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邪道甲子園  作者: 馬河童
12/48

『波乱の練習試合』

「もしもし」

 奈良県平城京高校の野球部監督・山田は、自身の携帯電話が鳴っているのに気付いて、通話ボタンを押し、耳に当てた。学校での練習後、家に帰って来て、ちょっと寝転がってうとうととした頃だった。

「山田さん、大和学園の水谷です。毎度どうも」

「え、水谷さん? ど、どうもどうも。来週はよろしくお願いします」

 夜半に突然、県内のライバル校から電話が掛かって来て、彼は驚いて眠気も吹っ飛んだ。来週、練習試合を予定しているので、それに関する連絡かと頭を巡らせた。

「その来週なんだけど……実は、午後からって言ったんだが、午前中……九時開始とかでもいいかな。あと、ちょっと学校側の都合で、ウチのグラウンド使えなくなっちゃって……。申し訳ないんだが、こちらから伺ってもいいかな」

「そ、そうなんですか……」

 山田は突然の変更依頼に驚かされた。そして、水谷の馴れ馴れしいタメ口がいかにも上から目線な感じで何とも耳障りだった。とはいえ、天下の大和学園と試合するチャンスを棒に振る訳にもいかず、「わかりました。それでも是非」と答えた。

「すまないね。こっちも助かります」

 相手の調子はあまり悪びれる様子ではなかったが、どちらかと言えば立場が弱いのはこちら側なので、山田は「お願いします」とその場に相手もいないのに頭を下げていた。


 翌日、山田は部員を集め、来週の試合時間・会場が変更になった事を伝えた。変更により都合の悪くなる選手もおらず、結果的にホームで試合出来るメリットもあり、彼は安堵した。

 それから試合まで、彼は大和学園対策を練った。県を代表する強豪校に、この練習試合で何とか一泡吹かしてやりたいと思っていた。選手もその気持ちに応えてくれて、当日まではいい雰囲気で練習を行う事が出来た。


 そして、練習試合当日を迎えた。晴れ晴れとしたさわやかな朝、平城京高校の部員達は開始の一時間前に自校のグラウンドに集まり、十分に身体を温めていた。選手達は夏の大会に向けて、優勝候補の大和学園を食ってやろうという気概に満ちており、監督である山田はそれを頼もしく感じていた。

 一汗流してグラウンド整備をしている部員達の下に、「よろしくお願いしま~す」とユニフォームを着た一団が姿を見せた。胸に記載の通り、大和学園の選手達だ。

「おはようございます。よろしくお願いします」

 その中の一人が、監督の山田の下へ寄って来て頭を下げた。

「よ、よろしく。あの……監督の水谷さんは?」

 山田は不思議に思って尋ねた。しかも、選手もちょうど九人しかいないようだ。

「すみません。監督は急に用事が入ったそうで、来られなくなって……。しかも、出発前にバスが壊れちゃって、すぐに行けそうな僕らが慌てて走ってきたような次第で……」

 選手は汗を掻きながら、必死に釈明していた。その様子を見て山田も少し安心して、

「それは大変だったね。ちょうど九人しかいないみたいだけど……、やれるのかい」

 と優しく言葉を掛けた。選手は大きく頭を下げ、

「ええ。大丈夫です、是非お願いします」

 とはきはきした調子で答えた。

「わかったよ。それじゃアップが済んだら始めようか。三塁側を使って下さい」

「はい」

 選手はもう一度頭を下げると、仲間の下へ戻って行き、全員を三塁側に誘導した。


 一塁側、平城京高校は監督の山田を囲んで半円状になっていた。

「あちらは監督が急用、さらに出発直前にバスが壊れたそうで、九人ギリギリのようだ」

 苦々しい表情で説明する山田。彼はベストの大和学園を倒したいと思っていたのだ。

「夏を前に手の内を晒したくないという策かも知れんが、幸いにして岩本はいる」

 山田は大和学園の選手の中に、主砲・岩本がいる事を認めていた。

「監督、岩本ってもっとゴツくなかったっすか。何か雰囲気が変わったような……」

 選手の一人が言う。他の選手も同じ気持ちなのか、頷いたり、首を捻ったりしていた。

「身体を絞ったんじゃないか。あの打棒にシャープさが加わったとしたら要注意だ。それと、残念ながら、エースの双葉は来ていないようだが、侮るなよ」

「ウッス」

「ベストな布陣で来なかった事を後悔させてやれ。お前達なら出来る」

「おう」

 気合を入れて、選手達は整列に向かった。


 先攻は平城京高校。メンバー表を見ると、相手投手は左投げで、伊賀という二年生であった。県内でも聞いた事のない名であったが、これが技巧派でなかなかいやらしいピッチングをする。速球はさほどではないが、上手投げとサイドスローを組み合わせたような投球で、的を絞らせてくれなかった。たまに荒れ球が来るのも、バッターをのけぞらせ、踏み込みにくくしていた。結果、初回は三者凡退に終わった。

 その裏、大和学園・一番の早田がまさかのセーフティバントを敢行。快速でセーフになると、すかさず二盗、さらには三盗まで決められ、早くもピンチを迎えた。二番の石井、そしてこれも全国クラスの三番・柱谷を何とか打ち取ったものの、続く岩本には難しい外の変化球を投じたにもかかわらず、いとも簡単にスタンドに運ばれてしまった。

「くそ~っ、今のは打者が一枚上手だ。さすが岩本……」

 山田もベンチで歯噛みする他なかった。


 試合は2対0のまま進行し、平城京高校は何本かヒットは出るものの、相手投手・伊賀を捉え切れない。そして、ランナーなしで迎えた次の岩本の打席、山田は勝負を指示したが、またも豪快な一発を浴び、追加点を許してしまった。

「ば、化け物か……」

 平城京高校のエースの投球も決して悪くない。その証拠に変化球を使ってコーナーを突く事で、他の打者はほぼ完璧に抑えている。しかし、岩本にはそれが通用しない。一泡吹かしてやるなどと思っていたが、逆に改めてその実力を思い知らされる事となった。

 平城京打線はようやく五回以降、火を噴き始めた。大和学園の左腕エース・双葉を想定した対策を練っていたのが、ようやく功を奏してきたようであった。五回に1点、六回に2点を入れ、同点に追い付いた。これで3対3。

 その裏、再び岩本を打席に迎え、山田は「勝負だ」とバッテリーに強気の指示を与えた。しかし、これが裏目に出た。エースは前の二打席で完全に岩本に飲まれてしまっており、他の打者に対するのとは見違えて腕が振れていなかった。結果、中途半端な外角低めを痛打され、まさかの三打席連続ホームランを浴びてしまった。

 ベンチで頭を抱える山田。エースはショックを受けている様子で、続投は難しいと思われ、二番手への交代を告げた。

「まだ1点差だ。頼むぞ」

 尻を叩き、強気の言葉で送り出したものの、リリーフはエースが通用しなかった事にビビってしまい、いきなり五番の巨漢・嵐という打者に一発を浴びてしまった。その後も制球が乱れ、この回何と4失点、7対3となってしまった。

 それからは乱打戦の様相を呈した。平城京高校も投手・伊賀を攻略し、10対8の2点差まで迫り、最終回を迎えていた。九回表は三番からの好打順で、山田も

「絶対、逆転出来るぞ。気合入れていけ」

 と選手を送り出した。

 ここで相手投手・伊賀に異変が起こった。何故かグローブを左手に嵌め、右腕で投球練習を始めたのだ。これには平城京高校の選手達も唖然としていた。

「両利き投手なのか、あいつ……」

 山田もただ驚くばかり。選手が恨めしそうな顔で彼を見て来るが、

「大丈夫だ。左で通用しないものが、右で通用する筈ない。自信持っていけ」

 と背中を叩いて打席へ向かわせた。

 しかし、これまた山田の言葉は外れた。右投げに転じた伊賀のピッチングは直球・変化球共に完璧で、とても初見でどうにか出来るものではなかった。平城京打線は的を絞り切れずあっさりと三者凡退に打ち取られ、試合は終了した。

「こ、これが本来の姿か……」

 伊賀がこれまで右の投球を隠していた事は舐められていたにも等しく、監督の山田は大いなる屈辱を感じた。


 試合後の礼をすると、大和学園の選手達はそそくさと引き揚げて行った。山田は少しでも情報を得ようと声でも掛けようと思っていたのに、あまりに早い退散振りになす術もなかった。仕方なく、彼は自校の選手をバックネット前に集めた

「惜しかったな、よくやったぞ」

 決して本心からではないが、選手達の手前、まずはねぎらいの言葉を述べた。居並ぶ選手達の顔を見ると、誰もが悔しそうであった。

「あの大和学園から八点も取ったんだ。自信を持て! 夏は勝つぞ」

「けど、監督、あれエースじゃないですよね……。しかも、岩本があそこまで……」

 選手達はとても自信を付けたようには見えなかった。むしろエースを始め、多くが自信喪失した感もあり、この練習試合が裏目に出たのではないかと思われるのだった。

「大丈夫だ。勝負は時の運だ。次は勝てる……」

 山田は根拠のない言葉を並べて、必死に選手を鼓舞する他なかった。



「へっへっへ。大和学園の名に違わぬ試合振りだっただろ」

「少し点を取られ過ぎたがな」

「仕方ねえだろう、慣れてない左投げだったんだし」

 頬を膨らませているのは伊賀の若き天才忍者・服部剣蔵だ。彼の他、伊賀中央高校の野球部員が全員、「大和学園」と胸に書かれたユニフォームを着て、道路を疾走していた。先程、平城京高校と試合したのは、変装した伊賀者と幸太郎だったのだ。伊賀の変装術は、体格はともかく、人相に関してはほぼ完璧に似せる事が出来るのだった。

「確かに左利きにしちゃ、上出来だ。平城京高校も決して弱くはないしな」

 褒めるのは学だ。その言葉の通り、剣蔵は利き腕じゃない左腕でもそれなりのピッチングをしてのけた。手裏剣は両手で投げるので、それが活きたようだ。

「それより風間は本当に凄かっただや」

 猿飛が、大和学園の主砲・岩本に扮して三本塁打を放った幸太郎を褒め讃える。

「お前、あんだけ反対してたくせに、楽しそうだったじゃねえか」

 剣蔵が幸太郎に向かってからかう調子で言う。

「やると決めたら全力だ。それに岩本さんにされた以上、下手なバッティングは出来ん」

「今日の風間は化け物じみた活躍だったからなあ。相手投手も悪くなかったのにな」

 学が言うと、皆が頷く。

「岩本という男、本当にそこまでの打者なのか」

 才之助が尋ねる。

「ああ。風間はともかく、奴は怪物だ。間違いなく超一流の打者だぜ」

 剣蔵が答えると、

「うむ。先程の試合、本物の岩本さんが出たとしても、同じような結果になるだろう」

 幸太郎もそれに同意した。

「楽しみじゃねえか。そんな男が、無名の伊賀忍者に打ち取られるなんてよ」

 今しがた一試合完投したばかりなのに、剣蔵はもう次の試合が待ちきれない様子であった。次の試合―伊賀中央の面々は本物の大和学園に試合を挑もうとしていたのだった。


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