とある猫の飼い主観察日記
黒猫の『まーくん』
さて、こんな馬鹿みたいな名前をつけたのは誰か、をまずは紹介しておこうではないか。
自称『町のマドンナ』。他称『トラブルメーカー』。
コレだけで、その人物が女である事と、おおよその性格は掴めたであろう。
その女性の名前は、如月レイカ。なんと麗しい名前だろうか。
彼女は名前通り、見た目もとても可愛らしい女性だ。
しかし、その性格に難があるため、男と付き合って長続きしたためしがない。
唯一、一年間付き合ったことのある男性、それが藤元雅人だ。
そう!この男こそが、『まーくん』こと俺を飼っている張本人である。
どうにも冴えない男で、別段カッコ良いわけでも無く。
まぁ、かといってまったくモテないと言うわけでもない。
そんな彼は、レイカに惚れてしまい、猛アタック。レイカも三日で折れ、なんやかんやで付き合って、もう一年以上も経っている、と言うわけだ。
雅人の性格の良さは誰もが認めるところで、流石のレイカも雅人相手にそうそう酷い事は出来ないのだ。
そして、肝心の『まーくん』のことだ。
まーくん、つまり俺はレイカが拾ってきた真っ黒な子猫だった。
自分の家はペット禁止で飼えないから雅人に飼え、と言ってきたのだ。
雅人も少しは反論したが、彼に動物を捨ててくるなどと言う勇気ある行動は出来ず、結局そのまま飼ってしまうことになってしまった。
その時、レイカがつけた名前が、『まーくん』。
俺はこの名前にしよう、と真面目に言っているレイカを見て、子供ながらに『この女は馬鹿だ』と思った。
まぁ、其れは俺のセンスの問題でしかなく、実際雅人は、いいんじゃない?などと言っていたので、もしかしたら俺のセンスが他とずれているだけかもしれないが。
何故そんな名前にしたのか、とは雅人は訊かなかった。
俺もそんな事に興味は無かったので、たいして気にしなかった。
いや、出来る事ならば名前は替えて欲しいが。
切実に、『まーくん』は止めて欲しいが。
「あれ、雅人ー?」
ほら、俺とは全くセンスの合わない女がやってきた。
手にはコンビニのビニール袋を持っている。
袋の中身を推理すれば、恐らくは『ぽてとちっぷす』と『ぷりん』、それから二本ほどの『ぺっとぼとる』の『じゅーす』だろう。
何故分かるかって?
それは、彼女が雅人の部屋へ来る時の必需品なのだ。
「居ないの?ね、まーくん、雅人何処行ったの?」
知るか、馬鹿。
あいつは、五分前に携帯を見た後どっかに走っていったよ。
ふん、浮気相手じゃねーの?
まぁ、あの男に浮気なんて出来る甲斐性があるとは思えないが。
「もう、折角来たのに。まーくんは居るのに、雅人が居ないなんて」
レイカは独り言をぐちぐちと言う。
知ってるか、独り言言う奴ってな、結構気味悪いんだぜ。
そーやって自分の評判を勝手に貶めてりゃ良いんだ、お前なんか。
「まったく、何処に行ったんだか。いいよ、まーくんと一緒に、もう一人のまーくんを待ってるから」
日本語喋る事を意識しろ、馬鹿女。
つーか、『まーくん』って『まさと』の『まーくん』なのか?
安易な。
もうちょっと名前を捻れ、そしてお前らのノロケの道具として俺を使うな、不愉快だ。
ガサガサ、とコンビニの袋をあさりプリンを取り出す。
……そんな黄色の物体を美味しそうに食べるなんて、人間とは奇妙な生き物だ。本当、つくづく思うが。
「何?まーくんも食べる?」
誰が食べるか。
人間って変な生き物だな、としみじみ思ってたんだよ。
ふい、と顔をそむければ、レイカはまた、『ぷりん』を食べ始まる。
本当に、何を考えてるのか分からない奴だな、レイカは。
同じ人間でも、雅人の考えてることはまだ理解できると言うのに。
すると、ガチャ、と玄関のドアが開いた。
おお、雅人が帰ってきたか。レイカの独り言を聞かなくてすむ。
もっと早く帰って来い、このノロマ。
「あれ、レイカ?嘘、来てたの?」
「来てたよ。何してたの?」
「レイカを迎えに行こうと思ったんだけど。いつものコンビニに居ないから、どうしたのかと思ったんだよ?」
「そんなの良いのに!もう、折角来たのに、三十分も無駄になっちゃった!」
「ごめんごめん、今日は何時まで居られるの?」
「……バイトがあるから、そろそろ出ないと」
「え、ごめん、」
「ごめんじゃないよ!何のために此処に来たのか分からないじゃない!もういい、帰る!」
「お、送ってくよ」
「いい!」
すると、彼女は癇癪を起こして、ばん、とドアに八つ当たりをしながら出て行った。
なんだよ、ほんとにむかつく女だな。
そのドア古いんだからな、壊れたらどうすんだよ。
なぁ雅人、悪い事はいわねぇから、あの女だけは止めとけよ。
ろくなことにならねぇ、お前は絶対にいつか不幸になる。
その『ぽてとちっぷす』と『じゅーす』は、慰謝料だ、とか適当なこと言って返しとけ。
と、もし俺が人間の言語を話せたとして、一日かけて親身に説得をしたとしても、きっと彼はレイカと別れることは無いのだろう。
雅人も馬鹿な部類の人間に入るのだろう。
……俺の周りは馬鹿ばっかか。
「あーあ、怒っちゃったよ、まーくん」
雅人の口調は軽いが、とても表情は『あーあ、』なんて言う表情じゃない。
罪悪感にかられている表情だ。
やっぱお前、馬鹿がつくお人好しだなぁ。
今のはどう見てもレイカの我が侭で身勝手な行動だろう。
「ねぇ、本当にレイカは俺のことが好きなのかな?」
好きなんじゃねーの?
なんだかんだで忙しい中会いに来てんだし、その『じゅーす』だってこの間お前がさらりと美味しいって言ってたやつを覚えて買ってきてんだし。
そもそも、俺の名前『まーくん』だぜ?
「…まーくんが、雅人のまーくんだったらいいのにな」
なんだ、分かってんじゃねーか。
そう思ってんなら、本人に確認するなりしたらいいじゃねーか。
レイカなら一言で返してくれるぞ、きっと。
何でそんなうじうじしてんだよ。
雅人は嫌いじゃねぇが、そういうところはむかつくな。
「本人に聞いてみれば早いんだけどさ、そうもいかないんだよね」
ふむ。
そう言う考えは、一応あるのか。
しかし、思い通りにいかないとは。
なんと人間とは面倒な生き物なのだ。
「ねぇ、まーくん。俺さ、レイカと別れようと思うんだ」
おおっ?急展開だな。
いいぞいいぞ、あんな我が侭な女とお前はつりあわねぇって、俺はずっと思ってたぜ。
別れた方がお前の為だ。
お前には、もっと良い子の方がお似合いだ。
「レイカ、すっごく綺麗だし。俺とは、吊り合わないかなって、ずっと思ってて……。俺、トロイからすぐレイカを怒らせちゃうし。やっぱ、俺じゃあ、ダメだと思うんだ」
お前がそう思うなら、好きにすりゃいいさ。
猫の俺からのアドバイスとしては、お前は悩みすぎだ。
女が嫌になったんなら別れれば良いし、好きならくっついてりゃ良い。
相手の事を理解しようと勝手にうじうじするのは、人間だからか?
「ねぇ、まーくんはどう思う?」
俺は何もいわねーよ。雅人が決める事だろ?
人間の恋愛事情なんかわかるか。
面倒くせぇ。
だいたい、雅人が別れる、って事を考えることすら俺には理解不能だ。
俺は猫だからな。
人間の面倒な思考に付き合ってられない。
だって、雅人もレイカもお互いの事が大好きなのに、なんで別れなきゃいけねぇんだよ?
わけわかんねぇ。
「レイカのこと、好きだから………別れようと思うんだ」
………やっぱ、人間は面倒な生き物だ。