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「我は、北条氏政様家臣 工藤政豊!参る!」
相手の口上を聞きながら馬上から槍を打ち合わせる。相手の男は若いながらも信じられないような胆力で力強くこちらを押し返してくる。
「やるな!しかし!」
工藤政豊と打ち合い、離れもう一度ぶつかり合う瞬間に槍を打ち付けるのではなく相手の力をいなすように槍を引き相手の姿勢を崩す。走り抜けずにそのまま追い討ちをかけようとするも相手はそれを読み、馬を走らせる。
「どうした!その程度か!」
相手を挑発しながらこちらは冷静に討ち取ることだけを考える。悔しいがあの恵まれたガタイと力を考えるとまともに打ち合うのはこちらが不利だ。勝つためには積み重ねてきた経験を利用するしかない。
「うおおおおおお!」
俺はさも打ち合うぞと相手に見せるように雄叫びを上げながら上段から槍を振り下ろす。その一撃は相手に防御を強いるのに充分な一振りであった…と思ったが工藤政豊は防御よりも攻撃を選んできた。馬鹿め!振り上げと振り下ろしでは地力で負けているとは言え振り下ろす方が有利だ!この勝負もらった!
バキンッ!
我の腕から先がなくなった。相手の槍は我の槍を折り、そのまま腕をも切り落としたのだ。
我は痛みに耐えきれず馬から身を落としてしまいそのまま起き上がれずにいた。
「工藤政豊!見事なり!この首をもっていくがよい!」
我は戦いに満足して最後に虚勢を張った。最後に見た光景は若い武者が薙いだ槍の先だった。
〜朝比奈泰能〜
「何!?親綱が負けただと!?」
まずいな、兵達が浮き足立っている。今はまだ勝手に戦場から離れたりはしていないがこのままでは軍が瓦解する。ここは一旦引くしかないの。武田軍に撤退して貰わねば我らが見捨てた事になり義元様に迷惑がかかってしまう。なんとかそれまで持たせなければ。
「伝令!信繁殿に撤退を進言せよ!我らはそれまでなんとか持たせるとな!親綱の兵はこちらに合流させよ!負傷兵は捨ておけ!」
それからどれほど経ったのだろうか、あっという間だったかもしれぬし長く時が過ぎていたような気もする。伝令が思っていたよりも早くこちらに帰ってきており、伝令が武田軍に着いた頃にはすでに武田軍が撤退を決めており思った以上に手間取らず撤退出来たことが幸いだった。そのまま武田軍と合流した我々は上空からの投石の追い討ちなどから身を守りながらなんとか敵の防衛圏内から離脱した。相手はそれ以上は追ってはこずまた城の中に戻り守りを固めた。
「すまぬ…すまぬ親綱…!」
義元様が家督を手に取るまで一緒に戦場を駆け回った戦友を回収することもできずに撤退するのは苦渋の決断であった。兵はまた領地から集めればいい、負けても次の勝ちまで耐え抜けばいい…しかし、我が友 親綱はもう戻ってこないのだ。それが悔しくて堪らなかった。
「朝比奈様、お疲れのところ申し訳ございませぬが、武田信繁殿が参られております。」
「わかった、今行く。」
これからの事を話すために床几を用意させて話し合いを行う。
「武田軍としてはこれ以上の攻撃は無意味だと考えている。朝比奈殿はどうだ?」
「我もそう考えておる…しかし!このままおめおめと逃げ帰る訳にも行かぬのだ…」
このまま帰れば今川内での立場は無くなる。それに万が一本隊も負けていた場合取り返しがつかない事になる。しかし、実際このまま羽鮒城を攻めたところで勝ち目が薄いのもわかりきっているのだ。このまま睨み合いを続けて本隊への負担を減らす事で精一杯か…我々は今日はこのまま解散し、見張りをしっかりと立てて休む事にした。
次の日の朝、羽鮒城から矢に結びつけた手紙がこちらに届いていた。
「こちらには猛将 岡部殿の遺体と簡易的な治療を施した負傷兵を捕虜にしている。我々は引き渡す用意があるので交渉の場を持ちたい。遺体のことを考えるとできるだけ早くの決断を求める。」
打つ手のない我々ではこの交渉に応じて少しでも蒲原城への援軍を遅らせるしか今できることはないのか…
この申し出に応じることにした。
全体6000→5400
朝比奈泰能2500→2400
岡部親綱1500→1300
武田信繁1000→700




