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邪道甲子園  作者: 馬河童
13/48

『開戦! 大和学園』

 同日の午後、春の穏やかな日差しの下、大和学園高校では平城京高校の到着を待ち侘びていた。同県同士の試合だけに、他校の目を気にして練習場は完全立ち入り禁止状態にしてあるのに、いつまでも相手が来ないのであった。

「約束しておいて、どうしたんだ」

「練習試合でじらし戦法かよ……」

 そんな言葉が選手達から漏れ始めた頃、ユニフォーム姿の一団がグラウンドに現れた。

「ん? 平城京高校じゃない……」

 一人の選手が叫ぶ。だが、集団は気にせず向かって来る。

「伊賀中央? 何だ君達は」

 いきなり入って来た集団に、大和学園の監督・水谷が怒り気味に尋ねる。

「平城京高校なら来ませんよ。その代わりと思って、来てあげたんですよ」

 先頭に立って言い放つのは服部剣蔵。それを見て「お前は!」と声を揚げたのは岩本だ。

「知ってるのか?」

 水谷監督が聞くと、岩本は頷く。

「この前の決着付けに来てやったぜ。どうだい岩本さん、いや大和学園高校さんよ」

「あの時言っていたのはこういう事か。……いいだろう。平城京が来ないのなら相手してやる。いいですね、監督」

「む。何だかよくわからんが、お前が言うならいいだろう」

 水谷監督も頷き、練習試合を行う事を承諾したのだった。


 試合開始前、伊賀中央ナインはベンチで円陣を組んだ。剣蔵が口を開く。

「うまくいっただろ」

「バカ。俺はこんなやり方は好かない。平城京高校に悪い」

「いいじゃねえか。『大和学園』が試合してやったんだしよ」

「うむ、手段を選んでいては、強豪と練習試合をやる機会などそうは訪れない」

 才之助が口を挟む。

「県内では簡単に手の内は見せられんしな。ようやく本来の自分達として試合が出来る」

 学も同調する。

「そういう事だ。だから、この一戦に関しては、忍法を駆使して挑むぜ。俺達が野球の強豪に本当に通用するかの試金石とする為にな」

 剣蔵はこれから思う存分にやれるかと思うと、楽しくて仕方がないようだった。

「好きにしろ」

 幸太郎は不満顔だ。

「ただ、やはり圧勝してはならん。接戦に見せ掛けるんだ。辛くも勝ったようにしなければ、やはり評判にはなるだろう。無観客試合なのがせめてもの救いだが」

 学が諭すように言う。

「勝つ? それも接戦でだと。相手がどこだかわかっているのか」

 幸太郎が呆れ顔で言うが、

「勝つさ。この一戦のみ、本気で戦っていいなら、俺達が負ける筈はない」

 学が自信満々に言い切った。

「俺だって、お前らの力を過小評価しているつもりはない。ただ、全国クラスを甘く見るな。いくら忍者が優れた身体能力を持っているとはいえ、全国大会に勝ち進むような相手に簡単に勝てるとは思わん事だ」 

「全てはやってみればわかるさ。ここで通用しないようなら俺達の命も長くはない」

「命だと」

 剣蔵の言葉を聞いて、幸太郎は目を見開いた。

「剣蔵のバカ、忍者にあるまじき失言だ」

 学が注意するが、

「いや、わざとさ。ここまで来たら、風間にも俺らの事情を知らせておく必要がある。こいつも俺達と甲子園へ行くって宣言したからな」

 剣蔵は平然とした顔で発言の理由を述べた。

「命が長くないとはどういう意味だ」

「俺達は三年の夏までに甲子園へ出場しなければ、伊賀の掟で処刑される」

 剣蔵が言うと、伊賀者は皆、沈黙して幸太郎を見た。

「……それが試合で手を抜いていた理由か」

「ああ。確かに再三、学が言うように、手の内全てさらけ出して県大会勝ち抜ける程甘くはねえだろ。一流選手なら一度見れば、対策をしてくる。上野城の比土しかり、あの岩本しかり……。風間、お前もな」

「何故、甲子園に命が懸かる? 忍者と何の関係が?」

「そんな事まで説明してる時間はない。まずはこの試合、全力出して勝つって事だ。その為に話した。手を抜く奴とは思えんが、猫の手ならぬお前の力も借りたいって訳だ」

「……後でちゃんと話せよ」

「ああ。俺達の本気のプレイを見て驚くなよ」

 剣蔵の顔は精気に充ち満ちていた。


 この試合の伊賀中央高校のラインアップは次の通り。これが彼ら九名で決めた打順・守備位置で、今後も基本的にこの陣容で戦っていく事になる。

1(二)猿飛右助

2(捕)真田学

3(一)山嵐太

4(三)風間幸太郎

5(遊)霧隠才之助

6(投)服部剣蔵

7(右)松岡赤太

8(中)松岡青太

9(左)松岡黄太


 早速試合は始まった。先攻は伊賀中央。一番の猿飛が左打席に立った。その構えの異様さに、大和学園側はざわついた。猿飛は身体をピッチャーに対して正面に向いて、左手一本でバットをバントのように横に伸ばしていた。相手のエース双葉は苛立った表情で、外角低めに速球を投げ込んできた。

「ストライーク」

 かかしのように棒立ちの猿飛は触れる事も出来ない。双葉は同じ球をもう一球放るが、猿飛は微動だにしなかった。

 三球目、同じように外角へのボールが来たが、バットを避けるようにさらにカーブがかかっていた。このままでは三振になってしまう。

 ここで猿飛が動いた。左手をすっと動かし、バットにボールを当てたのだ。球の転がし方はバントと同じ要領だが、神業とも言える技術だ。慌ててバッテリーが球を追う間に、猿飛は快速を飛ばし余裕で一塁セーフ。これには敵側のベンチも騒然としていた。

 二番・学が打席に入る。しかし、それ以上に敵が注目したのは猿飛のリードの大きさだった。どう考えても牽制されたら帰塁が間に合わないように見える。すかさず双葉は牽制するが、この瞬間に猿飛は二塁へスタート。彼は一塁手がキャッチして投げる間に、二塁へ到達していた。天下の大和学園のエース双葉もこれには驚いたようで、焦りの表情が浮かんでいた。それを尻目に猿飛は相変わらず大胆なリードを続ける。

「リーリーリーだや」

 そしてわざとらしく声を出して、相手の感情を煽る。セットポジションを取った双葉は憎らしげに二塁をチラ見するが、先程の例もあり牽制はしない。しかし、調子に乗った猿飛はさらにリードを広げる。しびれを切らして双葉は牽制球を三塁に投げた。これなら進塁は出来ないという計算であろう。

 だが、猿飛はニヤついたまま、その場を動かない。三塁手はそのままでいる訳にもいかず、ゆっくりと彼に向かって行く。すると猿飛も彼に向かってダッシュを始めた。このままではアウトになる、という瞬間、猿飛は大ジャンプして相手を飛び越えた。

 あーっ、と野手陣が声を揚げる間に猿飛は三塁に到達。いや、それどころか三塁を回ってホームへ向かう。明らかに暴走だが……

 ボールは飛び越えられた三塁手からキャッチャーへ送球された。猿飛は既にホーム付近まで来ていたが、普通ならどう考えてもアウトのタイミングだ。キャッチャーは待ち構えつつタッチに行ったが、「うおっ」と叫んで突然尻餅を突いた。それを尻目に猿飛は悠々とホームインした。

「セ……セーフ……」

 アンパイアまでもが狼狽した調子でそれを認めた。キャッチャーと共に二人は顔を見合わせて、呆然としていた。


「早速やりやがったな」

 剣蔵が戻って来た猿飛の頭を叩く。

「忍術を使ったな」

 それを見た幸太郎が詰め寄る。

「キャッチャーの目前で三人に分身してやっただや。面食らうだろうな、あはは」

「何という真似を……」

「言った筈だ。この試合に関しては忍術を駆使して絶対に勝つとな。これで負けるようなら俺達に未来はない」

 剣蔵が言い放つ。

「しかし……」

「お前、前に上野城と戦った時、俺に言ったな。手を抜くなって。今だから認めるが、あの時、確かにまだ手はない事もなかった。だが、今、お前の言っている事はあの時と矛盾してねえか。俺達はこの試合、全力で勝ちに行く。どんな手を使ってもだ」  

「む……」 

「風間、お前、甲子園に行きたいのだろう。だから、納得がいかなくても野球部に戻って来たのではないのか」

 脇から才之助が尋ねる。

「お前ら……さすがに意地が悪いな。わかった。もう何も言わん。野球のルールから外れない限り好きにしろ」

 そう言って、幸太郎はベンチから出て行く。

「おい、何処行くんだ。敵前逃亡かよ」

「俺の打席だろうが」

 ちょうど二番の学が三振に倒れたところだった。幸太郎はそのままネクストバッターズサークルに入った。

 そして、三番の山嵐も凄いスイングは見せたがあえなく三振。次の幸太郎が打席に向かった。打席に入り、素振りをしながら、幸太郎は自分に問いかけていた。

「俺は何をやってるんだ……」

 その間に初球が投じられ、外角低めでストライク。

「俺はあいつらと甲子園へ行くと決心した筈だ……。今更、揺れ動いてどうする」

 二球目も外へ逃げる変化球でストライク。

「断固たる決意で勝って甲子園へ行くしかないんだ!」

 三球目、幸太郎は強振。ボール気味の内角高め直球を、うまく肘を折り畳んで振り抜いた。快音を発し、打球はレフトフェンスを超えた。今日、通算四本目のホームランだ。

 一塁を回ったところでファーストの岩本が声を掛けてきた。

「やるな、お前ら。どうやら口だけじゃないようだな」  

「ええ。俺は……いや俺達は、全力でこの試合勝ちに行きますよ」

「ふふふ、楽しみにしてるぜ。見てろ、すぐに2点返してやる」

「奴を、服部を甘く見ない事です」

「あの忍者投手か。甘くなど見ていない。奴との再戦は楽しみにしていた」

「さすがですね。注意するよう、奴に伝えておきますよ」

 幸太郎は岩本に背を向けてベースを回った。


 次打者の才之助は鋭い当たりを放ったが、サードのファインプレイでアウトになった。

「さすがにやるな」

「しかし、甲子園に出るような強豪からいきなり2点取れたんだ。悪くはない」

 伊賀者は意気揚々として守備に就いた。


 投球練習を終えた剣蔵に、幸太郎が声を掛けた。

「おい、わかってると思うが、岩本さんには気を付けろよ」

「ああ。あいつを押さえるのが今日の一番の仕事だ。この前の借りを返してやるぜ」  

 剣蔵の顔は楽しげだった。

「お手並み拝見といこうか。俺はとりあえず打ったからな、お前が押さえれば勝てる」

「プレッシャーかけたつもりかよ。俺はそんなんじゃ動じないぜ」

「口ではなく、行動で示して見せるんだな」

「わかってら」

 気合いを入れた剣蔵は、先頭打者の早田と対峙する。

「こいつは快足だったな。塁には出さん」

 初球、カウントを取る為の外角低め直球が決まり、ストライク。二球目は相手のインコースに食い込むシュート。早田はスイングせず、これもベースを過ぎりストライク。

 三球目、剣蔵は遊ばず再度外角低め一杯の速球を投げ込んだ。何とこれを早田はスリーバントし、球の勢いを殺してうまく三塁側へ転がした。意表を突かれた剣蔵は、素早く横に動いて捕球するも送球までは間に合わなかった。

「くそっ。やるな」

 続く二番・石井の初球で早田が走る。学が送球するも間に合わず、塁を盗まれた。

「いいさ、走りたきゃ走れ」

 剣蔵は気にせず、石井を三振に切って落とした。早田は揺さぶりを掛けてきたが、さすがに三盗はしなかった。

 続く三番の柱谷を打席に迎えて、剣蔵は身を引き締めた。

「こいつも全国屈指の好打者って言ってたな。絶対抑えてやる」

 初球、得意の外角低めでストライクを稼ぎ、二球目は外へ逃げるボール球の変化球。これを柱谷は打ちに来た。鋭い打球がピッチャーの脇を抜け、セカンドと二塁ベースの間を通り抜ける。

 誰もがヒットと思ったその時、信じられない事が起こった。セカンド猿飛が快足で球の後ろへ回り込み捕球すると、矢のような送球で一塁をアウトにしたのだ。柱谷はベース手前で呆然としていた。それは相手方ベンチも同様で、完全なヒット性の当たりをアウトにした猿飛の驚愕プレイを騒ぎ立てていた。


「ふふふ、面白くなってきたぜ。お前らいいぞ、実に楽しい」

 打席に入って来た四番の岩本が嬉しそうに言う。

「気が合うな。だが、この後、楽しくなるのは俺達だけだ」

 剣蔵も笑みを浮かべる。その初球、外角低めへボール気味になる変化球。これを岩本は打ちに来たが右に切れてファール。しかし、打球はスタンドインしており、恐るべきパワーを感じさせた。

「相変わらずこの手の野郎はストライク一個取るのが大変だぜ。だが、一つ取れた事で次がやりやすくなった……」

 次の一投は以前、上野城の比土にも使用した、構えたバットを狙うボールだった。死球気味の為、岩本は避けようと身を引くが、ボールはバットを追尾して、しっかりファールをもぎ取った。頭を下げる剣蔵だが、岩本は見透かしていて、

「嘘の謝罪はやめろ。どうせわざとだろ。昔の漫画にあった魔球みたいじゃないか」

 と意にも介さない。

「わかる? さすがだぜ。だがな、ツーストライクは取った。これで俺の勝ちだ」

 運命の三球目、剣蔵の投じた一球は何とナックルボール。天才忍者ならではの才能で、この魔球を会得していたのだ。球は揺れながらミット目掛けて進んで行く。

「こんな球を持っていたか……。だが」

 突然のナックルに驚いた岩本だが、下半身は崩れず強振してきた。

「初見で打てるかよ」

 秘密兵器に自信満々の剣蔵だが、岩本の実力はその想像を超えていた。揺れる球をものともせず、彼のバットは完璧にボールを捕らえていた。快音が響き、打球はレフトフェンスを越えて行った。

「何だと……」

 唖然として打球の行方を見つめる剣蔵。決して失投ではなかったが、簡単にホームランを打たれてしまうとは、岩本の力は思っていた以上だった。岩本はベースを回りながら、「見たか~!」と腕を突き上げ自身の力を誇示する。これで2対2の同点、試合は振り出しに戻った。


「ドンマイ」

 学がマウンドに駆け寄り、剣蔵に声を掛ける。

「くそっ。野球じゃ勝てねえってのか……」

「まあ結果オーライだ。接戦の方がいい」

 学は宥めるが、剣蔵は納得しない。

「オーライじゃねえ。俺は抑えるつもりで投げた。しかも、風間の野郎が打ったのによ」

 剣蔵は、サードの幸太郎が蔑むような目で自分を見ているように感じていた。

「仕方ないさ。あれは、野球で勝負して勝てる相手ではないな。ずば抜けた実力者だ」

「わかってら。次の打席は忍術を駆使してでも勝つ」

「その前に次の打者だぜ」

 おう、と返事した剣蔵は気を取り直して次の打者を打ち取った。


 二回・三回は両軍共に三者凡退に終わった。さすがに双葉は甲子園投手だけあって、六番以下の打者を寄せ付けなかった。先制点を奪われた猿飛に対しても、二打席目は全力投球でバットに触れさせない。

 一方、剣蔵も岩本への敵愾心を胸に、先程披露したナックルも駆使して、全国級の打者を次々に斬って落とした。

 

 そして四回表、先頭打者・山嵐が三振に倒れ、四番の幸太郎が打席に入った。一打席目で懲りた双葉は、くさいところを付いてまともに勝負しない感じであった。幸太郎もそれを無理に打ちにはいかず、結局四球で一塁へ歩いた。

「さて、ここで才之助が打てるかどうかだな。俺らはまだ猿飛しか貢献していないしな」

 学を始め、伊賀者は固唾をのんで次打者の才之助を見守る。左対左の対決だ。

 初球、インコース高めの速球が決まりストライク。これが百四十キロ以上出ている上に、二球目、ブレーキのかかった逃げるカーブが決まり、あっという間に追い込まれた。双葉はさすが甲子園でも勝ってきた投手だけあって、フォームも同じで癖もないので、緩急を使われると打者は苦しい。

 ただ、才之助に動じた様子はなく、泰然自若として不動の構えを見せていた。そして、迫力と言うよりは殺気に近い雰囲気を発し、投手・双葉を見据える。双葉もそれを感じ取ったのか、一度マウンドを外し、ロージンバッグを手に取った。

 三球目は若干厳しめのインコース速球だったが、才之助はこれも微動だにせず見送った。次の球は外角へストライクになる速球。才之助のバットはこれに付いていき、三塁線を切れる強烈なライナーでファールとなった。

 四球目、双葉は外角に得意のカーブを投じてきた。先程の速球からタイミングを狂わされた上に逃げるボールで、才之助は体勢を崩し、空振りするかに見えた。しかし、彼はここでスイング中の左手を離した。そして右手のみで逃げる球に付いていき、片手で振り抜きライトの頭を越す打球を放った。打球はライト後方へ転がり、その間に幸太郎がホームへ還り、タイムリー二塁打になった。これでスコアは3―2。

「さすが才之助だ。あそこから片手で外野まで運ぶとは」 

 伊賀者は皆、褒めちぎる。対する大和学園ナインは、驚愕の一打にただただ驚いているようであった。


「双葉、集中しろ」

 岩本がマウンドへ声を掛ける。

「どんな打ち方しようとヒットはヒットだ。気にするな。俺がすぐに打ち返してやる」

 動揺しかけた双葉をこの一声が救った。彼は後続をピシャリと断った。


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