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邪道甲子園  作者: 馬河童
11/48

『剣蔵、遠征する』

 伊賀中央高校野球部は雌伏の時を過ごすがごとく、春までの試合禁止の期間、練習に明け暮れた。結果的にこれは彼らにとってプラスに働き、伊賀者は忍者から野球選手へと変貌し、かつ基礎体力等も飛躍的に向上した。修行時間を大幅に取れたが故の結果だ。

 そして、春を迎え気温も高くなり晴れ間も増え、常時、外で動き回れるようになってきた。そうなると腕試しをしたいと思うようになり、試合で実力を試したいのは当然の事だ。だが、キャプテンの学は慎重だった。とある土曜の朝練の時にそんな話題になったが、

「練習試合はマズいな。なるべく手の内は晒したくない」

「だが、実戦経験は必要だ。忍者だって修行だけで強くはなれないだろう。実戦で、試合で勝てなくてはどうしようもない」

 練習においては若干ウマが合うようになってきた幸太郎が進言する。

「確かに試合経験は必要だ。しかし、県内の高校相手は避けたいな」

「なら、他国を攻めるか。遠征よ」

 横から口を挟んだのは剣蔵だ。

「遠征? どこと試合をすると言うんだ」

「そうよな、例えば甲子園へ出るような強豪校とだな」

「バカな。どこの高校がこんな無名校を相手にすると……」

 幸太郎が呆れた顔をするが、

「それを仕向けるのが伊賀者よ。まあ見てな、俺が練習試合の約束を取り付けてくるぜ」

 剣蔵は言うやいなや風のように疾走してグランドを去って行った。

「大丈夫か、あいつ。何か問題を起こさなければ良いが……」

「そこは保証しかねるな……」

 幸太郎の心配に同調し、伊賀者は皆、自信のない顔をするのだった。


 剣蔵は道路を走る。驚異的なスピードとスタミナで一気に数キロを駆け抜けていた。歩道を歩く者は、突風でも吹いて行ったかのように驚くばかり。障害物も何のその、塀は飛び越え、川は沈まずに水上を走り抜け、直線距離を縦横無尽に突き進む。彼はマラソン並の距離を走り、奈良県へ入った。

「ふう~。これもまた良い修行だな」

 剣蔵は激走した割には涼しい顔をしていた。そして、とある高校の門を潜った。そこは野球の名門校で、甲子園にも何度も出場している関西の雄 「大和学園高校」であった。

 もう夕暮れが近く、薄暗い時間帯ではあったが、大和学園野球部はナイター設備の下、周囲を高いフェンスに覆われた立派なグラウンドで練習を行っていた。強豪校だけに、金網越しに見学している高校野球ファンもたくさんいて、剣蔵はまずその中に混じって練習を見守った。

「さすがにレベル高いな」

 ちょうどフリーバッティングが行われていたが、身長は百八十センチくらいで横幅もある、がっちりとした体格のバッターが柵越えを連発していた。

「ナイスバッティング!」

 高校野球好きのオヤジが囃し立てる。剣蔵はその男に尋ねた。

「あれって、四番?」

「何だおめえ、岩本を知らんのか。ドラフト候補だぜ」

 オヤジは怪訝そうな顔で剣蔵を見る。剣蔵は(知らねえよ、バカ)と内心思いながら、

「へえ。確かに凄い打撃だ」

 と感心した素振りを見せた。

「あたぼうよ。全国でも屈指の強打者よ」

「じゃあアレを押さえれば、全国屈指の好投手って事だな」

「何だって」

「いや、何でもないっす」

 剣蔵は今すぐに出て行って対決してやりたい気分だったが、さすがにここで目立つと学をはじめとした面々に何を言われるかわかったものではないので、はやる気持ちを抑えた。従ってオヤジの解説を聞きながら、じっと練習を眺めていた。

 確かに甲子園常連だけあって、打球の鋭さ、飛距離は半端なかった。特にオヤジ一押しの岩本はホームランを量産し、その度に観衆が沸いた。剣蔵の見立てでは、技術的には上野城の比土の方が優れているが、パワー・迫力ともに眼前の岩本の方が勝っているように思えた。

 オヤジ解説によれば、さらに一番早田の快速や、三番柱谷のほとんど空振りをしないミート力は全国級とのことで、実際に剣蔵も目の当たりにして納得せざるを得なかった。

 そして、肝心要のエース・双葉は速球と逃げるカーブを主体に甲子園でも三勝を挙げている左腕で、そう簡単には打ち崩せそうにない投手であった。

「こいつは面白そうな相手だ」

 剣蔵の目は輝いていた。彼にとって、こんな強敵を打ち破る事が至上の喜びなのだ。しかもわざわざ他県まで足を運んだのは、手の内を隠さずに試合をする為である。何としても奴らを伊賀中央と試合させるよう仕向けたくなってきた。

 空も完全に暗くなり、見物人もばらけた練習終了後、剣蔵は動いた。忍びの本領を発揮し、まずは闇に潜んで大和学園のミーティングを盗み聞きした。本来なら違反行為だが、そこは忍びの流儀で「バレなければ違反ではない」という認識だ。

「任務完了」

 ミーティングを全て盗聴し、剣蔵は部室を離れた。

「とはいえ、このまま帰るのはもったいねえな……」

 一人呟く顔に悪戯小僧のような笑みが浮かんできた。


 大和学園の四番・岩本は、毎日家から八キロの距離をランニングで通学していた。なので、帰宅時はいつも一人であった。照明もない道を黙々と走って帰る彼は、これで驚異的なスタミナを養っていた。

 家まで半分くらいの距離を行ったところで、彼は河原の道へ出ていた。もう周囲は真っ暗で、人っ子一人いなかった。そんな状況に慣れている彼は、虫の音を聞きながら軽いランナーズハイにでもなったかのように心地よく走り続けていた。そこへ「ちょっと待った!」と突然謎の男が現れた。

「おわっ……」

 さすがの岩本も驚き、足を止めて一瞬身構えた。相手は目元を除いて覆面で覆っており、怪しいことこの上ない。髪が長いのか、頭巾から尻尾のように垂れ下がっている。

「大和学園の岩本選手ですね。練習帰りにランニングとは恐れ入る。一流がこの努力、二流が敵わん訳だ」

「一体……何者だ」

「野球忍者とでも言っておこうか。はるばる伊賀から、貴殿に挑戦する為、やってきた」

 言うまでもなく、謎の男の正体は剣蔵であった。

「ほう。俺に挑戦……」

「貴殿も男なら、忍者投法受けてみよ。逃げたら、あちこちに言いふらして笑いものにしてくれる。大和学園の岩本は野球忍者から逃げたってな」

「誰が逃げるって?」

 岩本はケースからバットを取り出した。普通、こんな辻斬りじみた挑戦は受けないものだが、岩本は違った。

「なるほど、こいつはひと味違うな。珍しいタイプだ」

「逃げる理由などない。ただし、負けた場合を覚悟しておけよ。大和学園の岩本に挑んできた野球忍者とやらは、完敗を喫して覆面を剥がされたって言いふらしてやるからな」

「てめえ……」

「どうした。やるのか、やらんのか」 

「やってやるぜ。きりきり舞いさせてやらあ」

「ならば付いてこい」

 岩本は走り出した。剣蔵も後に続く。二人は暗い田舎道をひた走った。


(こいつ、何処まで行くつもりだ)

 数十分も走り続け、剣蔵は苛立ってきた。それにしても結構なハイペースで、健脚の剣蔵でなければ、付いていけなかったかも知れない。どちらかと言えばスマートではない体格にもかかわらず、岩本の走りは速かった。

 二人は住宅地に差し掛かった。そして、岩本はとある大きな家の庭に入って行き、「来いよ」と手招きしてきた。剣蔵は目を見張った。庭に屋内練習場が完備された大邸宅で、照明の下、マウンドとホームベースが用意されていた。練習場の脇にもしっかりした日本庭園があり、さながらミニグラウンドのような広大な庭だ。

「俺の家だ。ここで幾らでも勝負してやる」

「そういう事か。敵の本丸で勝負とは面白い」

 剣蔵はズカズカと乗り込んで行った。


「こんな環境があれば上手にもなるわな」

 剣蔵が中を見回しながら言うと、 

「かもな。こんな環境で育ったからこそ、誰にも負ける訳にはいかん」

 岩本は胸を張って答えた。

「なるほどな。だが、俺だって負ける訳にはいかんのよ」

「面白い奴だ。いいぞ、かかってこい」

 岩本は打席に立った。剣蔵もマウンドへ向かう。足場を確認するが、立派な造りだ。

「投球練習はいいのか」

「いらん。お前と走って十分ウォーミングアップは済ませた」

「笑わせてくれるな。まあ投げる方がいいなら構わん。ならば一打席勝負だ。いいな」

「ああ。いくぜ」

 剣蔵は振りかぶって初球を投じた。例によって外角低めにストレートが決まった。

「ストライクだな」

「ああ。なかなか良い球放るじゃないか」

 百四十キロは出ていただろうが、岩本の顔には余裕が浮かんでいる。

(こいつ、このくらいの球なら難なく打ちそうだな)

 剣蔵は相手からただならぬ雰囲気を感じていた。それは上野城の比土や幸太郎から感じるものと同等であった。次の一球、剣蔵は比土にも使ったカミソリシュートを投じた。岩本も今度は打ちに来て、三塁側のフェンスに打球を飛ばした。

「ファールだな」

「ああ」

 答えた剣蔵は少々驚いていた。ファールとはいえ、この球を簡単にミートされるとは思わなかったのだ。

「まぐれじゃねえのか、試してやる」

 剣蔵はもう一球同じ球を投げた。すると、今度もファールだが、もっと強烈な当たりで打球が奥のフェンスに突き刺さった。傍目には、比土の方が技術的には上かと思ったが、見かけによらず岩本は柔軟な身体をしており、うまく足腰と腕を曲げて、カミソリシュートに対応していた。

「忍者、こんなもんか? 次、同じ球なら打つぞ」

「こんにゃろっ……」

 剣蔵は思い切り内角を突いた。しかし、岩本は全く動じる様子もなく、簡単に避けた。

(見切ってるのか、こいつ……)

 剣蔵は今度は相手の身体を狙って投げた。「おっと」と声は出したが、岩本はこれもまた簡単に避ける。

「オイ、策がないから死球かよ。それとも次に外角でも投げるってか」

「うるせえ」

 そう言って、剣蔵が次に投げたのは、比土を一度は三振に打ち取った関節外しのチェンジアップだった。さすがの岩本も速い球の後で意表を突かれ、バットが出掛かった。しかし、比土同様、下半身の力を駆使してスイングを立て直し、何とかボールにバットを当てた。大した当たりには見えなかったが、それが強烈なピッチャーライナーになって剣蔵を襲う。

「あぶね」

 剣蔵はのけぞり倒れながらも捕球した。

「ちっ……俺の負けか」

 岩本が悔しそうな顔をして呟く。

「いや、俺の負けだ。あんた、やるな。俺の投球がまるで通じなかった。しかも、打ち損じでこの打球……。化け物だ」

「もう一打席やるか」

「いや、今度は試合で会おう。俺の顔を覚えておけ」

 剣蔵は覆面を取った。束ねた長髪が振り乱れる。岩本は出てきた顔をじろじろと見る。

「知らん顔だが、お前、何者だ」

「いずれわかるさ。俺はもう一度お前の前に立つ」

「面白い男だ。いいだろう。俺も本当にお前が再び現れるのを待っているぜ」

「さらばだ」

 剣蔵は背を向けて岩本邸から走り去った。目指すは伊賀。行きの疲れも何のその、大して変わらぬペースで帰途に就いたのだった。


 さて、翌日の伊賀中央高校の練習にもう剣蔵は戻っていた。かなりの距離を走ったにもかかわらず、大した疲れはないようだった。

「練習試合だが、奈良県の大和学園高校とやろう」

「何をバカな……そんな強豪校とどうやっていきなり試合をすると言うんだ」

 突拍子もない発言に驚く幸太郎。だが、剣蔵は意に介するでもなく、

「四番の岩本ってのと勝負してきたが、ありゃ凄え。本気モードでやる価値はある」

「岩本って、あのドラフト候補に挙がっている岩本か」 

「ああ。すぐに勝負に乗ってきた。面白いな、あいつ」

「それで練習試合を取り付けたのか」

 学が尋ねる。

「いや。それはまだだ。練習試合はこれから設定する」

「設定だと……」

 それから剣蔵が語った案に、幸太郎は猛反発した。しかし、「強豪・大和学園との練習試合」というニンジンをぶら下げられ、しかも伊賀者全員は剣蔵の策に賛同するので、渋々それを承知する他なかった。



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