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北条氏康
俺が家督を引き継ぎ始める頃に成長し始めた我が子 氏政。初めは妖の類かと思ったが、八幡様の使いということで家中を納得させ、今では結果を残したお陰で実力で周りを納得させ従わせている。悪くない。父、氏綱と死の間際にした会話では、
「話した限りあやつは悪の類ではない。かと言ってお主の祖父、早雲のような天才でもないだろう。間違いなく才は感じられる。
だが、我らの若い頃のような、そう成熟を感じた。若いのに成熟している。しかし才は出始めてはいない。妙な感じなのだ。アレは北条にとっての異物となるだろう。だが排除するようなことはさせるでないぞ。」
と言っていた。
その時に5箇条の家訓も渡されたが、父の言葉の方が重みを感じる。今となっては今川、武田、北条で睨み合っていた河東の実効支配を固め、民の心も掴んでいる。それに、先月には自らの配下を上手く差配して非凡な戦略を見せ、念願の安房を攻め取った。これによって海側を気にせずに戦える上、厄介な里見を取り込むことが出来た。
アイツのもたらした内政や成果は、父の仰った通り北条にとって悪いものではない。最初は警戒していたが、息子としては見てやることは出来るようになった。話していると何処ぞの僧侶[幻庵]と話してるような錯覚がして、息子と話している感じはしないがな。
綱成や多目、直勝などの重臣からの評価も良い。正直引き継ぎは問題がなかったが、伊豆方面を任せられたことでかなり負担は減っている。これからもアイツが好きに出来るように手助けはしてやるか。
北条綱成
我が殿、氏綱様から若殿氏康様を任されたと思ったら、直ぐに若君氏政様を助けよと言われて驚いた。氏綱様には偏諱をいただき多大なる御恩があるので、むしろ期待されて嬉しかったが、博役になるには早すぎる気もした。
しかし、氏綱様はそんなことを頼まれたのではなく、氏政様が何かをやろうとする時に出るであろう、身内や譜代以外の者たちの反発を抑えて欲しいとの事だった。
氏康様も気にかけて入るだろうが、下の方の動向などは配下であり、血縁のない俺の方が纏めやすいのは確かだろう。
だが、初めの方に声を掛けた後は怒涛の勢いで金山を見つけ、軍を整え伊豆衆を従えた上に、先月は悩みの種であった安房の里見勢を従えた。俺が何かをしたのは最初の間の未知への恐怖や、北条のこれからに対する不安を聞いてやったくらいだ。
不満が爆発するようなこともなく日々の暮らしがより良くなったので、家中ではむしろ好意的な意見が多い。何がすごいかと言えば、おそらくだが氏政様は狙ってこれをやっている。
元々統治を大切にしていた配下達はすぐに氏政様の手腕を褒め、伊豆衆から土地を手放させたところで信頼した。それでも疑問視していた武官達は、今回の里見攻めでぐぅの音も出ないほどだ。我らでも追い返されたり、追い返したりが精一杯な中で力で攻め取ったのだ。文句の付けようなどあるはずが無い。
今では氏政様が導入した完全兵農分離制と、それを支える土地の切り離しと内政官と武官の棲み分けをきっちりとしたお陰で、俺たち武蔵攻めの軍も考えたりすることが減り助かっている。人間、利益が享受できるようになると手の平を返したようになる。
これならば俺がもう何もせずとも大丈夫だろう。俺は言われた通りに暴れて北条に恩を返すだけだ!
上杉憲政
先年から東海の今川から伊勢を抑え込むために両側から挟撃を、と手紙が来ている。初めは気にもしておらなんだが、最近の伊勢の勢いを見ておると早めに手を打たなねばならぬと焦りが生まれてきた。
関東管領たる上杉家が伊勢如きに関東を明け渡してなるものか!
部下に命じて扇谷上杉との和睦協力をまとめさせる。それに合わせてこちら側に引き摺り込んだ古河公方と小田、結城を動員する予定だ。
今川は天文14年(1545年)の夏に動くと言っていたな。こちらも早めに手を打っておくか。佐竹と宇都宮、那須にも密使を送ろう。
待っておれ、伊勢よ!我が関東は渡さぬ!




