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邪道甲子園  作者: 馬河童
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『夏の陣開幕』

 そしていよいよ、夏本番、七月X日の午後、全国高等学校野球選手権三重大会の開会を迎えた。快晴の下、午後一時から開会式で、大勢の選手達が会場の四日市市営霞ヶ浦球場に集まり、入場行進した。スタンドに集まった多くの高校野球ファンが拍手し、歓声を上げてそれを見守った。

 昨年の優勝校・志摩工業が真っ先に入場し、その後、続々と出場校が球場内に入って来る。伊賀中央高校も中盤に行進し、球場内を闊歩した後、整列した。

「甲陰高校」

 アナウンスが確かにそう伝えた。伊賀者達は一斉に入場口へ視線を向けた。入場して来る集団は各人が自由に歩き、一種独特の雰囲気を持っていた。尻ポケットに手を突っ込んで歩く者、胸を大きく反らす者、逆に背を丸めて歩く者、鋼のような身体で地を踏み締めるように歩く者、甲陰高校の足並みは全く揃っておらず、悪目立ちしていた。

「甲賀誠児、選手名は見たが、やっぱりいやがるな」

「時任……」

 剣蔵そして才之助が、見知った顔のユニフォーム姿を見付け、呟く。伊賀者は全員で甲賀を睨むが、甲賀は各人あちらこちらを向き、全く気に掛けている様子はない。

「余裕かましやがって」

 剣蔵が苛立ちを見せる。

「どうどう。剣蔵いきり立つなだや。戦うのはまだ先だや」

 猿飛がそれを宥める。

「うむ。今から力を入れ過ぎてもどうにもならん。静かに闘志を燃やすんだ」

 学も追従する。

「わかったよ。しかし、あのスカし具合が気に食わねえ」

 剣蔵は頷きながらも渋い顔をしていた。


 開会式は進み、国旗や大会旗の掲揚、開会宣言、優勝旗の返還、挨拶や祝辞が行われ、上野城高校のエース・榊による選手宣誓があった。これに熱い視線を送ったのが幸太郎だ。お互いが準決勝まで勝ち進めば、高校野球での最後の対決となるだけに、気持ちが奮い立つのは無理もない。榊は戻り際、幸太郎を一瞥した事から、間違いなく意識しているようであった。

 宣誓が終わると、選手は退場となり、球場外へ出た。ここで何たる偶然か、いや、必然たる運命なのか、伊賀中央ナインと甲陰高校の面々が鉢合わせした。

「おっと、これはこれは……」

 おどけた調子で言うのは、剣蔵と因縁浅からぬ甲賀誠児だ。

「てめぇ」

 剣蔵は相手を睨み付ける。周りの伊賀者も前傾姿勢で身構える。それを見て、

「ぎゃははは」

「今からいきり立ってやがる」

「バッカじゃねえか」

 甲賀勢は腹を抱えて笑い転げる。

「てめぇら、後からノコノコ出て来た癖に調子に乗るなよ」

 剣蔵は相手の態度に怒りを示すが、

「調子に乗っているのはお前達だろう。こちらがサッカーで活躍した途端、野球に進出してきおって」

 誠児が岩本の所で言ったものと同じセリフを吐き、言い返す。それに対して、

「どっちが調子に乗っているかは試合をすればわかるだろう」

「野球はそう甘くないだや」

 学と猿飛がその言葉に反論して見せる。

「ふっ。確かにその通りだ。だが、我らは決勝でしか当たらぬ。威勢が良いのは結構だが、お前達が決勝まで出て来られるのか」

 と言ったのは、才之助の怨敵・時任司だ。その言葉通り、両校は逆のブロックになっており、当たるとすれば決勝の舞台となるのであった。

「時任! 剣道ならいざ知らず、野球でそこまでの大言壮語を吐くとは……。貴様が何故野球に来たのかは知らぬが、この場で必ず借りを返す」

 時任の不遜な言葉を聞き、才之助が言い返す。

「決勝出られるか」

「わからんのは」

「そっちだろ、甲賀!」

 合わせて三つ子が声を揃えて叫んだ。これに甲賀が反応し、

「何だぁ伊賀者ぉ」

「今ここで殺ってやってもいいんだぜ」

 数名が今にも飛び出さんばかりの勢いを見せた。そこへ

「待てっ」

 と叫んで双方の間に立ち塞がったのは幸太郎だ。

「下らぬ争いはいい。本当に互いが決勝へ進めるのか、力で証明しようじゃないか」

「何だぁ、この優等生面した野郎は」

 甲賀の一人が悪態を吐く。

「風間……幸太郎だったか。伊賀者の中にあって、唯一まともな野球選手だ」

 一度やり合った事のある時任が言う。

「ほう。俺の事を調べでもしたか。さすが甲賀の忍びだな」

「お前もまとめて葬ってやるから覚悟しておくがいい。もっとも先程から言い合っているように、決勝へ出て来られればの話だが」

 時任の言葉を受け、甲賀の面々は幸太郎に視線を集中する。だが、幸太郎は気にする素振りも見せず、

「先程も言ったが、まずはお互い決勝に出たらの話だろう。他校の邪魔になるから、双方ここは退け」

 と言い、身構えている伊賀者を引かせた。実際、移動する他校の選手の邪魔になっており、言い争いに一部注目する輩もいたりして、混雑を引き起こしていた。

「格好つけやがって。後で吠え面をかくなよ」

 時任が捨て台詞を吐き、背を向ける。他の甲賀者も引き時と見たか、一斉に後ろを向き、去って行った。


「甲賀の奴ら、どうやら本気で俺達と殺り合う気のようだな」

 味方だけになったところで学が呟く。他の者も厳しい顔で頷いた。

「へん、あんな挑発してやがったが、あいつら決勝まで来られるのかよ」

 剣蔵が苛立ちを見せるが、

「時任、そして剣蔵の言っていた甲賀誠児の実力が本物ならば、夢物語ではあるまい」

 才之助が冷静な顔で分析した。

「確かにその二人だけでなく、他の者もただならぬ異様な雰囲気は持っていた」

 幸太郎が言う。

「お前がそう感じるかよ……」

 剣蔵は少し面白くなさそうな顔をした。

「服部、お前もそう感じたんだろう。奴らがただ者でないと」

 幸太郎に言われ、ちっと舌打ちする剣蔵。図星のようだった。

「残念ながら、大した事ないとは思えなかったぜ」

「剣蔵までそんな風に感じたか……」

「確かに不気味な雰囲気あっただや」

「甲賀」

「伊達じゃ」

「ないな」

 伊賀者全員が少なからず甲賀の脅威を感じたようであった。表情も皆険しい。

「まあ、今から気にしても詮無かろう。お互い勝ち進めば必然的に当たるんだからな」

 皆の顔色を見て、幸太郎が言う。その強い眼差しに伊賀者達はハッとしたようで、

「風間の言う通りだな。気にしたって仕方がない」

「やる前からプレッシャー感じても意味ないだや」

「確かにやる前から意識するなど、既に心構えからして負けている」

 皆、頷き合い、顔を見合わせるのだった。そして、必要以上の不安を口にした自分達を笑い飛ばした。

「バッカじゃねえか」

「そもそも俺達が負ける筈がねえ」

「何を心配してやがんだ」

「あっはっはっは」

「あのクソ甲賀共の鼻を明かしてやらんとな。だろ、才之助」

「う、うむ……」

 剣蔵は半ば無理矢理に才之助に返事をさせた。この様子がまたおかしくて、皆が笑う。

「俺達はこうでなくっちゃな」

「惑わされる必要ないだや」

「あんな奴ら、今から気にするこたぁねえ」

 皆、強気の言葉が口を突いて出る。甲賀との遭遇は、伊賀者の結束を強め、士気を高める結果となったのだった。


 開会式の翌日、伊賀中央高校は初戦を迎えた。まだ梅雨明けせず、小雨が降りしきる中、昨日と同じ四日市市霞ヶ浦球場に集まったナインは、ユニフォームを濡らしながら対戦相手の四日市東高校と対峙した。ホームベース前で互いに礼をして、先攻の為、ベンチへ戻って来た伊賀者と幸太郎は、改めてこの試合の戦い方を確認した。

「いいな、約束通り忍法は一切なしだぞ」

 キャプテン学が言うと、皆が頷く。この一回戦、純粋に野球で戦うと全員で決めたのだった。


「何でだよ、いよいよ大暴れの夏だってのによ」

 開会式後のミーティングで最初に異を唱えたのは剣蔵だ。

「手の内を見せないのはお前達の得意技だろう」

 幸太郎が諭すように言う。

「確かに甲賀参戦が確実となった今、出来るだけ手の内は隠した方がいい。俺達には組織的な後押しはないが、甲賀はこの試合も偵察しているかも知れない」

 学も同意する。

「それに野球の地力を付けた方がいい。前にも言ったが、幾ら忍法があろうが、土俵は野球なんだ。初戦くらい野球で突破出来なくて、甲子園もないだろう」

 幸太郎が改めて主張する。

「賛成だや」

「同意」

「風間の」

「言う通り」

「だな」

 他の者も幸太郎の意見に同調する。それを見て呆れたような顔をする剣蔵だが、

「やれやれ……、皆、いつの間にか風間に毒されてやがんな。まあ、仕方ねえか。野球で一回戦戦ってやらあ」

 と最終的には納得したのだった。


 試合が始まり、一番の猿飛が左打席に向かう。素振りを繰り返し、打ち気満々である。相手投手の初球、猿飛は若干甘く入ったシュート気味のボールを上手く流し打って三遊間を抜いた。

「いいぞ、猿飛」

 プレイボール早々の出塁にベンチが湧く。続く学はバントで猿飛を二塁に進める。猿飛の快足を考えれば、伊賀中央にしては珍しいプレイだが、

「せっかくの実戦機会だ。ちゃんとセオリー通りのプレイをせんとな」

 と納得顔である。続く三番の太は猛烈な素振りをした後、打席に入った。初球、外角へのカーブに大型扇風機が稼働したが、二球目、外角に外れる速球に食らいついた。

「おおっ」

 当たりは良くないが、フラフラっと上がった打球は、何とレフトスタンドまで飛んで行った。打ち損じにもかかわらず、太の怪力がボールをスタンドまで運んだのであった。一回戦で大した応援団は来ていないが、それでも雨の中、スタンドに集まった伊賀中央の生徒達は盛り上がった。

「よっしゃ、いいぞ太」

「続け、風間!」

 幸先の良い先制点でベンチのムードも一気に上向いた。これで委縮した相手投手は、不動の構えを取る四番・幸太郎を前にして、蛇に睨まれた蛙のようであった。そして、甘く入った初球を幸太郎は見逃さない。完璧に捉えられた打球はバックスクリーンにライナーで突き刺さった。

 伊賀中央の猛攻はこれで終わらない。何と続く才之助も弾丸ライナーでスタンドに叩き込み、三者連続ホームラン。4対0として、試合の主導権を完全に握った。

「おいおい、せっかく緻密なプレイをしたのに、派手な事してまた目立ちやがって……」

 ベンチへ戻って来る才之助を見て、呆れ顔で言う学だが、半分は嬉しそうでもあった。ちなみに次の打者、剣蔵は

「四打席連続だ!」

 と意気込んで打席に入ったものの、力み過ぎて打ち上げてしまい、ピッチャーフライに倒れた。

 とはいえ、4点の援護を受けた剣蔵は活き活きとして投球に臨んだ。普通の投手として直球と変化球を駆使して、相手打線に的を絞らせず、次々に凡打の山を築き、アウトを積み重ねて行った。

 一方、伊賀中央は打線も好調で、不運にも正面へ飛んだ当たり以外はヒットを連発した。そして、主砲・幸太郎が二打席連続のアーチで塁上を掃除する。凡打に終わったのは、皆に負けじと大振りした剣蔵だけであった。

「ちっきしょ~」

 本気で悔しそうな表情を見せるが、投球となると話は別で、しっかりとコーナーを突いて要所を締め、五回をノーヒットノーランで終えた。

 そして、伊賀中央が12対0でリードしたまま五回を終わった為、コールドゲームで試合終了。見事に野球に徹して初戦を突破したのであった。勝利の瞬間、雨は止み、青空が広がっていた。

「よっしゃ」

「野球で勝ってやったぜ」

「まあ上出来だろ」

 皆でハイタッチを交わし、軽口を叩く。勿論、剣蔵と幸太郎は示し合わせたかのように手を合わせなかった。

「甲賀はどうだったろうな……」

 才之助が呟く。ちょうど別の球場で同時刻に甲陰高校の試合も行われているのだった。

「一回戦で負けるわきゃないだろ、あいつらも……」

 剣蔵が苦虫を嚙み潰したような顔で言う。他の者も首を縦に振り、同意した様子だ。開会式で甲賀の面々を見ただけに、否定する材料がない。

「まあ、まずは勝ったんだし喜ぼうぜ。先の事は後だ」

 キャプテンの学が手を叩いてムードが悪くなりそうな皆の気分を変える。

「真田の言う通りだ。引き締めるのは大事だが、勝った時くらい嬉しそうにしろよ」

 幸太郎が続く。皆、顔を見合わせて頷いた。

「そう……だな」

「だや。また甲賀に幻惑されるところだっただや」

 伊賀中央ナインは少しばかり笑顔になり、球場から引き揚げて行った。


 この時、試合を終えた選手達が去って行った無人の球場を見て、呟いた男がいた。

「やっぱり勝ったか。本気の奴らに土を付けるのは俺しかいねえな」

 スタンドから伊賀中央の試合を見ていた男、それは次の相手・伊加佐間高校のエース偽真実ぎま みのるだった。


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