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ついに20万文字と100話が見えてきました
「義弘ぉ!!!右翼は任せるぞ!」
息子である里見義弘に軍の半分を任せながら安房の英雄 里見義堯はその実力を十全に発揮していた。彼は元々安房大名里見家の当主だった男だがここまで楽しみながら軍を動かすことはなかった。房総半島を手に入れるために戦をしても毎回重圧の中で本当に正しかったのか、もっと上手くやれたのではと戦が終わった次の日はふと考えてしまうことがあった。
しかし、今は一人の将として益荒男として戦うために訓練された兵を使い気にすることなく戦をすることが出来ている。そのおかげか彼はいつもよりも気分を高揚させながらも頭は冷静に盤面を把握しながら軍を動かしていた。
「一番隊の方に兵が多めに寄っている!4番 5番が後詰めに行け!その代わりに2.3番隊は踏ん張れよ!」
里見義堯本人が前に出て敵を撃ち破る機会はほぼ無くなってしまったが少し昔では考えられなかった軍の中の一つの部隊を率いて前線で戦う感覚。これはたまらないものだと本人は戦場の空気に触れながら感じていた。
チラリと息子の方を見ると父親であるワシの補佐をしようと右翼側から圧力をかけて中央への圧迫感を減らそうとしている。奴は北条の軍学校に通うまで猪突猛進型の典型的な頭が少し足りない猪武者であったが、今では戦況を把握しながら自分の立ち位置を確かめて必要な事を、例え地味でも大切な事をしっかりとこなせるような大人へとなっていた。
その様子を見て義堯は知らず知らずのうちに口元がにやけてしまっていた。これは、ワシもまだまだ負けていられぬな。
「者ども!ここだ!ここで押し切って川まで押し込むのだ!進め!進めい!」
義堯の号令に合わせて左翼と中央の軍が敵の足を止めるのではなく逃げる方向を制限しながら望む方向へと少しずつ進めさせる。見るものがみればわかる圧倒的な軍捌き、これは天性のものである。10人100人までは訓練すれば才能のないものでも扱える。しかし1000人を越すと途端に扱えなくなる者がいる。これが軍を率いる才能だ。
「父上が動き始めたぞ!右翼は勢いを弱め中央は勢いを強めよ!だが、端から逃げ出せぬようにしっかりと囲めよ!騎馬隊は逃げ出そうとする兵をしっかりと狩るのだ!」
義弘もまた軍を率いる才能を持つ者だった。彼は軍学校に通ったことで軍を動かすと言うことについて大局的な観点と予測が可能になった。そして、史実よりも他人とコミュニケーションを取るようになったことで相手が何をしたいのか、相手はどのように考えるのかを理解できるようになっていたのだ。史実とは違う変化を生み出した結果が花開いていく瞬間であった。
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「ほう!里見義堯殿は思った以上の働きをしているな。流石英雄といったところか。しかし、どうして、息子も中々いい働きをしているではないか。」
そう言いながら里見軍の背後を守るのは真田幸隆軍、率いるのは勿論真田幸隆。それに合わせて新進気鋭の工藤政豊。里見義弘が奮闘しているのに比例してドンドンと工藤政豊の指揮も良くなっていっている。幸隆はそれを見て若き者同士が競り合いながら成長する姿に目を細める。
「幸隆殿、何老人ぶっているのですか。まだまだあなたも現役ですよ?」
「はっはっはっ。言われてしもうたの。そう言われてもの、あれほどの活力を見せられるのはあの歳特有の者たちのみだ。我々では無理じゃろうて。まあしかし、ちと足りぬところはあるな。それは我々が担ってやらねばなるまいて。」
三度目の突撃を敢行して戻ってきた虎高に対して幸隆は水筒を差し出しながら軍の指揮を取る。流石に三度も突撃させれば兵も疲労するしなによりも馬の足に疲れが溜まる。もう一度突撃するには少しの休息が必要になるだろう。
それをわかっている幸隆は虎高達の軍を守るように布陣し、敵の撤退を連弩で被害を与えつつ見逃す。上杉憲政を逃したのは大きいがそれ以上に敵軍を包囲しきる方が大切だという判断である。




