307
307
「良い機会だと思おう。北条領内の潜在している敵を炙り出し掃除するのだ。内患を断つことで、外敵への備えも万全となる。民の不安を払拭し、領内の結束を高める好機でもある。その間に東北、越後、甲斐信濃からの侵攻を阻み一つずつ対処していくべきだな。どこか一つで良い。侵攻をおくらせることは可能か?」
「…東北ならば掻き回すことができまする。佐竹と蘆名の間には微妙な緊張が残っており、そこを突けば動揺を誘えましょう。
越後に関しては難しいでしょう。武田との戦の後、上杉実虎の元で結束が固まっております。
武田に関しても信濃をほぼ完全に領有した事によって甲斐の方での結束は硬いです。ただ、信濃に関してはまだ領有したばかりと言うことで掻き乱すことができるでしょう。しかし、武田は武田で忍びの勢力が強く東北よりも大幅に苦戦することとなりまする。特に諜報網の広さは侮れませぬ。」
「分かった。第一優先は東北だ。佐竹と蘆名の兵を置いておくだけで固められる様に動いてくれ。彼らの動向を見極め、必要ならば火種を投じよ。他の余力は全て武田に回せ。忍びへの被害は最小に抑える様にしながら動く様に頼む。忍びの数を増やすのは容易ではない。命に貴賤がある訳ではないが、お主達の命は変えが効かぬのだ。頼むぞ。お主らの働きが、北条の命運を左右する。」
「はっ!」
このお人だからこそ仕える甲斐があるのだと改めて忠誠を誓っていた。氏政の言葉には、冷徹な戦略の裏に温かい情がある。命を軽んじぬその姿勢が、忍びとしての誇りを呼び覚ます。己の技と命を、この人のために使う価値があると、心の底から思えた。
「明智様にはお伝えしますか?」
「そうだな。政直達に現地で光秀の配下に入る様に指示して向かわせる。この戦で奴らを磨くか。戦場こそが人を鍛える。机上の空論ではなく、血と汗の中でこそ真の力が育つ。光秀の下で実戦を積ませ、彼らの地力を見極めるのだ。」
「くくく、上杉 武田が彼らにとっての稽古の場ですか。中々豪気なことで。まるで虎の檻に子を放り込むようなものですな。だが、その中で生き残れば、真の武将となるでしょう。」
小太郎が思わず笑いを溢す。氏政の育成方針は、常に実戦主義。だがそれが、北条の強さの源でもある。
「なんなら、小太郎達の見込みのある見習いも向かわせても良いぞ?可愛い子には旅をさせよと言うではないか。若き者には苦難を与えよ。それが後に大きな器を育てる。戦場での経験は、何よりの教科書だ。失敗もまた、成長の糧となる。」
「考えておきまする。」
二人で悪いことを考えている顔をしながら笑い合っていた。戦の中にも、こうした一瞬の緩みがあるからこそ、心が保たれる。だが、氏政はすぐに表情を引き締めた。戦は遊びではない。命を預かる者として、次の一手を打たねばならぬ。
「さて、悪ふざけはここまでにしておくか。政直達をここに呼ぶ。小太郎も動いておいてくれ。」
「はっ!」




