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邪道甲子園  作者: 馬河童
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『伊賀者決起す』

 二月末、未だ寒さが厳しく残る伊賀の里。忍びの者の里として有名なこの地だが、現代となってはそれが主に観光に利用されている感がある。今や「NINJA」は海外でもブームで、伊賀においても日本人だけではなく多くの外国人観光客を集めていた。煙を出してドロン、手裏剣シュシュシュのような漫画的な理解もあり、半ば架空の存在のように見られる向きもある。

 しかし、忍者の子孫は確かに生きていた。表向きは気付かれぬように普通に生きているものの、裏で忍びとして生き抜いている者は少なからずいた。彼らは日々の鍛錬を欠かさず、超人的な身体能力を持ち、ある者は宅急便のような任務、ある者は探偵のような任務、ある者はヤクザのヒットマン的な任務、などを一般人に紛れてこなしていた。

 その伊賀の長老である服部萬蔵の屋敷に、翌年で十六歳になる若者八名が集められた。少し前に伊賀上野城近辺でひったくりを捕まえた八人の中学生だ。普段、剣道を教えている萬蔵は、道場として使っている一角で若者達を正座させ、話し始めた。

「此度、そなたらに集まってもらったのは他でもない。まずはこれを見よ」

 八十二歳になる萬蔵は、白髪に白髭を蓄え若干腰も曲がり気味だが、忍びとしての実力は健在で、自分の脇に積んだ紙を、手裏剣を放る要領で座している者達へ瞬時に配ってしまった。若者達の目が紙片に注がれる。

「これは……」

 皆が唸る。

「知っておる者もいるやも知れぬが、甲賀者が表の舞台で活躍しておる。蹴球とやらで国の代表にまでならんとしておるわ」

 萬蔵は顔に皺を刻み、苦々しげな表情で語る。配られた紙は全国高校サッカー選手権の記事で、大きな写真が一人の選手をクローズアップしていた。大会得点王に輝き、決勝ではダブルハットトリックを決めてチームを優勝に導いた「規格外の怪物FW」と評され、「Jリーグ入り決定」「日本代表の救世主」とまで書かれていた。

「甲賀誠助……」

 眼鏡の若者、真田学が選手の名を呟く。

「きゃつ、人間離れした技を以て、奇跡的な活躍をしたそうな。忍術じゃろうて」

 萬蔵が言うと、若者達も次々に感想を漏らした。

「サッカーに忍術を応用とは考えたな」

「俺もこいつの活躍はTVで見た。空中で離れ業を使ったり、スピードも桁外れだったり、確かに凄かった」 

「是非、忍術で手合わせ願いたいものだ」

 皆の様子を見ていた萬蔵は眉間に皺を寄せ、明らかに不快な顔をして、

「バッカもーん。甲賀・百地・風魔など、名だたる忍びの系譜の中で、我ら伊賀は頂点にあった筈。何を寝言のような事を言うて相手を褒め称えておるかっ」

 と一喝した。その声たるや老齢にして雷鳴の如く響き渡り、若者達は思わず身構えた。

「お前達は悔しくないのか。甲賀の先陣を許して良いのか」

「先陣……って、もう時代は移り変わって伊賀も甲賀もないっしょ」

 と呟いたのは、萬蔵の孫である、服部剣蔵だ。上野城のひったくり捕り物で、石投げの妙技を見せた若者だ。

「何を言うか、剣蔵。服部家の跡取りであるお前がそんな事を言うとは……」

「じいちゃん、もうそういうのは古いって」

「喝っ」

 萬蔵が皺だらけの顔を怒りで朱に染めて大喝すると、剣蔵は直立不動のまま固まってしまった。長身長髪で、いわゆる「いい男」の部類に入る剣蔵だが、その彼が捕縛されたかのように身動き出来ず、苦悶に近い表情を浮かべている。萬蔵は気合いで金縛りの術を掛けたのだ。

「お前は何も知らんのだ。伊賀と甲賀は未だに争うておる。世の表に出ない所で何人もの忍びが暗躍し、しのぎを削っておるのだ」

「長老様の言う通りだ、剣蔵。お前は大事に育てられたから知らないのかも知れんが、確かに今でも甲賀は敵だ」

 口を挟んだのは、幼い頃から剣道を嗜み、伊賀の里では天才剣士と呼び声の高い霧隠才之助だ。上野城でひったくり犯を峰打ちした者だ。

「俺のこの傷、実は甲賀者にやられたものだ」

 才之助は己の頬を指差す。そこには縦に長い傷跡が残っており、同級の皆は彼が唯一敗北した試合で付けられたものだと聞いていた。

「才之助の申す通り、伊賀と甲賀はいつの世も水と油、相容れぬもの。わかったか」

「わ、わかったよ……」

 剣蔵は渋々といった表情で返事をする。それを見た萬蔵が指を鳴らすと、ようやく彼の身体は糸の切れた操り人形みたいに床に崩れ落ちた。

「伊賀もこのまま手をこまねいておるつもりはない。そこでお前達を集めたという訳だ」

 萬蔵の言葉を聞き、若者達がざわめいた。その顔には釈然としない感じがありありと浮かんでいた。

「静まれいっ」

 またも萬蔵が一喝し、若者達を黙らせた。

「女々しい奴らめ。何をぐずぐず言っておるか。伊賀者として恥ずかしゅうないのか」

「お言葉ですが、恥ずかしい恥ずかしくないもありませぬ。確かに我ら伊賀者ですが、この現代、才能や目立ちの優劣で勝って、何の得がありましょうや」

 毅然とした態度で応えたのは、小柄な真田学だ。戦国の世から真田家の系譜を継いでいると言われる一族の出で、ひったくり犯を捕らえた際は、司令塔役をしていた若者だ。

「言うではないか。だが、お前は一生、甲賀の後塵を拝しても良いと言うのか」

「別にとある分野で負けようと、別の分野において秀でれば、勝ちも負けもござりませぬ。そういう考え方でこれまで生きてきておりまする」

「減らず口を……」

 萬蔵はへの字口をして、学を睨み付けた。しかし、論拠が整っているためか、次の言葉が出て来ない。逆に学の方から口を開く。

「とはいえ、長老様が何をお考えかわかりませぬが、私は御指示に従いまする。何やら張り合いのある任務を与えられそうですから」

「む。お前、儂をからかったな。論戦で打ち負かしてやろうと、そんな意図でわざと口答えをしたな」

「滅相もござりませぬ。長老様の真意を確認したかっただけの事……」

 学は平伏した。

「食えぬ奴よ。まあ良い、具体的な中身を語らず、お前達を納得させられる筈もないか」

 そこから萬蔵が語ったのは実に途方もない計画だった。



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