305
305
「公方様も同じ様に考えているのでございまするか?」
実虎は我慢できずにボーッとしている公方に聞いていた。
「何がだ?」
「関東勢を率いての三好討伐にございまする!幕府の秩序を取り戻すのです!」
幕臣達の声がうるさい。しかし、その一言が公方をも狂わせたのだろうか。
「その通りだ!三好を叩き潰し、足利の、幕府の力を取り戻すのだ!」
先ほどまでの宴会を楽しんでいた義輝、ボーッと気の抜けていた様子の義輝、今の狂った様な義輝、様々な変わり様に実虎は困惑していた。
「実虎よ、もう引くことはできぬのだ。お主が拒もうとも我々は各勢力に上杉を中心に戦えと書を出す。その時に主導権を握るのが武田か、はたまた別の武家か分からぬが必ずやお主は戦乱に巻き込まれるぞ。」
「それは…」
武田に主導権を取られるのだけは真平御免だった。それに足元がようやく固まり始めた今、周りとの軋轢や、将軍家からの命令を拒否できるほどの力が上杉家内で振るえるかと言うと微妙であった。確かに先の戦いで武勇を示し、越後を豊かにして強国としての立場を作り上げた。
しかし、それだけで急遽上杉家当主となった実虎に皆が全員付いてくるのかと考えると怪しいところがあった。
「実虎よ、そちの力をこのワシのために、幕府、引いては日の本のために振るってはくれぬか?」
公方は最初に出会った頃の様にしっかりとした目力を持ちながらも瞳を潤ませながら実虎に頭を下げた。
「日の本のため…」
「そうだ、足利を支えることで幕府を支え、旧来の秩序を取り戻すのだ。ワシには心の友であるお主しかおらぬ、頼めるか…?」
義輝が実虎の前まで来て、肩に手を置きながら頭を下げる。
「お顔をお上げください!微力ながら私も力を尽くしましょう…。ただ、いつ軍を動かし事を起こすかは私に一任して頂きたいのです。行う時は必ず勝てる時に動かねば、北条の底力に負けてしまうでしょう。鷹狩りと同じです。一撃で決着をつけねばなりませぬ。」
実虎の言葉を聞いて、義輝は満面の笑みを浮かべる。幕臣達も満足げな顔をして残りの宴会の時間を楽しんでいった。
ただ、実虎だけは一人憂鬱そうな顔を隠しながら考えを張り巡らさせていた。また、その場にいた細川藤孝や一部の幕臣達はこの様子を冷めた目で見ていた。




