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その後は会話をするつもりなぞ無いという態度でさっさと蒲原城へと俺は向かって行った。その後すぐに雪斎も戻って行ったようだ。最後にこちらが畳み掛けて一方的に会話を切り上げる。そして行動を示してやりその通りにさせる。まあ、別働隊から人が来るなら報告を聞くのは当たり前だが、これによって俺の方が主導権を取り敢えずは握ることができた。
「虎高、良くぞ持ち堪え今川勢に大打撃を与えてくれたな。良くやった。」
皆が広間に集まっている場所で虎高を褒めておく。こうする事で虎高に対する信頼と評価を目に見える形で示すことが大切なのだ。
「はっ。勿体ないお言葉にございまするが、ありがたく頂戴しておきます。若殿が示された方策に従い、皆が力を合わせた結果にございます。
特に追撃を掛けてくれた正木時茂殿、酒井敏房殿はその勇猛さを遺憾なく発揮し、今川への大きな一手を担ってくれました。」
虎高もそれが分かっており、新参者達の中でも特に活躍した二人の評価を目に見えるようにする。そして俺がここで褒める事で、周りも渋々だとしても認めざるを得ない。俺の配下に妬みなどで嫌がらせをするような奴はいないと思いたいが、人の心なんぞ分からんからな。できることはやっておくべきなのだ。
「ほう、流石の二人だな。安房方面でも屈指の二人だからな、やはりと言うべきなのだろうか。良くぞやった。今は渡すものが無いが全てが終われば褒美を用意しよう。楽しみにしておけ。だから死ぬなよ。」
「「ははっ!」」
褒められた二人は勿論誇らしくするが、他の者達はそれを見て俺もいつかと奮起したり負けぬぞと気合を入れ直したり士気は上々の様だな。
「そういえば若殿、別働隊を止めてこちらに向かわせているとは本当なのでしょうか?」
土岐為頼がこちらに質問を投げ掛けてくれた。
「ああ。こちらに来る途中に風魔から報告があった。幸隆の指揮の下、あの武田軍を押し返し追撃で岡部親綱を工藤政豊が討ち取ったらしいな。その遺体の交渉で別働隊をその場に留め置き河東内部に入り込まれない様にしているみたいだ。
これに関しては幸隆の判断が正しい。こちらも同じように由比城を落としたが、もし内部に入られて吉原城辺りが囲まれていたら苦しい展開になっていただろうからな。
それと、人を送らせていると言う話だが風魔の伝言を聞いた後すぐに人を寄越すように指示しておいたのだ。だから早ければ明日の夜には代表者が来るのではないか?一応護衛という名の監視も付けているから何かされることはないだろう。」
おぉ~とどよめきが起き、流石若殿だという褒める声もあれば、これによって今川はどのように交渉してくるのだろうか、我々の現状を考えてこれからの作戦に活かすにはどのような交渉をすれば良いかなど、それぞれ話し始める。このような雰囲気は良い雰囲気なので特に止める事無く皆の意見を聞いてみる。
「今川は結局攻め掛かって大負けをしたのだ。最低でも現状維持を追認させることができる。」
とは原胤貞の意見
「いや、だがそれではこちらの旨味が無い。若殿が由比城を落とされたのだ。湊も手に入るのだし由比城までを割譲させるべきだろう。」
とは土岐為頼の意見
「だが、あちらは関東大蜂起を煽ったのだ。時間が経てば経つ程、自分達に有利なのが分かっている。だから交渉を引き延ばされるかあちらに有利な様にするのではないか?」
とは正木時茂の意見
「いやいや、義堯殿と光秀殿が兵を率いて今川を挟撃の体制にしているのだ。そんなことをすれば自分達の命が危ないと分かっている筈だからこちらに有利な条件、つまり興津辺りまで割譲を迫って良いのではないか?」
とは酒井敏房の意見
皆が戦うことだけでなくその後の交渉や内政について考えを巡らせられるのは、そのように教育をして来たお陰だろう。自分達の利益だけを追い求める場合足の引っ張り合いになるが、北条では武官と文官がしっかりと分かれ全ては北条の土地になるのだからより良い方向に向かって皆が一つになれる。これが強みだな。
「虎高様はどの様に思われますか?」
ふと誰かが聞いた。俺も興味があったのでこちらをチラリと見てきた虎高に対して頷いてみる。
「そうですな、まず大前提として我々は勝ったのだ。河東は北条の土地と明記させる。そしてその上で清水、三保、塚間辺りを寄越せとふっかける。多分相手は断るだろうから、こちらが引いた様に見せ掛けて由比城までをしっかり割譲させる。というところだな。これ以上は俺が決められることは無い。強いて言うならば武田との関係をどうするか…だな。」
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