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氏政が江戸城に向かい入港する頃氏康の元に河東地域の戦後交渉の結果報告がなされていた。
「つまり、氏政は今川と武田相手に手のひらの上で転がした上に、戦後交渉でも相手を翻弄したというのか?」
普段は威厳に溢れて周りを自然と畏怖させるような雰囲気を放つ北条家現当主 北条氏康も息子の異常さに驚いていた。
「はっ、海道一の弓取り 今川義元に対し一歩も引く様子なく交渉された姿は隠れて見ていた我らにもはっきりとわかりました。また、引き出した条件は再三申し上げますが事実です。
手に入れた領土は由比寺尾までの領土にいくつかのこちらに有利な約定を結びました。一つは港の優先使用権と免税権です。二つ目は陸上での関所での税の取り立てが半分になり、護衛を必要最低限付けられるようになりました。
これによって我々の活動がしやすくなり、今川領内の親北条感情を増加、今川に対する不満を煽る事が停戦の間可能になります。欲しい時にいつでも攻められる手筈は整えられるように氏政様は考えておられました。」
「なるほどな。我が息子ながら恐ろしい事をするな。要するに今川から金をむしりとり、その責任は北条ではなく今川のせいだと喧伝。今川の民が自主的に我々に助けを求める形を作るもよし、彼らが我々の土地に逃げてくるもよし、だな。武田との交渉はどうなった?」
「はっ、特に変わりはないです。今まで通りの関係を続けまする。」
氏康は数瞬思案した後、おもむろに頷いて
「わかった、では綱成にそろそろ我らが動く事を伝えよ。また、氏政の軍が見え次第我らも動き始める。古河公方がどう動くかわからないので予定通りあちらは氏政に任せると伝えておけ。我々は上杉軍だけを狙い攻撃を行う。関東諸連合は後回しだ。奴らに被害を与えてもすぐに土地に手を出せるわけではないからな。優先度は低めだ。」
関東の覇者を決める戦いになるだろう。決して負けることは許されぬ。
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関東諸連合とは、大きく分けると那須 宇都宮の軍だ。なぜ彼らがこの関東大蜂起に参加したかと言うとまず、宇都宮氏は古河公方側の勢力である事を認識しなければならない。北条が関東に進出して勢力を拡大するにつれて佐竹や古河公方と連携して北条を牽制し続けていた。今回彼らが北条に対して戦を始めるので距離が遠い宇都宮は上杉軍と共に先んじて戦場に現れていた。佐竹と古河公方はまだ動いてはいないが、事前に取り決めをしており安心して軍を派遣していたのだ。
また、那須氏に関してだが、上下に分かれて内紛を行い統一されるまで争い続け、統一されて30数年かつてほどの勢いは無くなってしまったがそれでも佐竹や宇都宮と争いながらも土地を守り続けている勢力だ。彼らは古河公方の要請によって宿敵の佐竹や宇都宮とこの関東大蜂起の間は停戦、関東の棟梁たる鎌倉公方に付き従っていた。というのも、勝った方の下那須家は古河公方からの援助を受けながら戦ってきたため、並々ならぬ御恩があったのだ。
そのような理由から今回のみ彼らはいがみ合いながらも河越城まで出てきていた。出てきていたのだが、北条氏はこちらに詫びを入れ続け戦後交渉の準備までしているという噂が聞こえてきている。両上杉軍と我々を合わせれば単純戦力3万はくだらない。そうなれば彼らもひとたまりもないのはわかる。
しかし、坂東武士であれば1戦でもしてから詫びを入れるのが筋だろうと呆気なくも思っていた。風に乗って聞こえてくる噂ではあの房総の覇者と言われる里見義堯相手に大立ち回りを行い、未知なる兵器を使いこなし怒涛の強さで一気に征服したと聞く。その彼らを破るための戦いだと考えていたのだがな…と彼らは残念に思いながらもこれからの未来の予想図を描き領土の割譲範囲を皮算用している両上杉をみて、北条を叩き出したらこのまま古河公方の元に集結し奴等を叩きのめすのが正解なのではないだろうかと思い始めてきた。
それほどに彼らの名門意識は溢れ出しており、関東諸将が兵を出すのは当たり前のような態度をしているのだ。彼らが今回出兵した理由は熱心な足利晴氏のアプローチ、それに古河公方に対する恩義から動いているのだ。決して両上杉に付き従っているわけではなかった。




