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邪道甲子園  作者: 馬河童
26/48

『絶体絶命の危機』

「よっしゃ、逆転するぞ」

 運命の九回表を迎え、ベンチへ戻った伊賀中央ナインにキャプテン学が気合を入れる。

「青太、頼むぞ」

 ベンチからの声を受け、七番の松岡青太が打席に入る。リードした鈴鹿商はリリーフを投入してきていた。気の強そうな顔付きで、抑え向きの雰囲気がある右腕だ。ストレートがそれなりに速く、球威もありそうだ。

 青太はバットをバントのようにベースの真上に水平に出し、それを上下に揺らす。これに惑わされたのか、何故か相手投手の投球は棒球となって真ん中に入った。強振した青太のバットが快音を響かせる。

「アウトォ!」

 しかし、サードが飛び付いてこの打球をキャッチした。これでワンアウト。


「くそっ」

 青太は悔しそうな表情で引き揚げてくる。

「催眠術で棒球を誘発したか。惜しかったな」

 学が健闘を讃え、肩を叩く。他のメンバーも手を叩いて、次打者の黄太を鼓舞する。打席に向かう黄太を見て、今度はその次の剣蔵がゆっくり立ち上がる。顔色も悪く、明らかに精気がない。

「おい、服部……、大丈夫か」

 心配して幸太郎が声を掛ける。

「大丈夫……に決まってんだろ。ここはやるしかねえんだ……」

 その様子は全く大丈夫な感じではないが、相手に何も言わせない迫力だけはあった。他の伊賀者もその様子を見て掛ける言葉もない。

 黄太は意表を突いたセーフティバントを試みるが、ピッチャーが猛ダッシュして捕球すると、間一髪で一塁をアウトにした。これでツーアウト。

「くそ~っ」

 ベンチに嘆きの声が響く。いよいよ後がなくなった伊賀中央。そしてバッターは毒に侵された剣蔵で、絶体絶命のピンチを迎えた。

「俺達……」「負けち……」「まうんかよ……」

「馬鹿な事を言うな」

 弱気になる三つ子を才之助がたしなめる。

「しかし、1点差で負けていて、手負いの剣蔵だ」

「根性論は好きじゃないが……ここは絶対剣蔵が何とかする。あいつはそういう奴だ」

 険しい表情ながら、学が断言する。

「そうだな。俺もそう信じる。服部はここで終わるような奴じゃない。自らで終わるなど、絶対に納得しない男だ」

 幸太郎も同意して、皆が打席に向かう剣蔵を見守るのだった。


「チッ、風間の野郎、こんな場面を拵えやがって」

 ふらふらとしながらバッターボックスに入る剣蔵。まともに立っていられない様子で、とても打てそうには見えない。相手投手も剣蔵の調子が悪いのはわかっているので、真ん中周辺に速球を投げ込んで力押ししてくる。

「くわっ」

 何と剣蔵はこれを強振。バットに衝突した打球はレフトスタンドに向かうと思われたが、左に切れてファールとなった。互いの応援団が安堵としたのと残念がるのとで場内が騒然とする。まさかの一打に驚いた鈴鹿商バッテリーは、警戒したのか次の球に外に逃げるカーブを使ってきた。剣蔵はまたもフルスイングするが、バットに掠らず、身体ごと振り回されて転倒した。

「大丈夫かね。君ぃ」

 アンパイアがなかなか起き上がらない様子を心配して声を掛ける。

「大……丈夫だよ」

 剣蔵は答えて、バットを杖代わりにして立ち上がる。彼のユニフォームは砂まみれになっていた。


「追い込まれちまったぞ」

「大丈夫じゃないだろ、あれじゃ……」

 さすがの伊賀中央ベンチも焦りを隠せない。先程、自信を持って剣蔵を信じる発言をした、学、才之助、幸太郎の表情も一層険しくなっていた。

「剣蔵っ」

 思わず声を揚げる学。

「剣蔵、打ってくれっ」

それに続いて、皆も声援を送った。

「服部っ」

 幸太郎までが声を張り上げ、剣蔵の名を呼んだ。


「チッ、何心配してんだよ、あいつら……」

 剣蔵は虚ろな目でベンチを振り返る。口調は苛立った感じだが、表情には笑みが浮かんでまんざらでもない様子だ。

「大船に乗った気で任せとけってんだよ」

 気合を入れて、再び構え直す。身体は確かにボロボロであったが、凄まじい気迫が漲っていた。相手投手はその姿に恐れをなしたのか、外角に少し外れるボール球を投じてきた。剣蔵は何とこれをスリーバントした。鈴鹿商内野陣は、先程までの大振りと満身創痍の相手からこれは予想出来ず、完全に虚を突かれた。三塁線に転がる球を尻目に、剣蔵は猛ダッシュ。サードが慌てて突っ込み懸命の送球、同時に剣蔵は一塁へヘッドスライディングする。際どいタイミングでファーストが捕球した。

「セーフ」

 塁審が両手を広げて判定する。剣蔵は突っ伏したまま動かない。学が一塁に駆け寄る。

「大丈夫か、剣蔵」

「へへっ、何とかな……」

 剣蔵は意識朦朧とした様子で答える。

「助かったぜ、何とか繋いでくれた。後は任せろ。いったん下がって休め」

「休め……って、俺が引っ込んだら八人だろ」

 怪訝そうな顔をする剣蔵だが、学は

「特別代走ってルールがあるんだ。今の走塁で口を切ったんじゃないか」

 と言って目くばせした。

「あ、ああ……」

 学の意図を了解した剣蔵はわざとらしく口を押さえながらベンチに引っ込み、代わりに先程打ち取られた黄太が特別代走として一塁ランナーになった。


「ナイス走塁だ、服部」

 幸太郎が戻って来た剣蔵を讃える。伊賀者達も明るい表情でふらふらの彼を迎えた。

「剣蔵、ベンチ裏で休んでろ」

 才之助が指示するが、剣蔵は

「バカ、これを見届けないでどうすんだ」

 と反抗する。

「バカはお前だ。必ずこの裏はあるから休んでおけ。最終回は座ってなんていられんぞ」

 才之助は再度強い口調で窘める。

「わかったよ……。チェンジになったら起こしてくれや」

 剣蔵は少ししょげた様子でベンチ裏に寝転がった。


 打順は一番の猿飛。これまで意図的に剣蔵が塁に置かれた為、不本意な状況が続いていたが、やっと自由に打てる機会が来た。もっとも切羽詰まった状況なのは否めないが。

「来いっ……だや」

 猿飛は気合の入った表情で相手投手を見据える。バットを短く持ち、少し寝かせた感じで構えていた。挑発された投手は苛立った様子で初球を投じてくる。これを猿飛はレフト前に上手く流し打った。これでツーアウト一塁二塁となり、二番の学を迎えた。

「よしっ」

 頬を叩き、珍しく自らを鼓舞する学。バットを少し短めに持ってミートに徹するつもりのようだ。それを見た相手バッテリーの初球は、当てさせまいと外角へ逃げる変化球から入ってきた。これはキレが良く、学のバットは届かず空振りした。

 次のボールは内角へのブラッシングボール気味のストレート。踏み込もうとしていた学は思わず尻餅を突いた。


「学、大丈夫かよ……」

 三つ子の長男、赤太が心配そうに言う。

「大丈夫だ。あいつはこういう場面でこそ、何とかする男だ」

 才之助が言うと、

「うむ。おそらく真田の頭には相手の配球も入っている筈。こういう攻めをしてきた時、次に来る一球を虎視眈々と狙っているに違いない」

 幸太郎が続いた。


 学は尻に付いた砂を払い、立ち上がる。相変わらずバットを短く持ち、ミートを心掛けるつもりのようであった。しかし、内角を突かれたせいか、少し腰が引けたようにも見える。

 相手はそれを見て取ったのか、三球目はまたも初球と似た外角への変化球。普通なら、この球にはバットが届かない筈だが、学は狙っていた。彼は思い切り踏み込み、しかも瞬時にバットを長く持ち快打した。流し打たれた打球は右中間に飛び、ランナー二人が一気に生還した。打った学は二塁へ滑り込み、セーフ。これで伊賀中央が再び逆転し、5対4となった。


「よっしゃ」

 湧き上がる伊賀中央ベンチ。皆が戻って来たランナーの黄太と猿飛とハイタッチをかわす。二人は寝転がっている剣蔵にも寄って行き、声を掛けた。

「剣蔵、ナイスランだや。あれで繋がった」

「ああ。お前ら何とかしてくれると思ってたぜ……」

 元気はないが、剣蔵の表情は嬉しそうであった。

「ふっ、やってくれたな」

 危うく負け投手となりそうだった幸太郎も安堵した表情で、ネクストバッターズサークルへ向かう。しかし、三番の太は三振。1点リードで九回裏を迎える事となった。


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