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こちらの目的としては河東地域後方を撹乱する事、できれば蒲原城の挟撃だ。それが不可能になってしまった時点でこちらができるのは蒲原城への援軍を阻止する事。今回の交渉でこちらの部隊を立て直す時間を稼ぎここに北条の兵を集中させる。本隊が失敗、もしくは睨み合いになったとしても関東の地域で北条は攻められている。時間を稼げば稼ぐほどこちらが有利になる。
「今川軍を率いている朝比奈泰能だ。」
「羽鮒城を任されている真田幸隆である。こちらの要求は3つ。速やかな撤退と雑兵の武具を置いていく事、それにお主の身柄だ。」
相手の巌のようなどっしりとした雰囲気に圧倒されそうになる。それよりも相手の話す分不相応な要求に怒りが込み上げてくる。
「そんな要求は飲めぬ!たわけが!」
「ほう?我らの城を攻めようとして失敗した者達の態度とは思えないな。そちらの勇士である岡部殿を失った今川軍が我らの攻めを受け切れるとも思えないが?」
「くっ、それは…」
「だが、たしかに飲めないと言うのもわかる。だから北条領からの撤退と武器を置いていく事でどうだ?我々は領地が荒らされずに撤退してもらえれば追い討ちすることはない。それは誓約書を書いても良い。」
ふむ、これならば…。いや、こちらは時間稼ぎを行わなければならないのだ。このままでは好きなように動かさせてしまう。
「こちらは被害を受けたと言ってもまだ戦えますぞ。今回の交渉は岡部殿の身柄の受け渡しについてであろう。その気がないのであれば戦を再開しますぞ。」
「ふむ、それもそうですな、こちらは岡部殿のご遺体を受け渡す用意がある。そちらは何を出せる?」
この場で義元様の許可を得ずに交渉できる事と言えば
「金銭…くらいですな」
「ふむ、残念ながら我らは金には困っておらぬのでな?それでは渡す理由にはならぬの。」
ニヤニヤとしながらこちらをみてくる。冷静になれ、ここで怒ってもしょうがない。
「では、何を望まれるのだ?」
「ここで時間をかけていただきたい。それだけだ。」
「なに!?どう言う事なのだ。我々に有利に進むのが分かっているのか!?」
朝比奈は混乱していた。相手の謀略家として知られている真田幸隆が態々我らが望むような行動をしてくるのだ。なんの裏があるのかと考えてしまう。
「簡単な事じゃ、時間が経つほど我らが有利になるのよ、お主達もそれを望んでおるのだろう?今川本隊からの命令が来るまで川を挟んで目の前に布陣してもらえるだけでいい。ただし、河東地域へ浸透しようとすればこちらも容赦はせぬぞ?」
この提案は魅力的である。こちらの目的を達成することができてしかも被害を出さずに済むと言うのだ。こちらが無言で黙って考えておると向こうがさらに提案を重ねてきた。
「とりあえず、こちらは岡部殿のご遺体をそちらに受け渡そう、それを証拠としてこの条件を飲んでいただきたい。」
「…わかりました。こちらは川を挟んだ向こう側に布陣いたそう。だが、殿からの命があれば我々はお主達を攻めるぞ」
この場では相手の意見を聞くしかなかった。
〜真田幸隆〜
「ああ、勿論それで構わぬ。その時は受けてたとう。」
ふむ、上手くいってよかったな。殿にも言われていたが今回の河東の戦いを終えた後の事を考えると今川もこちらも兵を悪戯に減らすわけにはいかなかった。今のところは最良の結果であろう。
殿は蒲原城の防衛と敵本城への強襲を成功させてこちらに有利な条約を結ぶと教えてくれていた。ならば、我らは2方面の邪魔をさせないようにこちらで軍を止めておけば良いだけだ。それにこちらもこの後の戦いのことを考えると兵を休ませておきたい。
今回の防衛戦で新参の工藤政豊に活躍の機会を与えることができた。これで北条内における立場も確立できたであろう。ある程度目的は達成した。
あとは殿の成果を待つだけだ。我々はすぐに港へ向かえるように馬と鎧を脱いだ兵士を用意させておかねばな。




