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たけどら演劇脚本シリーズ

雨色研究会による空色観測

『雨色研究会による空色観測』

作 六六


橋木建はしきたてる

笹谷詩乃ささたにしの

矢文波太郎やぶみなみたろう

比嘉雫ひがしずく

雨のキツネ…女

晴れのキツネ…男

野次馬、消防隊員、居酒屋の客など脇役たち


BGM…『Steins;Gate』より

『GATE OF STEINER』

『GATE OF STEINER -piano-』

『Believe Me』



1 雨色観測


幕が上がると、居酒屋の前の路上で望遠鏡に似ている機械を覗いている建。近くには焼き鳥とビール、様々な道具が置かれていて、建の横には固定された傘。時間は夜で、ずっと雨が降り続いている。居酒屋から雫が出てくる。BGM『雨の街の道路』(効果音ラボより)。


雫「――建先輩。トイレ行くって言ってからもう30分ですよ」

建「……」


雫は建の側に行き、後ろから驚かす。驚きつつ、作業は止めない建。


建「わっ! ……なんだ、雫後輩か。びっくりしたぞ」

雫「言うほどって感じですね。雨の色はどうです」

建「この町一帯はオレンジ、正確にはスカーレットと呼ばれるカラーコード#F15B47だ。まあ概ね傾向通りであるな。今宵は『初春の弓』だから、色素も濃い。予報する、明日の雨色は赤だ」


ポケットからスマホを取り出し、雨予報を確認する雫。


雫「おー、合ってる。さすが建先輩。……あの、せっかく奢りで愚痴聞いてあげてるんですし、中戻りましょうよ。暇なんですか。私との時間が」

建「毎日毎週毎年、空がこんなのでは、雨の色を観測するくらいしか、僕にやることはないのだ。何せ僕は『雨色研究会』代表――」

雫「はいはい橋木建先輩ですよーだ。わぁぁぁー」


雫は退屈そうにぱちぱち拍手。建はため息。そしてふと雫を見て、近くあった予備の傘スタンドを渡す。それに傘を固定して、雫は建の近くにしゃがむ。


雫「やっぱり元気ないですね。いつもならこんな優しくないし。そんなにナミ先輩に詩乃を取られたのがショックでしたか?」

建「……まぁな」

雫「それで家に帰って泣きじゃくって、それから後輩女子である私に愚痴りたいから奢ってくれなんて電話してきて、まるで先輩の風上にも置けませんよ、建先輩」

建「僕は四人いるサークル内において、いつも他の三人には優しく愛しく繊細に接するよう努めている。だから雫後輩よ、今日くらいはクズであらせてくれ。これでも落ち込んでいるのだよ、僕は」

雫「……気を紛らわせようって感じで話題振りますけど、いいです?」

建「なんだ?」


建は望遠鏡から目を離し、レポートを書き込みつつビールを飲む。


雫「『狐の嫁入り伝説』のことです」

建「天気雨のあれか」

雫「はい。私たちがいる、この万年雨が降り続く世界を『雨の世界』とします。そしてこの宇宙のどこかにある『晴れの世界』――そこと私たちのいる『雨の世界』が繋がったとき、狐は結婚するんです。その時、空は眩しく、水は降り注ぎ……なんとも幻想的な景色だとか」

建「……僕が生まれてこの方、太陽が顔を出した瞬間なんて一度っきりだ。それすら本当だったかわからん」

雫「でも建先輩はそれを見るために『雨色研究会』ってサークルを作ったんじゃないですか」

建「……」

雫「日替わりで色が違うカラフルな雨を眺めて、いつか空に日光が差すのを見届けようって、そう言っていたではありませんか。私は、三年前見ましたよ」

建「三年前? 嘘をつけ、だったら僕も気づいている。……もう無理かもしれん。いかに高校生の僕が若かったかを思い知ったよ。無駄なんだ、やるだけ。望むだけ」

雫「……私、詩乃に引っ張られただけで『雨色研究会』に入ったんじゃないんです。建先輩が語る途方もない夢を、一緒に追ってみたいって、そう思って、私はサークルに加入したんです……だから私は、今日まで死なずにいるというのに」

建「……雫後輩」

雫「諦めては駄目です、絶対に諦めてはなりません。まだ告白シーンを捉えたわけでも、キスシーンを目撃したわけでもありません。ですから、今日のところは奢ってあげますし、希望だけは捨てないで下さい。……建先輩が凹んでると、私は凸ります」

建「よく分からん……」

雫「先輩が落ち込んでるのはキャラじゃないってことですよ」


雫は軽く笑う。建も笑い返す。


建「……ありがとな」


建の携帯から『電話です!電話です!電話です!』と着信音が鳴る。


建「……ナミからだ」

雫「おー、これは出るしかないですね」

建「……もしもし?」

波太郎『建か!?』

建「そうだが? どうしたそんなに慌てて」

波太郎『助けてくれ! 今、詩乃の家だ! 詩乃と一緒にいて……火事! 火事になってて! 部屋の外に、に、逃げられない!!』

建「――は?」


BGM『GATE OF STEINER -piano-』。


波太郎「消防はもう呼んである! 頼む、来てくれ! 来てくれぇ!!」


電話がぶつりと切れ、ツーツーと音。建は呆然とし、雫は青ざめる。


建「ナミ……? 何言って……火事? 詩乃の、家で?」

雫「……狐火だ」

建「……? 雫?」

雫「――今すぐ行って下さい先輩!!」

建「!?」

雫「始まってしまったんです……『狐の嫁入り』が!」

建「はぁ!? いや、今それは関係――」

雫「関係あります! いいから、早く行って下さい!!」

建「――!」


建は困惑しながらも、上へ走っていく。それを見届けると、雫は膝から崩れ落ちる。


雫「……また私から、大切な人を奪うの? ……キツネ」


ホリは赤くパトライトのように点滅。消防車が走る音の中、雫は近くにある物を持って下にはける。



2 妖怪変化


上から建、息切れして走ってくる。辺りには野次馬と、放水する消防隊員、警備をしている消防隊員。正面を見て(客席に家がある感じ)、絶望に顔を歪ませる。建の見つめる方向に、燃え盛る詩乃の家がある。雨は降っているが火を消すには至らない。


建「詩乃……ナミ……? ……っ詩乃!? おい、これ、どういうことなんだ、止めてくれ。こんなのは、駄目だ……! 止めろ、燃えんなよ!! 止めろ、止めてくれ! 詩乃! ナミ!! ……詩乃!!」

消防隊員「こら君! 危ないから下がって!」

建「下がるか! 二人が中にいんだよ!! 今まで一緒に馬鹿やってきたサークル仲間が!! 僕の好きな人が!!」

消防隊員「駄目だ! 我々に任せなさい!」

建「どけぇぇぇぇ!! どけよぉぉぉぉぉぉ!!」


女性の消防隊員は建を家に近づけない。建は膝を地面につく。


建「アアアアアアアアアアアアッ!!」


突然重いSEが鳴り、消防隊員の動きが止まる。BGMストップ。火も動かない。建以外の時が止まったよう。


消防隊員「――天より降りし恵み、それは水か光か。幸福を享受すべくその二種混じり合わせる時、命は重なり、風は吹き、地は震え、未来は紡がれ過去は思い出となれり。その交わりは世界を繋ぐより他なし」


消防隊員は急にキャラが変わったように振る舞い、歩き出す。時間は止まったままだが、火や雨のSEはそのまま。それを建は呆然と見ている。その様子を見てはっとした消防隊員は、防護服を脱ぎ、キツネの面を顔の横につける。


雨のキツネ「失礼。我はとある一匹のキツネ。齢570歳! ……さてさて、結果から言ってしまうか……この世界にて、笹谷詩乃と矢文波太郎――キミの想い人と友人は死亡した」

建「……っ!」

雨のキツネ「ただしっ! それは今キミがいるこの『雨の世界』に限った話。キミが『晴れの世界』に行けば全てが解決するのであーる。……そう、この世界を裏切ってはみないか?」

建「何を訳のわからないことを……もう詩乃とナミは戻ってこない! 火事で! 死んだんだ! どうしてこうなったんだよ!?」

雨のキツネ「おや、キミは人の話を聞いていなかったのかー? 比嘉雫が言っていたぞ。『狐の嫁入り伝説』。我がそれだ! まだ望みはある。諦めるにはいささか早い」

建「はぁ……?」

雨のキツネ「簡潔に申そう! この『笹谷詩乃宅の火事』が起こっていない世界に行けると言ったらどうする?」

建「な、何……?」

雨のキツネ「地球という星は二つ存在する。『ここ』と、平行世界にもう一個。片方は雨が降り続き、もう片方は常に晴れ渡っている。……ここで提案。キツネである我がキミ、橋木建くんを『晴れの世界』に送ってやろう! どう、だ――ん?」


建はキツネが言い終わる前に、すがるような目付きでキツネにしがみつく。今にも泣き出しそう。


雨のキツネ「んん? どうした、泣いているのか?」

建「……これは、雨だ」

雨のキツネ「はっはー、面白い冗談だな! 緑色の涙か、傑作だ! まるで化物だね、人間なのに! はは、じゃあそういうことにしておこう。それで? なにゆえキミはそんな顔をしている?」

建「……頼む。あいつらがいない世界なんて、僕には堪えられん……」

雨のキツネ「――うむ。その言葉を待っていたぞ、人間よ」


キツネは何やら高速で呪文のような物を詠唱。ホリは虹色の点滅を繰り返し、ありとあらゆる環境音、耳鳴りSE。それに建は苦しみ、四つん這いになって呻く。キツネは上へはけていく。


雨のキツネ「――あちらの空色、本日は黄色なり。それではまた会おうとも、御縁が有ればその時に!」



3 快晴世界


環境音が止むと、雨は止んでいる。建は恐る恐る、周りを眺めている。ホリは黄色。


建「――明るい。眩しい。音がない。静かで……濡れてない。雨が降ってない……家が、燃えてない。雲がない……明るい。燃えてない、火事になってない……詩乃、は? ナミは? どうしてる?」


その瞬間、消防車の音。


建「ヒッ……!」


しかし、消防車は建の前を通りすぎていく。建は腰を抜かし、息が荒い。恐怖に突き動かされるようによたよたと詩乃の家の前に歩いていき、インターホンを押しまくる。


建「詩乃……! 詩乃! 詩乃、頼む、詩乃! 出てくれ! 顔を見せてくれ、頼む、お願いだ……!」

詩乃「……えとー、何してるんですか、建先輩」

建「――!」


家に帰って来た詩乃が下から歩いてくる。


詩乃「先輩、『今日は一日中寝てる』って言ってませんでした? ……え、というか、なんですそのカッコ!? さっきまでダサダサだったのに、急に斬新になりましたね! いいと思います!」

建「――詩乃。良かった……」


建は大きくため息。


詩乃「へ? 詩乃って……急に呼び捨てですか? 今日は急ばっかですね。……なんか、その、照れます! いつも通り呼んで下さいよ、建先輩」

建「……ああ。詩乃後輩」

詩乃「それが落ち着きます。……ところで、なぜ先輩はこんなところに? 良かったって……何か用事でしょうか? だったらごめんなさい、さっきまでコンビニでアイス選んでたので……ほら、これです! お待たせしました!」

建「大丈夫。……うん、色々。色々あったのだ」

詩乃「色々ですか。色々って、カラフルですね。……カラフルと言えば、今日の空、なんか色濃くないですか? 鮮やかっていうか」

建「……恐らくだが、色素が強いんだ。今宵は『初春の弓』であるからな」

詩乃「へぇー……あれ?『初春の弓』? 『初春の杖』じゃありませんでしたっけ?」

建「ん、そうだったか……? すまない、『雨色研究会』代表の僕としたことが」

詩乃「雨色……? 『空色研究会』でしょう?」

建「……」

詩乃「あっそうそう! 何で先輩こんなところに!?」

建「んー、あー……色々だ」

詩乃「無限ループ止めてくださいよぉ!」

建「すまん、今は、混乱してるから答えられん……では詩乃後輩、また明日!!」

詩乃「あ、ちょっと!? せんぱーいっ!?」


建は足早に上へはける。暗転。上サスだけ付き、そこに建。携帯で電話をかけていて、プルルルの後繋がる。下サスに雫。


雫「はい、もしもし……?」

建「雫後輩か? 僕だ」

雫「ひっ!? あ、建、先輩ですか……」

建「? そうだが、どうした?」

雫「すみません、どうして先輩が番号を知ってるのかと、少しびっくりしてしまって……」

建「どうして……? いや、まぁいい。雫後輩、遅くてすまないが、今から会えるか?」

雫「……今から、ですか」

建「無理か? 『狐の嫁入り』のことで話がある」


雫ははっとしたように立ち尽くす。しばらく沈黙。


雫「何故先輩が、そのことを」

建「話は後だ。『マッチ』に集合でいいな?」

雫「……あの、先輩。『マッチ』とはどこでしょう」

建「はぁ? いつもサークルの四人で食べてるとこだろう。葵通りにある居酒屋『マッチ』だ。さっきだってお前と一緒に――」

雫「サークル……? いえ、少なくとも私、そんな名前のお店には行ったことありません」

建「……は?」

雫「建先輩が言っているのは居酒屋『ライター』のことでしょう。……その事も合わせて、お話ししましょうか。場所は同じです。店名だけが違うのです。では」


雫が電話を切って下にはけ、呆気にとられた風に立っていた建も上にはける。そして明転、建と雫が居酒屋のテーブルに向かい合って座っている。店内は賑わっている。

雫は『雨の世界』より大分と雰囲気が暗い。建は頭を抱えて呻く。


建「はぁ……それにしても、まさか本当に店名が変わっているとはな……」

雫「……『晴れの世界』と『雨の世界』では、色んな所が少しずつ違います。例えばお店の名前が違ったり、私が建先輩の作ったサークルに所属していなかったり。……先輩は、詩乃と波太郎先輩という方が生きている場所をキツネに勧められ、この『晴れの世界』に渡ったと言いました」

建「その通りだ」

雫「先輩はお人好しですね。もっとキツネを疑うことを覚えた方がいいです。何せキツネは……人を化かす獣、化物なのですから」

建「人を、化かす?」


雫はジュースを一口飲む。


雫「私も三年前、『狐の嫁入り』に出くわしました。というか、当事者でした」

建「何だと?」

雫「今ここにいる私は元々、『雨の世界』の住民でした。キツネによって『晴れの世界』に送られてきた。建先輩と一緒ですね。……『狐の嫁入り』、言い換えれば、それはキツネたちの婚約儀式です。晴れと雨、二つの世界でそれぞれ、男女二人の人間の片方を燃やす。もう片方を異世界送りにする。そうすれば、キツネたちは正式に婚約できるとされる。それが『狐の嫁入り』の真相なのです」

建「……つまり、どういうことだ」

雫「先輩は見事にキツネに騙されたというわけです。『雨の世界』で詩乃と波太郎先輩を焼かれたというなら、この『晴れの世界』でも詩乃は死んでいないとおかしい。……キツネたちが操る狐火によって」

建「いや、待て、おかしい! さっき僕は確かに詩乃後輩と会って、話したぞ!」

雫「あり得ませんね。幻覚でも見たのでは?」

建「あのなぁ……」

雫「……ねぇ先輩。あちらの世界の私は、どんな人でしたか?」

建「……は?」


雫はジョッキを思い切り傾け、ジュースを飲み干す。


雫「この世界の私は先輩が作ったサークルに入っていません。対して、『雨の世界』にいるはずのもう一人の比嘉雫は、どうしてあなたのサークルに入ったのか。どんな性格で、どんな見た目なのか。……今ここにいる私と、何がどう違うのか。気になるんですよね」

建「それは……」

雫「さっき言いましたよね。キツネたちは儀式で、男女二人の一人を狐火で燃やし、一人を異世界送りにすると――私の場合、燃やされた人っていうのは、私の彼氏だったんです」

建「――!」

雫「どちらの世界でも、彼氏を燃やされたのは同じ。スタートラインは変わらないはずなのに……そっちの私、凄い幸せそうですよね。先輩と二人で飲みに行っちゃうくらいですもの。……何が楽しくて生きてるんだか。先輩のサークルに入ってれば、変わったのかな。……もう、わかんないよ」

建「雫後輩……」

波太郎「――おーおー、来たぞー建! と、そちらは?」


波太郎がドアを開け、下から入店。波太郎は建の横に座る。


建「な、ナミ!? 何故ここに……」

波太郎「何故ってそりゃ、お前が呼んだんだろ? 何言ってんだよ」

建「……え?」

雫「あ、多分こっちの世界の建先輩ですね」

波太郎「こっちの世界?」

建「い、いや、何でもない! ……こっちは雫後輩。比嘉雫という。僕と学部が同じだ」

雫「よろしくお願いします」

波太郎「おっ、そっか。それじゃーよろしくな、雫ちゃん! ……ってあれ、君、去年詩乃に連れられてうちのサークル見学に来なかった?」

雫「行きました」

建「……」

波太郎「あーやっぱり! ごめんね、あの時はこいつ、愛想悪くってさー」

雫「大丈夫です」

波太郎「おい建、あれからちゃんと謝ったのか? 雫ちゃんに挨拶すらしなかったろ」

建「……あー、そうだな。すまなかった」

雫「別にいいです。気にしてません」

波太郎「うん、これで良し! で? 話ってなんだよ建」

建「いやー、そのー、なんだ、あれだよ……」

詩乃「――あ、先輩見つけた! ってあれ!? なんでナミ先輩と……雫も?」


詩乃が店に入ってくる。雫は隣に座る詩乃を見て、目を見開いて驚き、建と詩乃を何度も見比べている。波太郎はやけに慌てて建に近づきこそこそ喋る。


波太郎「詩乃!? ……お、おいおい、どういうつもりだよ、なんで詩乃までいるんだ、説明しろ建……!」

詩乃「えーっと、建先輩が何か意味深だったので、こっそり追いかけてたんです。でもさっき寄ったコンビニが火事になってたので、気を取られて見失ってしまって……で、やっと見つけたら、こんな状況で……」


全員が一斉に建をじっと見る。建は下を見ていたが、やがて気持ちを固め、勢いよく立ち上がって拳を突き出す。


建「――あー、諸君! 四人とも、全員よく集まってくれた! 只今より!『空色研究会』代表橋木建による、晩餐会を執り行う!!」


暗転。すぐに明転すると、座っている配置が変わっていて、料理も沢山運ばれている。



4 雨色回想


BGM『Believe Me』。居酒屋『マッチ』に『雨色研究会』の四人が集まっている。外からは微かに雨の音。


建「――というわけで、雨色研究管によるレボルバー調査によれば本日の雨色はピンク! 正確にはファンダンゴと呼ばれる、カラーコード#DF5286である! 今日のは特に綺麗なファンダンゴだった、惚れ惚れしたぞ! なぁー、そうだろうナミ!」

波太郎「そうだな。建の言う通り……うっぷ」

雫「あー、ナミ先輩飲み過ぎですよ……ほら、ビニールありますし、吐くならここへどうぞ」

波太郎「うげぇぇぇぇぇ……」

雫「うわぁー……」

詩乃「あはは! ナミ先輩は相変わらず弱々の弱ですねぇ! 私なんてもうほら! 六杯目ですよ!? 凄いですよねっ!?」

建「何を言う。酒とジュースは違うのだぞ詩乃後輩」

雫「でもですよ建先輩、六杯目って実はなかなか凄いのでは?」

建「む、そうか?」

波太郎「そうさ。六杯も飲んだら普通俺みたいに吐く……おぇ」

雫「あー、またですか……はい、どうぞ」

波太郎「うげぇぇ……ごめん雫ちゃん」

雫「いえ。ナミ先輩の吐瀉物処理は私の仕事ですし」

詩乃「吐瀉物! 吐瀉物処理って! あっはっはっは!」

建「おい雫後輩よ、何をしてくれる! 詩乃後輩の笑いのツボが狂ってしまった!」

詩乃「あははー、建先輩もおかしな人ですよねー、まだ私との約束頑張ってるんだー」

建「!? や、止めろ! そのことは二人には秘密のはずだ……!」

雫「あ、もう私は気づいてますのでお構い無く」

建「なにぃ!?」

波太郎「あー? なんなら俺も知ってるぞぉ? なぁ建ぅ?『雨色研究会』創設にはあんなドラマがあったなんてなぁー?」

建「き、聞くな! あーもう、今日の晩餐会はお開きだ! 雫後輩、勘定は任せたからな!」

雫「えぇ!? また私が払うんですか!? いくら明日返してもらえるとはいえ毎回毎回私のお財布に頼りすぎでは!?」


建、波太郎、詩乃は雫の方を向いてニヤニヤ。そして同時に言う。雫は涙目であたふたと周りを見る。


建「すまないな雫後輩!」

波太郎「頼んだよ雫ちゃん!」

詩乃「今日もよろしく雫!」

雫「どうしていつもこうなるんですか――!?」


建が勢いよく立ち上がり、拳を突き出す。


建「これをもって!『雨色研究会』代表橋木建による晩餐会を閉じる!!」


BGM、FO。暗転。



5 恋空模様


居酒屋『ライター』の外。建は黄色の空を眺め、雫に背を向けて上を向いている。下からは居酒屋の光が漏れている。


雫「――詩乃と波太郎先輩を席に残して、何を話したいと言うのかと思えば……『雨の世界』では、このお店でそんなことがあったんですね」

建「すまない。どうしても景色が被って……誰かに話したくなった。……お前が『雨の世界』でどんなやつだったのかも伝えたかったんだ」

雫「……私、幸せだったんだろうなぁ。幸せなんだろうなぁ」

建「……なぁ雫後輩。もう一人の自分が何が楽しくて生きているかわからないと、そう言っていたな。このわからず屋め」

雫「建先輩……」

建「仲間がいる。美味い焼き鳥を食える。クソほどくだらんことで笑える……そんな人生は、これ以上ない極楽で、楽しみなのだ」

雫「人生なのに極楽とはこれ如何に、ですね」

建「比喩だ」

雫「知ってます」

建「ともかく。あまり悲観的に物事を考えるな。少なくとももう一人のお前は、僕が見る限りは幸せそうだったぞ。僕は、お前も含めたサークルメンバー三人を、大切な仲間だと思っているのだ。……死にたいなんて冗談でも思うな」


雫はびくんと跳ねて、とても驚く。


建「あー、そうそう。本日の晩餐会の代金だが、ちゃんと払ってから帰ってくれよ、雫後輩」

雫「……何を馬鹿な。それだと『雨の世界』の私と同じです」

建「明日割り勘する。それが、僕のサークルの風習なのさ」

雫「風習って、そんな。そもそも私はサークルには入って――」

建「ちゃんと明日、大学に来るんだ。明後日も、明々後日も、ちゃんと大学に来い。友達を作れ。没頭出来るものを探せ。好きな人を見つけろ。それが出来ないなら、僕が毎日晩餐会を催してお前の財布を空にしてやる。その時は翌日大学で会おう、割り勘だ」

雫「……あなたは、私の知っている建先輩とは、まるで別人のようですね」

建「こちらのセリフだ」


しばらく沈黙した後、下側の居酒屋から波太郎が出てくる。


波太郎「ん、何してんのさ? 酔い覚まし?」

建「おお、ナミか。そんなところだな」

波太郎「そっかそっか。あ、じゃあせっかく雫ちゃんもいるんだし、空色観測のやり方教えてあげたら……って、建はそんなの覚えてねぇか。よし、じゃあ俺が雫ちゃんの面倒みてやんよ」

建「いや、いい。それよりもナミ、お前こんなチャンスを棒に振っていいのか?」

波太郎「は? 何の話?」

建「お前、詩乃後輩のことが好きなんだろ」

波太郎「――!? え、え、いや、何でサークルにもほぼ出てこない建が、そんなこと知ってるのさ……!? 今日の建なんかおかしいぞ!?」

建「今店の中に一人で戻れば、詩乃後輩と二人っきりになれるぞ」

波太郎「――はっ! ……なるほど、わかった、気づかせてくれてありがとう」


波太郎は浮わついて店に戻ろうとするが、建が呼び止める。


建「ナミ!」

波太郎「なんだい?」

建「――実は僕も詩乃後輩が好きだ。結婚したいくらいには好きだ。お前とはライバルだな」

波太郎「――! ……また明日にでも、語り合おうぜ」

建「あぁ、そうしよう。ついでに雫後輩も一緒にな」

雫「なぜ私が行かなくてはならないんです」


波太郎は建とニヤついた曖昧な笑顔で頷き合いながら店にそろそろと戻っていく。


建「――そろそろ出てきたらどうだ、キツネども。いるのはわかってる」

雫「えっ!?」

雨のキツネ「あちゃー、バレてしまったかー!」

晴れのキツネ「ふん。バレてしまったようだな……」


二人のキツネが炎に包まれながら上下から歩いてくる。建と雫を囲むようにして立ち止まる。


雨のキツネ「やあやあ、ご無沙汰してるね。元気してた、橋木建くん?」

建「まあまあだな。こっちも、そろそろ来る頃だと思っていた」

晴れのキツネ「なにゆえこちらに気付いた」

建「僕は鼻が効くのでな。雨色観測で鍛えておいて正解だった」

雫「――わ、私の! イツキを返せ!!」


雨のキツネが雫に手を向けると、雫は目を閉じてだらんと下を向く。


雨のキツネ「この娘は……我々キツネに恨みがあるようだね。まあ、今は関係ないので眠って頂いた!」

建「……この『晴れの世界』で、詩乃を殺していないのは何故だ?」

晴れのキツネ「ほう、そこまで知っていたか。ならば簡潔に申そう。それは我の怠慢であり、しくじりゆえだ」

建「しくじり……?」

晴れのキツネ「しくじった。ただそれだけだ。だが我の狐火は夜しか使えぬ。そして今夜は笹谷詩乃を燃やすこともせぬ」

雨のキツネ「そういうことだな! 我々は橋木建、キミにそれだけ伝えに来たのであーる!」


建は二人のキツネを警戒している。


雨のキツネ「そう睨まないでほしいね。なあに、どうってことない理由である。建くんさ、笹谷詩乃ちゃんが好きなんでしょう?」

晴れのキツネ「我々も愛し合い、婚約を望む身。貴君の気持ちもわからんでもない。ここはせっかくであるので、貴君に猶予を与えよう」

建「……猶予」

晴れのキツネ「次の夜。我は貴君が愛す笹谷詩乃を狐火で燃やし、世界を繋いで婚約を確定させる。それまで、せいぜい二人で別れを惜しむがよい」

雨のキツネ「惜しむがよいー!」


二人のキツネはそれぞれ建の前をすれ違い、一度止まる。


キツネたち「それではまた翌晩。御縁が有ればその時に」


キツネは悠々と上下にそれぞれはける。雫がはっと目を覚ます。


雫「――っ。先輩、キツネたちは!?」

建「……どっか行った。今夜は見逃してくれるとさ。誰かを愛する気持ちはわかるから、だと」

雫「……その愛する気持ちで、どれだけの人間を狐火で殺してきたのでしょうね、キツネたちは」


雫は苛立っている。


建「……しかし、決意なら固まった。誓うよ、そうだな、雫後輩に誓う」

雫「なぜ私に誓うのです……」

建「近くにいたからな。いなかったらそこら辺の街灯にでも誓っていた。――僕は詩乃を必ず助ける! 好きな人をむざむざキツネなんぞに殺されてたまるか! 何が何でも『雨色研究会』代表として、この橋木建が守ってやる!」


雫は意気込む建を見て目を見開き、迷っていたが、やがて一万円札を財布から出して、目をそらしながら建に渡す。


雫「あの、建先輩。これ」

建「……おお、いつもありがとうな、雫後輩。明日割り勘だぞ」

雫「私は、今回が初めてですから。……先輩。やつらの邪魔をするなら、一つ方法が。キツネの婚約は、わざわざ儀式を行わずとも、最後にアレをするだけで達成されるのです」

建「ん……? アレとは?」

雫「それは――」


雫は建に耳打ち。暗転。



6 空色観測


明転。夜、大学の屋上で、風のSE。暗い黄緑色の空の下、建は詩乃と二人で空色観測を行っている。建は望遠鏡のような機械を覗き込んで、感動している。ホリは黄緑。


詩乃「建先輩、そこ、メノーターの持ち方逆ですよー」

建「ん? えっと、こうだろうか?」

詩乃「そうそう、それで正解です! ちゃんと星、見えます?」

建「……おおっ! これが星か! この世に、これほどまでに美しい空があったとは……! 月がここまではっきりしているも、生では初めて見たぞ! 黄緑の空も相まって、素晴らしい……!」

詩乃「正確にはカラーコード#8AC75A、シーグリーンと呼ばれる色。……なーんて、ナミ先輩がいたら言うんでしょうねー。あ、せっかくだし星座とか教えてあげましょうか?」

建「おお、頼む」

詩乃「あっちに見えるのはカップラーメン座、そっちにあるのがライトノベル座、こっちに聳えるはヘッドホン座、あ、あの彼方にうっすら見えるはペットボトル座です!」

建「へぇ……! 星座というものは面白いな! 星の光を線で繋げて物に見立てるとは……初めて考え付いたやつは天才か!?」

詩乃「……あー、感動してるとこごめんなさいなんですけど、今挙げた星座は嘘っぱちです」

建「なに?」


建は望遠鏡から目を離して詩乃を向く。


詩乃「ごめんなさい。普段先輩、あんまりにも『空色研究会』に顔を出さないものですから……どれだけ星に関する知識がないのか興味があって」

建「……中々失礼なやつだな」

詩乃「ふえ? 何か言いました?」

建「いや。……そうだな、今まですまなかった。自分でも、何故これほど最高な仲間に囲まれといてサークルに顔を出さんかったのかわからん。こうして大学の屋上で詩乃後輩と空を眺めるだけで、この世界の僕はきっと救われたはずなのに」

詩乃「……そうですね。建先輩、昨日からまるで人が変わったみたいに優しくなりましたもん。優しい、というよりは楽しそう、でしょうか」

建「楽しそう?」

詩乃「はい。人生エンジョイしまくってるぜ! いえい! みたいなー……感じです」

建「詩乃後輩、語彙力……」

詩乃「えへ、そこは見逃して頂けると幸いです。建先輩って、ほんと、今までずっと盲目的な人だったんですよ。気づいてました?」

建「盲目的? 何に盲目だったと言うんだ?」

詩乃「私以外に」

建「……」

詩乃「私、多分先輩が私以外の女の子と喋ってるの見たことないんです。サークルにこないのは、私がナミ先輩と話してるところをみたくないからなのかなって。……うひひー、先輩ー。バレバレですよー」

建「な……なんということだ……」

詩乃「これからは、ちゃんと『空色研究会』の三人で最高にエンジョイなキャンパスライフしましょうよ! ね! その方が絶対楽しいです!」

建「……そうだな。だが、三人はちと少ない。四人にしよう」

詩乃「んん? 四人って……建先輩と、ナミ先輩と、私と……あと一人は?」

建「雫。比嘉雫後輩だ」

詩乃「雫!? えっと、入りたいって言ってたんですか?」

建「ちょっと違うな。僕が個人的に入れたい。あいつ、多分友達お前以外にいないからさ……僕が友達になってやろうと思って。……でもなー、雫後輩、あんだけ念押しして、ちょっといい雰囲気だったのに、それでも今日大学来てないみたいだったしなー……」

詩乃「そういえば……今日は見ませんでしたね。うん、でも、いい案だと思います! さすが建先輩! グッショブです!」

建「はっはっは! 『空色研究会』代表橋木建に死角はないっ! はっはっは…………は……」

詩乃「先輩? どうしました?」

建「――例のトレジャーハンターがおでましだ」

詩乃「……! あの、私が持つ伝説のイマジネーションパワーを求めるという、火炎使いのトレジャーハンターですね!」

建「ああ! 危ないから詩乃後輩、僕から一歩たりとも離れるな!」


下から火の球が飛んでくる感じ(そのようなSE)で、建はそれを詩乃を庇って避ける。


建「ぐっ――!」

詩乃「先輩!」

晴れのキツネ「――予告通り、今宵貴君の愛人を燃やしに来たぞ」

建「……まだ、愛人ではない」


二人のキツネが上下から出てくる。


雨のキツネ「笹谷詩乃ちゃんを守るのにこんなに狭い大学の屋上を選ぶだなんて……橋木建くん。ちょっと知恵が足りないんじゃないかー?」

建「僕は『空色研究会』代表橋木建だぞ! 夜空の星を好きな人と眺めて何が悪い! 非常にロマンチックであろうが!」

詩乃「先輩……」

晴れのキツネ「問答無用。我々の婚約のための礎となれ、笹谷詩乃――!」


晴れのキツネは手を天に掲げる。


詩乃「な、なんか火の球が浮いてる! 喰らったらヤバそう!!」

建「語彙力よ!!」

晴れのキツネ「ハッ――!」

建「避けろ!」


晴れのキツネは手を建らに向ける。すると二人の近くに着弾し、その一帯が燃え上がる(SE)。


建&詩乃「ひぃぃぃぃいいいっ!」

晴れのキツネ「待て! 逃げるな!」


建と詩乃は屋上を縦横無尽に走り回って逃げる。それを追いかける晴れのキツネ。その間にもどんどん屋上は燃え盛っていき、火事と呼べる状況にまで発展。しばらく攻防が続くと、雨のキツネが詩乃の両脇を抱えて捕まえる。


雨のキツネ「つーかまえたっ!」

詩乃「ぎゃっ!?」

建「詩乃後輩!」

雨のキツネ「今のうちだー!」

建「止めろ――っ!」

晴れのキツネ「ハァッ!」


晴れのキツネが詩乃に火の球をぶつけようとした、その瞬間、上側にあった扉が開いて、屋上に波太郎が突撃してくる。晴れのキツネをそのままの勢いで突き飛ばす。


波太郎「オルァァァアアアアア!!」

晴れのキツネ「ぐはっ!?」

雨のキツネ「なに!?」

建「ナミ!? 何故ここに……!」

詩乃「ナミ先輩!」

晴れのキツネ「おい、どけ……! くそっ! どけぇっ!」


晴れのキツネに馬乗りになる波太郎。


波太郎「何故ここにって言われると、なんか混乱するけどさ……それよりも建! 雫ちゃんがマズい!」

建「雫!? 雫後輩がどうした!?」

波太郎「工学棟の屋上で、あいつ、飛び降りようとしてる!!」

建「……!? 何だと!?」

波太郎「ああ! 早く行ってやれ! よくわかんねぇけど、この場は俺が何とかする! どうすればいいか教えろ!」

建「っ……!」


建は上側にある扉の近くまで走って行き、止まって振り返る。


建「――何が何でも詩乃後輩をトレジャーハンターの魔の手から死守しろ!! 以上だ!!」

波太郎「了解、代表!」

建「詩乃を頼んだぞ、ナミ――!」


建は上へ走ってはける。


雨のキツネ「……これは思わぬ乱入だ」

詩乃「ナミ先輩助けてください! このままだと私に眠る大いなるイマジネーションパワーが、ヤバいことに!」

波太郎「ああっ……! 俺らの好きな人を傷つけるヤツは、誰であろうとこの矢文波太郎が許さねぇ!!」


波太郎は晴れのキツネの肩を掴んで叫ぶ。暗転。



7 星空綺麗


明転。工学棟屋上で、雫が柵の近くに立ち尽くしている。下からは野次馬や警察、消防のざわめきが微かに聞こえる。風のSE。


雫「――もう、いいんだ。もう全部終わりにして、楽になった方が……その方が、いいに決まってる。嫌だよ……これ以上もういないイツキを思い浮かべて、それで苦しむのは! いないってわかってるのに! なのに、もう一個の世界では、私は幸せに生きれてる……悔しい、悔しい! どこで間違えたの……? 私だって、幸せになれたはずなのに! もう、我慢できない。生きてるの、しんどいよ」

建「そいつは違うな、雫後輩」


息を切らした建が上から扉を開けて、ゆっくり歩いてくる。


雫「……建先輩」

建「お前はまだまだこれからって時に……無茶をするな」

雫「それ以上こっちに来ないでください。落ちますよ」


建は立ち止まる。


建「雫後輩、確かにお前は間違った。だが、幸せになれたはず、ではなく、お前は今からでも幸せになれるのだ」

雫「何を……」

建「なあ雫後輩。なろうとしなければ、いつまで経っても幸せにはなれない。……いくらでもやり直せる。だから僕らでさ、これからは楽しく生きていこう。エンジョイだエンジョイ」

雫「お断りします」

建「今日、昼間は大学来なかったよな? こんな夜に来て、社長出勤もいいところだぞ」

雫「はいはいそうですね、わぁぁぁー」


雫はつまらなさそうにぱちぱちと拍手。


雫「……先輩。昨日の代金ですけど、私の奢りでいいですよ」

建「はぁ? そんなもの、こちらこそお断りだな! あんな奢りがあってたまるか! 雫から奢ってもらうのはな、こちとら一回こっきりで十分なんだよ。この後割り勘するからな――」

雫「――私は!! もう懲り懲りなんですよ!!」


建は黙り込む。


雫「先輩が語る理想論は聞き飽きました! それはここじゃない『雨の世界』の話でしょう!? ここはどこです、『晴れの世界』じゃないですか! 世界が、違うんですよ!! こっちの私はあっちみたいに先輩たちと四人で居酒屋に行けるほど幸せじゃない! もう、お願いですからこっちの私のことはほっといて下さいよ!!」

建「――ほっとけるか馬鹿野郎!!」

雫「っ!」


建は激怒。BGM『Believe Me』。雫は建を見る。


建「世界がどうとか、関係あるか! お前はお前だろうが! お前自身がどうしていきたいかで、世界は変わる! やろうと思えば僕らと一緒に飯を食いに行くこともできる! 空を眺めて星座を探すこともできる! 諦めるな! 希望を捨てるな! 全部、お前が教えてくれたことだぞ!!」

雫「……そ、それでも、それは私じゃなくて……!」

建「お前だよ。どこで間違えたかじゃない……いつ動くかなんだ。僕が知る雫は、こんなところで諦めるやつじゃない」

雫「理想を、押し付けないでくださいよ……っ!」

建「理想じゃねぇ! 世界を渡った僕だからわかる、お前は立ち上がれるやつなんだ! お前だってわかってるだろう、この『晴れの世界』にいた僕と、今ここにいる僕は全く違うと!」

雫「もう、聞きたくもないです……!」

建「――そんなのは、お前のキャラではないぞ!」


雫は振り切るように柵から落ちる。暗転。走馬灯のように声が聞こえる。BGM少しだけ大きく。


詩乃『私の友達の雫です、サークル見学に連れてきました!』

雫『よろしくお願いします』

波太郎『よろしく!『空色研究会』へようこそ! ほら、建も挨拶しなって』

建『……俺は帰って寝る。面倒くさい』

波太郎『あ、ちょっと、建ー!? あーもう、ごめんね、あいつ代表なんだけどさ、普段から愛想悪くって。俺らのことも仲間だと思ってんのかどうか……なんでこんなサークル立ち上げたんだろうね、あいつ』

詩乃『でも、建先輩も根はいい人だから……気にしないで雫!』

雫『……うん』


波太郎『……そっかー、興味は湧かなかったか。うん、大丈夫だよ。また気が向いたら見学来てよ、いっつもサークルの雰囲気ヤバいからさ、雫ちゃんがいれば空気がほんわかして最高なんだよね!』

詩乃『じゃー、次行こっか!』

雫『……うん』


雫『あの……建、先輩』

建『ん……お前はさっきの見学者か。どうした、何か用事か』

雫『あ、いえ……お見かけしたので』

建『あっそ。じゃあな』

雫『あっ……』


建『……なぁ雫後輩。もう一人の自分が何が楽しくて生きているかわからないと、そう言っていたな。このわからず屋め』

雫『建先輩……』

建『仲間がいる。美味い焼き鳥を食える。クソほどくだらんことで笑える……そんな人生は、これ以上ない極楽で、楽しみなのだ』


建『――僕は詩乃を必ず助ける! 好きな人をむざむざキツネなんぞに殺されてたまるか! 何が何でも『雨色研究会』代表として、この橋木建が守ってやる!』


雫「先輩……先輩! 建先輩っ!!」


どさっと、屋上に人間二人が転がるSE。明転。建が落ちた雫を引っ張って、足場に連れ戻した。雫は膝をついて、呆然と下を見ている。


建「お前は今から、何色にだってなれる。だから、お前は我が『空色研究会』に入れ。空を、上を見ろ! ちゃんと光るものがある! 僕がずっと待ちわびていた景色がそこにある! ――お前の目指す星を見つけろ!」


雫ははっとして上を見上げる。


雫「……綺麗。星、綺麗だよ…………――う、う、ぐすっ、うわあああああん!!」

建「また明日な、雫後輩」


雫は泣き続ける。建は雫の頭を撫で、手に五千円札を握らせ、走って上にはける。BGM、FO。暗転。



8 結婚約束


明転。波太郎が詩乃を守る屋上に、建が上から戻ってくる。波太郎と詩乃は下側に追い詰められて、満身創痍。辺りは炎で燃え盛り、ほとんど足の踏み場もない。キツネたちは二人揃って波太郎らの方へゆっくり歩いていく。建が波太郎に呼び掛けると、キツネたちは振り向く。


建「ナミ、戻った! どうだ!」

波太郎「建か! いや、実は結構ギリギリっつーか」

雨のキツネ「橋木建くん、遅かったね。もう無理だよ、我々の婚約は止められない」

晴れのキツネ「人間という存在は儚く脆い。なんと無力なことか」

建「いいや、まだだね。まだいけるさ、まだいけるよな、ナミ?」

波太郎「……ああ、もちのろんだ!」


その瞬間、放水の音と共に屋上に大量の水が降ってくる。それはたちまち屋上の炎の勢いを弱めていく(SE、ホリの色を変えるなどして見せる)。キツネは怯む。その隙に波太郎は詩乃と共に舞台の上側に移動。建と合流する。


建「これは……」

波太郎「消防。俺が呼んどいたんだ。そろそろ放水されるかなって思ってたよ……人間様の力なめんなよってことだ、トレジャーハンター」

雨のキツネ「っ! ふざけた真似を! そもそも、我々はトレジャーハンターではない! キツネだ!」

詩乃「え!? そうなのっ!?」

建「らしいな。おい、キツネども! 結婚したいがために人の恋路ぶっ潰そうとはいい度胸だな!」

波太郎「その通り!」

晴れのキツネ「なに?」

建「つまりはこういうことだ」


建と波太郎は息を吸い込んだあと、同時に叫ぶ。


建&波太郎「――僕(俺)は詩乃と結婚したいから、お前らは諦めろ!!」

晴れのキツネ「諦めてなるものか! 我々は、ただ一途に婚約のみを望んできたのだ……! ここで折れたくなど、ない!!」


晴れのキツネが建たちの後ろに火柱を出す(SE)。それに驚いた建たちはキツネたちと近づく。そこに雨のキツネが割り込み、建と波太郎を炎を纏った拳掴んで下側にぶん投げる。建と波太郎は大きく咳き込み、立ち上がれない。舞台の中央には燃える拳を握る晴れのキツネと、捕まれて動かない詩乃。


詩乃「や、止めてください……!」

晴れのキツネ「――ようやくこの時が来た。手間取らせおって。ハァアアアアアッ!」

詩乃「きゃあ――っ!」


拳が詩乃の胸に直撃する寸前、暗転。そして舞台にいる全員がストップモーション。BGM『Believe Me』。中央サスがつくと、そこには小学生の頃の建と詩乃。体を正面に向けつつ会話している。ホリは赤。


幼建「――ホントだよ! ホントに天気雨! 見たんだ! 今は凄い晴れてるだろ? けどさ、ざーって! 一瞬だけ降ったんだよ、雨みたいなの!」

幼詩乃「またそんなこと言って! そんなのあるわけないでしょ? 建はいっつも嘘つきなんだから」

幼建「ホントだって! 詩乃は気づかなかったのか!?」

幼詩乃「知りませーん」


その時、後ろに幼雫がもじもじして立っている。会話に入りたそう。だが、入れない。


幼詩乃「じゃあ大人になったら研究しなよ、建研究所とか作って! それでホントだってわかったら、建と結婚するって約束したげる!」

幼建「えぇ!? ……んー、勘違いだったのかなぁ……」


ストップモーション、サス消え、ホリ消え。今度はホリが青。雨が降っている。サスがつく。幼雫のすぐ側に、雫も立っている。


幼建「――ホントだよ! ホントに天気雨! 見たんだ! 今は違うけどさ、ぴかーって! 一瞬だけ光が見えたんだよ! 太陽かもしれない!」

幼詩乃「またそんなこと言って! そんなのあるわけないでしょ? 建はいっつも嘘つきなんだから」

幼建「ホントだって! 詩乃は気づかなかったのか!?」

幼詩乃「知りませーん」

幼雫「――ね、ねぇ!」


幼雫が物凄く恥ずかしそうにして、幼建に呼び掛ける。雫の方は、ストップモーションしている晴れのキツネのすぐ前へ。


幼建「ん?」

幼雫「わ、私も見たよ。お日様みたいなの。見た」

幼建「……ははっ! ほら、やっぱり! この子も見たって言ってるだろ詩乃!」

幼詩乃「えぇー? じゃあ大人になったら研究しなよ、建研究所とか作って! それでホントだってわかったら、建と結婚するって約束したげる!」

幼建「え、ホント!? 約束だよ!? じゃあ僕、おっきくなったら研究所の所長になる! それで、友達と一緒に遊んだり、喋ったり、ご飯食べたりするよ! 友達となら見つけられる気がする! この雨の向こうには、きっと光があるんだ!」

雫「頑張ってね」

幼建「おう、ありがとな! おっしゃー、行くぜぇぇぇ!」

幼詩乃「あ、待ってよ、建!」


幼建は下に走っていき、それを追いかけてはける幼詩乃。残された幼雫は、右手を突き出してバイバイし、上へ可愛らしい笑顔で駆けていく。BGM、FO。雨が止む。サスが消え、ホリ含めた全体の照明がつく。


雫「今からでも踏み出せる――何十歩でも、何百歩でも。私は! たった今から『空色研究会』のメンバーとして、星を見つける!」


雫は目の前にいる晴れのキツネを、右手を使って突き飛ばす。


雫「――はぁっ!」


BGM『GATE OF STEINER』。ストップモーション解除。


晴れのキツネ「ぐあっ!?」

詩乃「雫!?」

雫「今です、建先輩!」

建「――見たか。これぞ我が『雨色研究会』の力だ! 詩乃後輩、そいつを捕らえろ! ナミ、ちょっとこいつ固めるぞ!」

詩乃「う、うん!」

波太郎「おう!」


建は雨のキツネをはね除け、波太郎と共に両腕を固める。詩乃も晴れのキツネをがっちり捕まえ、そのお互いをじりじりと近寄らせる。


雨のキツネ「な、なに、どうするつもり!?」

晴れのキツネ「まさか……!」

雫「そのまさかです。――キツネの婚約は! アレをするだけで果たされる! それは!」

雫&建「――口づけを交わすこと!!」

建「いっけぇえええええ!」

キツネたち「ひゃああああああ!!」


二人のキツネは口づけを交わされる。ここにキツネの婚約は確定する。暗転し、ホリは多種多様な色に光る。



9 晴雨混合


雨が降り出し、太陽が輝く(客席電気を点けて表現)。舞台では、建とキツネ二人だけが動けている。建は息切れしていて、キツネたちは気まずそう。


雨のキツネ「……よくも。よくもやってくれたなぁ! うああもううう恥ずかしいぃー……」

晴れのキツネ「しかし……婚約、出来ただと……?」

建「男女の一人を燃やし一人を異世界送りにする。そんなものは結局儀式に過ぎなかったってことだ。愛さえあれば、それで良かったみたいだな。……にしても、綺麗だな、天気雨。これが僕の求め続けた空か」

晴れのキツネ「……こんな事態は予想外だ。貴君は『雨の世界』に戻される。『晴れの世界』にいるもう一人の貴君も、ここへ戻ってくる。それでいいのか」


BGM、FO。


建「……構わない。その覚悟だった。詩乃を任せられる仲間も『晴れの世界』にはちゃんといるしな」

雨のキツネ「……でも、キミが帰る『雨の世界』には……矢文波太郎も、笹谷詩乃もいない。我が殺してしまった……」

建「正直そのことは許せない。けど……これからは、儀式なんてなくっても結婚出来るよな、キツネども」

雨のキツネ「それは……」

建「この件には目を瞑る。瞑るしか、僕には出来ん。だからこれ以上人間を犠牲にするな。今回ので、最後だ。『狐の嫁入り伝説』は、ここに潰える」

晴れのキツネ「……わかった、我々の仲間に伝えよう。今まで大変、申し訳なかった」

建「ん」


暗転。雨は止み、建はその場に倒れる。周りから建を呼ぶ声が聞こえる。キツネは揃ってはける。BGM『GATE OF STEINER -piano-』FI。


詩乃「建先輩! 建先輩……! 起きてください! 天気雨ですよ……っ!」

波太郎「建! くそ、なんだこれ、体が薄く……!」

雫「これは……『雨の世界』に戻っているのかも……!」

詩乃&波太郎「あ、『雨の世界』!?」


しばらく三人はごちゃごちゃ言ってる。建は心の中で呟く。


建『あぁ、お前ら。もう一人の僕は、ちょっと愛想悪いかもだが――よろしく頼むぞ』



10 雨色代表


雨が降っている。ホリは赤。明転し、建は目を覚ます。横たわる建の真上には、スタンドに固定された傘があり、雨から守っている。大学の屋上には雨色観測用の機械がいくつも置かれていて、その近くで傘を差した雫が空を見上げている。


建「……雫後輩?」

雫「――お目覚めですか、建先輩」

建「あぁ……ここは?」

雫「大学の屋上ですよ。『晴れの世界』のあなたが、どうしてもここに来たいと言っていたので、この場所でお別れしたんです。あなたは入れ替わりですね」


建はスタンドから傘を外して持ち、立ち上がる。


建「……待っててくれたのか、雫後輩」


雫は振り返って建の方を向き、笑顔。


雫「はい! 何せ私は『雨色研究会』のサークルメンバーなのですから! 先輩を一人でなんかほっとけません!」


建は泣きかける。


雫「あれ、泣いてるんですか、先輩」

建「これは……雨だ」

雫「……後で色々、聞かせてくださいね」

建「あぁ、色々な。どうだった、あっちの世界の僕は?」

雫「――そりゃあもう! とんでもない大馬鹿でしたので! みっちり私から指導して差し上げました!」

建「はっ、それは頼もしいな」

雫「……えと、建先輩。あっちの世界の私、どうしてました……?」

建「うむ。それはもう、とんでもない大馬鹿だったからみっちり指導しておいた!」


建と雫はちょっと沈黙した後、笑う。雫は建から目線を外して、客席の方を見つめている。セリフの途中からまた建を見る。


雫「正直言うと、あなたが恋しかったです。聞きますか!? どれほどもう一人の先輩が厄介者だったことか! さすがの建先輩セーバーの私でも手を焼きましたよ! まぁ、私も頑張って、最後にはそこそこ立ち直らせましたけど……あの人、上手くやれるでしょうか」

建「……あっちの世界には詩乃も、ナミも、雫だっている。大丈夫、僕はやっていけるさ。今までのこっちの世界みたいに……きっと幸せにやっていける。仲間がいれば、何だって出来る」

雫「……こっちの世界でも、詩乃やナミ先輩に負けないくらい素敵なメンバー集めましょうよ。私が全力でサポートします」

建「おう……約束な。……よし、早速メンバーを探そう! 行くぞ雫後輩っ!」

雫「あ、ちょ、待ってください、建先輩! まだ夜ですって! それはまた明日やりましょう!?」


建は下に走っていき、それを追いかける雫。舞台には雨色観測用の機械がいくつも残されている。幕が降り始める。BGM、FOしていく。下袖から、建の声が高らかと聞こえる。


建「『雨色研究会』代表、橋木建に出来んことなどな――いっ!!」

雫「もー! どうしていつもこうなるんですか――!?」


幕が降りきる。BGMストップ。


END

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