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「進め!進め!敵を囲い込むのだ!無駄な戦いは避けろよ!」
北条軍の部隊は常備兵で構成されている為統率がしっかりと取れている。その為、こちらから仕掛けることはなく、しかし、しっかりと圧力をかけるようにじわじわと川側に敵を包囲していく。氏政軍配下の義堯軍もしっかりと反対側から包囲しているようにみえているためこのままいけば人的資源を確保しながら相手の戦力も削れるだろう。と、ある一般の叩き上げ新米隊長は考えながら軍師多目元忠の指令を聞きつつ現場の指揮を取っていた。
「相手の農兵は及び腰だ!投降を呼びかけながら武装解除をさせろ!他のもの達は横合いからの奇襲を注意!訓練通りにやればいい!」
この隊長は伊豆に軍学校ができた頃にとある農家の三男をしていた男だ。城からやってきたおふれがきを読みこのまま腐っていてもしょうがない。家も継げないならば麒麟児 八幡様の御使と呼ばれる北条氏政様の直下で頑張ろうと出てきたものだ。
一般兵で最初は訓練を受けていたが訓練の最中に組み込まれる軍学、特に戦略論で優秀な成績を収めたため演習の時に1部隊を任されそこでも実績を残した。そこから教官の目につきここまで抜擢された過去を持つ。名もない一般農民が軍の部隊長をこなす。氏政がやってきた政策の成果が一部出始めてきていたのだ。
「投降した農民はその場に手を組ませて膝立ちにさせておけ!武器は後方の支援部隊が回収してくれるはずだから捨ておけ!俺たちは前に進むぞ!軍師殿の考えならば多分ここが正念場だ!きっちりと仕事をこなして美味い飯を食うぞ!」
「「「おう!」」」
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「光秀、中々いい動きをする部隊が前線に出ている様だな。」
隣で警戒を怠らない光秀に話しかける。
「はっ、確か氏康様の兵を率いている多目様のもとで働く隊長格は伊豆軍学校出身の者が多く動員されていたと思われます。旗にも家紋がないため多分農民からの叩き上げでしょう。確か数人実力を見せた者たちがいると報告が上がっていました。」
「ほう、それは嬉しい事だな。我々も多く一般からの隊長格を揃えているが他の軍でも使われているのは誇らしい事だ。やはり、武家は我々が軍を率いているのだという自覚が強くまだ表面化していないが確かに確執はあると言える。」
この問題は根深い。意識の差というものは中々抜けないのだ。未だに文官を蔑むものや鉄砲衆ですら嫌がるものもいるのが事実。有能なもの達は柔軟に対応しているが、受け入れられない頭の硬い者達には軍学校での槍や弓の教練をさせている。彼らの経験は確かに得難いものだし使える者は活用せねばならない。
怖いのは派閥みたいなものができる事だが今は目立った動きはない上に、各地域毎に軍学校があるため特に問題はない。今思いついた事だがいい意味で派閥争いをさせてもいいかもしれないな、軍学校毎に精鋭の兵達が小田原城下に集まり演習を行い優劣を競い合うのだ。弓は安房 歩兵は相模 鉄砲は伊豆 のように特徴が出ればなお面白い。文官達にも何かあれば良いな。
そんなことを考えていると雑兵達の包囲が終わり川を背にした為相手の軍の士気は大幅に下がったようだ。相手の指揮官らしき男が怒鳴り散らしている為周りの兵は嫌々従っているようだが前線に立たされている兵達は既にやる気がないように見える。先程話に出てきていた部隊長が率いている部隊が投降を呼びかけに少し前に出て回っているようだ。
彼らの呼びかけと実際に降ったもの達の扱いを目の当たりにして彼らの心は折れてしまったようだ。次々に武器を下ろしてこちら側に歩いてきている。鉄砲隊と槍隊が抜かれないようにしっかりと構えているが彼らの前で武装解除された兵達は後方の支援部隊に歩かされていく。それを見た他の兵達も次々に同じようにこちら側に降っていった。




