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「ほう、そうなのか?正直な男よのう。ここで上杉が勝ったと言っておれば情勢は上杉有利となるはずだろうに。」
「その様なことをしても、実情を知る上杉軍の配下達は納得しないでしょうし、敵方である武田を刺激するだけにございまする。私としては、このように戦の後に問題なく上京しているという姿勢を見せることが肝要にございまする。上杉は先の戦の被害を全く問題としていないと周辺に示しておるのです。」
「ふむ、自らの見せ方を考えるのは武家も公家も同じじゃのう。我らこそ見栄などというものを重視しておるしの。」
この前久の言葉に実虎は沈黙で返した。公家に対しては下手なことを言うつもりはなかった。
「すまん。答えづらい問いをしてしまったのう。」
「いえ、前久殿にお聞きしたいのですが、朝廷は最近如何でしょうか?」
「そうよのう…言いにくいことじゃが帝の体調が宜しくない…。今年、来年、いつかは分からぬがそう遠くないうちに…。」
「なんと…!」
前久から聞かされた内容は衝撃的なものだった。
「もし、お主がなんとかしたいと思ってくれるのならば幕府を、義輝を支えてやってはくれぬか?」
先の将軍である足利義晴と帝はお互いを利用し合うことで互いに権威を高め合ってきた。しかし、義輝になってからは京を追われ武に力を入れるようになってしまい朝廷との関係が疎遠になっていた。幕府は朝廷を守る為に存在しているのに、その幕府が朝廷を軽視しているのは本末転倒であった。
氏政がよくやってくれてるおかげでなんとか朝廷はやっていけているが、その分幕府の無能さが際立っている。前久としては氏政に幕府を支えてほしかったがそれは無理だとも分かっていた。だからこそ、氏政とうまくいかないと話しながらも力を持つ上杉に義輝を支えて貰えるように頼んでいたのだ。
「はっ、勿論にございまする。」
「よろしく頼む。」
前久はその後、京であった出来事や朝廷の派閥によるバランス関係など、答えられる範囲で実虎に話していった。




