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邪道甲子園  作者: 馬河童
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『秋の大会』

 伊賀中央ナインが練習を重ねている内にいつの間にか暑さも消え失せ、涼しくなり、秋の大会を迎えた。ここで夏同様、この大会への向き合い方で伊賀者と幸太郎の意見が割れた。

「力を隠したいという考えはわかるが、俺はふざけたプレーをするのは反対だ」

 幸太郎が拳を握りながら言う。

「しかし、ここで本気を出す意味もないだろう。確かに春の甲子園には繋がるが……」

「まだ確実に勝ち抜ける保証はない」

 学の言葉に才之助が続く。

「お前達の言いたい事はわかる。ただ、仮にここでふざけたプレーをしたら、それはそれで注目されないか。物珍しさで客の目を引きかねないぞ。場合によっては、注意を受けたりしてみろ、それこそこちらの意図と違う方向へ行かないか」

「む……一理あるな」

「いっその事、全力で普通に野球をしてみたらどうだ」

 幸太郎が提案すると、伊賀者は皆考え込んだ。

「野球を全力でか……」

「確かにある意味それこそ仮の姿か……」

「それでいて、甲子園に向けた訓練にもなるか……」

 そんな中、剣蔵が一際大きな声を揚げた。

「仕方ねえ、ここで一回本気出すか。ただし、忍法は一切使わず野球でだ。本気は本気だが、風間、お前以外は全員忍びではない、野球選手という仮の姿って訳よ」

「ふん」

「だが、これで甲子園行けるようなら行くぜ。そんなに甘くはないと思うがな」

「いいだろう。お前達もそれでいいのか」

 幸太郎は他の伊賀者に問う。

「おう」

「それでいいだや」

「確かにここで行けるなら行くべきだ」

 全員賛成し、統一した見解で秋の大会へ臨む事となったのだった。


 まもなく秋の大会が始まった。全力で野球をすると決意した伊賀中央ナインは、身体能力が高く、タレントも揃っており、それなりに強かった。一、二回戦は格下相手に順当に勝利を収め、ベスト8に進出した。そして、準々決勝の相手は因縁のある上野城高校となった。上野城は本気の剣蔵と対決した主砲・比土が抜けたものの、エース・榊は健在で、相変わらずの強豪校であった。伊賀者達は「腕試しが出来る」と、嬉々としてこの一戦に臨んだ。

 秋晴れの中、試合は投手戦となった。榊は好調で、伊賀中央打線は容易に安打を放てなかった。一方の剣蔵も、普通の投手として変化球を駆使して好投。序盤、上野城打線を沈黙させた。

「オイオイ、さすが俺。普通の投手としても通用するんじゃねえか」

 軽口を叩く剣蔵。しかし、甘くはなかった。六回、バットを短く持ってミートに徹してきた上野城の上位打線が火を噴き、集中打であっという間に3点を奪われたのだった。

「くそっ……」

 後続を何とか抑えてベンチに戻って来た剣蔵が、グラブを投げ付ける。忍法を駆使していないとはいえ、打たれた事自体は悔しそうであった。

「何とか点取るぞ」

 学が皆にハッパを掛ける。伊賀者達も榊に食らい付いていくが、やはりなかなか安打には繋がらない。頼みの幸太郎も最初の打席は三振、二打席目、三打席目も当たりは良かったが野手の正面に打球が飛び、抑えられていた。

 剣蔵も粘りの投球でこれ以上の失点は許さず、九回裏まで0対3で来ていた。伊賀中央最後の攻撃で、迎える先頭打者は四番の幸太郎。

「ここは打ってくれ、風間」

「頼むだや」

 伊賀者もこのままでは終われないという気持ちが強いのか、幸太郎にエールを送る。剣蔵でさえ、

「あの野郎、ここも抑えられたら四番の意味ねえぜ。打ちやがれ」

 と半ば期待する言葉を呟いた。


 打席の幸太郎は、普段と変わらず泰然自若とした構えで榊を見据える。対する榊は九回まで投げているものの、大した疲労もないようで涼しい顔で投げ込んでくる。キレのある変化球がコーナーに決まるが、幸太郎は平然と見送った。実際、ボール球で、傍から見ると自信を持って見極めているようにしか映らない。


「風間のあの静かに闘志を燃やす感じ……この打席、打ちそうだな」

 学が分析する。

「へっ。俺みたく熱く燃えてみやがれってんだ」

 剣蔵が不満げに言うが、

「あれは風間の達人たる面の一つだろう。奴はお前のように熱く燃える事も出来るが、今のように静かに闘志を高める事も出来る」

 と剣の達人たる才之助が解説する。

「風林火山を地で行くような男だな。疾きこと風の如くはともかく、他の三つは全て網羅している」

 学が言うと、

「風間は速さも十分だや」

 猿飛が補足する。実際、幸太郎は短距離走では彼に迫る速さがあった。それを聞いていて苛立ったのか、剣蔵は

「何をお前ら褒めちぎってんだ。見てろ、あんな奴、今に打ち取られるぞ」

 先程と正反対な事を言い出す。

「剣蔵……お前な……」

 伊賀者は全員呆れ返って彼の顔を見るのだった。


 一球も振らぬまま、四球目、内角高めの直球に幸太郎は反応した。居合抜きのように一気にバットが振り抜かれ、強烈なライナーがセンター後方まで伸びる。センターは後方へ走るが間に合わない。

 だが、打球はフェンスを直撃し、二塁打止まり。感触は良かったのか、幸太郎はスタンドインしなかった事に悔しそうな表情をしていた。

 結局、このまま後続が続かず、試合は終了。伊賀中央は0対3で敗れた。


「やはり強えな、上野城」

「何の道でも頂点に立つのは簡単な事ではない」

「夏はいかなる手段を用いてでも勝つ」

 試合後のベンチで伊賀者から交わされた会話である。ただ、

「確かに野球の真っ向勝負では負けたが、俺達の全てじゃねえ。本気出しゃ楽勝だな」

 と剣蔵が言った通り、誰も悲観する者はなかった。むしろ予定通りの敗戦と捉える向きもあり、皆、さばさばとした表情であった。唯一、幸太郎だけが

「そんなに甘いものではないぞ。他校だって夏までにレベルアップはするんだ。楽観視せず、覚悟しておけよ」

 と気を引き締めた発言をするのだった。


 勿論、発言はやや楽観寄りとはいえ、この敗戦後、剣蔵を始めとした伊賀者達が怠けたりした訳ではない。秋から冬に掛けて、むしろより一層基礎体力向上の鍛錬に取り組み出した。山道のランニングの量は増え、木登り―猿飛などは石垣登りまでしていた―、巨石運びなど、自然を活かしたトレーニングは過酷さを増した。結果的に今まで以上の重量や回数をこなせるようになり、伊賀中央ナインはこの秋冬で、より強靭な肉体を作り上げたのだった。

 しかし、やはり実践に飢えるのが戦う者の性か、剣蔵は地味なトレーニングだけでは満足出来ずにいた。

「ちょいと実践トレーニングを積んでくるぜ」

 二月に入り、内陸型の気候の伊賀は底冷えする中、彼は薄着で飛び出して行った。そのまま一週間も学校にすら来なかった。

「何処へ行ったんだ、剣蔵の奴……」

「問題を起こしてなきゃいいがな……」

 伊賀中央ナインは不安そうな顔をして、練習にも身が入らないのであった。ただ、行き先は言わないが、電話にも出るし、メール等に返信は寄越すので、剣蔵が無事なのは間違いなかった。


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