ISEKAI ZOMBIE
そこに、一人の男は立っていた。
2メートルはあろうかという身長。ボロボロになったロングコート。目深に被った幅広のフェルト帽から覗く目つきは、ギラギラと血走っているようにも、うつろなようにも見える。
「飯……飯。俺の、飯だ……」
「おい!あんた!何やってんだ!早く逃げないと……」
男に忠告する村人がセリフを言い終わるより早く、ゴブリンは男に襲いかかった。手に持っている短剣で、腹目掛けて刃を突き立てる。
哀れ、うつろな男はゴブリンの餌食になってしまった……
否!男はゴブリンの頭部をわしづかみ、宙にぶら下げていた!
「俺の、俺の飯だ。お前ら全員!俺の飯だァッ!!」
男が口を開くと、そこには夥しい数の回転ノコギリ!ギャリギャリと金属音を立てながら高速回転するそれは、まさしく紙を食うシュレッダーのようにゴブリンを引き裂くだろう!
「ギィッ!?ギィ!ギィッ!!」
本能で危険を察したゴブリンが、短刀で腕を切り裂く。しかし一滴の血も出てこない!哀れ、ゴブリンはそのまま男の口へ運ばれる!
「ギィィィィッッッ!!!!!」
ゴブリンの断末魔!しかしそれもすぐに止む。男の口のノコギリが顔を削ぎ落とし、そのまま骨を砕き、脳まで到達したからである。あたりには血の雨が降る。さしものゴブリン共も、この異様な光景をただ見守っていることしかできない!
次に男が口を開いたのは、ゴブリンの体を爪先までその胃袋の中に収めた時だった。
「ガアアアアアアアアアッッッッッ!!!!!!!」
獣のごとき男の咆哮が、大気を震わせる。その声はゴブリンだけではなく、村人さえも恐怖した!しかし村人は直感していた。彼が味方であることを。こちらにその牙を向けることはないと!
それを裏付けるように、男が弾けるように動く!ゴブリンの方へ両手を伸ばしたかと思うと、手首から、鎖の先に刃のついたような武器が飛び出した!
そのまま、数メートル離れたゴブリンの両眼を貫通!即死である!
これに正気付いたか、ゴブリンの射手が弓を構える!狙うは男、しかし防御する手立てを持ち合わせているようには見えない!これで惨殺劇も終わりか!?
矢がつがれ、発射される!そのまま風を切る音ともに、まっすぐ男に飛んでいく!
しかし、男に矢尻が触れた瞬間、空中に静止する!なんなのだ、この異様な光景は!男を中心として取り囲んだ矢は、その殺意とは裏腹に、一つも男に突き立てられることはなかった!
男は冷静に鎖を引き戻すと、右手を前にかざし、手のひらを上にするようなポーズをとった。
「”運動”は俺の手の中にある……
この矢、そのまま返すぞ」
男がそのまま、指を時計回りに回転させると、矢も180度回転し、今度はゴブリンたちに狙いを定める。そして、その手をグッと握り込むと……
先程の倍もある速度で矢がゴブリン目掛けて飛んでいった!当然、回避もできずに全弾が命中!全ての射手ゴブリンが戦闘不能におちいる!
「次ィッ!」
男は前にジャンプ!その巨躯からは考えられないほどの軽快なステップで、近くのゴブリンに接敵!そのまま右ストレートを打ち込む!
オオ、どれほどの筋力であろうか!ヒットしたゴブリンの頭蓋が、まるで風船かのように弾ける!DESTROY!!!
ここで、背後からゴブリンの奇襲!手に持つ武器は棍棒!男の頭めがけて振り下ろされる━━
が、ダメージは一つもない!
そのまま体を捻り裏拳を叩き込む!ゴブリンの小さい体が無惨にも弾け飛ぶ!
ちぎっては投げ、ちぎっては投げの無双の活躍が終わったのは、ゴブリンが一人もいなくなり、あたり一面、死骸と血で塗れた時であった。合掌。
男は手を合わせ、祈るようなポーズを取った。それから、
「いただきまァす」
と言うや否や、ゴブリンの死骸を、最初のように口に運んでいくのだった。
「あ、あの!」
村人の一人が、果敢にもこの得体の知れない男に声を掛ける。
「あン……?」
男はいかにも不機嫌そうに振り向く。
「あなたは……一体?ギルドの方にはとても見えませんが……」
「あんなケッタイなギルドなんか知らん。し、俺には名前なんかない。
だが……そうだなァ。強いて呼ぶなら……
デストロイとでも呼んでくれ」
それから、村ではささやかながら、しかし農村にしては盛大な宴が開かれた。
大量の食事をとりながら、話半分にしか聞いていなかったデストロイが、自分の像を立てる計画を進められていたことは、本人の知るよしもないところである。