれに続いて、「勝負しろ」「それでもエースかよ」と声を揚げた。
「これが勝者の戦術ってやつだ。本来、忍者もそっち寄りの筈なんだがなあ……。伊賀の跡継ぎの剣蔵がこれだからな」
「うるせえ。男は勝負だろ」
「まあここで俺達が言い争っても仕方ない。剣蔵、お前まで回るかもしれんぞ。風間が歩かされるようなら準備しておけよ」
「ちっ」
剣蔵は舌打ちしてマウンドの様子を見守った。
上野城のキャッチャーが守備位置に戻って来て、幸太郎が打席に入る。キャッチャーが立つ様子はない。
「風間っ、勝負だ!」
榊はそう言い放つと、豪快に初球を投げ込んで来る。腕が振れており、百五十二キロのストレートが外角低めに決まった。猛暑の中、球数は百二十球を越え、少し疲れた様子ではあるが、球威は落ちていない。剛球に上野城応援団が湧く。
「勝負に来たな」
「だが、今のは打ちに行っても凡打にしかならんな」
「九回にしてこのボール、さすがだや」
伊賀者が皆感心する中、
「だが、あいつは打つさ」
と断言したのは剣蔵だ。周りの全員が驚いた顔で剣蔵を見る。
「悔しいが、あいつはこんなところでやられるタマじゃねぇんだよ」
「剣蔵、お前がそこまで風間を評価するなんてな……」
「あんにゃろう、俺があの野獣を押さえたら打つと言いやがったんだ。これで打たなきゃぶっ殺してやるぜ」
剣蔵の表情は一転して物騒なものになった。
二球目は高速スライダー。幸太郎はかろうじてこれに掠った。早くも追い込まれ、次のボールは内角高めの直球。百五十五キロ出ており、幸太郎は見逃した。自信を持って見送ったのか、手が出なかったのかは定かではないが、アンパイアの判定は
「ボール」
それを耳にして、この張り詰めたような攻防に場内がため息を吐く。見ている方も息が詰まりそうな光景であった。
「タイム」
幸太郎がここで間を取った。滑り止めを手に付け、数回素振りをする。
「服部の奴は、病み上がりの状態でほぼ完璧なピッチングをした。ここは俺が負ける訳にはいかん」
気合を込めてもう一度スイングすると、自分の顔を叩き、再度打席に入った。
ワンボールツーストライクからの再開で、榊の手からはフォーク、そしてチェンジアップが投じられたが、いずれも幸太郎はファールした。ただし、いい当たりではなく、何とか当てたという感じであった。
榊は明らかに苛立ってきていた。苦虫を噛み潰したような表情になり、乱暴にロージンバッグを投げ捨てた。勝負の一球と確信しているのか、「うおおおっ」と吠えながら投げ込んでくる。初球と同じくストライクになる外角低めの速球であった。幸太郎はフルスイングで迎え撃つ。
ボールの威力に木製バットが折れ、先端が一塁側ファールグラウンドに吹っ飛ぶ。確かに幸太郎のバットは折られた。しかし、打球はしっかりと前へ伸びて行き、バックスクリーンに吸い込まれたのだった。
球場内に敵味方関係なく「うわぁああああ~っ」という大歓声が響き渡る。黙って拳を突き上げ、ベースをゆっくりと回る幸太郎。対照的に榊はがっくりとして、俯いたままであった。
「比土弟どころか、あいつもやっぱり化け物だぜ」
「あの球を、バットを折られてなお、ホームランにするかよ」
伊賀者は皆、感心するばかり。さしもの剣蔵ですら、見とれてしまう一打だった。
幸太郎がホームインし、ナインが駆け寄る。伊賀中央高校はこの劇的なサヨナラホームランで2対1で上野城高校に一矢報いて、ついに決勝戦へと駒を進めたのだった。高校創立以来、初の決勝進出でもあり、応援団の騒ぎも凄まじいものがあった。
整列しながら比土弟は泣きじゃくり吠える。榊は悔しそうな顔をしながらもその肩を優しく叩く。そして幸太郎を一睨みして言った。
「甲子園、行けよ。そのお前をまた俺がプロで倒す」
「珍しいな、そんな事を言うとは……。クールで我関せずみたいな男だと思っていたよ」
榊の言葉に驚いた幸太郎は歩み寄り、手を差し出した。榊はその手を払い、
「勘違いするな。俺を打ったお前が誰かに負けたら、俺の価値が下がるから困るだけだ。馴れ合うつもりはない」
と言い放つと背を向けた。幸太郎はその背中に声を掛ける。
「ああ。お前程の投手はそうはいない。だから、負けはしないさ」
榊は振り向かなかった。幸太郎はそれを見て取るとナインの下へ歩を進めて行った。
「よっしゃ。何はともあれ決勝まで来たぞ」
「甲賀に借りを返してやるぜ」
「時任……、ここまで来たぞ」
伊賀中央ナインは皆が一様に決勝への想いを口にする。各人が止めど流る汗を拭う事無く、喜びに浸っていた。
「しかし、俺達よく頑張ったぜ。悲願まであと一勝へ漕ぎ着けるとは、やっぱり天才か?」
剣蔵がとぼけた様子で言うと、
「天才かどうかはわからんが、ともかくここまで任務を遂行出来た事は誇っていいだろう。俺も最初はどうなる事かと思っていたが」
学が述懐する。それを
「まだ終わった訳じゃないだや」
「学らしくもない。見ろ、甲賀が出て来るぞ」
猿飛そして才之助が引き締める。その言葉通り、甲賀勢で占められた甲陰高校が逆側のベンチからグラウンドに姿を見せた。
「ほんじゃ一丁見学させてもらうとするか」
剣蔵の言葉に皆頷き、全員スタンドまで移動した。




