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虎高が言葉を区切りこちらを見て来たので俺が言葉を引き継ぐ。
「まあ、申し訳ないがここで発言して万が一にでも敵に知られると面倒な為、詳細は起誓文に記してから皆に伝えようと思う。しかし、皆がこのように自分達で考えて行動してくれるのはとても嬉しい。ただ与えられる命令を愚直にこなす。
それも立派だが自分達で考えて判断して、その場の上官に提案するのもまた大切なことだ。言ったから行動に移されるかどうかは別だが、言わなければ指揮官はその提案に気付いていないかもしれない。もしかしたら、より良い提案が君達から出て戦況を変えるかもしれない。恐れずに行動に移してほしい。
また、これから君達には指揮官として働くことを期待されている。指揮官という立場は兵を指揮して戦場で有利になるように動く者だ。兵を指揮するために統制を恐怖や威圧感で取るのではなく、人格や人柄で是非統制を取ってほしい。そうすることで下の者は意見が言いやすくなる。それは自分達がその立場になった今なら分かる筈だ。それに加えて、彼等の提案を受け入れ実行に移す場合、失敗しても責めてはいけない。君達が実行に移すと指揮官として判断したなら、上の者として責任は自分にもあると考えよ。反省点を受け入れてより良くすることは大事だがな。
俺が伝えたいのはこんなところだ。これからもよ宜しく頼むぞ。」
皆の顔が引き締まり応!という声が部屋に響いた。俺は皆の顔を見て頷くとサッとその場を立ち去る。話が終わった後にいつまでもいると彼らが中々その場を立ち去り辛いのを理解しているからだ。
立ち去った後、俺に用意された部屋へと向かい小太郎を呼び出し話を聞く。
「小太郎、今川の別働隊と本隊の様子について聞かせてくれ。」
「はっ。まずは別働隊に御座いますが、確実に岡部親綱を工藤政豊殿が討ち取り、朝比奈泰能殿に交渉で遺体を渡した後、そのままこちらへと向かっているそうでございます。その後、朝比奈泰能殿本人は護衛を30人程つけ、こちらに向かっているそうです。残った軍は副官に任せているようです。
今川本隊では雑兵が絶望しています。彼等に戦意は全く無く、いつ我等の大砲から攻撃を受けるか、後ろから襲われないかなど恐怖しています。また、将官ですが太原雪斎と今川義元は何度も話をしているそうです。話の内容までは探れませんでしたが、他の将兵から漏れ出ている話だと交渉で時間を引き伸ばし少しでも関東での動きを援助するか、さっさとこちら側での交渉を少しでも有利に纏めて今川に利があるようにしようという考えが二つ流れております。
これは多分ですが太原雪斎の手によるものだと考えられます。」
「成る程な、よく分かった。助かる。朝比奈泰能が到着して更に話し合いを明日すると思う。無理はせずに情報を探ってくれ。」
「はっ!」
「それと千葉利胤に羽鮒城を任せて、残りの将は先に港へ向かうように指示を出せ。兵はそのままだ。加えて武田との交渉も開始したいから武田信繁の方に使者を送ってくれ。こちらに特に賠償や責任問題にするつもりは無い。武田とはこれまでと変わらない取引を約束するからさっさと軍を引けとな。なんなら古米を渡してやってもいいな。古米を羽鮒城に集めて敵の兵に食わせてやれ。」
「は?はっ、分かりました。」
これで、相手の雑兵が今川、武田に戻った時に北条の振る舞いの良さを広めてくれる筈だ。これから同盟を組んだ後はどんどんと人が流れてくる筈だ。笑いが止まらないね。武田にお咎め無しで帰してやれば今川と武田の間では不信感が生まれ、他国からは武田と北条は手を取り合っているように見える筈だ。
〜side今川義元〜
「くそッ!親綱を亡くしてしまったというのか…。元信、お主が岡部家をこれから盛り立てるのだ。我は親綱に恥じぬように生きる。ついてこい。」
古参の重臣の死に今川将官は動揺が隠せない様子だが、我の言葉に対して涙腺を緩ませ、はっ!と声を震わせる。これで敵討ちという流れよりも我の判断についていくという形になった。
「悔しい事だが、我等が準備した策よりも相手が用意していた備えの方が一枚も二枚も上手だったのだ。今は耐え忍ぶのだ。我等は河東を手に入れることはできないだろうが何としてでも敵対関係を解決して京を目指す!我等が天下を取るのだ!前を向け今川の将よ!我等が京を取れば此度の敗戦が無駄にはならない!えい!えい!」
「「「「応!!!!」」」」
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