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何とか凌ぎ切ってもうクタクタだ。今にも座り込みたい欲求を抑えて毅然とした態度を保っている。里見軍正面本隊3500は勘助が指示して武器を取り上げ、農民たちと武士たちとに分けられている。
川の方から来た本命の奇襲隊は幸隆と原親子が統制しているし、俺の前にいる里見義堯軍は被害が1番酷い。俺たちが鉄砲を雨霰のように撃ちかけたせいでもあるが、そこかしこで呻き声が聞こえる。
鉄砲は上手く急所に当たって即死しなければ、血が流れて意識が朦朧とするくらいで、痛みを感じたまま今も生きているのだろう。今になって気づいたが、医療部隊も創設して用意しなければいけない。
とりあえず武士と農民で分けて止血だけさせておく。それ以上は今の俺たちに出来ることはない。とりあえずそちらは置いといて、主だった武将達についてのまとめた報告を小太郎から聞く。
里見義堯 気絶状態で捕縛
里見義弘 無傷で捕縛
秋元義久 本隊で最後まで暴れて討死
正木時茂 里見義堯の代わりに指揮を取ろうとし、狙われて重傷。
正木時忠 川の奇襲部隊の大将を務め、最後まで抵抗するも捕縛。
正木時通 川の奇襲隊で先陣を切り討死
正木一族は勇猛な武将が多い。分かっているだけでも時茂、時忠を捕縛できたのは大きい。時茂に至ってはあの朝倉宗滴が誉めたほどの将だ。何とか手に入れたいな。時忠も北条との戦で何度も戦功を挙げた猛将であるが独立思考が強い為、この二人は別々にしてスカウトした方が良さそうだな。
そして、里見親子だ。正直言って里見義堯を口説き落とせるかどうかで、里見軍の重臣が付いてくるかが決まる。とりあえず勝手に死なれては困るので、自殺できそうな武器の類は全て奪い、椎津城へ搬送した後、船に乗せておくか。
「よし!では農民たちは手当てをして元の土地へ返してやれ!返すときには野盗にならないように10人ほどの兵で護衛しながら向かい、武器などは取り上げてこいよ!
そして次に武士達は完全武装解除の上、怪我をしている者は椎津城から船へと乗せる!俺と勘助、光秀はそれと一緒に向かうぞ!
幸隆は久留里城を制圧したら安房から上総、下総までを任せるから、農民たちから武具を回収!代わりに米と文官をこちらに送るから、それで民を慰撫して農作業を効率化しろ!それと今年と来年は税を取らないことを伝えておけよ!」
みんなに命令を出し俺たちは軍を2500ほど残して椎津城から船へと向かう。その途中で里見義堯が目を覚ましたが、話は後だと言って連行した。北条軍のキャラック船を見た義堯は、その大きさと見たこともない姿に圧倒され驚いていた。
そこで直勝が待っていた為、手早くこちらの状況を説明して、武士たちを小分けにして船に乗せ、小田原へと向かう。
直勝はキャラック船の火力と射程を使い、相手が近寄る前に撃沈。近寄ってきても鉄砲を撃ちかけ寄せ付けなかったそうだ。
安房の海賊衆は将兵全てを捕らえて下田の方で矯正しているらしい。海軍として働ける人材は貴重だからな。こちらで教育をして使えるようにしなければいけない。
小田原に向かう間、俺は側近たちに警護をさせながら里見義堯と面会をした。
「初めまして、でいいのだろうか。俺が北条伊豆守だ。」
義堯は憮然とした表情で反抗的なのかと思えば、そんな事もなく清々しい表情で、
「里見義堯である。先の戦いで顔は見えていたので、初めましてという感じではないな。」
お互い頭は下げない。俺は勝った将で、義堯は里見の当主だからだ。俺が話しかけようとする前に向こうから、
「ワシが切腹をして責任を取る。なのでできれば息子の命と家臣たちだけは助けてほしい。必要であればワシで安房里見家は断絶となろうとも構わぬ。」
そう言って深々と頭を下げた。その堂々とした態度は安房の英雄、里見義堯の威風を如実に表しており、ここにいる皆が圧倒されかけ、身じろぎをしている。そうなっていないのは歴戦の小太郎や勘助、直勝くらいである。
「それには及ばぬ。俺は真里谷の援軍として来ただけであるし、何より族滅なぞ考えておらぬ。」
義堯は驚いた様子で、
「ありがとうございまする!これで安心して腹を切れまする!配下たちの去就は本人達に任せますが、何卒寛容なる慈悲をお願いいたします。」
何を言っているんだコイツは?周りも殿は優しいですな、と頷いているが、意味が分からん。
「だ!か!ら!お主も腹を切る必要はないと申しているのだ。それにお主の配下達はできれば我の下に組み込みたいから逃すつもりはない。」
「はっ?で、ですがワシが生き残っておりますと、統治の問題や謀反の懸念が残りまするし、何よりも真里谷、千葉両家から反感を買うのでは?」
「俺はな、貧しい安房でここまで強大な軍を作り、発展させた里見義堯、お主の力量を買っているのだ。ここでその才を終わらせるのは余りにも惜しい。死んで責任を取れると思っているのか?腹を切るなど、そんなことで責任は取らさぬぞ!」
周りの者達も驚いて、俺の言を黙って聞いている。
「で、では一体どうしろと!?生き恥を晒して出家でもして隠居すれば良いのでしょうか?」
自分の常識が覆された義堯は取り乱しており、こっちのペースに持ち込んでいる。こうなれば意地を張る事も意固地になる事もない。
「簡単なことよ。生きて俺に仕えて、これからの日の本をより良くするために力を尽くすのだ!お主が今までに殺してきた民や兵の分まで生きて、彼らの死が無駄ではなかったことを証明するのよ!俺だってそうだ。今回の戦いで殺した里見軍、死なせてしまった北条軍の民、大きな括りで言えば日の本の民の為に、俺はどれだけ人を殺そうとも前に突き進むのだ。」
スケールがデカすぎたのか、みな次の言葉が出て来ずに呆然としている。
「天下…でございまするか。」
「そうだ。我ら北条は民を重んじ、戦をする者と国を豊かにする者で分けている。それを天下に広めるのだ。その為には武力を最大限に活かして統一する。そして、元寇のような外つ国からの侵攻に備え、むしろこちらから先に攻めに行く!今、お主達は日の本で争っているが、北条や堺に来ている南蛮人やその船、俺たちの船を見たら分かるであろう?我らは奴らよりも大きく劣っており、日の本の制海権は確保できておらぬのだぞ!お主ならどれほど危険な状態か分かるであろう?」
「…はっ。制海権を奪われた状態の恐ろしさは身に染みております。情報は入って来ない。補給もままならず土地から出る事も出来ない。」
「そこまで酷くなるかは分からぬがな。とりあえず今はそのような考えを持ってくれればいい。腹を切る前に俺が目指す世界、見ている世界を側で感じろ。その後にもう一度返事をくれたらいい。それでもお主が切腹すると申すならば、最高の死に場所を用意してやる。」
「ははっ!里見義堯、北条伊豆守様の元で学ばさせていただきます。」
ふぅ、なんとか1番の障害が終わったな。後は里見家臣全員を集めて義堯から説得させるか。それに安房のことはこれでいいが、上総と下総の件が残っている。次はそっちだ。




