『投手・風間幸太郎』
午後一時、夏らしく太陽が照り返す球場で、伊賀中央と鈴鹿商業の一戦が始まった。先攻の伊賀中央ナインが、相手投手・豊田の投球練習を見つめる。豊田は変化球を多用する左の技巧派で、ここまで無失点で勝ち上がってきていた。
「ビデオでは見たが、これは結構イヤなピッチャーだな」
「大量点は期待出来んな」
「ちっと様子見てくるだや」
トップバッターの猿飛が打席に向かう。いつもの左打席に入り、いきなりバントの構えをする。猿飛の足の速さをわかっている相手はファーストをベースに付けて、それ以外の内野陣で極端な前進守備を敷く。
初球は外角に逃げるカーブで、猿飛は構えを解いてバスターに移行した。あえなく空振りとなったが、驚いた相手守備陣は若干後ずさりした。しかし、守備位置は変わらない。猿飛は再びバントの体勢。
二球目、外角への直球と共に内野陣が突っ込んでくる。そこへ猿飛は再びスイング。球には当たらなかったが、守備陣も焦りを隠せない。
ツーストライクとなり、セーフティバントはないと見て、鈴鹿商内野陣は少し下がった。猿飛もバントの構えはせず、打ち気満々の様子だ。
次の一球はボールになるカーブ。これを猿飛はギリギリでバントの構えに移行して、うまく当てて、サード方向に転がした。驚き慌てる内野陣。サードが突っ込んで捕球したが、その間に猿飛は一塁を駆け抜けていた。
「当てるだけなら訳ないだや」
猿飛は一塁で小さなガッツポーズをする。
続く学がバントで送り、ワンアウト二塁のチャンス。しかし、三番・山嵐は苦手な変化球を多投され、空振り三振。打席には四番の幸太郎を迎えた。
相手投手・豊田は幸太郎の打棒を警戒しているのか、歩かせても良い感じでクサい所を突いてくる。幸太郎も動じず、ボールになる球はしっかり見てカウント0―3。
だが、次の一球がストライクゾーンに入ってくると、幸太郎は見逃さなかった。外角低めの直球を完璧にとらえ、ライトスタンドに叩き込んだ。
「すげえ。あいつ、自分で打ちやがった」
と伊賀者が感心する中、
「自分が投げるから不安なんだろ。何点取られるかわからんしな……」
具合悪そうな様子にもかかわらず、剣蔵だけは悪態を吐くのだった。
二点を先取して勢いに乗る伊賀中央だが、五番・才之助は強烈な打球を放ったもののショートライナーに倒れ、スリーアウト。そして、幸太郎がマウンドに上がる。
投球練習をする間も三つ子が剣蔵に肩を貸して、レフトまで運んでいた。剣蔵は守備位置に就くとすぐに座り込む。
「オイ、君ぃ!」
早速、三塁塁審が注意してきた。それに「はぁ?」と気怠そうな顔で返事をする剣蔵。
「具合でも悪いのかね。そんな態度では試合を没収するぞ」
「ああ、大いに具合が悪いね。でも、俺ら九人ギリギリなんだ。こうでもしなきゃ甲子園行けねえんだよ」
「む、しかし……」
塁審は承諾しかねて渋い顔をするが、
「頼むよ。どうしても甲子園行かなきゃならねえんだ」
剣蔵が必死の形相で頼むと、彼は主審の方へ走って行った。それを見ると、剣蔵はまた蹲る。相変わらず顔色は冴えない。
審判団が集まって協議を始めた。剣蔵の状態について話し合っているようだ。耳のいい猿飛がそれを聞き取ったようで、投球練習を終えた学に耳打ちする。それを聞き、血相を変えた学が審判達の話し合いに割って入る。何やら協議を交わしていたが、ようやく収束すると、審判達は各自の持ち場へ散って行った。
「何だったんだ」
集まった内野陣の中で幸太郎が尋ねる。
「剣蔵だよ。あの状態で試合に出るのかと」
「確かにあんな状態は注意されても仕方ないな。で、どうやって納得させたんだ」
「泣いた。嘘泣きで窮状を訴えた」
笑って見せる学。
「忍者らしい小技を使ったな。だが、これで首の皮一枚繋がったか」
「学のお手柄だや」
猿飛が褒めそやすが、
「ただし、この試合意地でも勝たねばならんぞ」
才之助が皆を引き締めた。
「そうだ。試合が出来るかなんぞ戦う以前の話。勝たねば何にもならん。風間、頼むぜ」
幸太郎は学にボールを渡され、頷いた。
灼熱の太陽の下、マウンドを任された幸太郎は気迫のピッチングを展開した。元々、速球は百四十キロ近く出る事もあり、鈴鹿商の上位打線を圧倒し、一・二番を連続三振、三番をキャッチャーフライと三者凡退に仕留めた。相手は座っているレフトを穴だとわかっている筈だが、幸太郎の球が打たせなかった。
二回表は相手投手・豊田の前に、三つ子は手が出ず三者凡退。二回裏は四番こそ強烈なピッチャーライナーだったものの、幸太郎が五番・六番を仕留めて切り抜けた。
そして三回表、問題の剣蔵に打席が回ってきた。剣蔵は明らかに体調が悪そうで、バットを杖代わりにして打席へ向かう。皆に「さすがに打席では寝るなよ」と言われ、バットをだらしなく下げた状態でバッターボックスに入った。
「君ぃ、それでいいのか」
主審が尋ねると、剣蔵は黙って頷いた。全く打つ気がない様子に、主審も相手チームも困惑気味だ。投手が疲労や危険を避ける為に棒立ちで打席に入る事はあるが、この剣蔵の状態は少し異質であった。
だが、面白いもので、ピッチャーはこういう者に対してストライクが入らなかったりする。剣蔵は打席で喘いでいるだけで何もしていないのだが、投手・豊田は投げにくそうでコントロールが定まらない。ボールは荒れ、結局、四球で歩かされてしまった。
「ちっ……何しやがる……」
剣蔵はフラフラになりながらもルール上、一塁へ進む。何とか辿り着くと、苦しそうで今にもへたり込みそうになっていた。ベースから動く気配もなく、鈴鹿商ナインも警戒を解いていた。
結果的にこの四球は鈴鹿商側に有利に働いた。剣蔵が走れない以上、ホームラン以外の進塁は不可能な為、伊賀中央側の攻めがジリ貧になってしまった。ベンチの伊賀者も
「仕方ない。剣蔵、動くなよ。九回まであるんだ、こんなところで無駄な体力を使うな」
と指示を出すしかなかった。鈴鹿商は剣蔵を塁に固定する為、全力で猿飛を打ち取りに来て、ワンアウト。続く学は長打力がない事もあり、彼自身が「ゲッツーされるよりは三番・山嵐の一発に賭ける」という考えで、あえて三振した。
燃える場面で打席に立つ三番の太だが、やはり相手は外の変化球主体で攻めてくる。何しろ、一発さえ防げばアウトは貰ったような場面であるから危険は冒してこない。二球連続で大型扇風機が回転した。
カッカする太を嘲笑うかのように外角にチェンジアップが投じられ、やはり三振かと思われたが、奇跡的にバットの先っぽにボールが当たった。当たりは良くないのだが、太の怪力で信じられないくらいに打球は伸びる。伊賀勢から「おおっ」と声が揚がるが、残念ながらフェンス手前で失速し、レフトフライに終わった。
「うが~っ」
悔しがる太はバットを叩きつけて折ってしまった。打球といい、その迫力といい、これはこれで少なからず相手に対して脅威を与えたのだった。
続く三回裏、幸太郎は七番からの下位打線をまたも三者凡退に打ち取った。ただ、相手の八番・九番はバットを短く持ってミートを心掛けてきて、アウトにはしたものの、ライナー性の鋭い当たりを連発されていた。
「当たれば飛ぶと気付かれたか……」
ベンチに引き上げながら幸太郎が呟くと、
「次の回から要注意だな」
学も厳しい表情で頷いた。
四回表は四番の幸太郎からだったが、初回の一発の影響もあり、見え見えの四球で歩かされた。続く才之助は逃げる変化球をうまくミートしてレフト前ヒット。しかし、後が続かず、無得点に終わった。
四回裏、伊賀中央バッテリーの予想通り、相手はバットを短く持ち、ミートに徹してきた。先の回で幸太郎の球は、速いが、変化球がある訳ではなく、しかも当たれば飛ぶという事を見破られてしまったようだ。幸太郎も飛ばされぬよう、外角主体の投球を試みるが、早速先頭打者から当てられた。使い物にならないレフトの剣蔵を狙っているのは明白で、深めのサードフライとなった。幸太郎の代わりに入っている松岡赤太がキャッチしてワンアウト。
二番打者は外角速球を上手くミートしてレフト前ヒット。これが単打に終わらない。動けない剣蔵の代わりにセンターの松岡青太が追い、ツーベースとなってしまった。慌てて学がタイムを取り、内野陣を集める。
「さすが勝ち抜いてきた相手だな。ストレートだけでは押さえられそうにない」
幸太郎が弱気な様子で分析する。
「この試合に勝てば次は上野城だからな。エースの榊対策をしてきているのかもな」
「そのようだな。上手く当てられている」
「原因はいいが、対策はどうする」
才之助が尋ねる。
「うむ。猿飛、センターに行ってくれ。お前の俊足で剣蔵の分をカバーだ」
学が指示を出す。
「任せろだや」
「ヒットは仕方ないから、フライは頼むぜ。それと……」
何やら学の耳打ちを受けて猿飛が頷き、外野に向かう。入れ替わりに三つ子の次男・青太がセカンドに来た。
「それじゃ風間、打たせていこう。無理に三振はいらん」
「そんなに甘いものでもないと思うが」
「いや……」
学は幸太郎にも耳打ちする。頷く幸太郎。
「わかった。やってみるか」
幸太郎をマウンドに残し、内野陣が散らばって行く。迎えた三番打者に対して、幸太郎の初球は甘い半速球。相手はこれをジャストミートし、打球はレフトに飛ぶ。二塁ランナーも剣蔵が捕れないのをわかっているため、平気でスタートする。
しかし、一陣の風が剣蔵の前を走り抜け、打球をノーバウンドでキャッチした。誰あろう、代わってセンターに入った猿飛だ。彼のとんでもない脚力は、センターから走ってレフトへの大飛球の捕球を可能にした。ランナーも慌てて戻るが間に合わず、ダブルプレーを完成させた。スーパープレイに観衆が歓声を揚げる。
「よしっ。ナイス猿飛」
作戦が的中した学は小さくガッツポーズする。あえて打ちやすい球をレフトに打たせ、超快足の猿飛に捕らせる作戦だったのだ。幸太郎の懸念通り、一発もあり得るので危険ではあるが、弱点の剣蔵を狙ってくるのは明白で、賭けるに足る策であった。
ピンチを脱して勢いに乗る伊賀中央だが、五回表の打順は再び手負いの剣蔵からであった。鈴鹿商側が意図的にやっている訳ではないのだろうが、アウト一つが確実に取れる状況が作れるので、この打順の巡りは相手優位に働いていた。
剣蔵は相変わらず全く打つ気はなく、鈴鹿商の投手・豊田も今度はあえて歩かせに来ていた。辛そうな剣蔵を休ませない事が出来るし、塁を詰めると次打者の難敵・猿飛を打ち取りやすくなるので、鈴鹿商には一石二鳥なのであった。
「めんどくせえ真似しやがって……」
ボヤく剣蔵。今にも一塁ベースに座り込みかねない雰囲気であった。
「しゃーないだや」
またも前の塁を埋められた不利な条件で打席に入る猿飛はうんざりした顔をする。そして鈴鹿商は猿飛を塁に残したくないので、本気で打ち取りに来る。しかし、さすがの猿飛、ショートゴロで進塁すべき走者・剣蔵だけを殺し、自分が塁に出た。
「よーし、やってくれたぜ、猿飛」
気合を入れて学が打席に入る。初球、すかさず猿飛が二盗、その快足にキャッチャーの送球は間に合わない。水を得た魚のように生き生きと塁上を騒がす猿飛に、今度は鈴鹿商バッテリーが苛立ちを隠せない。投手・豊田はしきりに牽制をしたり、マウンドを外したりする。
結局、次のボールで猿飛は三盗を成功させた。そして、学の内野ゴロの間に1点をもぎ取った。これで3対0。伊賀中央ベンチは湧き上がる。
この後、太は三振を喫し、チェンジとなり、五回裏の鈴鹿商の攻撃を迎えた。鈴鹿商は引き続き穴のレフトを狙って来たが、四回裏同様、センター猿飛の快足が全てのフライをキャッチして、伊賀中央の思う壺に嵌まってくれたのだった。
「狙い通り……とはいえ、狙い打たれているのが気になるな」
ベンチに戻る際、幸太郎が呟く。悪くない速球ながら、鈴鹿商打線に簡単にレフトへ運ばれているのが気に掛かるようであった。
「うむ。ここは追加点が欲しいな。風間、頼むぜ」
学も頷いて、幸太郎を打席に送り出す。
「おう」
気合十分で出て行った幸太郎であったが、案の定、歩かされた。その後、ノーアウト満塁のチャンスも得たが、後続が打ち取られてしまった。これでは伊賀中央のムードも上がって来ない。
そして、六回裏、鈴鹿商の攻撃が変化を見せた。あからさまにレフトに打つのはやめ、ヒット狙いに徹してきた。伊賀中央側としてもあえてレフトに打たせていたのだが、相手の単打狙いを察し、幸太郎がコースを突くピッチングに切り替えた。しかし、鈴鹿商打線はそれを難なく弾き返す。三連打であっという間にノーアウト満塁となった。学がマウンドに駆け寄る。
「散らしたりはしているんだが……」
いつも快活な幸太郎も元気がない。
「わかっている。元々、打力はある上に、風間の球に目が慣れてきているな」
「うむ……。何処に投げても打たれる感じがする」
「自分が打っている時と逆みたいなもんじゃないか。お前くらいだと、どんな球が来ても打てる感覚があるんじゃないのか」
学に言われて幸太郎は考え込む仕草をする。
「言われてみれば……。真田、なかなか面白い視点でモノを言うなあ。確かに打者の俺から見たら、投手の俺は隙だらけで、どんな球を投げて来ようが打てる感じだろうな」
「剣蔵も、お前から見たらそんな風なのか」
「あいつは……もう立派な投手だよ。プロへ行った岩本さんがあんな事を言うのも無理はない。俺が打てるのは経験の差があるからさ」
「剣蔵が聞いたら喜びそうな話だな」
幸太郎の意外な物言いに、学は笑みを浮かべる。
「そんな事は言うなよ。あいつの為にもならん」
「わかってるよ。お前と剣蔵のぶつかり合いも、俺達にとっては関心事の一つだ。そこに余計な真似はしないさ」
「それはそうと、この場面どうする。奴がいない影響がモロに出てしまっているが……」
「そうだなあ。やはり先程の話に戻るが、お前の立場を逆にして考えてもらうくらいしか打つ手はないな。何せ苦手と思われるコースを突いても平然と弾き返して来るし」
「随分と無責任じゃないか」
「いや、実際、狙い打たれたら打つ手なしだ、こりゃ。ならば風間の直感や感覚に委ねる方が得策と思った訳よ」
「つまりは俺に変化球でもあれば、話は違うという事か……」
幸太郎は渋い顔をする。
「それを言わせるか。こっちも少しは気を遣ったつもりだが」
学は頭を掻く。
「俺とお前達の仲じゃないか。勿論、良い意味じゃない。気にせず策を練ってくれ」
「うーむ……」
学は考え込む。そしておもむろに口を開いた。
「そうしたら、風間、ツーシームは投げられるか。この局面、可能なら一点をくれてでもゲッツーが欲しい。奴ら、直球しかないと思っているから、打者の手元で変化するボールが投げられれば、内野ゴロに打ち取れる可能性はある」
「投げた事はないが、ここはやってみるしかないか……」
幸太郎は縫い目に指を合わせてボールを握った。この握りをツーシームと言い、これにより、ボールが一回転する間に通過する縫い目の数が通常の握り(フォーシーム)より少なくなり、自然にシュートしたりするのだ。
「お前の野球センスに期待してるよ。まあ打たれたら打たれたでバックが何とかするさ」
「アレでか?」
レフトを指差す幸太郎。
「ああ、剣蔵以外なら石に齧り付いてでも捕るさ」
「それを信用するしかないか……」
幸太郎は意を決した顔で頷く。それを見て、学はポジションに戻って行った。
幸太郎はセットポジションでランナーを見てから投球。投じられた一球は、スピードはあるもののやや真ん中気味で、打者とすれば美味しいコースと見えた。しかし、これが打者の手元で変化し、バットの根元に当たり、ピッチャーゴロになった。すかさず幸太郎がダッシュして捕球し、ホームでホースアウト。捕った学がすぐに一塁へ送球し、失点する事無くダブルプレーを奪った。
幸太郎は、学の指示通りにツーシームを投じ、見事に打者のミートポイントでボールを変化させ、この難局を乗り切ったのだった。いきなり成功させたのは幸太郎なればこその非凡なセンスであろう。しかもこれで相手の頭に変化球がある事を刷り込めた。結果、次打者も打ち損じ、何とか無失点で切り抜けたのだった。
七回は両軍とも無得点に終わった。伊賀中央は一番からの好打順だったが、相手の好捕に阻まれ三者凡退、鈴鹿商打線は先程幸太郎が投じたツーシームに惑わされて的を絞り切れず、凡打に終わった。
続く八回表の伊賀中央の攻撃も幸太郎が歩かされた後、才之助がゲッツーに打ち取られ、六番の松岡赤太も三振で無得点。
そして迎えた八回裏、鈴鹿商打線が火を噴いた。先の二回はツーシームに惑わされたものの、この八回は通常のストレートに的を絞ってきた。幸太郎は球威が落ちている上、ツーシームの投げ損ないも見切られ、ワンアウト一塁三塁のピンチを迎えていた。
幸太郎懸命の投球も次打者に弾き返され、センター前ヒットかと思われたが、ショートの才之助が飛び付いて好捕。三塁ランナーは返ったものの、一塁をアウトにした。これで得点は3対1。ようやく1点返した事で、相手方に明るいムードが漂う。
「ふう……」
一息吐く幸太郎だが、ツーアウトランナー二塁のピンチは続く。疲れも出て来たのか、次打者には制球が定まらず四球を与えてしまった。チャンス続行とばかりに鈴鹿商側の応援団が湧く。
「くっ……」
幸太郎はこれで焦ったのか、迎えた四番にストレートが甘く入り、ついに逆転の一発を許してしまった。4対3となり、マウンド上で珍しくうなだれる。内野陣が集まる。
「すまん……」
幸太郎は頭を下げる。あまり見た事がない光景に、伊賀者達は驚いた顔をした。
「気にするな」
「んだんだ」
才之助と太が励ます。誰も怒ったり、不満に思ったりしている様子はない。
「しかし、このままでは……」
「風間らしくないなあ。負けると思って戦う奴が何処にいる」
学が言うと、
「次の回で倍返しだぞ」
「1点くらい返せぬ我らではあるまい」
太と才之助が続く。その顔に悲壮感はない。
「お前達……」
驚きで目を見張る幸太郎。伊賀者達から意外なエールを受け、彼の顔に再び精気が漲ってきた。
「大丈夫そうだな」
学がその様子を見て呟くと、
「よし、打ち取るぜ」
「おうっ」
内野陣が気合を入れ、守備位置に散って行った。
「あいつらがあんな事を言うとはな……」
一人マウンドに残った幸太郎は感慨深そうに呟く。ロージンバッグを取り、手に塗す。そしてグローブの中でボールを握り、振りかぶる。
「これ以上、俺が打たれる訳にはいかん」
渾身の一球はやや真ん中高めの直球。コースなど関係なく、力の限り投げ込んだ一投であった。バッターもこれを強振してきたが、ボールの勢いがそれに勝り、ショートフライに打ち取ったのであった。
「ナイスピッチ!」
守備陣が幸太郎を讃える。彼もそれに黙って手を挙げて応えた。




