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邪道甲子園  作者: 馬河童
24/48

『剣蔵斃れる』

 伊加佐間高校に勝利した伊賀中央高校は、次の試合まで数日の休息があった。次戦は土曜日に鈴鹿商業と当たる事が決まり、放課後は練習を重ねていた。甲賀忍者を擁する甲陰高校や、宿敵とも言える上野城高校も順当に勝ち進んでおり、伊賀者達は一層気合いが入っていた。試合前日も日が暮れるまでたっぷり練習し、真っ暗になった頃、ナインは校門を出た。

「じゃあな」

皆と別れ、剣蔵は家路に着く。しばらく夜の田舎道を行くと、伊賀の長老・萬蔵の屋敷でもある彼の家に辿り着くのだった。軽いランニング気分で走る剣蔵だが、何かを察知したのか、突然足を止めた。

「くっ……」

 後ろに飛びずさる剣蔵。元いた地点には棒状の手裏剣が数本刺さっていた。闇から彼を狙って飛んで来たものだ。

「何者だ? ……って、その覆面じゃ聞いても答えねえか」

 剣蔵はいつの間にか自分を取り囲んだ相手を睨み据える。同時に敵の数も把握した。田舎道だけに、身を隠せるような木々も多く、見えていない者を含めて六人いる。

「俺なんか狙ってどうする」

 相手は答えない。

「ははぁん……つまりは甲賀の手の者って事だな。他にこんなただの高校生を闇討ちする輩はいねえしな」

 剣蔵が推理を述べても相手は無言のままだ。

「俺が誰だかわかってんのか。伊賀の天才、服部剣蔵だぜ」

 剣蔵は飛び上がり、瞬時に三人を懐から取り出した手裏剣で倒した。勿論、殺人を行う訳にはいかないので、眉間に刃のない方を打ち込み、急所は外してある。

「おのれ。かかれっ」

 剣蔵の攻撃を見て、首領格が命令を発し、残った三人が刃物を持ち襲い掛かって来る。

「オイオイ、高校球児に刀かよ……」

 剣蔵は呆れ顔をするが、ビビってはいない。相手の刀や鎖鎌に対して、持っていたバットで応戦し、二人を峰打ちで倒した。 

「くっ、さすがにやりおる……。だが、これはどうだ」

 と一人残った首領格が言うと、瞬時にして辺り一帯に霧が立ち籠める。何やら周囲に撒いたらしい。すぐに剣蔵も巻き込まれ、鼻口は押さえて直接吸い込むのは避けたが、

「むうっ……毒か」

 腕や首筋に痺れが走る。全身に毒素が回ってきているようだった。

「これはマズいな……」

 剣蔵は煙幕を張り、逃走した。何とか道沿いにある建物の陰に隠れつつ、追っ手を必死に撒いた。


 数分後、学の携帯電話が鳴った。掛けてきたのは剣蔵だ。

「剣蔵か、どうした」

「学……すまねえ、ちと来てくれや……」

「どうした」

「甲賀の奴らに……」

 そこから剣蔵の声は続かなかった。


 学をはじめとした伊賀者が駆け付けた時には、剣蔵はぐったりとして腰を下ろし、家屋の壁にもたれかかっていた。意識もなく、顔も青紫色になっていた。

「こ、これは……」

 ただならぬ様子に呆然とする伊賀者達。

「気を失ってるぞ」

「毒だな、これは」

「俺達ではどうにもならん。早く長老に見せないと」

「急ぐだや」

 一番足の速い猿飛が瀕死の剣蔵を担ぎ、萬蔵の屋敷まで駆けた。鈍足の太を除き、他の者も程なく辿り着いた。


「お前達、よく迅速に行動した。放っておいたら死んでいたやも知れぬ」

 道場の広い座敷で、萬蔵は伊賀者七名を前にして礼を述べた。剣蔵は萬蔵の調合した薬を無理矢理飲み込ませられると、すぐに寝かされたのだった。その後、他のメンバーがこの場に集められた。

「長老、剣蔵は大丈夫でしょうか」

「わからぬ。伊賀秘伝の毒消しを飲ませはしたが、他流独自の製法となると、完全に中和できるかは何とも言えん」

 渋い顔の萬蔵。

「やはり甲賀が?」

「じゃろうな」

「くそっ、汚い真似を……」

「剣蔵が明日出られないと、戦わずして負けになってしまうだや」

「長老、もし明日剣蔵が出られなくても俺達は……」

 不安そうな顔で学が尋ねるが、

「当たり前じゃ。弱肉強食、生死のかかった世界、どんな理由であろうと負けは負けじゃ。それも甲賀にやられたとあっては恥もこの上ない」

 さすがに萬蔵は甘くない。

「だよな……」

 わかってはいたものの、がっくりとする伊賀者達。

「まあ一命は取り留めるじゃろう。試合は地べたに寝かせておけばいい」

「長老、なかなか酷い物言いですな」

「最初に命じた際、甘い世界じゃないと言うたであろう。三年もの猶予があったのじゃ。普通は八名もの人数に与えるそんな長期間の任務はないぞ。その間に何とか出来なかったお前達の不始末よ。結果、甲賀に察知され、今回の事態を招くに至ったのだ」

「むむっ……」

 萬蔵の言は至極当然で誰も言い返せなかった。

「まあ与えられた条件で頑張るのじゃな。儂とて、お前達を応援はしておる。剣蔵は儂に任せて、まずは自分の身体を休めて明日の戦いに備えい」

「はっ」

 伊賀者は一礼すると、各自自宅へ帰って行った。全員、表情は冴えなかった。


 太陽が昇り、翌朝、剣蔵が目を覚ました時には、傍らに萬蔵が座っていた。厳しい表情で剣蔵を見下ろしている。

「じいちゃん……、まさか一晩中?」

「とりあえず一命は取り留めたようじゃな」

「大丈夫……だ。今日も試合だしな」

 起き上がろうとする剣蔵だが、身体は言う事を聞かないようで、苦悶を浮かべて布団に崩れ落ちてしまった。

「神経に作用する毒のようじゃ。完全に抜けるまでには数日を要するじゃろうな」

「くっ、俺は今日、投げなきゃなんねえんだ……」

「無理じゃ。行っても寝ているのが関の山じゃろう」

「く、くそっ。うげっ……」

 剣蔵は嘔吐した。吐瀉物が汚らしく床に広がる。

「それ見い。命あっただけでも良しとせい」

「う、うう~っ、甲賀め……」

 剣蔵は青白い顔で恨み節を言う。

「お前達の腕の見せ所じゃな。この程度の苦難、乗り越えられぬようであれば、そこまでだったという事よ。それに……」

 萬蔵は立ち上がり、この場を離れようとする。

「な、何だよ、じいちゃん」

「ここを生き抜いたところで待っているのは死の運命かも知れんがな」

 そう呟いた萬蔵の顔に表情はなかった。

「なっ」

 祖父の血も涙もない言葉に衝撃を受ける剣蔵。この先の事を考えたのか、俯きかける。だが、すぐに顔を上げた。

「じいちゃんよ」

「何じゃ」

「見てろよ……。俺は絶対に今日も勝って、決勝で甲賀の奴らに倍返ししてやるからな」

 剣蔵は意地で立ち上がった。毒の作用か、その四肢は震えていたものの、目にだけは強い意志が籠っていた。

「期待しておるわ」

 萬蔵は背を向けて去って行った。剣蔵の目は睨むようにその姿を見つめ続けていた。


 午前中ながら高温注意報が出る程の真夏の太陽の下、剣蔵は屋敷から祖父の樫の杖を持ち出し、それを突きながらよろよろと歩き、学校のグラウンドまで辿り着いた。

「おお、剣蔵、大丈夫なのか」

 皆が心配そうな顔で駆け寄る。

「大丈夫……じゃねえが、試合には出るぜ。戦わずして負けてたまるかよ」

 息まく剣蔵だが、顔色は悪く、立っているのもやっとの様子であった。長い髪も乱れ、いつもの精悍な様子は全く見られない。

「剣蔵……」

「ピッチャーは無理でも、外野に寝転んでるくらいは出来る」

「しかし……」

「それにこんなんで甲賀の奴らに負けたなんて絶対に認めねえ。必ず借りは返す」

「大丈夫なのか」

「ああ。この試合、何の役にも立たねえかも知れないが、そこはお前達に託す。準決以降、倍以上の活躍をして見せるから……、この試合、何としても勝ってくれ。頼む!」

 弱々しいながらも、剣蔵の言葉には力があった。

「わかった。……じゃあ剣蔵はレフトな。そこで寝てろ」

「おう。つーか、今から寝かせてもらうわ。悪いが、行く時に運んでくれ」

 剣蔵はそのままグラウンドに横たわった。さすがに辛そうだ。

「で、剣蔵はレフトで放置しておくとして、誰が投げるんだよ」

「俺が投げる」

 手を挙げたのは幸太郎だ。彼は今朝グラウンドに集まって、初めて剣蔵の容体を聞かされたのだった。皆の注目が集まる。

「確かに風間ならいい球投げるしな」

 学が言うが、

「いや、しかし俺のはいわゆる棒球だ。キレや回転が本当の投手とは段違いに違う。日頃から打ち込んでいる奴らには通用しないかも知れん」

 普段は自信満々の幸太郎が珍しく弱気な表情であった。

「だが、今はそうする他あるまい」

 才之助が言う。他の者も皆頷く。

「何とかやってみるさ。代わりに打つ方で頑張らないとな」

 そうは言ってもやはり幸太郎の表情は冴えなかった。今更ながら、投手・剣蔵の重要性が感じられるのであった。

 結局、幸太郎がピッチャー、剣蔵がレフトに行く為、松岡三兄弟の長兄・赤太がサードを守る事になった。三つ子は三人とも器用な為、守りに関しては内外野どちらでも行けるという、学の判断だった。

「よし、行くぞ」

「おう」

 一人を寝かせたまま円陣を組み、気合を入れた伊賀中央ナインは球場へ向かった。剣蔵は太に背負われ、運ばれた。


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