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邪道甲子園  作者: 馬河童
19/48

『忍び寄る甲賀の影』

 伊賀中央ナインは甲賀の影が忍び寄っている事を知り、一層鍛錬に力を入れた。基礎体力はこれまで以上に充実し、春が迫って来ると、週末には遠方への対外試合を繰り返した。大和学園の時と同様、試合の成立させ方は決して褒められたものではなかったが、とにかく実践経験を多く積む為の努力は惜しまなかった。

 他県勢に対しては試しに忍術を使う事もあったし、逆に純粋に野球の技術のみで試合を行う事もあった。また、あえて10点取られてからの反撃や、あえて打たずに投手戦に持ち込む事などもあり、色々な場面を想定して試していた。こんな時、投げている剣蔵は苛つくかと思いきや、

「いいじゃねえか。守備練習だ。耐える事で精神力も鍛えられて一石二鳥よ」

 などと嘯いて、意外に楽しそうにやっていた。


彼らは用意周到だった。例年三月から四月に開催されている春季大会は「部員ギリギリのところ、怪我人が出た」と嘘を吐き、辞退して、情報漏洩を避けた。過去の暴力事件の影響か、この春も新入部員はなく相変わらず九名のままだったので、情報が洩れる事はなく、伊賀者は試合に出る代わりに、手分けして県内の各試合を偵察して回ったのだった。

「こんな真似は好かん」

 と幸太郎は不出場に反対したが、毎度の如く「絶対に甲子園出場」をちらつかされては強く言えなかった。ただ、この期間、みっちり練習を積み、手段を選ばず他県の高校と試合を重ね、より逞しくなったのは間違いなかった。

 なお、この春の大会、三重県内に甲賀の姿はなかった。伊賀者も各球場で甲賀の影はないか探ったが、全くその形跡はなかった。

「やはり、地元から出て来るつもりか……」

「いや、滋賀でも出場している形跡はない」

 ネット等で情報を仕入れたのか、学が言う。

「俺達と同じで、夏まで鳴りを潜めているつもりか……」

「油断は禁物だや」

「ああ。俺にあんな宣言した以上、あの甲賀誠児の奴が出て来ない訳がない」

 伊賀者は口々に警戒心を強めるのだった。


 春季大会に優勝したのは、伊賀中央とも因縁のある上野城高校だった。エースの榊は決勝でもノーヒットノーランを達成し、完璧なピッチングをして見せた。今や彼はプロも注目する超高校級の投手として、周囲に認知されていた。

「強いて言えば、打線がそれ程でもなかったのが救いだな」

 榊の実力は織り込み済みとして、あえて上野城の弱点を挙げるとすれば打力であった。一試合平均の得点は2点程度であり、このような言葉が出るのも無理はない。

「いや、打線は更に強力になる。この大会出なかったが、とんでもない一年生が入った」

 学が言う。上野城高校まで行って見て来たらしい。

「一年坊? 中学上がりたてのガキに心配なんているかよ」

 剣蔵が舐め切った口調で言う。

「とても一年とは思えない体格だ。あの比土さんの弟だしな」

「比土……。俺が一年の時に対戦した奴か」

 剣蔵は記憶を辿って呟く。一年生の夏、上野城と対戦した際、当時の四番だったのが比土だ。その時も剣蔵は大苦戦。最後は内角を抉るカミソリシュートを駆使して三振を奪ったが、初めて対戦した他校の強者だった。

「あの男の弟なら、相当な手練れの可能性があるな」

 才之助も記憶に残っていたようで言及する。

「打つところは見られなかったが、とりあえず身体つきはヤバかったぞ。ガッチリして岩のようだった」

「ほう……。面白え、楽しみじゃんか、そんな奴がいるならよ」

 剣蔵は何処吹く風、脅威というよりは好奇心の方が湧いたようだった。

 

 季節は春から夏に移り変わり、空気もポカポカした陽気からジメジメした湿気に変わった。そんな中でも伊賀中央ナインは懸命に汗を流していた。もう本番まで大会はないし、時間もない。実戦は週末に非合法的手段を用いて取り付けた他県での練習試合で積み、それ以外は主に暑さ対策と体力増強に努めていた。

「夏はとにかく体力が命だ。しかも、今の時代、猛暑日が多いから、暑さ対策も重要だ」

 キャプテン学の号令で、ナインはとにかく走る。上野城近辺の坂道ダッシュを何本も繰り返した。

 スタミナアップと共に強化を図ったのが守備力だ。絶対的とも言える強打者・幸太郎を擁する以上、失点を防げればそう簡単には負けない。千本ノックではないが、徹底的なノックを繰り返し、各自の守備力を高めた。

 同時に剣蔵はこの時期に徹底的に投げ込んだ。一日三百球近くを投げ、試合でへばらないよう、自分を苛め抜いた。また、実戦の勘を養う為、百球投げ込んだ後に他の八人と対戦したり―もっとも幸太郎や才之助には簡単に打ち込まれたが―、同じく百球投げた後に二十キロ走ったり、己れを追い込む鍛錬を繰り返した。今時こんなに激しい練習はどうなのかと批難されそうなものだが、常人ならいざ知らず忍者ならではの体力・精神力に裏打ちされた猛練習であった。


 そして七月上旬、いよいよベンチ入り登録メンバーが地元新聞上に公表された。伊賀中央高校は当然、正規の九名のみ。全く代わりはいない背水の陣であった。もっとも今更そんな事を気にする九人でもない。

「おい、これ甲賀だよな。甲陰高校……」

 学が新聞を見て声を揚げた。甲陰高校の出場選手に、甲賀誠児、時任司など、伊賀の面々も知る名前が並んでいたのだった。

「何故、奴が……」

 時任の名前を見て、驚く才之助。

「やはり来やがったな。それも地元ではなく、こっちまで攻め込んで来やがったか」

 剣蔵は新聞を一瞥し、笑みを浮かべる。

「編入でもしやがったか」

「望むところだや」

「相手にとって不足なし」

「伊賀の力」

「今こそ」

「見せる時!」

 皆も口々に強気の言葉を吐く。唯一顔色が冴えないのは才之助だけだ。

「何だよ、才之助。ライバルがわざわざこっちの土俵に上がって来てくれたんだ。大歓迎じゃねえか」

 剣蔵がからかう。

「捉えようによってはそうも言えるが、まさか野球で奴と戦う事になるとは……」

「要するに考えてもみなかった状況に戸惑っているのか」

 学が指摘する。

「うむ。野球の場で奴をどうやって倒すか……。もっとも剣でも同じだが……」

「いずれにしてもリベンジの機会が与えられたって事だ」

「風間……」

 幸太郎が発した言葉に、才之助は驚き目を見開く。

「戦う舞台がどうなろうと、直接対決するチャンスが与えられたんだ。これを喜ばずしてどうする」

 幸太郎は強く言い切る。

「珍しくいい事言うじゃねえか、風間。俺もそう思うぜ。才之助よ、お前、じいちゃんにも、奴と戦う為、野球なんてやってる場合じゃねえって言ったじゃねえか。期せずして、野球でその機会が訪れたんだぜ」

「むっ……」

「この期に及んで尻込みしている場合じゃねえだろ」

 と剣蔵が言い放つと、皆が才之助を見る。複数の視線に晒され、彼は思わず目を逸らす。沈黙が訪れたが、しばらくして一人頷き、

「そうだな。皆の言う通り、これは好機と捉えるべきだな。感謝する」

 皆に頭を下げた。

「よっしゃ、その意気だ、才之助。やってやろうぜ。甲賀ぶっ潰すぞ」

 剣蔵が拳を突き上げると、

「お~っしゃあ」

 伊賀者全員が雄叫びを揚げるのだった。

「意気込みは結構だが、お前達、野球の練習をよくしておけよ」

 そこへ水を差す言葉を吐いたのは幸太郎だ。

「何だ、今さら」

「もし、甲賀に忍法で負けたらどうする」

「何言ってやがる。負けねーよ」

 言い返す剣蔵だが、

「何を根拠に? 現に霧隠も時任という男に負けている。本当に忍法で勝てると言い切れるのか。もし忍法を失ってしまった場合、野球で勝つしかないんだぞ。お前達、この夏で勝てなきゃ死ぬんだろう?」

 幸太郎の言葉は辛辣だった。いや、辛辣だが的確ではあった。

「む……」

 甲賀誠児の実力を目の当たりにしただけに、剣蔵も言葉が詰まる。

「そうだな。ここは風間の言も一理ある。野球を強化しても損はない。それと同時に甲賀が出てくるとハッキリした以上、奴らを想定した練習が必要だな」

 学が言うと、皆が頷く。


 この日から伊賀中央高校の練習は少し様変わりした。体力増強は勿論だが、より野球の実戦的な練習が増えた。特に守備のゲッツー連係や中継プレイ、バントや走塁のような攻撃の細かいプレイなど、今まで以上に野球のプレイに主眼をおいた練習を深めた。さらにキャッチャーの学は、パスボール対策でワンバウンドを止める練習をしたり、キャッチャーフライの捕球練習を増やしたりしていたし、剣蔵にしても、バント処理の練習に精を出すなど、一味違う練習に身を置いた。これも幸太郎の言葉に触発されての行動なのは間違いない。

 一人それとは異質な練習を始めたのが才之助だ。いや、皆と同様の練習もしていたが、それ以外に特殊な練習を取り入れ始めた。素振りは本来フォームを確認する意味もあり、一振り一振りを念入りに行うものだが、それを振っては戻す動作を速めて一分間に倍以上の数こなしたり、キャッチボールも取ったらすぐに投げる練習でさらに速度を上げて行ったり、果ては砂時計と睨めっこまでしていた。

「おいおい、何だそりゃ。スピードを上げる訓練かよ」

 剣蔵がからかい半分に尋ねる。

「スピードではない。時任対策とでも言うか……」

「そうか。奴に対する対策か」

 幸太郎が横から口を挟む。

「対策ぅ? 時任とかいう奴が何をしてくるって言うんだ」

「それは……。まだ今の段階で皆に言うのはな……」

 渋い顔をして黙る才之助だが、

「いや、情報としては伝えた方がいい。知らないでやられるよりはいいだろう」

 幸太郎がそれに反対する。その目には強い意志が籠っていた。それに納得させられたのか、才之助は頷き、皆に語った。時任司が時を止める術を使うのではないかと。過去、才之助自身が何度もやられ、この夏も幸太郎と共に不可思議なやられ方をしたと。

「時を止めるだと」

「そんな術があるのか」

「信じ難いだや」

 皆、驚きを口にする。しかし、才之助・幸太郎という、チームの中でも冷静な部類に入る二人が言う以上、嘘偽りとも思えないのであった。

「まあ、練習は霧隠一人に任せて、今から皆が気にする必要はないだろう。ただ、そういう意識は持っておいた方がいい」

 幸太郎が言うと、皆が頷く。結局、妙な練習は才之助だけが続けた。


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