『偽真実、終戦』
黙ってベースを回る風間幸太郎と対照的に、偽真実はマウンドに崩れ落ちた。
「アレを……完璧に打つかよ……」
九分九厘、勝利を確信していただけに、実のショックは大きく、顔面蒼白で全身を震わせていた。ホームに到達した風間に駆け寄る伊賀中央勢を尻目に、伊加佐間校ナインは静かにマウンドに集まった。
「すまん。俺の責任だ。奴らの手に乗り、カーッとなってしまった」
実は素直に頭を下げる。
「仕方ないさ。実の作戦は完璧だった。奴らが上手だったのさ」
仲間は庇うが、実は首を振り、
「いや、やっぱり徹底度が違った。俺の作戦が奴らに火をつけてしまった。こちらも負けじととことん邪道を通すべきだったなあ。例えば、今の場面、ぶつけてでも風間を歩かせるべきだった……。下手に揺れる球が通用しただけに、色気が出てしまった」
と述懐する。
「実……」
「でも、全力の奴らとやれて本望だ。ここで終わってしまい、みんなにはすまなかったが、最後に良い戦いが出来たよ」
「俺達もさ、実がいなければ、一回戦も危うかったさ」
ナインは責める事無く実を讃える。
「ふっ。ありがとよ。それじゃ整列するか」
実は皆を誘導し、ホームベース上へ歩を進めた。既に伊賀中央ナインは整列して待っていた。その隊列は揃っておらず、尻ポケットに手を突っ込んでいる者、ふんぞり返っている者など、様々だ。アンパイアが促し、両軍が礼をする。それが済むと、伊賀者が全員、実に握手を求めてきた。
「痛っ」
思わず顔をしかめる実。相手の三つ子が連続して、強い力で手を握って来たのだった。そして、巨漢の山嵐が次の握手を待ち構えている。実は内心怯えた。
(こんな奴に手を握られたら、骨折しちまうぜ……)
実が戸惑っていると、相手は握手をせずに背を向けた。だが、ホッとしたのもつかの間、何と山嵐は尻を上げて放屁した。爆風が実を直撃する。
「ぐうっぷ……」
猛烈な臭気が実の鼻を刺激する。実だけではない、伊加佐間校ナインが皆、手で鼻と口を押さえ噎せ込んだ。何人かは音と風圧の強烈さに尻餅を突く程だ。伊賀者が試合での鬱憤をこんな形で晴らして行くとは思いも寄らなかった。
「まったく……太の奴、酷い事しやがる。すみません。大丈夫ですか」
相手のキャッチャーが頭を下げて謝って来た。さすがに一人は良識派がいると見える。
「いえいえ」
実は試合での事もあるので思わず恐縮する。手を出して来たので、信用して握手する。握りは普通だった。しかし、離れ際、相手の目を見た途端、金縛りにあったように動けなくなってしまった。
「こ、これは……」
実は右手を出したまま、固まってしまった。そこへ次々に残った伊賀者の強烈な握りの握手が繰り返される。
「今日の御礼にこれ、やるだや」
相手の俊足の一番・猿飛が、動かない実の手にハンカチを置いて行く。それは九回に発生した強烈な匂いと同じ香りがした。
「うぐぐ……」
動けぬまま匂いが鼻をつき、実は悶絶する。周りの味方も、悪臭に耐え切れず、後退りして彼から離れる。
次に目の前に来たのは、霧隠という剣の達人だった。彼は握手をすると見せ掛けて手は交わさず、手刀を振るった。次の瞬間、何かが断ち切れる音がして、実のユニフォームのズボンがずり落ちた。信じ難いが、霧隠は手刀で実のズボンの留め具やベルトを切ったのだった。下半身が白いブリーフ一丁になる実。金縛りが続いており、どうする事も出来ない。場内はそれに気付き、失笑が漏れ始めた。
「君ぃ、こんな所で何やってるんだ」
アンパイアも実の姿に気付き、注意する。伊賀者の行動は素早く、危害を加えたようには全く映らなかったのだ。
「こ、これは……」
実は狼狽するが、身体が動かず、ズボンを上げる事すらままならない。そんな彼の前へ来たのが服部剣蔵だった。
「へっへっへ。おつかれさん。変な術を掛けていった奴がいるみてえだな。俺が解いてやるよ、喝っ」
服部の一喝を受けた途端、実の身体は自由な感覚を取り戻した。しかし、身体とは裏腹に頭に妙な感覚が浮かんでいた。何故かこの状況でパンツを下ろしたくてたまらない気持ちになってきたのだ。
「うう~っ」
実は理性と欲求の狭間で葛藤し、唸った。そして、最後は脱ぎたい欲求が勝ってしまったのだった。
「きゃあっ」
「何だ、あいつ」
球場内が下半身丸出しになった実に大騒ぎとなった。この上ない恥ずかしい気持ちと同時に何故か見せびらかしたい気持ちも湧いてきて、実は己自身を大盤振る舞いした。アンパイアや味方も騒ぎ出し、グラウンド内も大混乱になった。実は下半身を出したまま走り回り、伊賀者達はベンチへ引き上げながらその様子をせせら笑っていた。
「おらおらおら~」
実はハイになって走りながら声を揚げる。そして最後に伊賀中央の選手に激突した。四番の風間幸太郎だった。
「まったく……。ロクな事をしないな、あいつらは。だが、奴らに邪道で喧嘩を売ると、こういったしっぺ返しが来るという事かも知れんな。同情する……」
風間はぶつかった事などまるで気にしない風で背を向けて去って行った。実はこれで正気に戻った。己の状態に気付き、慌てて手で覆い隠す。しかし、頭隠して尻隠さずではないが、これで尻が衆目に晒され、またも場内は大爆笑となった。
「くっそぉ。あいつら~、このままで済むと思うなよ……」
実は呪いの言葉を吐き、伊賀者へのリベンジを誓うのであった。




