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「なに?陸上に関してはそのままだ。免税はせぬ。」
初めて義元がピクリと眉を動かし不快そうにする。港に関してはこの危機的状況且つ、脅しで受け入れられたのだろうが、陸上に関しては受け入れられないか。ここが勝負どころかな?
「それにの、我等の領内も不徳の致すところではあるが、まだまだ夜盗が蔓延っておる為、陸上の商人は危ないやもしれぬ。三河、遠江の方は開けた場所も多いため大丈夫かもしれぬが、駿河に来て出ようとすれば危ないやもしれぬぞ?」
海上は使えるようにしてやったんだから文句言ってんじゃねえ。帰りの儲けたところを襲わせるぞボケってところかな?
「ご安心下され。いざとなれば積荷を奪われぬように全て燃やし尽くして駿河から逃げ帰るように言い含めますので、その時にはバラバラになってしまうので我が民を保護するために兵を入れさせていただくことを認めていただきますがな。」
お前らに積荷をやらねえし、なんなら攻めんぞ?あぁ?
「はぁ、では30名までの護衛を付けることを許そう。また税を取るのは駿河、遠江、三河を通る際に一度ずつ、免税ではなく通常の半分の税で済ませよう。どうじゃ?」
成る程、成る程、相手が飲みたくない要求をなんとか飲ませた。それだけで十分なんだよな。それに税なんて有っても痛くないくらい稼げているし、なんなら困っている所に米を配ったりして民衆の心を離したり、裏工作や色々したいだけだから特に問題は無いんだよな。今川の特産品を持ち出せれば問題無いしいいかな。
「はっ!それならば我等も矛を収めるのには十分にございまする。また、我等も交渉を終わってみれば図々しいところがあったと思いまする。港を使用するときに一日当たり1隻につき銭1貫、払いましょう。また、今川の商人がこれまでと同様に北条領内へと入れるように関所の者達に伝えておきましょう。これで無礼を許して頂けますかな?」
つまり、金はやるから港の使用権と領内に間者を自由に入れさせろボケって事だな。それと今まで通り身分チェックだけしたら通っていいよってことだな。ちなみにうちの関所は防衛の意味合いが強く税は取っていない。ただそれだけだと思われているといいな。今川領内から特産品を税無しで輸入して、こちら側や他国に対して売れば暴利を貪れる。より北条は豊かになるな。他にも今川領内と北条領内の差を民に直接感じさせることもできるだろう。領内に北条を入り込ませる怖さを教えてやろう。
「これは、かたじけない。もし、このまま帰っておったらワシが皆から責められるところでござった。ほんに伊豆守様のような嫡男を持って相模守殿は幸せ者じゃのう。はっはっはっ」
空気を弛緩させるように雪斎殿が場の雰囲気を和らげていく。周りもまことにまことに、しかりしかり、と話を合わせていく。
その後は住職の立ち会いのもと起誓文を取り交わし今川軍の包囲を解いた。我等は蒲原に詰めていた兵の内500をそのまま置いておき、残りの遊兵達を全て船に乗せ始める。関東までの輸送の時間があるため準備出来次第、船を順次出港させて行く。我等を乗せてきた船はそのまま兵を積み込み出港し、残りの余った船には蒲原城の兵と河東の兵を乗り込ませる。そして最後に別働隊を食い止めていた羽鮒城の兵を載せて俺も関東に向かうだけだ。
その前に羽鮒城に向かい、その足のまま武田信繁と面会をした。
「急な申し込みですまない。北条伊豆守氏政である。単刀直入に伝える。我等は今川と和睦し不戦不入の約定を結んだ。我等は武田に対しては全くわだかまりを持っていない。なので、特に責めたり賠償を求めたりはしないつもりだ。しかし、それでは不安であろうから起誓文として、今川と同様に今までと同様の取引を行うことと不戦不入の約定を結ぼう。これで如何に?」
武田信繁はうむ、と頷くと
「御屋形様からは不利な条件にならぬ限り、氏政殿の申すようにしろと仰っておりました。彼ならば無理な約定を結ばずに穏便にことを収めてくれるだろうと。我等が今川との繋がりを守るために渋々兵を出すことを理解しているだろうとも仰っておりました。流石のお二人でございますな!」
よくもまあ、白々しくそんなことが言えるな。武田信玄ならば隙を見せればそのまま港を狙ってきていただろうに。まあいい。これで武田は北を目指すしかなくなった。米所である信濃を取り、北条からの格安の塩と米の提供によって史実よりも豊かでゆとりのできた武田はわざわざ南下をしようとは思わない筈。そして関東にも手を出すつもりは無いだろう。出すとしても今は無理だろうし、北条が一度領有すれば米の流入を守るために攻めて来ない筈だ。
是非ともその不毛な土地で頑張ってくれ。俺はお前等から貰える粗銅と甲州金で暴利を貪らせてもらうとするよ。
「では、よしなに。」
そう言って武田信繁はスッと去っていった。ちなみに勿論コメはたらふくに食って行ったし、酒も待っている間ガバガバ飲んでいたらしい。予想外の出費である。




