BOAR PANIC
初めに:この小説は、作者が本業の息抜き程度に書いた小説です。
なので、拙いところあるかと思いますが、どうかご容赦くださいませ。
怪物がその姿を見せたのは、時計が正午を回った頃だった。
体躯はゆうに2mを超える巨体。猪のようなその体には、黒く禍々しい線が数本走っており、まるで何かのシンボルマークを描いているようだった。
「ヒッ、ひぃっ!な、なんだよあいつは!」
逃げる男が、怯えのせいか震える声でそう叫んだ。
彼の名はカロ。先程まで、森の我が家で質素な生活を営んでいた、ただの男だ。当然、剣技なんか一切知らないし、魔法なんてもってのほか。
もしやすれば、彼の仕事道具である斧で一撃を喰らわせられたかもしれない。しかし、この猪にはまず通用するまい。
よって、彼は逃げることを選んだ。森の中を縦横無尽に逃げ惑った。今、自分がどこにいるかさえわからない。生活圏はとっくに外れている。
「うおっ!!」
全速力で逃げること数分。疲れは足に出ていた。カロの踏み出した右足がぬかるみに取られて、転倒してしまう。
「うぎゃっ!!」
顔と地面が激突する。口には鉄の味が広がり、嗅ぎ慣れた土の匂いが、いつもの優雅な朝とは全く違う絶望の念を想起させる。
これを好機とみたか、猪の怪物は雄叫びをあげると、速度を緩め、カロの元に悠々と歩いてきた。
ずしん、ずしんと、一歩ごとに重厚な音が響く。獣臭い息を長く吐く。その口からは、涎が垂れている。腹が減っているのだろう。
その姿を見て、カロはこの森に出るという魔獣のことを思い出していた。
人喰い猪━━安直な呼び名に、ふさわしいくらい荒唐無稽な伝承。
2mを超えた巨躯の猪など、いるわけがない。
そう信じたから、カロはここで木こりをすることを決めたのだ。言ってみれば、その噂のおかげで、ここは競争相手のいない、ブルーオーシャンであったのだ。だが、それが今覆された。
後悔してもし足りない。カロは両目をつむり、懺悔を重ねた。
(神様、女神様!ああ、どうかお助けください!俺が、俺が悪かった!どうか、どうか……)その願いをかき消すように、猪は雄叫びをもう一つ、あげる。もはや、助からない。カロははやる心臓の中で、走馬灯と共に死ぬ覚悟を固めた。
この怪物に、無惨に食い荒らされる覚悟を━━