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北条家が関東大蜂起に対して準備をして迅速に動いた結果、史実とは違うように事態は進行し始めていた。歯車が狂い始めたのだ。それは小さな歪みやひずみだったかもしれないが、積もりに積もって目に見える形に変わっていったのがこの戦、河越夜戦ならぬ河越野戦である。
北条氏康が八王子に軍を集め息子、氏政の配下の戦果で全体の士気をあげ後は河東地域の結果を待っているだけという状況下において暗躍しているものたちがいる。その一つは山本勘助率いる房総衆である。彼らは戦後の復興中であり土地改革の途中であるため満足な兵数を動員することができなかった。
だが、志願兵をもとに作られた房総衆は伊豆衆に負けず劣らずの常備兵となっており、彼らを自分の本当の手足の代わりに動かせる山本勘助は水を得た魚のように気分を高揚させながら主、氏政から任された古河公方攻略戦に備えるために臼井城に軍を集め布陣していた。
「軍師殿、馬に引かせた砲の整備点検を終えました。弾薬も不備はなく問題なく作戦行動に移れるものであります!」
「うむ、では黒鍬衆と風魔を使って密かに利根川に用意しておいた基礎を点検させておくように。」
「はっ!!!」
里見攻略戦を終えて直ぐに氏政様 ワシ 幸隆殿で考え利根川に基礎を用意させておいた。少なくない犠牲を払うことにはなったがそのおかげで軍が十分に渡れる準備ができた。だが、渡るのは橋ではない。船だ。船といってもただの船ではない。特別に用意させた船だ。
砲を安全かつ素早く運ぶために縄と針に返しが付いた大きな仕掛けで船を対岸から対岸に双方自由に引っ張れるものを用意した。今までの船を使って渡る方法は人と馬を渡す方法だ。砲や鉄砲などは安全かつ素早く運ぶために仕掛けを使う。これによって人の操作による誤りが無くなった。
「鹿島氏はどうなっている?」
風魔の一人に聞くと
「はっ、彼らはやはり古河公方側につくようです。ですが、中はボロボロでまともに兵を出せる状況ではございませぬ。その為、中立を維持するものだと思われます。我らが房総を1つに統一したことで鹿島氏は当家に対して警戒を強めていますが内部を抑えることで手一杯のようです。」
ここまでは謀臣会議の通りだな。では、我らが狙うとするのは…
「里見義弘殿に3000を預ける。この軍を率いて江戸側に援軍に行くように命じよ。残りの兵は敵にわからないように少しずつ川を渡らせて旅人などに扮して浸透させるのだ。そして、商人に武具を運ばせよ。売りに来たと思わせておくのだ。」
「ははっ!すぐに!」
古河公方が誘い出されるには我らが軍を河越に集中しているように見せなければいけないとは言え、本当に乗ってくるかは五分五分じゃのう。
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もう一つは未だにうんともすんとも動きを示さない古河公方 足利晴氏である。彼の元には両上杉から初めは再三にわたる出兵の要請が来ていたが無視をしていた。しかし、北条氏康が弱腰外交をし始めると手のひらを変えたかのようにパッタリとその使者が来ることも無くなっていた。彼らにとって必要以上に分け前を減らす事は望んでいなかったのである。
足利晴氏本人はそんな事は気にしていなかった。まず、関東に進出してきて房総を統一、武蔵まで進出して一部上野まで出てきた北条を甘く見てなどいなかった。それに、仮にとは言え北条の血が古河公方の血縁に入っているのだ。裏切るとしても慎重を期す必要があった。
「ふふふ、まだよ…まだその時ではない。我は北条からも学んだのだ。やる時は一撃必殺。そうしなければ北条に粘られてこちらが自滅するだけよ。まだ…」
必要だったとは言え房総を瞬時にまとめ上げ地盤を築いた氏政の策は史実ではあり得なかった足利晴氏に経験を与えてその予測に変化を与えていた。
古河公方が付き従える結城氏 鹿島氏 そして、佐竹。これまた氏政の技術革新による影響で彼らが擁する兵力は3万5000もの大軍へと化けていたのであった。
山本勘助 古河公方彼らの動き次第でこれからの北条の行く末が変わると言っても過言ではなかった。歴史のターニングポイントまであと僅か…




