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カップ焼きそばの浮気

作者: 九十九里

新婚の嫁が寝静まった後に俺は嫁にばれないようにベッドから抜け出した。寝室を出て、ひっそりとドアを閉める。同じく新婚の俺がまさかアレと浮気をしているとは、嫁は夢にも思ってはいないだろうな。嫁から拘束された日常生活からしばし抜け出して非日常を味わう。理性ではだめだとわかっていてもこの快感に勝るものはないのだ。

そして俺は台所に行き、嫁に悟られないよう戸棚の奥にかくしておいたあるモノを取り出し、それの包装を解いた。

「やっぱり夜中に食べるカップ麺はやめられないな...」

そういった俺の手の中にはその豊満な姿を露わにしたカップ麺焼きそば、通称UHOが抱かれていた。そう、俺は新婚の嫁料理に浮気してカップ麺焼きそばというジャンクフードを夜な夜な味わっていたのだ。


 俺は夜の暗い台所でカップ焼きそばを食べる準備を始めた。湯を沸かすためにやかんを棚から取り出して、できるだけ音が出ないように水道水をやかんの中に入れた。そうして水の入ったやかんをコンロの中の上に置く。カチッ、ボッ。物音で妻が起きてこないか不安だが、ひとまずこれでよし。水が沸騰するまでしばし待つ。


言い訳をさせてもらうと、私が夜中にカップ焼きそばを嫁に隠れて食べているのは別に嫁の料理がまずいからとか、そういうわけではない。むしろ嫁の料理は、味はもちろんのこと、健康にも気を使ってくれており、バリエーションも豊富で、知人に羨まれるくらいの腕前だ。しかし、だからこそ健康に気を使っている嫁にとって、夫である俺がカップ焼きそばを週に何回も食べているというのはどうにも我慢ならないことらしい。嫁曰く、

「こんな体に悪いものばっかり食べちゃだめ!今度これを食べていたらもう許さないんだから」

とのことだった。いつもは天然な嫁だがそういうところはしっかり怒ってくる。カップ焼きそばが体に悪いのはわかっているが、あのソースの濃厚な味とパンチのきいたからしマヨネーズの誘惑にはどうしても勝てない。そんな理由で俺は毎夜嫁に隠れて体に悪いカップ焼きそばを食しているのだ。


グツグツグツ。そうこうしているうちにお湯が沸いていた。さてと、あとはこのお湯をカップ焼きそばに入れれば…

「…あれぇ、あなたこんな夜中にどうしたの?」

湯を入れようと思ったら、寝室から顔をのぞかせた嫁が不思議そうに台所にいる俺を覗いていた。このままでは嫁に隠れてカップ焼きそばを食べようとしていたのがバレてしまう、ここは何とか嫁をごまかさねば。私はちょっと申し訳ないように言った。

「あー、ちょっとトイレ行こうと思って。起こしちゃったか」

この理由なら夜中に起きだしていても自然なはずだ。

「んーん、じゃあ私も」

そういって嫁はこちらから目を外し、トイレのほうへ向かっていく。俺は余裕の態度を崩さないまま、内心胸を撫で下ろした。と思ったら、

「あ、そうだ。どこかでグツグツーって音なってない?私それで起こされたんだよ」

そういって妻が少し不機嫌そうに、この辺から聞こえるなぁと言ってこちらへ向かってきた。まずい!

「あ、それは俺の…。は、腹の音だ。ほらそれでトイレに行ってたんだ」

「本当?私たちの寝室まで聞こえてたよ」

「ほんとほんと。ああお腹痛いよー(棒)」

後ろのやかんとカップ焼きそばを隠しつつ、ちょっとうずくまってみせた。ぐつぐつぐつぐつ。火の消していない水の入ったやかんの音はどんどん大きくなっていく。

「えっと私先トイレ使うけど、お腹は大丈夫そ?」

少し困った顔をして嫁はこちらをのぞき込んできた。自分でもだいぶ苦しい言い訳だったが、注意散漫な嫁ならなんとか騙せるらしい。まあ寝起きだからかもしれないが。とにかく嫁を台所から遠ざけなくてはいけない。

「俺は問題ない!早く行ってきな」

そういって俺は嫁を廊下の奥のトイレへ追いやった。今まで調理中に嫁が起きてきてしまうことはなかったが、湯まで沸かしてしまった以上ここで諦めるわけにはいかない。これは、隠れてカップ焼きそばを食べる俺と、嫁の間の戦いなのだ。とりあえず嫁がトイレに行っている間にやかんの火を止めて、沸騰した湯をカップ麺焼きそばの中に入れた。トイレから嫁が帰ってきても見つからないようにカップ焼きそばを台所の戸棚の奥に隠しておく。後は3分待ってソースをかけたら完成だ。


 そうこうしているうちにやはり嫁が台所へ帰ってきた。心配そうな目でこちらを見ている。

「あなた、お腹はもう痛くない?」

どうやらしっかり勘違いしてくれているらしい。俺は落ち着きを取り戻して、

「ああ、水を飲んだらちょっと良くなったかな」

目をそらしてしまった。もちろん嘘である。

「よかった。他に私にできることとかない?腹痛の薬は寝室にあるけど、持ってくる?」

「気持ちだけで充分だよ。明日は朝早いんだろ、もう寝たら?」

「うん、わかった。あなたがそう言うなら寝るね、あなたは?」

「あ、俺はまだお腹が痛くなるかもしれないんで、しばらく起きてる、よ?」

ちょっと言い訳が苦しくなってきた。しかし嫁は気にすることなく、おやすみーといって寝室に入っていった。


ちょっと時間をおいて、俺は3分経ったのを確認し戸棚から、体に悪いとはいえ、いい感じにほかほかと暖かそうなカップ焼きそばを取り出した。色々嫁からの妨害もあったが、これでようやくカップ焼きそばが食べられる。でもいくらカップ焼きそばのためとはいえ、天然の気質のある嫁に嘘をつくというのは少し心苦しいな。そんなことを考えながら、カップ焼きそばの湯切りをしようとカップ焼きそばを台所のシンクへそうっと持って行った。蓋を外して湯を流して…


ガチャッ

「やっぱり腹痛の薬のんだほうがいいと思う!」

恐らく腹痛の薬をもった嫁がそう言って寝室から飛び出してきた。ガターン。俺は驚いて思わず持っていたカップ焼きそばをシンクに落としてしまった。カップ焼きそばの落ちる音が盛大に鳴り響く。

「え、あなた今のなんの音?」

「え、いや、なんでもないってば!頼むから寝ててくれ!」

「ええでもお腹…」

「いいから、薬は飲むしもう大丈夫だって!」

薬を嫁から奪うと、俺は渋る嫁の背中を押して、寝室に押し込んだ。

10分ほど経って嫁の静かな寝息をドア越しに確認し、やっと俺は一息ついた。全く、嫁のお節介には参ったものだ。カップ焼きそばの安否を見に台所に向かうと、そこにはシンクに落ちて盛大に中身のぶちまけられたカップ麺がみじめに転がっていた。

 それを見て悲しくなってしまった俺は、かろうじてカップの中に残った麺をかき集め、ソースとマヨネーズを混ぜてカップ焼きそばもどきを完成させた。水を大量に含んでぐっちゃぐちゃになったそれを口に詰め込み、俺の心はさらにむなしくなった。

 何とかカップ焼きそばもどきを食べきり、後片付けもほどほどに俺は嫁の眠るベッドに入りいつの間にか寝入ってしまった。


 朝、ベッドで目覚めた俺は重大なミスを犯していたことに気づいた。やばい、焼きそばをぶちまけたシンクの片づけをしてない!既に嫁のいないベッドを飛び起きた俺が寝室のドアを開けてみると、リビングには、何か甘く、優しいような香りが広がっていた。

「あれ、あなた今日はいつもより早いね」

そういってキッチンに立つ嫁はなにやら朝食を作っているようだった。この匂いの元もそこからきているらしい。

「それって、もしかして」

「ふふ、今日は朝食に焼きそばを作ってみたの。手作りの焼きそばって小麦からできてるし、栄養もたっくさんあってお腹にいいらしいんだよ!」

そう言う嫁の楽しそうな顔を見て俺は愕然とした。なんの穢れもなく俺を信じてやまないその目。俺のことを純粋に気遣ってくれるそのやさしさ。俺は嫁、いや彼女のそういうところに惚れたんじゃなかったか?それなのに俺は変わってしまった。俺は毎晩毎晩浮気ばかりして…いや、浮気というのはカップ焼きそばのことだが。目が合わせられなくてうつむいた俺に嫁が、

「ほら、出来た!たーんとお食べ?」

と言ってふざけつつ、出来立てほかほかの手作り焼きそばを俺に渡した。

もう、今まで夜中にカップ焼きそばをこっそり食べていたことを全部打ち明けてしまおう。たとえ許してくれなくても、昔の俺に戻るように頑張るから。そう思って俺は、

「すまん!気づいていないだろうが実は俺、毎晩起きて…」

パシッ

「早く。食べて?」

そういって投げつけるように渡された箸に俺の懺悔は中断させられてしまった。

「は、はい」

驚いた俺は、こんな2つ返事しかできず、嫁に言われるままに手作り焼きそばを食べるしかなかった。変わらず穢れのない目で見てくる嫁の目の奥になにか別の感情が見えたのは気のせいだったのだろうか。あとでキッチンのシンクを見てみるとそこにあったはずのカップ焼きそばの痕跡は、いつの間にか跡形もなく消えていた。


 ごめーん、焼きそば作りすぎちゃった。しばらくはずっとご飯焼きそばだけど我慢してね?そういって1週間の間ずっと嫁の作る弁当も、家での飯も焼きそばだった。もちろん今は嫁の言うことを素直に聞いて、健康に悪いカップ焼きそばは食べていない。というか、もう焼きそばは嫁の作るもので食べ飽きていて、とても食べれたものじゃない。やれやれ、結婚して変わったのはどうやら俺だけじゃなかったようだな。


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